雪の駅舎
これは私が学生時代。もう何十年も昔、今日のような大雪が降った日に体験した話です。嘘と思われる方は、それでも結構ですが、どうか最後までお読みください。
私は地方の県立高校に通うごく普通の高校生でした。毎日同じ時間に駅に向かい、同じ列車に揺られ学校に通う。ごく普通の毎日でした。
そんなある日。あれは忘れもしない真冬の日のことです。
その日は珍しく寝坊をしてしまい、着替えをさっさと済ませ、母が何か言っていましたが、私は急いでいたので聞く耳を持たず、朝食も取らずにそのまま家から飛び出るように玄関を出ました。するとそこは一面の銀世界。10年に一度あるかないかの大雪でした。
寒さに震えつつも「これなら列車も止まってるかもしれない。遅刻しても雪のせいだ」と大義名分を得てルンルン気分でした。足を雪にとられつつも、駅に着くころには体も温まっていました。
駅舎に入ろうとすると駅員さんから「雪で列車止まっとるよ」と言われ、ストーブを焚いているから駅舎で待つように言われました。
中に入ると30人くらいの人が列車を待っていました。列車が運転を見合わせていたためでした。ド田舎の駅舎なのでとてもこじんまりとしていて、30人も居ればベンチはすべて埋まっていて、私ともう一人、先に着いていたらしいスーツ姿の男性は立って待つことになりました。
田舎とはいえ列車が止まると、こんなにたくさんの人が足止めをくらうのか。と、どうでもいいことを考えていました。
その時、足元に違和感を感じ視線を落としました。
そこにそれはいました。
それは足元でうごめいているのです。
悲鳴をあげれませんでした。なぜかって? 恐怖で声がでなかったからです。
視線を上げ、あたりを見渡すと誰もそれに気づいていません。本を読んだり、友達と話をしたり……誰一人、それが見えていないようでした。
もしかしたら見間違えたのかもしれないと思い、もう一度、そっと見ました。
目が会いました。
「ーーー!!!」
声にならない悲鳴をあげました。ですがやはり誰も気づきません。
だれか一人くらい気づいてもいいものだと思ったのですが、周りを見渡してもみんな無視を決め込んだように無関心でした。
意を決してもう一度見降ろします。怖いもの見たさが優っていたのかもしれません。
するとそこにはなにもありませんでした。緊張から解放され、大きく安堵しました。
さっきのはきっと見間違えたんだ。と自分に言い聞かせ、カバンから教科書とノートを取り出そうとしました。
するとカバンのファスナーが開きません。
なぜだろうと思ってカバンを見ると、そこにそれはしがみ付いていました。
「キャァー!!」
今度こそ悲鳴をあげ、座りこんでしまいました。それでようやく周りの人も気づき、駆け寄ってきました。
「どうしたんだ?」
そう声をかけてくれたのはスーツを着た男性でした。
「私の、私のカバンに、何か、何かがいたんです!」
「カバン? カバンには何もないよ」
男性はそういうと私が立ち上がるのに手を貸してくれました。
お礼もそこそこに男性は「誰か、この子のために席を譲ってくれないか」と大きな声で声を掛けました。
すると70代くらいのお爺さんが席を譲ろうとしてくれたのです。
「おじいちゃん悪いよ。それなら私、立ってますよ」
そう私がいうとお爺さんは「良いんだよ。健康のためだよ」と朗らかに笑って席を譲ってくれました。
申し訳ない気持ちでしたが、立っているのはもう限界に近く、ご厚意に甘えることにしました。
ベンチに座ってやっと一息つき、助けてくれたサラリーマンと席を譲ってくれたおじいさんを見ました。サラリーマンの人は手帳を片手になにかメモを書いていました。おじいさんは売店で何か買っているようで、その後ろ姿を見て、背筋が凍りました。
それがいたのです。
おじいさんの足元をうごめき、その腕らしきものでおじいさんの足を掴んでいました。
状況を理解する前におじいさんは私のところに来てキャラメルをくれました。
「甘いものでも食べて落ち着くとええで」
そういうとおじいさんは何も気づかない様子で、タバコを吸い始めました。
私の周り、カバンを見てももうそれはいません。やはりそれはおじいさんに移ったのです。
背中がゾクゾクと恐怖によってどんどん凍えていくのがわかりました。「これはいけない。なにが行けないかよくわからないけど、これはよくない。」そう思っておじいさんに声を掛けました。
「おじいさん。もう落ち着いたから、私が立っとくよ」
すると先ほどまで優しかったおじいさんの顔が豹変しました。
「良いから座っとれ! 儂を年寄り扱いするな!」
おじいさんの豹変ぶりに驚きました。その間にもそれはおじいさんの太ももに、腹に、腕に、どんどん登っています。
私が再度声を掛けようとすると、隣の席に座っていたおばちゃんに腕を引かれました。
「もう助からんよ」
何を言っているのかよく理解できず、言葉の意味を理解する前にそれはおじいさんの口に入り込んでいきました。
するとおじいさんは悶え苦しみ始めました。そうしてやっと初めて人々は動き始め、救急車を呼んだり人口蘇生を始めました。
そしてそれはどこにも見えなくなっていました。
あとから母に聞いたのですが、当時から30年ほど昔、大雪で列車が終日運休していた日の明くる日、駅舎で凍死した学生が発見されたそうです。当時は今の駅舎よりももっと質素なもので、駅員さんもいない無人駅だったそうです。
そのためその学生は来るはずもない列車を待ち続けて、凍え死んでしまったそうです。
それ以来、時折、それは現れるようになったため、老朽化もあって駅舎を建て替えたそうで、以来それは現れなくなったとのことです。ですが、それは大雪や台風などで列車が止まると現れ、その時立っている人を一人、必ず襲うようになったそうです。そしてもし立っている人に席を譲ると、譲った人にそれは移るとも教わりました。
見える人と見えない人の差はあるそうですが、あの駅を利用する人のほとんどがほぼ必ず見えるのだそうです。
おじいさんは私の身代わりになってくれたのでしょう。そう思うと、あのおじいさんの豹変は私のためだったと、感謝しかありません。
あれ以来、私は隣の駅まで行くようになりました。
そして現在、私には高校生になる娘がいます。ですが、決してあの駅を使わせないようにしています。この話を何度もしているので、きっと守ってくれるでしょう。
人生で初めて書くホラーになります。
拙い部分も多々あると思いますが、何分ご容赦ください。