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後日譚 エミリア奮闘記 前編 3/3

「これは……悪魔のバイオリンじゃありませんよ」

 エミリアの言葉に浩平が驚いて、歩み寄って言う。


「それは、どういう意味なんですか?エミリアさん」

 浩平の方を向いて、言った。

「ええ、これは……呪いのバイオリンです!」


 マルコが恐る恐る言った。

「……あの、その呼び方って、大事なんでしょうか?」

「当然です!悪魔と呪いはまったく違います!」


「どう違うのかしら?」

 デボラが訊いた。


「えー、そうですね。悪魔というのは、意志を持って人間に害をなす、高位な霊体の総称です。神話に登場するような超高位な存在もいれば、人の悪意が凝縮されて、意志を持って生まれる野良の悪魔というのもいます」


 浩平、デボラ、マルコ、アンナの視線がエミリアに集まる。

「先ほどの現象が起こったときも、今も、そのような存在の波動は、このバイオリンから感じられません」


 全員が黙っている。

 エミリアの話を理解しようとしている沈黙だ。


 エミリアは続ける。

「そして呪いというのは、人工的に作られた霊的な仕掛け、とでも言いましょうか。まさにこのバイオリンに仕掛けられたものです」


 エミリアの解説にマルコが問う。

「つまり、このバイオリンは何者かによって呪いを付与されてしまった、ということかい?」

「ええ」


 デボラがエミリアに問う。

「そんなに簡単にできるものなの?呪いを仕掛ける、なんて」


「その技術を持つ人にとっては、難しいことじゃありません。そしてそういう人は、闇社会で重宝されています。殺し屋のようなものです。仕事として依頼すれば、やってくれますよ」


 浩平も加わった。

「キミとは対極の職業、ということか」

「まぁ、そういうことになります」


 マルコが心底不思議そうに言う。

「でも、じゃあ、いったい、なんのために」


「それは、このバイオリンができてからあなたの周りに起こったことを考えればわかるわ」

「起こったこと?」


「そう、どんな変化があったかしら?」

「一番大きなことは、僕にバイオリンづくりを依頼する人がいなくなったことだ」

(当然、そうよね)


