偽りの王は影を得る
王になって数か月後の夜。
クレスは城の中を考え事をしながら歩いていた。
「はぁ……疲れた……
ーーッ!?」
急に殺気を感じ、後ろに引くと先ほどまで立っていた箇所に小さなナイフが刺さっていた。刃こそ小さいが当たれば確実に致命傷の殺傷能力はあるだろう。
「暗殺者か!?」
(くそっ……今度は暗殺の危機かよ……!!
と、とりあえず相手はどこにいるんだ……?)
神経を集中させ、どこに暗殺者がいるのかを必死に探す。
その時、微かな物音が聞こえた。
「そこか!!」
と腰に下げていた短刀を投げた。
しかし当たった先は城の壁だったようで、カンと乾いた音が響く。
「外したか……ってなると」
突如、上から剣を振り下ろされた。
「上だよなっ……!!」
と右に避けると先ほど投げられたナイフを抜いて、構えた。
正直ナイフだと心許ないが何もないよりは断然いい。
そして心休まる暇もなく目の前に切っ先が迫ってきたので、ナイフでその切っ先を逸らした。
キンッ!!
金属同士が当たる音が城に響く。
相手からの切っ先を受け流し、クレスは暗殺者相手に再び向き直る。
予想以上に耐えているのが驚きなのか暗殺者は初めて口を開いた。
「……よくやるな王よ」
声のする方を見ると自分と同じぐらいの身丈の人間がいた。声の低さ的に男性だろう。
「簡単には死ねんのでな」
口ではいつもの堂々とした口調で話しているが内心は焦っていた。最初の2撃ぐらいは何とか流したが、長引けば長引くほどこっちが不利になる。
「だがここーー」
「ーー陛下、ご無事ですか!?」
「ゴルドか、助かる」
剣を振りかぶってきた暗殺者との間にゴルドが割って入ってきた。
「……執事か」
「陛下はやらせませんよ!!」
それに続くように兵達が徐々に集まってきた。
「フン、時間がかかりすぎたか……今宵はこれまで、だな」
と言うと近くの窓を割って城の外に出て行った。
クレスはすぐ暗殺者が出て行った窓を見るが、既にその姿は消えており、追う事は厳しそうである。
「ふぅ……助かった」
「申し訳ございません陛下、私がいながら危ない目に合わせてしまいました」
「お前が謝る必要はない。あれは向こうが上手だ」
(だってさっき何も気配無かったのに急に殺気を感じたからなぁ……あれが本職か)
「暗殺者……相手が分かれば軍を向かわせるのですが……」
「手がかりか……ん?」
と頭の中でさっき刃を向けてきた相手の特徴を思い出したところ、ある記憶が頭をよぎった。
それは相手が頭上から剣を振り下ろしてきた際に、剣についていた紋章である。
「なぁゴルド、この紋章分かるか?」
その紋章は言葉で言い表せないような形だったので絵に書き、見せた。
だがゴルドは申し訳なさそうに首を振る。
「申し訳ございません。この国にいる一族の紋章は覚えているのですが、この紋章は見た記憶がないですね」
「ゴルドが知らないか……だが手掛かりはこれだけだ」
顔は布で目元以外隠しており、身丈も大体同じぐらいしかない。しかもその身丈も一般男性ぐらいなので殆ど手がかりが無かったので紋章だけが手がかりだった。だがそんな中ゴルドはふと思い出したかのように呟く。
「もしかしたらなのですが書庫室にあるかもしれないですね」
「書庫室だと?」
「えぇ書庫室です、それに陛下は王族なので王族専用の書庫室にも入室出来ます。そちらでしたらその紋章があるかもしれないです」
この城には2つ書庫がある。1つは城にいる者なら誰でも入室出来る書庫と、もう1つは王族のみが入室出来る王族専用の書庫だ。そこには王族しか知らない歴史書等、誰でも入れる書庫室には置いてはいけない本が揃っている。一応クレスは王族ではないのだが、ゴルドがそう言っているのでそこは無視していいらしい。
「なるほど、明日でも見に行こう」
そして数日後……
「ゴルド、少し行きたい場所がある。付き合え」
朝、顔を合わせるや否やクレスはゴルドにそう告げた。
「はっ、かしこまりました。
ーーちなみにどこに向かわれる予定ですか?」
ゴルドはどうせ少し城下町に出る程度の事だと思い、深く考えず了承したがどこに向かうか聞いてなかったので聞いてみる。
するとクレスから驚愕の返事が返ってきた。
「我を暗殺しようとした者に会いに行く」
「……はい?」
開いた口が塞がらないゴルドであった。
クレスに言われるがままゴルドはともに城から馬を出して移動しているのだが、自分が仕えている王は毎日の暗殺の恐怖でとうとうおかしくなったのかと思いながら道中進んでいた。だが当の本人であるクレスはいつも通りの表情をして歩いているので尚更不思議に感じる。
(陛下は一体何をお考えなのだ……? 王自ら、しかもご自身が狙われているのを承知で)
「ーー着いたぞ」
「ここは……?」
城から馬を飛ばして1時間ぐらいで着いたのは町はずれにある森であった。この森は入ったら最後出てこれないなどかなりいわくつきの森である。
「我を暗殺しようとした者よ!! 出てくるがよい!!」
