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第7話 A子とデート 3/3

-GaGa Garden 衣料品店内

「服がないって、面白いですね、畑中さん」

 A子の笑顔は、先ほどの出来事を必死に忘れようとしているように見える。

(終わったら絶対文句言ってやる)


「なんかクローゼットみたら、似たような服ばっかりでさ。ジャケットなんかほとんどスーツみたいだから、休みはもうちょっと、違う服を、と思って」

「そうですねー、これから寒くなるから、ダウンとかは?」




「畑中くん、持ち直せるかしらね」

「さっきの、漣さんのですよね?僕らも買い物に夢中にならないようにしましょうね」


「まぁ、これくらい離れてたら大丈夫でしょ。それにしても、やっぱり服くらいほしいわね。プライドくんは?」

「僕は、あんまり興味ないですね。ご主人のプライドがそうさせるんでしょうね」


「どういうこと?」

「『イケメンでもないのにファッション頑張るのはダサい。それならファッション頑張ってない方がマシ』ってやつですよ」


「わかりすぎるわねー。まぁそれはそれとして、プライドくんは見た目いいんだから、ほかの服も着てみなさい。ほら、これとかどう?」

「首輪じゃないですか」




「この店、結構いろいろあるんですね。あ、ピアス」

「どういうのが好きなの?」


「んー、あんまり大きくないのが好きですね」

「あー、可愛いのがちらっと見えるのがいいよね」


「わかりますか?あ、ちょうどこういうのです」

「っと」

となりの女性が小さく声を上げた。


(わ、ぶつかっちゃった)

「す、すみ」

見ると、色っぽい女性が長身の美形男性に首輪をつけている。


(こ、こわい!金持ちとヒモだわ!)

 謝罪の言葉を続けられないでいると、女性と男性の顔がみるみる怯えに変わっていく。

 恐る恐る振り向くと、先輩は眉間に、先ほどよりもさらに深くしわを作り、口は血が流れそうなほど噛み締めている。


「何か……ありましたか……?」

「い、いえ、オホホホ、失礼」

 女性は目をそらし、足早に立ち去る。男性は一度たりとも先輩とは目を合わさず、女性の後を追う。




―20時

-焼肉 御々苑

「ここは割り勘で」と互いに固く約束して始めた夕食。

 ひととおり食べ終わり、デザートを頼むと、店員は一度席を離れ、テーブルに埋め込まれた七輪を片付けに来た。


 少し離れたところに、野々宮姉弟とプライドとサクラが座っているのはわかっている。さいわい、店内は全席が簾で仕切った個室になっている。

 改めて思ったことだが、A子はとてもいい子だ。


 二度にわたる恐怖体験、すなわち「身近な『普通の人』ほど、本当に怖い」という体験にもかかわらず、忘れようとして笑顔で接してくれている。

間も無く、バニラアイスがひとつ、運ばれてきた。



 漣が口を開く

「僕としては、今日のうちにお詫びしておきたいです」

「賛成です。ご主人はすでに許してくれてはいますが、やはりけじめとして」


 テーブルの上には不自然でない程度に飲み食いされた後の食器が置かれている。

「怒られないかなぁ?」

「サクラちゃん知ってるでしょ?畑中くんは優しいから、ちゃんと謝れば許してくれるわよ」


「次に彼女が席を立ったら、行きましょう」

 プライドの言葉を、漣が遮った。

「いや、行くのは僕ひとりです」


「なんでよ!?」

 咲が驚く。

「三人は、仕方ない部分があるでしょ?一緒にいないことがストレスなんだ。僕だけが、単純に好奇心で、面白がって、来たんだよ」


 サクラが小さく叫んだ。

「あ!行ったよ!」

「三人はここにいて!」




(私だけデザート頼んじゃった)

「男の人って、ほんとにデザート食べないですよね」

「まぁね、ほしくならないかな。ご飯でお腹いっぱいになってるし」


「私だって、いつでもじゃないですよ?でも焼肉のあとのバニラアイスは、マストです」

「マストですか」

「はい」


「今日はありがとう、楽しかった」

「それは、私もですよ。楽しかったです。よかったら」

 言葉が詰まった。


 よかったら……また遊びましょう

 よかったら……恋人になってください

 自分でもどっちを求めたいのかわからない。


 一回寝ただけで恋人になるなんて考えるほど、子どもじゃない。

(でも、畑中さん、ほんとにいい人なんだよね。そりゃ二回ほどびっくりはしたけど、やっぱり全然怖くないもん)


 この素敵な先輩は、私を愛してくれるのかな?

「あいす」

「えっ」


「落ちたよ」

 先輩の視線を追って手元を見ると、スプーンからアイスが垂れて、ワンピースの生地に落ちた。

「やだっ!」


「トイレいく?」

「はい!」




 A子が席を立って間も無く、声をかけられた。

「あの、畑中さん」

 声の方を見ると、漣が立っていた。


「あ、漣さんか、ほかの三人は?」

 立ち上がろうとしたら、漣が手で制した。

「向こうで待ってもらってます。あの、この度は本当に申し訳ありませんでした」


「いや、やめてくださいよ!僕こそ、同居人を押しつけておいて文句も言わない漣さんの親切をそっちのけで、睨み付けたりして、申し訳なかったです」

「いえ!けじめです!本当に!申し訳ありませんでした!」

 深々と頭を下げられてしまった。




(びっくりした、あいす、とか言われた)

 焦りと恥ずかしさを抑えながら、トイレに向かって足早に歩く。が、すぐに思い至った。

(あ、ハンカチ要るじゃん、かばんの中だ)


(私ったら、ずっと緊張してるな)

 振り返り、道を引き返した。先ほどまでいた席が見えると、足が止まってしまった。

 今日の恐怖体験のひとり、見た目がとても怖い男性が、一日中一緒にいた会社の先輩の前にうなだれて立っている。


 先輩は席に座ったまま、何事か話している。

 そして男性が勢いよく頭を下げて、叫んだ。

「けじめです!本当に!申し訳ありませんでした!」




―21時

-物捨神社 食堂

『今日は本当にありがとうございました。先輩として、また明日からよろしくお願いします』


 スマホを覗き込んでいた咲が言う。

「よかったじゃない?恋愛対象からは外れたけど、ワンナイトとデートを言いふらされる心配はないわね。そんなことしたら、何されるかわかんないから」


 脳裏に、ネット記事のタイトルが躍る。

『危険だと感じさせないのが大前提―女性が恋愛感情を抱くのに必要なのは、安心感』


(終わったな)




つづく

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