第13話 意地とプライド 前編 3/3
漣を神社に残し、野々宮家所有の黒いミニバンに三人で乗り込んだ。
その20分後、教団の本部が見える通りでゴリアスが車を停めた。
「では、私は先に近くまで行っている。5分後、突入しなさい。クラクションを鳴らしながら突入するといい。万が一にも殺人などは避けたいからな」
ドアを開けて、ゴリアスが歩き出した。
その背中を助手席から見る俺に、エミリアが後部座席から声をかけた。
「大丈夫、私もお父様もいるのよ?うまくいくわ。そんなに難しいことをするわけじゃないもの。突入して、三人を連れ出して、神社に戻って終わりよ」
確かに、そうかもしれない。
だが、うまくいったとして、三人を神社に連れ戻して、その後はどうする?
再び連中がさらいに来るのか?
三人の戸籍を作って、簡単には手を出せないようにするのか?
そんなこと、できるのか?
あるいはほかに良い方法があるのか?
考えを巡らせていると、エミリアが後部座席から身を乗り出して、強い口調で言う。
「あんたね!今は三人を助けることに集中しなさいよね!」
助ける。
そうだ。そのために、ここまで来たんだ。
心強い助力を得て。
「助けたいんでしょ?だったら助けて、その後のことはそれから考えたらいいわ」
そう。その通りだ。
後部座席から運転席に器用に移動しているエミリア。18の少女に、気づかされた。
「そうだな」
自分でも驚くほど声に力がこもっていた。
エミリアもこちらを見て、シートベルトを着けながら、微笑んだ。
「なにやってんだお前」
「なにって、突入すんでしょうよ。車で」
「なんでお前が運転するんだよ!」
「してみたいのよ!イギリスじゃなかなか無免許運転なんてできないのよ?!」
「日本でもすんな!あと無免許ならペーパードライバーの俺の方がまだましだ!」
「あそこに見えてる建物に向かって直進するだけなのよ!免許なんかクソ食らえよ!」
こちらに向けて○指を立ててきた。
「どうせあんたなんか、直前でビビってろくにアクセルも踏まないんでしょ」
ないとは言いきれない。
「私は違うわ!私の心に棲む悪魔が囁いてるのよ!やっちまえってね!」
エクソシストの服を脱いだ影響だと信じたい。
車の揺れに耐えていると、すぐに轟音が響いた。
クラクションが遠くで鳴っていた気がするが、それは気のせいで、実際には気が遠くなっていただけだった。
車は「魂の光の会」の本部の門を破壊し、そのまま敷地内に入っていった。
暗闇のなか、大きな建物が見えた。
あそこにいるはずだ。
しかし車はそこまで進む前に、敷地内に植えられた木にぶつかり、止まった。
エアバッグが飛び出した。
早く車から出なければ。
エアバッグが邪魔でシートベルトを外すのに手こずっていると、何人かの男達が駆け寄ってくるのが見えた。
ただの事故と思っているのは、この内の何人だろうか?
あるいは全員が「三人を取り戻しに来る者がいるかもしれない」と警戒、準備していたのだろうか?
車から這い出て立ち上がる。
ほぼ同時にエミリアも、車の反対側でそうしたようだ。
目を合わせた瞬間、甲高い笛の音が響いた。
「あー、こら、そこの、車」
ゴリアスがたどたどしく言いながら、駆け寄る。
日常生活レベルの日本語を使えても、警官の言葉遣いというものには馴染みがないらしい。
「あー、皆さん、大丈夫。警察です」
周囲の男達が、明らかにゴリアスを怪しんでいる。
この間にも、また何人か男が集まってきている。
しかしその一方で、なにかを話して、その場を離れる者もいる。
組織の上層部へ報告に行ったのかもしれない。
「大丈夫、すでに応援を呼んでいます。この男は、飲酒運転だな。逮捕だ」
ゴリアスが言うと取り囲む男のひとりが応じた。
「いや、運転席から出てきたのは女の方だぞ」
「なに!?貴様エミリアに運転させたのか!?」
(おい。芝居)
男達は確信したようだ。
こいつらはグルだと。
そして、悪意ある侵入者だと。
何人かはすでに手に伸縮式の警棒を持っている。
(無事に帰れるのかな……)
このとき、俺はゴリアスのつぶやきを聞き逃さなかった。
意味はわからなかったが、1秒後にはわかった。
彼は俺の体を持ち上げ、建物2階の窓目掛けて投げ込んだのだ。
宙を舞いながら、1秒前のゴリアスのつぶやきが頭の中で響く。
「あーもうめんどくせえ」
**********
窓ガラスを全身で割り、本日2回目の突入だ。
床に転がった拍子に、ガラスが体に刺さる。
痛いが、それだけだ。
体についたのは小さな無数の傷だけ。まだ前科はついていない。
ここまで来たら、意地でも連れて帰る。
飛び込んだ部屋の中は薄暗く、お香を焚いたような匂いがする。
(三人は、どこだ)
立ち上がって探そうとしたが、できなかった。
背後から、正確な数はわからないが、何人かの男が体の自由を奪った。
手足、背中、頭を押さえつけている。
当然か。この状況では、トップの警護をおろそかにするわけがない。
(い……たい)
「ご主人様!」
サクラの声に、何とか頭を少しだけ動かすと、すぐに大きな檻が目についた。
三人ともいる。よかった。
その檻の向こう側に、座っている男がひとり。
立っている女がひとり。
座っている男は座禅のように足を組んでいる。
(わかりやすい教祖様だ。こいつが三人をさらったのか)
そう断定した。それで良いはずだった。
この新興宗教には興味がない。
三人を連れて帰って、さらわれることをこれから防ぐことができればいい。
それ以外は考える必要がない。
そのはずだったのに、女の顔を見た瞬間に、考えてしまった。なぜ。
「なんで、君が?」
小林香織は答えない。
つづく
 




