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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第四章 OPERATION 'MOONBREAK'
99/405

10. 地形的優位性


■ 4.10.1

 

 

 宇宙空間でランダム機動を行う方法としては、主に二通りがある。

 一つは、スラスタ噴射で機体の姿勢を変えずに位置を移動する方法。

 もう一つは、スラスタ噴射で機体の進路を変え、後方に噴射し続けるメインエンジンから吹き出すジェットの推力で位置を移動する方法。

 

 スラスタ噴射で位置を移動する方法は、スラスタを噴射した瞬間から進行方向に対して横に移動する為、即応性に勝る。

 しかしながらスラスタは所詮横向きに1Gほどの加速が出来る程度の推力しか持たない為、横向きに移動する速度そのものは低い。

 

 翻って機体の向きを変える場合は、スラスタによる進路変更で機体が20度近く傾かなければ、スラスタの推力を越えるだけの分解推力をメインエンジンのジェット噴射から得ることは出来ない。

 僅か一瞬の事ではあるが、スラスタ移動よりも応答が悪いのだ。

 逆に機体の向きが変わりさえすれば、メインエンジンの推力で大きな加速が可能となる。

 

 応答性は良いが推力の小さなスラスタと、推力は大きいものの一瞬のタイムラグを発生する進路変更。

 どちらが優れているというわけでは無い。状況に応じて最適な選択を行い、使い分けることが正しい。

 ・・・と、三ヶ月間のクソのような訓練の中で習った。

 シミュレータを使って実際にそれを体験もした。

 

 しかし現実は厳しかった。

 そもそもが、敵機は遙か数千kmの彼方。肉眼はおろか、機体振動のお陰でカメラ画像でさえ上手く捉えるのが難しい。

 宇宙空間では敵の弾であるレーザーを見ることは出来ない。

 ランダム機動をして、何とか敵の攻撃をモロに受けずに済んではいるが、どれほどの余裕を持って避けられているのかが全く分からない。

 それは大気圏内でも同じ事だったのだが、それでも大気圏内であれば雲の向こうから攻撃されることは無く、200km以遠の敵に狙撃される心配をすることも無かった。

 

 しかし宇宙(ここ)では違う。

 1000kmも彼方からでも敵の攻撃は確実に通る。

 当たれば終わりだ。

 そして何度も掠めるような敵の攻撃を食らっている。

 機体の端がポッと明るくなり、稀に弾け飛ぶ。

 それは胴体であったり、センサーユニットであったり、融合炉のフェアリングであったり、融合炉脇から翼のように伸びる放熱板であったり、マウントされているミサイルであったりもした。

 一度は、搭載してある通常弾ミサイルに敵の攻撃が命中し、融け落ちるミサイルを慌てて投棄したこともあった。

 大気圏内で戦っていたときに比べて、戦いに余裕が全く無かった。

 やはりまだ、俺達人類が作った戦闘機で宇宙に出るのは早すぎたのだ、という思いが強くなる。

 

 何より、宇宙はファラゾア(やつら)のホームグラウンドであるという事を実感している。

 地球大気圏内であれば、大気によるレーザーの急速な拡散と減衰、雲や塵と云った障害物による射程の極端な低下、僅か数十km四方、高さ15km程度の極めて狭い戦闘空域に、下方には地表か海が存在して常に衝突の危険にさらされている。

 その様な狭い戦闘空域の中では、奴等自慢の高い機動力も過剰な力として持て余し、速度を上げれば巨大な抵抗となって軌道を制限する空気抵抗、無視できない超音速衝撃波、これも高速では無視できない高温となる大気の断熱圧縮による急激な機体温度上昇。

 奴等はその様な手枷足枷をはめられたような不自由な条件下で戦い続けていた。

 

 宇宙空間においてその全ての軛から解き放たれ、全力を発揮した敵戦闘機と対峙することとなった。

 1G程度の加速でしか向きが変えられず、向きを変えている最中に敵にそれを察知される。

 反応速度のトロいファラゾア機と言えど、ゆっくりと自分の方を向き始めている俺の機体を見て、攻撃の意思を察知されてしまい、照準を合わせるよりも遙か前に逃げられる。

 前にしか進めないSu-102に対して、ファラゾアの戦闘機はどのような向きにでも加速し飛び回る。

 俺の機体は多分、敵機がどんな動きをしようとも常に照準を合わせられた状態であるに違いなかった。

 俺の方は敵に照準を合わせることさえ出来ないというのに。

 初撃で敵を四機も撃墜できたのは、多分様子見でこちらを舐めきっていた敵機の虚を突く形で発生した非常に幸運な出来事であったのだと理解した。

 あれ以来、一機の敵も撃墜することに成功していない。

 

