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第2話 プライドと甘え 2/2

 神社の入口には大小様々な木が生えていた。

 深夜に通ると怖く見えてしまうのも無理はない。参道の始まり、左右に背丈の半分ほどの、石を切り出した台がある。

 右側には石碑が、左側にはひとかかえほどのミニチュアの家のようなものが祀られている。扉が付けられて中は見えない。


(祠っていうんだっけ?お地蔵様とかがいたりするんだよな)

 石畳は大人二人が並ぶと手狭に感じる程度だ。


 先ほどまでと同じように、プライドは後ろをついてくる。

 昨夜は暗く、恐ろしく見えた参道も、10秒も歩くと、すぐに終わった。

 明るい陽が入る場所に出た。石畳は相変わらず広くないが、きちんと手入れされているのがわかった。


(立派な神社だな)

「立派な神社ですね」

「ああ、そうだな」


 石畳の広場を箒で掃いている男の後ろ姿が見えた。

(あの人が神主さんかな)


「あの、すみません」

「……はい、なにか?」


 見た目が反社だった。

「こっわ」

 まずい。思わずつぶやいてしまった。普段ならこんなこと。


「そうですよ、普段なら、というか以前ならそんなこと口走らないんです」

 プライドが横でにこやかに言う。


「……こういうのはプライドと関係あんのか?」

 少し声をひそめた。


「ご主人が口数少ないのは、思慮深いからでもなく、沈黙の価値をわかっているからでもありません。単に『人からつまらない人物だと思われたくない』と考えていたからです。そういうプライドのためです」


(そこまで言うかね)

 しかし、以前ほど腹が立たない。


(プライドを捨てたからなのかな)

「あの、宮司ぐうじの野々宮ですが、なにかご用ですか?」


 話し方が丁寧、というより、品がある。

 それなのに見た目は神社の境内で落ち葉を掃いているよりも、高級クラブのVIPルームでボディーガードをしている方が似合っている。


「ぐうじ? って、なんですか?」

(おお、なんか俺、素直に質問してる)


「あぁ、神社の代表者という役職ですよ。『神主さん』とおっしゃる方もいますが、まぁ、そう言っていただいていいんですけどね、正確には宮司と言います」


 箒を持つ腕を見る。太い。背はそれほど高くないが、太い首と広い肩、背中が、威圧感を与えている。


「野々宮さん、と呼んでいいんですか?」

「もちろんです」


(よかった。怖いのは見た目だけだ)

「畑中と言います。さっきはすいません、ほんと」


「とんでもない。子どもさんは逃げ出したりしますし、大人は『怖いですねと言いたいのに言えない』という顔をされますので、さっきみたいに言ってもらえた方が助かりますよ」


「お仕事中お邪魔なら改めますが、この神社のこと、教えてもらえます?」

「もちろん構いません。では社務所で座って」


(シャムショ? ああ、事務所の神社バージョンか)

「ちょっとあんた!ちゃんとお客さんの目を見て話しなさいよね!」


 振り向くと、巫女姿の少女がいた。

(高校生くらいか?)


 思わず謝ってしまった。

「え、ごめんなさい」


(目、見てたけどな、俺)

 すかさず宮司が言葉をはさんだ。


「いえ、違うんです。彼女は私に言ったもんですから」

(そうか、そりゃそうだよな、『お客さん』って言ってたもんな)


「そうよ!まったく、いつまで経ってもダメなんだから」

 二人を見比べていた。


(宮司って、この神社で一番偉いんだよな。巫女の方が序列では下なんだよな)

 巫女がこちらに頭を下げる。


「お客さん、ごめんなさい、うちの者が失礼を」

「いや、されてないっす」


(目、見てくれてたし)

(あと、誰?)


