後日譚 エミリア奮闘記 前編 1/3
あらすじ
物捨神社での一件が終わり、イギリスに帰国したエミリアとゴリアス。
日本での暮らしは楽しいものだったが、エミリアを待っていた事件は、彼女を休ませてくれない。
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-12月初旬
-イギリス ウェールズ
-ヴィクトール邸
エミリアとゴリアスの乗る車は、鉄の門をくぐり、広大な庭を進み、屋敷の前で止まった。
運転していた、フィルが言う。
「旦那様、お嬢様、着きました」
エミリアは周りにバレないようにこっそり、伸びをした。
(ん~っ、やっとついたのねー)
エミリアは車のドアを開け、フィルに応えた。
「ありがとう」
同時に、エミリアは思う。
(改めてだけど、フィルって日本で見せてもらったアニメキャラの、金持ち小学生の家の執事のヒデじいに似てるわね……)
ゴリアスはすでに車を出て、トランクから大きな荷物を取り出していた。
「ほら、エミリア」
「ありがとう、お父様」
エミリアは父から自分の鞄を受け取った。
鞄を持ったまま、屋敷の扉の前まで進み、ドアノッカーで叩いた。
叩いてすぐに扉を開けた。
「お母さま!ただいm」
「エミリアァァァァァ!元気だったぁぁぁ!?」
エミリアの顔は飛び出してきた母親の豊満な胸に埋められた。
「さみしかったわよぉぉぉ……パパもあなたも急に日本に行くんですもの……」
エミリアが母親の体を引き離しながら言う。
「ご、ごめんなさい、お母様」
アンナ・ヴィクトール
42歳。職業、モデル。
ゴリアスがたくさんの荷物を抱えてきた。
「いやすまん、アンナ。私の勝手な思いつきというか」
「いいのよ、あなた。その行動力のおかげで、こうして今日、心置きなく18の誕生日を一緒に祝えるんですもの。日本からの報せを聞いたときは、本当に嬉しかったわ。レンとシンイチにも、いつかお礼に伺わないとね」
それを聞いたエミリアは、ニヤついた笑顔を隠した。
フィルが三人に声をかける。
「みなさん、立ち話はそれくらいにして」
「あら、そうね。ごめんなさい、ついうっかり。さ、まずは体を休めて」
エントランスホールの一角。
写真がいくつか写真立てに入って並んでいる。
エミリアはそのうちのひとつ、今から15年前の家族4人で写る写真を見て、心でつぶやいた。
(ただいま、お兄様)
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-同日 18時
-ヴィクトール邸 ダイニング
エミリア、ゴリアス、アンナは、夕食をひと通り終えた。
フィルは三人よりも先に夕食を済ませており、エミリアのためのケーキを用意している。
アンナが口を開いた。
「でも本当に、今日の日を心からお祝いできて、何よりも幸せよ」
ゴリアスが応える。
「そうだな。本当に、あの神社で、彼らに出会えなければ、今頃」
どうなっていたことか。
エミリアは父親の言葉の先を想像した。
(そうよね、お父様が言いよどむくらい、わたしは危なかったのよね)
ゴリアスが宙を見て、懐かしそうに言う。
「たったひと晩のことだったが、レン、シンイチ、プライド、サクラとサキ、みんないて、なんとかなったんだ」
父親の顔を見て、エミリアも思う。
(ほんと、なんだかすごく昔のことのように思っちゃう。空港で別れたのは、ほんの20時間くらい前なのに)
アンナが口を開いた。
「でも三人がいなくなっちゃったのは残念ね。楽しい人たちだったんでしょ?」
エミリアは母親の最後の問いだけ無視した。
「んー、なんか、畑中のことだから、またいろいろこじらせて、出現させちゃいそうだけどね」
エミリアのこの洞察は、後日的中することになる。
ケーキを食べ、フィルが淹れてくれた紅茶を飲み、その日は終わった。
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-同日 21時
-エミリアの寝室
エミリアはパジャマでベッドに横になっていた。
(お父様とお母様、本当に嬉しそうだった……それはそうよね、娘が18で死ぬかもしれないと思い続けていたんだから……ましてや)
エミリアは1枚の写真を思い浮かべた。
エントランスホールにある、家族4人で写る写真。
(ましてや、15年前に、ふたつ上の兄が死んでるんだから)
家族旅行中のイタリアで、川に落ちた、と聞いた。
捜索は何日にも及んだが、結局見つからずに、15年間「行方不明」とされている。
もちろん、15年間も「行方不明」の状態で生きているとは思えない。
ゴリアスもアンナも、エミリアも、はっきりとわかっている。
「長男、オリバー・ヴィクトールはイタリアで命を落とした」と。
(お兄様が生きていたら、どんなふうにお祝いしてくれるのかしら)
一緒に過ごした記憶がほとんどないエミリアにとって、兄という存在は憧れではなく、幻想に近かった。
翌日、一通の手紙が、屋敷に届けられた。
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-翌日 朝8時
-ヴィクトール邸 エントランスホール
エミリアは立ったまま自分に宛てられた手紙を読み、母親の方を向いて言った。
「ごめんね、お母様。また行かなきゃ」
「出発はいつ?」
アンナは静かな声で言った。
「今日中に……ううん、できるだけ早く行きたい」
手紙は仕事の依頼だった。
エクソシストとしてのエミリアへの、仕事。
(つまりそこには苦しんでいる人がいる、ということ。のんびりしていられない、でも)
エミリアは申し訳ない気持ちでアンナを見た。
母親と目が合って、目を伏せた。
(そうよね、やっと一緒にいられるようになったのに、そしてそれが娘の誕生日の翌日なのに)
「そう。仕方ないわね。今回はどこに行くの?」
「イタリア」
家族にとって、とても嫌な思い出のある国だ。
「あーよかった、日本よりはだいぶ近いわね。じゃあ早く用意しなさい」
「いいの?」
「いいもなにもないわ。それがあなたの仕事であり、使命なのよ。ホテルはどこにする?ここなんかいいんじゃない?」
「あの、お母様、ホテルは、空港までの車で調べようと思ってるんだけど」
「そう?じゃあそうしましょ」
(ん?)
「今回はママが一緒にいくわ♪」
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-同日 15時
-イタリア クレモナ
-ホテル「ムジカ」
エミリアとアンナのふたりはホテルに到着してすぐ、チェックインできた。
道中、日本ほどではないが、奇異の目で見られながら、ここまで来た。
長く、つややかなブロンド、青い瞳、金の刺繍や金具が多い、白い服。人目を引くには十分だが、エクソシストの服は、どれだけ悪目立ちしようが、しっくり来る。
部屋に荷物を入れてすぐ、アンナは電話をかけた。
「じゃあ、しばらくこっちに滞在するので、撮りに来たければ来てちょうだい…………うるさいわね、元々昨日から2週間は休みにしていたでしょ?それまでには一度戻るわよ」
母親の言葉に、エミリアはぼんやりと考えた。
(2週間か。終わるのかな。いつもほんとにわからないのよね。長い時は1ヶ月だけど、短い時は数時間くらいだし)
アンナがエミリアに訊く。
「そっちはどう?当面の動きは決まった?」
「ええ、18時に向こうの工房に行くことになったわ」
「悪魔のバイオリンって、なんか面白そうよね?どんなのかな?ママも行っていいよね?」
(なんで楽しそうなのよ。何時間か前に使命だなんだと高尚なことを言ってたのよね、この人)
エミリアは窓の外の景色を見た。
イタリアを代表する工芸技術都市、クレモナ。
その伝統工芸のひとつであるバイオリンづくりに、悪魔が関わっているという。




