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後日譚 A子の恋愛日誌 3/3

**********


 れんが俺を伴って3人の前に歩みでた。

 A子と小林のふたりは驚いていたが、もうひとりの俺は冷静なものだった。

 自分がA子から出たものだというのは、本人にはわかるものなのだ。


 漣がふたりの女性をしっかり見て、言う。

「すみません、みなさんの声が聞こえていて……どうしても気になったものですから。いいですか?落ち着いて聞いてくださいね」

 彼はひとつずつ、丁寧に話した。


 この神社では、いろんな人がいろんなものを捨ててしまうことがある。

 そしてそれは、その人の内面を映し、つきまとう。

 以前、畑中伸一が出した3人の人格を巡って、小林香織が所属する宗教団体とひと悶着あった。

 今A子のとなりに立つ畑中伸一を放っておけば、生活に支障は出るし、今回の場合は職場に本物がいるのだから、職場も巻き込んでパニックになるかもしれない。


「消す方法は、私のときのように完全に捨て去るか、畑中さんのときのように、捨てなくていいものだと受け入れるか、です」


 漣の言葉のあと、A子が口を開く。

「てことは、この畑中さんは、私が出しちゃったの?」


 漣が答える。

「恐らくは」


 A子は隣に立つ畑中伸一の姿をしたモノをまじまじと見つめる。

 そして、彼はどこか申し訳なさそうに笑い、見つめ返していた。


 恐らく、A子はこう思っているのだろう。

「こんなに、本物みたいなのに」と。


 小林香織が、漣と俺を見ながら、口をはさんだ。

「くだらない解釈はやめてほしいです。畑中様はご存知ですよね?あなたは、人の持つ魂の光とも呼ぶべき光体を自在に操り、私たちを導く御方なんですよ?」


「それならこのA子さんも、同じじゃないですか?」

 漣が言うが、小林香織は動じない。


「とんでもない。仮にそれが光体だとしてもですよ?捨てたかなんだか知らないけど、自分の想いひとつに振り回されている人なんか、真理にはほど遠いわ。畑中様は真理の光を受け入れ、ご自身のものにされています。雲泥の差ね」


 A子は真理の光などには興味はないはずだが、小馬鹿にされていい気はしなかったようだ。

「そうかもね、でも、少なくともあんたよりは『畑中様』に近い存在よ?」


 思わず、口を挟んでしまった。

「いや、そこで張り合うなよ」


 俺を無視して小林香織が言う。

「やっぱり、白黒つけなきゃいけないみたいですね」


 その言葉に漣が反応した。

「白黒……そうですよ!つけましょう!」


**********


 宮司の野々宮漣は、小林香織、ふたりの先輩、私の4人を、社務所の中の応接室の前に連れてきた。

 Web会議もプリンタのインクも「いいんです、あとでどうにでもします」ということらしい。


「では、今からふたりの畑中さんには、先に応接室に入って、奥のソファに座ってもらいます。そうすれば、中のふたりのうち、どちらが本物か、私にもわかりません」


 ここまで聞けば、今から何をするのか、馬鹿でもわかる。

「A子さんと小林さん、それぞれが質問をして、ふたりの畑中さんに答えてもらう。それで、その答えを聞いて、どちらの畑中さんが本物か、当てていただきます」

「うそつき村と正直村の理論クイズみたいなものね」


(なるほど、この子との勝負にもなるし、私が畑中さんと改めて向き合うことで、恋心を捨てるか受け入れるかすれば、消せるかもしれないってわけね)

「では、畑中さんたち、お願いします」


 先輩と、先輩の見た目をした私の「恋心」は、無言で従った。


 漣が扉を閉めて、話す。

「ちなみに、簡単に見分ける方法があります。A子さんから出た方の畑中さんには体温がありません。これは、捨てられて出てきた存在に共通する特徴のひとつです。ですから触ればわかりますし、触らなければ私にもわかりません」


