第11話 仕事とプライベート 2/3
- 同日 13時
- GaGa Garden コーヒー専門店
期待していなかったが、豆も、コーヒーを淹れるための道具も、かなり充実している店だった。
視界の片隅に、咲とプライドがいる。
二人とも当初の予定通り、神社で売り出すコーヒーの話でもしているのか、あまりこちらを見ない。
視線を、コーヒー豆を真剣に吟味するA子の横顔に移して、改めて思う。
(かわいいかもしれない)
一度デートしたから、そう思うのかもしれない。
あれ以降、一度は大きく距離を取られたが、そこからまた徐々に仲良くなれた気はする。
そのA子に話しかける竹内。
(なんでこいつまでついてくることになったんだ)
はぁ。
ため息をついたしまった。
(もしかしたらまだワンチャンあるかもしれない)
そういう期待が、竹内という存在で打ち砕かれた。
ぼんやりと二人の方を見ていると、A子が竹内から離れた瞬間を見計らっていたのだろう、咲が竹内に声をかけた。
どういう意図があるのかはわからないが、竹内と咲の方を見ないようにした。
1分もしないうちに、竹内が俺とA子に話しかけてきた。
「わるい、ちょっと用事できたから、帰るわ」
「?そうなんですか?」
「急用か?」
一応、訊いてみた。
「まあな」
竹内の顔がニヤついている。
おそらく「逆ナンされちゃった!ひゃっほぉい!」とでも思っているのだろう。
店内をさりげなく見渡す。
咲は店の入り口からこちらを見ているが、プライドの姿がない。
なるほど。
「お茶でもどう?」と釣っておいてプライドも合流した後、壺を売り付ける、といった流れだろうか。
(壺、というのはものの例えで思いついたことだが、あの二人なら、これ幸いと本当に何かを売り付けかねないな)
「じゃ、そういうことだから」
竹内が店を出ていく。
「ど、どうしたんでしょうね?」
竹内の後ろ姿を見ながらつぶやくA子。
「さぁ?」
とりあえず、このコーヒー専門店をゆっくり楽しもう。
二人が俺のために作ってくれたであろう時間なのだから。
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- 同日 16時
-小松原邸
秘書・村田がエミリアに声をかけた。
「こちらでよろしいですか?」
村田のほかに、男ふたりがかりでやっと持ってこれる荷物。
ワイシャツ、スラックス、革靴と、ひととおり身につけさせたマネキンだ。
霊体を全員で視認してから、3時間が経とうとしている。
政党幹事長という立場を使っても、これだけの時間がかかったのは「主要な関節が稼働するマネキン」をエミリアが指定したからだ。
「はい」
村田の問いに答える。
緊張のせいか、先ほどまでは使っていなかった敬語が自然と出た。
横になる少女は、まだ苦しそうにしている。
小松原が心配そうに言う。
「ほ、本当にこれで、真由佳は助かるんだな?」
「はい。もちろんです」
自信を持って答えた。なぜなら、それが明白だからだ。
死霊を少女から祓うだけなら、簡単だ。
だが、まだそれはしない。
祓うだけでは不十分で、マネキンに移したいから、用意してもらったのだ。
「では」
霊体に触れられる手袋を着けて、少女の顔に重なる霊体、男の顔を両手で包む。
そのまま霊体だけを引き離し、次にマネキンの頭部に重ねる。
マネキンの顔が、霊体の顔に完全に重なると、マネキンが目を開いた。
部屋にいる父と自分以外の全員が、あとずさりするのがわかった。
無理もない。
霊体を重ねてマネキンを動かしているのだから。
だが実際に動いているわけではない。
まったくずれがないように重ねて、その霊体が動いているので、そう見えるだけだ。見え方としては、プロジェクションマッピングに近い。
(でも、関節は動くはず)
「起きられる?」
自分でも驚くほど、優しい声が出た。
マネキンはゆっくりと動く。
上半身を起こす『彼』を見て、エミリアは改めて思った。
(漣に似すぎでしょ……)
ゴリアスがつぶやく。
「まるで生き写しだな……こういう言い方が正しいのかはわからんが」
そう、とてもよく似ていた。
だが、霊体の波動から、ハッキリとわかる。
漣とはまったく関わりのない存在だ。
ただ、驚くほど似ているだけ。
『彼』に話しかけてみた。
「驚いたでしょ?急にくっついちゃったから。でも、もう大丈夫よ、あなたも、あの子も」
『ありがとう』
声が響く。
霊体に声帯はないので、聞こえる声色には個人差があるという。
(こんなにも漣に近い声で聞こえるのは、あたしの願望なの?)
『心配してたんだ、あの子のこと。重なってしまって、離れられなくなったから』
(うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!漣の顔で漣の優しさ!!!可愛すぎる!!!再現度高いわぁぁぁぁぁぁ!!!!!)
『でもこれで、結局また、漂う死霊になっちゃうんだね……いや、消されるのかな?』
冷静を装い、語りかける。
「なにがしたかったの?」
彼は沈黙した。
「波動でわかるわ。若くして、命を落としてしまって、やりたいことがたくさんあったのね」
『彼』がこちらを見る。
(やだちょっと見ないでよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!)
「何か、したかったことが、あるのよね?」『彼』は視線を落とした。
「言ってみて……もちろん、いつかは私があなたを天に送ることになる……でも、それまでの時間も、あなたの大切な時間よ……力になれるかもしれない」
『……普通のことだよ』
できるだけ動揺を悟られないように、言う。
「もしかして、女の子とデートとか?」
(はい言った!言っちゃった!それは私がしたいことでした!そのために秘書連中を3時間も走らせて関節可動式マネキンを持ってこさせたし!苦しんでる小娘もそのまま3時間苦しませてました!!)
『彼』はこちらを見ない。
腹の底を悟られないように、優しく言う。
「そういう人、多いよ?変じゃないの。あたしでよかったら、力になるわ」
『彼』は黙ってうなづいた。
10分後、エミリアと『彼』は小松原邸を出た。
小松原幹事長はゴリアスとエミリアに深く礼を言った。
「私で力になれることならなんでもする!」
ゴリアスは笑って応じて、そのまま残ることにしたらしい。
意識を取り戻した少女の様子を見るため。
幹事長と親交を深めるため。
いろいろ言っていたが、単にマネキンとデートをする娘を見たくなかっただけだろう。
駅まで車で送ってくれるとのことだった。
玄関から車までの距離を、ふたりで歩く。
『彼』の歩行はまだぎこちなく、速度はかなり遅く、たまにふらついていた。
そっと『彼』の手を取ってみた。
握る。
『彼』がこちらを見て、笑った。
(あたしの方が死んでしまうわ)
「デートって言っても、今から街中に戻ったんじゃ、できること少ないかもね」
『彼』が優しく微笑む。
『僕、一度女の子と、飲み屋デートしたかったんだ』
「あ、あたし、お酒飲めないけど、いい?」
『うん、ごめんね、変なお願いだけど。みんながしてた、当たり前のことが、僕の、最後の夢なんだ』