「へ、陛下!? いきなり何を言い出すのですか!!」
ゴルドはクレスがいきなり言い出したことにまたもや驚いた。
だが……
「ーー自ら死にきたか?」
と返事が返ってきたことにゴルドは驚き、クレスは不敵に笑った。
「馬鹿を言え。今日我がここに来た理由は違う」
「では、我らを殲滅しにきたか」
「それも違う。
ーーお前達を雇いに来た」
「ぬっ?」
暗殺者は予想もしてなかった発言を受けて思わず、変な声が出てしまった。
「我はお前達を雇いに来た」
「何を言うと思ったら、それか。
一国の王であるお前がが何を言っている? それにお前は我らの中では暗殺対象だが?」
「我は調べた。お前達は元々はセレスティに仕えていたんだな。代々の王の影として」
クレスは王になってから頻繁に出入りしている書庫室で調べものをしている。その中で昔に“王の影”と呼ばれるがいたことが分かった。どうやらそれがクレスの目の前にいる一族みたいである。
「……」
「だが数代前の王は、当時の王の影が苦言を呈したことに腹を立てて、追放したらしいな。
まぁここら辺は王国の負の歴史だから書いてある本が1冊だけだったから探すのに苦労したが」
「……陛下、よく探しましたね、あの量から探すのはかなり大変だったと思うのですが」
「ゴルド、我が暇なのを知っている故での発言か?」
クレスは形だけの王なので政治に殆ど関わらない。
やるとしたら法律の承認書に判を押すぐらいである。
「失礼しました」
「別に構わん。
ーー話を戻すが、前に我がお前に暗殺されかけた際に服に紋章が書いてあったのを覚えていてな。
その紋章を頼りに国の歴史書を片っ端から調べたら、お前達の事が書いてある本が見つかった」
「まさか……お前はあの中で見た紋章から調べたのか? 自分が暗殺されかけている中で」
暗殺者は、自分が死ぬかもしれない状況で服の一部分に、しかも小さくとしか書かれていない紋章だけで探したことに驚いていた。
相手が驚いているのを気にせずクレスは続ける。
「だからさっきからそう言っているであろうが。お前の暗殺の腕は正直に言うと尊敬する。もしお前達が我の味方になるとしたらこれ以上心強いことはない」
「“お前達”だと……?」
「あぁ我が雇いたいのはお前だけじゃない。
ーーお前達一族全員だ、一族ごと雇う」
「ち、ちょっと陛下!? 何をおっしゃっているんですか!?」
隣でゴルドが慌てている。
「ゴルドは少し黙っておれ。最初はお前だけを雇おうか思ったのだが、どうやらお前の強さは一族の連携があってのことなのだろう。で、あれば最大限の力を出させるにはお前達一族まとめて雇った方がいいだろうと我は考えた」
勿論歴史書にはどのように代々の影がどのように仕事をしていたか記載はない。だがクレスは読んでいく中で明らかに個人でやれることではないと思い、もう少し調べてみるとどうやら一族で得意分野ごとに分かれて仕事をしていたようであった。
「……」
「我は先代の王とは違って、お前達一族を裏切らないと誓おう」
(だって裏切る身内いないからなぁ……言っていて悲しくなる)
「口では何とでも言える。お前も我らを用済みとなれば切り捨てるのであろう?」
「だな、口では何とでも言えるな。故にこの世で最も信頼に値するものをで信頼を示そう」
と言うと服のポケットから金貨を出した。
「何だと?」
「最も信頼に値する物それは“金”だ。
最初は我が先払いするして、お前達一族が仕事を行う、という契約でどうだ?」
「先払いか、確かにそれなら我らが損することはなさそうだ
ーーいいのかお前は?」
「あぁお前達を雇って得れる利益を考えたらこれぐらいの出費安いものだ。
それに今お前達が暮らしている森は我の直轄領に編入して他の者に手を出させないようにする」
「助かる、この森は我らが故郷だが最近変な輩がこの森を自分の物にしようとしていた。王の直轄地となれば簡単に手を出せなくなるな。
今更ながらお前は変わった王だな。分かった、お前を主として我ら一族は忠誠を誓ってやろう」
「感謝する。
ーーところでお前の名を聞いてなかったな、名は?」
ここまで会話をしていながらも相手の名前を聞いてなかったことに気づいた。
「我の名はクロウ。主の名はアベルでいいな?」
「あぁ俺の名はアベル、これから頼む」
そしてクロウ達一族ごと直接雇ったクレス。
これによってクレスの元に様々な情報が来るようになり、対外交渉もしやすくなった。
そしてクロウと約束した彼らの一族が住んでいる森をクレス自身の領地に入れることを大臣達に提案した。
大臣達は訝し気だったが代わりにアベルが持っていた工業地帯を譲ると言うと喜びながらその提案を了承したのである。
「主、いいのか? あの領地を失ったのは痛手なのでは?」
「別に構わない。あの領地を手放してまでもお前達の森を得たのはあの地を手放す以上の利益が返ってくると思ったからだ。
ーー故に、お前達はあの土地以上の働きをしてもらうからな」
「その期待に我ら一族は応えてみせよう」