 漣が扉を開きながら、言う。

「では、始めます」


**********


 応接室に入ると、正面のソファふたつに、先輩ふたりが座っていた。

「では、A子さん、小林さん、どうぞ」

 漣が着席を促したので、彼らに向き合う形で座った。


「ちなみに、A子さんから出た畑中さんは、A子さんが作り出した人格であり、A子さんが知らないことは知りません。ですから追加ルールとして、一方しか知り得ない知識の質問をするのは無効とします。例えば、部屋番号や、両親の名前などです」


「なるほどね。確かに、そのルールは必要かもね」

 随分と年上のはずの漣に、小林香織が高飛車に応える。


「では、先攻後攻はコインで決めましょう。表ならA子さんから、裏なら小林さんから」

 コイントスの結果、小林香織の先攻となった。


(この子は、どんな質問をするのだろう)

 相手の出方は気になるが、そればかりを気にしてはいられない。

 こちらが、どんな質問を投げるか、まだ決まっていないのだ。


「では、いきますね」

 迷いのない小林香織の口調に、うろたえてしまう。


「畑中様、あなたがこのA子さんをどう思っているのか、お答えください。ではまず、そちらから」

 小林香織が、向かって左の先輩の方を向く。


「えっと……」

(聞きたくない)


「好きな人」

(うそばっかり)


「ふふふふふふ」

 小林香織が笑っている。


「決まりね!こんなにもA子さんに都合のいい答えをするなんて!A子さんが作り出した人格に決まってるわ!」

(いや、そうでもないと思うけど)


「いや、そうでもないと思うけど」

 頭の中の言葉を、そのまま野々宮漣が口にした。


(そう。野々宮さんはわかってるみたいだけど、この人は、そういうずるい人。ずるい言い方をする人)

「あら?野々宮さん、私を混乱させるつもり?A子さんびいきが過ぎますよ?ごめんなさいねA子さん、出番なくって。というわけで本物はこっち」


 そう言って右側に座る先輩の手を取り、小林香織は絶句した。

「え…………」


 小林香織の顔を見ればわかる。

 ハズレ。

 体温がないんだろう。


(やっぱり、こっちのずるい人が本物だったんだ)

(あーもうほんとやだ)


(まぁでも、仕方ないよね、好きになっちゃったんだから)

「え…………」


 もう一度、小林香織が声を出す。

 見ると、彼女が手を取った方の先輩が、徐々に薄くなっていく。

 煙のように、霧のようなもののが、畑中さんから出てきて、私の体の中に入っていく。


 1分も経たずに、畑中さんは、いや、私の「恋心」は、私の中に入って、見えなくなってしまった。

 漣が言う。

「今のやり取りでA子さんにどんな心境の変化があったのかはわかりませんが」

(いや、わかっても解説しないでよね)


「今消えた畑中さんが、A子さんの作り出した存在ということになりますね」

「じゃあ……」

 小林香織が残った先輩を見て、言う。

「こっちが本物の畑中様?」


 先輩はバツが悪そうに、小林香織を見て、視線をこちらに向けた。

 先輩と目が合う。

(……そうよねー)


(こんなにずるい言い方をする人なのに、優しくて、顔はそうでもないのに、最近ちょっとかっこよく見えてきた)

 好きな気持ちが捨てきれなくて、嫌になる。


(まぁ、でもしゃーないか。とりあえず小林香織には手を下さずに勝てたわけだし)

