第12話 キャベツとエクトプラズム 3/3
-月曜日 16時
-物捨神社 参道入口
「あれ?畑中、早いわね」
エミリアとゴリアスのふたりと、ばったり会った。
「今日はね、有給を半日消化させてもらって」
エミリアはいつもの怪しげな白い服を着ている。この服が落ち着くらしい。
ゴリアスは両手でエコバッグを提げている。
その中は見えないが、彼が選んだ食材が入っているのだろう。
三人で参道を歩く。
「ふーん、日本人って住宅だけじゃなくて、働き方もせせこましいわね」
「ほっとけ。あとそんな日本語知ってるんだな」
ゴリアスが加わる。
「日本では長い休暇が取りにくいというのは本当か?」
「ほんとですよ、まぁ、会社によっては違うんでしょうけど」
ゴリアスが心底不思議そうに返す。
「なぜ会社によって違うんだ?」
(いやほんともう、そうなんだけどね)
答えられずにいるとゴリアスが追撃してきた。
「取れる会社があるということは、それが社会的に保障されている権利だからだろう?なぜその権利を行使できない会社があるんだ?」
「お父様、やめてあげて」
「い、いや、うちはまだ、まともな方だし」
「その『うちはまだマシ』という思考が問題の根本にある気がしてならないぞ」
(そう思います)
足取り重く歩いていると、境内に出た。
いつもは漣を含む四人のうち、誰かがいる。
参拝客の目につきやすいように、そうしているらしい。
だが、今日はいない。
境内を横切り、社務所に向かう。
その間も、誰にも会わなかった。
エミリアとゴリアスも黙っている。恐らく俺と同じ感覚なのだろう。
違和感と表現してしまうのはふさわしくない。
違和感と呼ぶにはあまりにも、気味が悪い。
社務所の玄関の呼び鈴を鳴らした。
いつもなら、この玄関に着くまでに、誰かに会っているし、そこでひと声かけるので、わざわざ鳴らすことはない。
呼び鈴への応答がない。
引き戸に手をかける。鍵はかかっていなかった。
開けると横になっている漣と目があった。
口にはガムテープ、そして両手足は念入りに縛られている。
「エミリア、はさみを」
ゴリアスが静かに言うと、驚いて言葉も出せないでいたエミリアは、弾かれたようにゴリアスの方を向いた。
「は、はさみ?そっか、はさみだ……えっと」
パニックになりつつあるエミリアに言った。
「キッチンの引き出しにはさみがある。キッチンばさみだ」
「そ、そっか、わかったわ」
エミリアが小走りで廊下の奥に消えていった。
ゴリアスはこのやり取りの間にも、漣の顔に手を伸ばしていた。
片手で顔を押さえ、もう片方の手で勢いよくガムテープを剥がした。
「っはぁっ!すみません、叔父さん、ありがとうございます」
「怪我はないか?」
「はい……僕は」
「ほかの三人は?」
「わかりません……恐らく、さらわれました」
「……そうか。エミリアが戻ってから、詳しく聞こう」
**********
漣の話の始まりは、ほんの1時間前に遡る。
境内を掃除していたサクラが、社務所に来て漣に声をかけた。
「この神社のこと教えてほしいんだってー」
境内に行くと、女性のふたり組が立っていた。
どこにでもいそうなふたり。
プライドが来てから、こういう参拝客は珍しくない。
ふたりにこの神社の名前の由来や、ご神体のことを話していると、目の前の女性のひとりが、鞄からハンカチを取り出し、それを口に当ててきた。
まったく警戒していなかったし、もうひとりも加勢し、押さえつけてきたので、抵抗むなしく、そのまま気を失った。
気がつくと、社務所の玄関の中にいた。
このときには、すでにさっき発見されたときの状態になっていた。
ちょうど、ふたりの男が玄関から出ていくところだった。
「ほんとにこいつはこのままでいいのか?」
「聞いてなかったのか?あの三人だけでいいんだよ。ほんとの人間なんかさらったら警察が動くだろうが」
「あー、なるほど」
戸が閉まった。ひとり残された漣は、床の上で身をよじる以外何もできないでいた。
しばらくすると、呼び鈴が鳴った。
**********
「で、みなさんに助けてもらったわけです」
話し終わると同時に、俺も縄を全て切り終えた。
最初はエミリアが切っていたが、かなり太い縄だったので俺が代わった。
漣が手首をさする。縄の跡が赤く残っている。
エミリアが心配そうに彼を見る。先日のエミリアの言葉が脳裏をよぎる。
『?今、外に人いた?』
窓の外に人影を見たらしいエミリア。
あの時の人影は、今日のための下調べのために来たのだろうか。
「なるほどな」
ゴリアスが口を開いた。
「漣がさらわれたとなれば警察に通報できるが、ほかの三人は違う。戸籍もなにもない存在の捜索などできない、というわけか。しかしそうなると」
ゴリアスが何を続けようとしているのかはわかる。
「あの三人の正体を確信しているやつがいるな」
そういうことになる。そしてそれは個人ではなく、組織的に動いている集団だ。
「俺らだけで、何とかできますかね?」
言うと、全員がこちらを見た。
漣、エミリア、ゴリアスの順にしゃべる。
「助けたいんですか?」
「うわー意外。てっきりほっとくと思ったのにー」
「さっきも言ったがほっといても社会的にとがめられることはないんだぞ。本来存在しなかった三人だ」
三人の言葉にうっぷんが溜まったわけでもないのに、気づけば大声を出していた。
「いやそりゃそうだけどさ!こういうときは、助けにいかないと、ダサいだろ、一生……めっちゃ軽蔑されそうだし」
誰も、何も言わない。
「まぁ、なんつーの、逆に俺は社会的に存在してるわけだから?簡単に殺されたりはしないでしょ」
自分に言い聞かせる。
だがこの認識は間違っていないはずだ。
社会とはそういうものだ。
「だから助けに行きたいんだよ、このままだと気持ち悪いから……だから、なんかいい感じに手伝ってください……」
沈黙のあと、最初に口を開いたのはエミリアだった。
「あんた、しょうもないプライドと童貞臭さと甘えが渋滞してるわよ」
「恋しくなったんですか?あの三人が」
「こうもまざまざとその三つを見せつけられるとなぁ……畑中、お前やっぱりろくな人間じゃないな……ほんとに捨てた方がいいんじゃないか?プライドやらなんやら」
「うるせえな!いいんだよ!俺はこれで!」
反論にもならない、やけくそが口を突いて出た。だが、目の前の三人は、笑っていた。漣が言う。
「僕もそう思います」
エミリアが不敵に口の端を吊り上げた。
「じゃ、作戦会議ね」
つづく




