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ウィッチ・ストレングス  作者: 手毬凌成
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プロローグ

 まず始めに。人に平等に与えられるもとは何か。大体の大人は時間と言うだろうが、それは違う。では何か。

 それは『死』だ。『死』とは誰しもが持つ美しく、そしてとても残酷な物。

 万物は『死』――『形を失う』からこそ、本当の価値に気づけるというものだ。


『死』は社会は循環させ、世界が廻る潤滑油。


 全ての生物は待ち来る“死〟があるからこそ、そこに価値感見出し、後世へと引き継がせるために子孫を増やし、よりよい個体を残そうとする。


 例えばライオン。ライオンはハーレムと呼ばれる、メスを自分の周りに大量に侍らせ行動している。だが、そこに他の雄ライオンが介入するとする。その時点で雄同士の雌争奪戦が始まる。そこで勝った雄ライオンが、新たなハーレムとして創り上げられる。


 例えばカブトムシ。甘い木の蜜に誘われやって来たカブトムシたち。食料で争う事もあるが、何よりの起因となるのは、やはり『メス』だろう。カブトムシも同様に、子を残すために闘争するのだ。


 では、人間はどうなのか。医療技術の発展、また繁栄により死亡率も低下している。病気になったとしても、手術や薬剤のおかげで治ることも多くなった。だが、それはいいことでもあり、悪い事でもある。

『死』から遠くなったからこそ、人は危機感を知ることがなくなった。死をどこか遠い存在であると感じてしまうのだ。そのおかげか、人は子を作ろうとは思わなくなってしまった。


 そこには経済面や金銭的問題があるがために、出来ないというのもあるが、やはり『性欲』だろう。人は愛という名の性欲で、己が欲望を発散し、体を、心を満たしている。つまり、死と疎遠になってしまったのだ。


 俺──柊奏多は深く肺の空気を吐き出すと、全てを受け止めるかのように目一杯に両腕を広げた。


 風が吹き荒び、俺の身体を容赦なく嬲る。


 あまりの強さに少し体勢を崩しそうになってしまったが、何とかバランスをとり、立て直す。


 俺はふと下を覗くと、小さくなった車が道路に光の残像を後ろに描きながら、往来している。


 赤や青、白やオレンジなど、様々な色が暗闇に浮かび上がる様は正に幻想的の光景。例えるならば、それは暗い夜の海の世界だ。様々な色彩を持った生物が、それぞれの人生を築き、道を、運命を辿っていく。まるで、何かに操られてるように。


 前方を見遣れば、沢山の高層ビルが立ち並ぶ中、存在感を放つようにスカイツリーの展望台から上が突き出していた。


 ここは三十階ビルの屋上。その縁に掛けられた足下には煌めく街が広がっている。

 空を見あげれば、満月が青白く灯り、無数の星々が瞬いている。とても綺麗だ。壮麗な光景に思わず息を飲んでしまう。しかも星の光は数十年、数百年前の明かりがこの地上に届いてるのだという。そう思うと、より感動してしまう。


 手を伸ばせば、掴めそうだ。けど、俺はその光には一生届くはずが無い。否、届くわけがないのだ。

 光り輝く場所など、俺にとっては不相応な所。存在すべきでない領域。俺は影で生きてる方があっている。


 すーと息を吸うと、冷たく澄んだ空気が肺に入り込むみ、浄化していく。少し汗ばんだ身体には丁度いい涼しさ。


 淀んだ物が何もかも消え去り、洗礼されて行くような清々しさ。


「はぁー……」


 そうして胸の(わだかま)りと共に吐き出した息は、すぐに空中へ溶け、霧散する。


 さてと……俺はくるっと踵を返し、背を向けた。


 そして目を閉じると、俺は重心を後ろへ傾ける。


 途端、足が離れたちまち身体に浮遊感が襲いかかると、そのすぐ後に今度は下へと引っ張られるような感覚に捕らわれる。


 ゴーーーーッ! と言う空気を切り裂くような轟音が耳を覆い隠し、全ての音を遮断した。


 もはや身体は自由落下運動に入り、等速直線運動にはいったところだろう。


 けれど、地へと落ちるまでには五秒と掛かるまい。


 では、ここで問おう。もし『死ぬこと』ができなくなったらどうなるのか。それは――。


 ………グシャ! 俺の視界と意識がたちまち暗転する。




………………目を覚ますと、俺の周りには人たがりが出来ていた。眼前に、いくつもの人の顔が映りこむ。


「お、おい……大丈夫か……」


 と、一人の男が俺に向かって手を差し伸ばす。だがそれを、ぺしんと追い払うと俺は何事もなかったかのように起き上がった。ふー、と一息ついて辺りを見る。やはり、多くの野次馬(ギャラリー)が周辺を囲んでいて不安げな視線を集めていた。中には手にスマホを取りカメラを向けている奴もいた。

 

 すると。


「少年が転落したというのはここか」

「はい、そうです」


 そんな話し声が遠くから喧騒に混じって聞こえ、その後すぐに人混みをかき分け頭にヘルメット。青色の服で身を包んだ二人と男──救急隊がストレッチャーをもって駆けつけた。


「きみ大丈夫か? 頭とかどこか痛いところとかある? ……というか、よくあんな高さから落ちて死ななかったね……」


 救急隊の一人の男が膝をおり目線の高さに合わせ状態を確認してくる。無数のざわめきがまるで別の世界から音が流れているように、男の声ははっきりとクリアに耳へと届いた。


 俺は彼のその真摯な眼差しを睨みつけると、手元に落ちていた新書本をポケットにしまい、さっと立ち上がってまた歩みを進める。

 

 別に痛いところなんてどこにもない。だから、ここにいる必要も無い。


「おい、ちょっと君! まだ状態での確認が終わって──」


 そんな焦った男の人の声を背中で聞きながら、俺は蟠るこの場所から抜け出して、雑踏の流れに身を委ねた。


 騒々しかった音も、離れていくうちにただの雑音へと変わってゆく。街の音として、馴染んでゆく。いつのまにか、耳奥をくすぐるような煩さはどこかへ消えてしまった。


 そうしてまた俺は、この様々な人々が営む海の底を闊歩する。夜空には自分の存在を主張するかのように星々が煌々と輝き、青白い月光が地に落ちる。綺麗なはずの夜空が、なぜかとても狭苦しく、自分がこの中にいたらすぐその場から逃げ出していただろう。


 俺には、孤独という言葉が一番似合いだ。




 もし、『死ぬこと』ができなくなったらどうなるか。それは──



それは。人は「死」を求め、そして「死」を望むようになる。

 

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