 そこまで考えたとき、目の前の先輩が、急に薄くなった。


「え…………」

 今度は3人全員が絶句した。

 誰もが何もわからないまま、先輩は霧になっていく。

 先ほどとは違い、私の中に入らず、宙に霧散した。


 納得いかなかったのは、ほんの一時。

 でもすぐに腑に落ちた。

 先に消えた彼は、私の「恋心」。

 後に消えた彼は、私の「恋心」じゃなかった。


**********

「そうです。畑中様はこの世の真理をお伝えくださる偉大なお方なんです」

「そ、そうなんだ。こんな、職場でも休みの日でも、いっつも何にも言ってくれない人が?」

 嫉妬心がA子の言葉にトゲを添えた。

 大人げなく顔を出した嫉妬をA子は振り払ったが、小林香織は笑顔を消して言った。

「……言ってほしい言ってほしいって、しつこく言ってくる人には、言う気もなくなるんじゃないですか?」

**********


 彼は私が、あのとき振り払った、「嫉妬心」。

 あのときの嫉妬心が、出てきてしまったのだ。

(小林香織よりも、私の方が畑中さんのことを、わかってる)

(それがわかったから、嫉妬心が消えていったんだわ)


 嫉妬心を受け入れたのではなく、捨てることができたので、消えてしまったのだ。


 3人だけが残った応接室で、漣が口を開く。

「短い時間で、畑中さんをふたりも作っていたんですね」

「ちょっと、野々宮さん、それ言わないで。恥ずかしすぎます」


「そんなことないですよ。ひとの気持ちなんて、定量的に測れるものではありません」

 漣が苦笑しながら、フォローしてくれた。


 ふと気になって、訊いてみた。

「野々宮さんにも、ふたりとも本物じゃないって、わからなかったんですか?」


「ええ、まったく……あれはA子さんから見た畑中さんのはずなんですが、完全に本人のように人格をトレースしていましたね」

 漣の言葉に、少し恥ずかしくも、嬉しくなってしまった。


「それに、A子さんが知らないこと、つまり、あの畑中さんが知らないことが会話に出たこともあったんですが、なにも指摘してこないので、てっきり本物だと」

 それを聞いて、なんとなく、腑に落ちた。


「あー、なるほど、畑中先輩って、そういうとこありますよね。訊かれてないことは自分からしゃべらなかったり、わざわざ流れを止めてまで訊かなかったり」

「てきとうに話を合わせたり、ね」

 ふたりで目を合わせて笑ってしまった。


 そんなふたりをよそに、放心していた小林香織が、つぶやく。

「え…………畑中様自身が、光体だった……?」

(いや、違うんだけど)


 漣が丁寧に言い添える。

「そうか、小林さんにはわかりにくいですよね。えっと、そうじゃなくてですね、畑中伸一さんという人は実在するんですが……」

 漣の言葉など耳にも入らない様子で、勢いよくこちらを見る。


「A子様!」

「は?」


「私が導き手だと信じて疑わなかった、この私をだましていたあの存在を、あなたはいとも簡単に取り込んでしまった……」

(ちょっとやめてよ)


「あなた様こそが……真実なる導き手……いえ、神の手なのです!!」


**********


 A子は参道を足早に歩き、それを小林香織が追う。

「お願いします!せめてお側に置いてください!」

「やめてって言ってるでしょ!?」


「いいえ!やめません!なぜなら!やめないことこそが信仰のあかしだからです」

「あかさなくていいわよ!」


「運命を感じませんか?私を導いてくださる神の手が、今ここに……あ///」

「ちょっと!手握んないでよ!」


「お願いします……この手で……指先で……私を……導いて」

「服に入れるな!」

「奥まで……導いて……」

「こんなとこでできるかぁぁぁぁ!」


(よかったですね、畑中さん)

 野々宮漣はA子と小林香織の後姿を見ながら、心の中でつぶやいた。

(A子さんの百合ゆり属性はともかく、小林香織さんからは解き放たれましたよ)


 小林香織の中では、畑中伸一は「導き手」から、人を堕落させる「悪なる光体」に格下げされ、そしてA田A子は、真なる神として、あがめられることとなった。


**********


 そのころ、つまり土曜日の午後3時前、畑中伸一は、前日の深酒からの二日酔いに苦しんでいた。

 ベッドの上で、悶えながらつぶやく。


「こういう頭痛は捨てられねえんかい……」




おわり

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