 エミリアがうなずくと、マルコが言う。

「でも、いったい誰がそんなことを」

「決まっているでしょう?あなたに恨みを持つ人よ」




**********


 マルコとその両親、そしてエミリアとアンナの5人は工房の建物を出た。

 その隣に、彼らの住居になる母屋があるからだ。

 そこでお茶を飲みながら、いろいろな事情を訊くことになった。


 工房は郊外にあり、ここからは町を走る車の音も聞こえない。

 夕方と夜のちょうど間のような暗闇を、工房から住居へ、歩いた。


 母屋には、明かりがついている。

 マルコとその両親以外にも、住人がいるのだ。


 応接室に通され、椅子に座ると、エミリアは切り出した。

「失礼ですが、マルコさんとおふたりに、血のつながりはありませんね?」


「よくわかったね。そうだよ」

 マルコが即座に答えて、続けた。


「僕のことはマルコでいいよ。僕も、エミリアと呼ばせてね」

 優しく微笑んだ顔は、とても親しみが持てた。


 エミリアが少し照れながらうなずくと、マルコが続ける。

「髪や瞳の色でもわかるよね。日本人とイタリア人のハーフでは出にくい色だと思うし」


 明るい栗色の髪と、淡いグリーンの瞳が揺れる。

「わたしがわかったのは別の理由なの。血縁関係というのは霊的な波動にも表れるのよ。でもそれ以前に、マルコとふたりは、顔、似てないわよ」


 最後は微笑みながら言うと、マルコも笑って応じた。

「そうだよね。率直に言ってくれて助かるよ。ありがとう」


 浩平が口を開いた。

「マルコはこの町の孤児院におりましてね。私が主催したバイオリンのイベントで、たいそう興味を示したんですよ」


 デボラが続けた。

「身寄りがないと聞いては、放っておけなくってね。養子縁組を組み、それ以来、夫はバイオリンづくりを教えているのよ」


 エミリアは浩平の方を向いた。

「この家のほかの住人は、どなたですか?」

「呼んでくるよ。ふたりいる」




**********


 浩平に伴われて、男女がふたり、エミリアたちのいる部屋に入った。

 デボラがふたりを紹介する。


 アントニオ

 浩平とデボラの実子であり、マルコの5つ上の兄にあたる。

 貿易会社に勤める。


 エマ

 浩平の弟子。

 住み込みでバイオリンづくりの修行をするかたわら、町のレストランでウェイトレスをしている。


 デボラがそう紹介した直後、アントニオが口を開いた。

 憎しみをたっぷり込めた表情だ。


「ほんと、マルコには優しいね、父さんも母さんも。あんな面倒なバイオリン、燃やしちまえばいいのにさ。『マルコが作ったものだから』ってだけで、燃やさずにすむように除霊までしようってんだから」


「高いお金を払って、ね?そのお金で、どれだけ工房を改良できるか」

 エマがアントニオに同調するように言う。


 どうやらこのふたりは、そろって容疑者の有力候補のようだ。

 そしてそれを隠そうとしない。


 アントニオが心底うっとうしそうに言う。

「こうして呼んだのは、俺たちが怪しいからだろ?」

「まぁ、動機もチャンスも十分よね。わたしの方はあんたほどじゃないけど」


「言ってろ。ま、時間がもったいないから、説明だけはさせてもらうぜ。俺たちはどっちも犯人じゃねえよ」

「そうね。私たち、マルコへの恨みは十分よ。だけどやるなら、もっとほかの方法を取るわ」




**********

【アントニオの弁明】

 さっきも言ったろ?俺には動機は十分。

 マルコが困って俺が喜ばないわけないんだよ。


 親父は自分の思い通りに俺がバイオリン作りが上手くならないもんだから、養子まで作ったんだぜ?

 そしたらそいつは、バイオリンづくりが大好きと来たもんだ。

 俺のマルコへの憎しみがわかるか?


 俺はバイオリンなんてもう見たくもないからな、この国からバイオリンが1本でも多く減ってほしくて、貿易会社に入ったんだよ。

 そう、バイオリンの売り付けさ。


 マルコの人気が落ちたら、そりゃ楽しいけどな、それだけだよ。

 俺がやるなら、そうだな……


 マルコが作った完成間近のバイオリンを工房からチョロまかして……ほかの工房で仕上げて……金に変えるかな。


 その方が、こいつの信頼も落とせるし、俺にもメリットがある。




**********

【エマの弁明】

 悪魔のバイオリンなんてさー、売れば高くなりそうよねー。

 ま、どこかで手に入れたモノなら歓迎できるけど、この工房でそんなものできてしまったら、私にとっては大問題よ。


 わかんない?想像してみてよ。

 独り立ちしたあとに、なんて言われるのかしらね、「悪魔のバイオリンを作った工房で修行してた」職人なんてのは。


 マルコは確かに邪魔よ。

 私の方が顧客の評判もいいのに、先生はあいつにばかり指導するんだから。

 でもね、だからと言って、バイオリンに呪いを仕掛けるなんて、無駄もいいとこよ。


 このところアレのせいで、先生はろくに弟子の仕事に目を向けてないのよ?

 無駄というより、いい迷惑だわ。




**********

 エミリアは考え込んだ。

 アントニオとエマ、ふたりの顔が浮かんでくるが、振り払う。


(容疑者候補の人から出る言葉に振り回されちゃダメ……その中に、真相に近づくヒントがあるとは限らない……それよりも)


 エミリアはテーブルの上に置かれた「呪いのバイオリン」に目をやる。

(それよりも、このバイオリンにかけられた呪いの本質を考えなきゃ)


「あの……エミリアさん?」

「少しお待ちください……娘がこうなっているときは、邪魔しない方がいいですわ」


「じゃ、新しいお茶を入れましょうか?あ!それよりも、夕食は?食べていきます?」

「奥様……静かに」

「し、失礼……」


(お母様、ありがとう……でも、もう大丈夫)

 エミリアは目を開いて、力強く言った。

「わかったわ……この事件の真相が!」





つづく

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