「私は巫女の野々宮 さきと申します」

高校生ほどの年のころに見える。宮司が補足した。


「妹です」

「あぁ、なるほど」


(妹はいないけど、なんとなく聞いたことはある)

(ある種の妹は兄をないがしろにする、と)

(そしてもうひとつ聞いたことがある。それはある種と言うよりは、ほとんどだと)

「では、社務所にどうぞ」


「どうぞ♪」

(あ、この子も来るんだ)

(そういえば、プライドおとなしいな)


 彼の方に目をやると、彼は巫女と目を合わせていた。

 お互い、不思議なものを見るような目だ。

 一方はこの世に生まれ出て初めて女を見たという顔。

 もう一方は『こんなイケメンこのへんにいたかな?』という顔。


(まぁ、そういうもんなのかな)


**********


ー社務所1階 応接室

 やや大きなテーブルを囲み、4つの一人掛けソファに四人が座る。 座ると同時に巫女が立ち上がった。


「あ、そうだお茶だ。私やるから」

(人に厳しいだけあって、ちゃんと動くんだな)


 宮司が口を開いた。

「神社の話を、ということですね」


「ええ、なんていうか、気になったもので」

(プライド捨てたら捨てきれなくてつきまとわれてるなんて言えない)


「そういう方、多いですよ。名前が名前ですからね」

「珍しいですよね。珍しいというか、奇抜?」


「ええ、ここ以外にも、世の中には変わった名前の神社がありますからね、調べてみるのも面白いですよ」

「物捨て、ってのはね。うば捨てってのは、あれは山か」


「ええ。でもそういう感覚になるんでしょうかね。ここは物を捨てていい神社だ、なんて。敷地内にやっかいなゴミが捨てられていたりします」

「へー、例えば?」


「テレビ、自転車、ペットのご遺体」

(ごつい反社の見た目でご遺体とか言うからびっくりする)


「ひどい話ですね」

「ほんとよ、腹立つ」

 巫女がお茶を置いてくれた。


「ありがとう、咲さん。あ、そうだ、えっと咲さんで……」

「あ、こいつ?れんよ。野々宮 漣」


(こいつって)

(妹いなくてよかった)


 咲も座った。プライドは黙って事の成り行きを見守っている。

「で、この神社って、いつごろからあるんですか?」

「ええと」


 漣が立ち上がった。

 戸棚から立派な本を何冊か取り、机に置いた。


「創建、つまりできたのは、明治ですね」

漣は話しながらページを繰る。開かれたページがこちらにも見えるように向けてくれるが、どこをどう見たらよいのかわからない。しかし、うなずくしかない。


「意外に歴史浅いのよ。なんだか私はすることなさそうだから、境内の掃除しとくわ。あとよろしく」

 咲が部屋を出る後ろ姿を三人で見送った。


「畑中さんは、具体的にこの神社の何をお知りになりたいですか?」

「えーと、そうですね、なんか、言い伝えとかあれば」


 漣が一瞬黙り、口を開いた。

「もしかして、何か捨てちゃいました?」


「え?それって、どういう」

 漣はこちらを見たまま少し黙り、別の一冊を手に取り、話しはじめた。

 彼の太い腕に持たれると、年代物の分厚い本も小さく見える。


「言い伝え、ということなら、ご紹介できます。この神社の歴史の中で、たびたび現れるんです。何かを捨ててしまった人が」


 つい、プライドの方を見たが、彼の表情は変わらない。

「何か、というのは、その時々で捨てたものがまったく違うからです。そもそもこの神社は、別の神社の宮司をしていた者が、この地域の住民からの相談を受けて創建したものなんです」


 現実味のない話になってきたはずなのに、空気は重苦しい。

 漣はページを繰りながら話す。

「創建した宮司は野々宮 泰明たいめい。最初の相談は子どもからでした。内容は『うちの父ちゃんがなんもかんも忘れちまった』というものです」


(忘れちまった)

「記憶を、捨てた?」


「そうかもしれません。とは言え家族は、父ちゃんと暮らし続けます。その父ちゃんは、ずいぶんと働き者だったんです。米に野菜に、農作業に汗を流していました。でもその数日後には、まったく働かなくなってしまいました」


