第9話 サクラとエミリア 1/3
これまでのお話
エミリアの攻撃によって、サクラの体が崩れていく。人ならざるモノに訪れる終わり。
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サクラの右腕は、肘と手首の間あたりを切断されていた。
ドッ
切り離された部位が、床に落ちた。
血の一滴も出れば、現実味があったのかもしれない。
血も温度もないそれは、本体から離れると、大きな粘土の塊のようにさえ見えた。しかし、そう見えたのもつかの間で、切られた腕は形を失い、床の上で、霧散した。
(消えた……?)
呆気にとられていたのは一瞬だっただろうか。
あわててサクラを見る。
聖女のナイフが突き立てられた、サクラの胸の中央から、霧のようなものが立ち上っている。
徐々にナイフが深く、胸の中に入って行く。ナイフが体を崩壊させ、ナイフの重みでさらに深く入っているのだ。
「あ……ぁ…………」
サクラの顔からみるみる生気が失われていく。
苦悶の表情で、口を開き、目は虚空を見ていたが、すぐに白目に変わったサクラが残った左手で、ナイフを握る。
抜こうとしているのだ。だが、そのナイフを握る指からも、やはり『霧』が出てきた。
(まずい!)
飛び出した。
椅子を倒したかもしれないが、気にしていられない。
しかし俺より先にプライドと咲が、サクラに駆け寄ろうとした。
「ダメだッ!!!」
ふたりの動きがビタッと止まる。
ふたりの間を通り、サクラの前に立った。
サクラの指をナイフから引き剥がし、胸からナイフを抜いた。
ナイフと、それが乗る俺の手のひらをみつめる。
俺の手からは何も出てこない。
(こいつらが触っちゃいけないものでできている)
カランッ
ナイフを投げ捨て、サクラを見た。
先ほどまで出ていた『霧』は、もう出ていないが、彼女の苦悶の表情は変わらない。
膝から崩れ落ちるサクラの肩を、慌てて抱いた。
膝をつき、サクラを支えるが、それしかできない。
プライドと咲も駆け寄ってきた。サクラは、声も出せず、ガクガクと痙攣している。
横からエミリアの声が飛ぶ。
「そっちの男も悪魔だったのね」
ふたりにナイフを触らせまいとする俺の言葉で悟ったのだろう。
小刻みに震えるサクラの肩を抱く。
否応なく、直感した。
このままだと、終わる。終わってしまう。
「ナイフについてはいい判断よ。咄嗟に、すごいわ」
(何ができる?)
「でも、もうどうしようもないわよ」
(今できることはなんだ?)
「切られた傷を治すことなんてできないの。人間じゃないんだからね」
脳裏に、サクラの腕が床で霧散する映像がよみがえる。
「人間の体じゃないんだから、粘土みたいにくっつければ直ったりしてね。くっつけるものなんかあれば、だけど……フフッ」
ダッ!
エミリアに向かって駆け出した。
いや、膝をついていたので、低い姿勢からの突進だった。
後ろで、俺の代わりに咲がサクラを支えた。
「きゃっ」
そのまま彼女を突き倒し、馬乗りの姿勢になった。
「やってくれたな……このクソガキ」
股でエミリアの腹部を押さえ、両手は膝と床で挟み込み、憎しみをたっぷり込めて、見下ろして言う。
「くっ……どきなさい平民!いや下民!」
「どくわけねえだろ……あーあ、いい女をやっちまいやがって。しょーがねえ、今から腹いせにお前を××す!」
「ッ?!」
エミリアの顔が嫌悪と拒絶に歪んだ。
「貴様ァァァァ!!」
ゴリアスの怒号が背後から響く。
ダイニングテーブルをはねのけ、こちらにまっすぐ突進してきたのが、気配でわかる。
豪腕を俺に向かって振り下ろすのが視界に入った。
しかしそれを、漣が体で止めた。力と力が激しくぶつかり合っている。
「待ってください!叔父さん!」
「どけぇぇぇぇ!漣!承知せんぞ!!」
「く……どきません!」
「ぐ………ッ!」
ゴリアスは漣と掴み合い、膠着状態になった。
助かった。
「残念だったなぁ、お父様の助けはないってよ」
「どきなさいよぉぉ!!!」
「生意気なこと言ってんじゃねえぞクソアマ。いいから大人しくしてろ、これから気持ちよくしてやるよ」
「はぁ!?あんたに何ができるっていうのよ、笑わせるわね」
「てめえどうせ××だろ?いろいろ教えてやるよ……女なんてのはな、×××××を××ながら××の××を××で××れば一瞬だろ」
エミリアの表情が一層、こわばる。
股の下で必死に抵抗するが、俺をはねのけることはできない。
「女を××せるのなんざ簡単なんだよ。すぐに俺の×××の×××にしてやるよ。××ただけで××を×くのが止まらなくしてやるよ」
「イヤァァァァァァ!!こいつ絶対ヘタクソだわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「やれ!」
「はい!」
「オッケー!」
俺の合図にプライドと咲が同時に応え、後ろから俺に駆け寄る。
ドスッ
間を置かず、ふたりの手が背中から体に入ってきた。
「ぐ………ッ」
(いっ……てぇ)
ふたりはすぐさま俺の体から手を引き抜き、振り向き、今度は床に倒れているサクラに飛びかかった。
エミリアにはもう用がないので、立ち上がる。
エミリアとゴリアスは呆然としている。何が起こっているのかわからないだろう。
プライドと咲、それぞれが片手に持った小さなサクラを、サクラの体に押しつけだ。
プライドは右腕の断面に。咲は胸に開いた大きな傷口に。
サクラの顔から、苦しげな色が消えた。
(食わなくてもいいのか……そうか、引き抜いたものは押し込めばいいんだな)
疲労がどっと押し寄せ、尻餅をつくように座り込んでしまった。
いつの間にか、ナイフを深く差し込まれた胸と、切り落とされた腕が、元通りになっていた。