(てことは、つまり)

「やる気ですよ」


 時計の針の音があることに、いまさらながら気づいた。 漣がさらにページを繰る。

「その後、その父ちゃんは、とっても優しかったのが嘘のように暴力的になりました」


「思いやりを捨てた?」

「そうかもしれません。そしてあるとき、フッと消えた、と言い伝えられています。失踪したのではなく、衆目の中、急に消えた、と。白い煙のように、霧のように、たち消えた。と記録にはあります」


「全部捨てて、自分がなくなった、とか?」

「かもしれませんね。あるいは、最後まであったものを、そのとき捨てたのか」


「最後まで?」

「しがらみですよ。世の中との」


 沈黙を長く感じる。 漣が口を開いた。

「物を捨てるのは自分の意志なのか、そうでないのかまではわかりませんが、この種の言い伝えは十種あります」


「で、この神社が作られて、困ってる人たちは救われたんですか?」

「いいえ」


(ええー、意味ないじゃん)

「十種ある言い伝えのうち、捨てた本人が消えたケースは二人。それ以外のケースでは、捨てたものはせいぜいひとつかふたつなんです。そしてそのケースでは、その後の人生はそうして生きていく、ということです」


「ここの神社でお祓いとか、そういうのはできないんですか? いや、呪いじゃないのかもしれないけど」

「いわゆる御祈祷はできますが、効果がないんです」


「いや、ないって、そんな直接的にハッキリと」

「言わざるを得ないんですよね。実体験してしまうと」


(ん?)

「はい?」


「私も、捨ててしまったクチでして。宮司が治せないんじゃどうしようもないでしょう」

「えっと、捨てたって、なにを?」

「甘えとか、そういうやつですかね」


 応接間のドアが開いて、咲が入ってきた。

 テーブルの上の本の開かれたページを見る。


「あら、そこまで話したのね」

「うん」

「甘ったれた話し方すんじゃないわよ。捨てた割に変わんないわね」


(?)

「先ほどはここまで話す予定がなかったので、あえて別の紹介をしていました。咲は私の妹ではなく、姉です」


(?)

「ごあいさつしようか? 野々宮咲です。漣の10歳上の姉。享年16歳よ」


(?)

「6歳のときに交通事故で姉を亡くし、その後この神社で修行を始めて」


「えと、てことは、その修行中に、死んじゃったお姉さんへの甘えを捨てたくて、捨てた?」

「そういうことよ。捨てたはずなのになんでかなぁ、まだ甘ったれなのよねー。というわけで、捨てられたもの同士、そういうのわかるのよ。あんただってそうでしょ? そろそろあいさつしたら?」


 プライドが口を開いた。

「そうですね、では改めて、というか初めましてですね。私は畑中さんのプライドです」


(お前、気づいてたのか)

「へー、畑中っちプライド捨てたの?やるじゃん?」


「いえ、ご主人にはまだちょっとばかり残ってますよ?」

「あ、そうなの?漣と同じね」

(いや待て。なんだこれ)


「16でお亡くなりになったんですね」

「まぁね、生き返ったみたいなもんだからいいけど。でもこいつに年を越されてるのは癪だわ。いつの間にかでかくなってて、偉そうに見えるのよ」


「漣さん、甘えてるようには見えませんけどね。しっかりしてますよ。先ほど境内でお会いした時も、箒を掃く所作はとても丁寧でした」

(このふたり、気づいてたのか、お互いは)


「ふふん♪ 褒められて嫌な気はしないわね。でもちょっと残ってんのよね、甘え。引っこ抜きたいわ」

「あ、よかったらいい方法教えましょうか?」


「なんかあんの?」

「えーと、漣さんのこのへんにこう。そうです、そのまま奥まで」


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「え、これどうすんの?」


「いっちゃってください、パクっと」

「いや姉さん、ちょっと……見せないでそれ」


(俺が消えてなくなる可能性、なくなってないよな?)



つづく

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