 更に言うなら、宇宙空間においてはファラゾア機もランダム機動を行い始めた事が分かる。

 一箇所に1秒程度しか留まること無く、まるでSFアニメに出てくる小型の移動砲台の様にせわしなく動き続ける。

 しかもその移動距離が大きい。ほんの一瞬で数十kmも移動する。

 これでは、運動性の悪いSu-102で敵に照準を合わせられる訳は無い。

 多分、大気圏内では空気の抵抗や狭い戦闘空域などの制限によってランダム機動を制限されていたのだろう。

 圧倒的不利。

 それでも俺は闘い続けた。

 闘い続けなければ、次の瞬間には死が待っている。

 死んで堪るか。ミノリを連れて地球に帰るのだ。

 ただその強い思いだけを胸に、操縦桿を動かし、スロットルを押し込み続けた。

 

 視野を紫色のマーカーが横切る。

 追いかけてはならない。

 敵を追撃する動きは単調になりやすく、狙い撃ちの良い的になってしまう。

 ランダム機動を続けながら、照準を合わせられそうな敵を探す。

 敵も馬鹿では無い。

 簡単に照準を合わせられる、俺の前方側に回り込んでくることは無い。

 左上方に敵。

 ちょうど左に首を振る動きをしていた延長で、そのまま上に旋回。

 星々が煌めく視野がぐるりと回る。

 前方視野に敵マーカーが入り、しかしレーザーの射撃範囲を示す緑の円に入るよりも遙か前に敵マーカーが消える。

 内心舌打ちしながら、機首を下方に振る。

 次の敵は。

 右下方。

 位置が悪い。

 左。

 照準を付けられる最短の旋回になるようにラダーを蹴りつける。

 再び回る視野の端を、いつの間にか小さくなった月の姿が横切る。

 あと少しで敵マーカーがレーザー可動範囲の円に入るというところで逃げられる。

 上昇。

 まるで誘うように、上方の敵が更に上方に逃げていく。

 この誘いに乗ったらお終いだ。

 右旋回。

 その先に表示されるマーカーを捕らえる直前で急に降下。

 その先に敵。

 マーカーが正面に回ってくる。

 円に入る前に再び逃げられる。

 これの繰り返しだった。

 捕らえようにも逃げられる。

 

 ファラゾア機の反応の遅さが変わったわけでは無い。奴等は相変わらずトロい。

 しかし、こっちの機体の動きがそれを上回る程に鈍い。

 核融合ジェットを得たことで前方への推進力は飛躍的に向上したが、空気を掴む翼が無くなって旋回力が大幅に低下した。

 急激な旋回を繰り返すことでトロくて反応できない敵を補足し叩き落としてきた大気圏内での戦闘方法がまるで使えなくなっている。

 敵がトロい、即ち敵よりもすばしこい自分達の特性に頼った戦い方を封じられ、後に残るのはファラゾアと人類との科学力の差。

 宇宙空間での戦闘機の機動性。

 

 機動性が悪いなら少しでも改善すれば良い。

 余裕の無い戦いの中で、コンソールのカーソルを操作した。

 瞬時に操作できるミサイル操作メニューから、特殊操作メニュー。

 幾つも並ぶ項目の中から、高機動の戦いの合間を繋いで、間違いの無いように時間を掛けて全ミサイル同時設定を選択する。

 全てのミサイルが、燃料が無くなるまで敵機をとことん追尾し、命中してから爆発する設定になっていることを確認する。

 他にもっと良いやり方があるかも知れない。

 だが、戦闘の合間に今思いつくのはこれしかない。

 

 メニュー確定解除。

 ぐるりと見回し敵の位置を再確認。

 旋回しながら、半球に四機以上が存在する瞬間を狙う。

 一瞬のチャンス。

 操縦桿正面のミサイル発射トリガーを押し込む。

 コンソールに表示されていた「MISSILE LAUNCH; ALL MISSILES」の文字が一瞬点滅した。

 ミサイル全弾一斉発射。

 俺の機体に残された、三発の長距離反応弾頭ミサイルと、十発の短距離通常弾頭ミサイルが一斉に機体を離れ、ロケットに点火する。

 それはまるで魔法でも撃ったかのように、十三の眩しい煌めきが化学ロケットの燃焼生成物の煙を引いて、俺の機体を中心にして辺りに一斉に散り、まるでそれぞれが意思を持った生物でもあるかのように敵を発見し、そして敵を追いかけて宇宙空間を疾走し始めた。

 

 当たるなどと思ってはいない。

 敵の動きを少しでも制限できれば。

 その隙に一機でも敵を墜とすことが出来れば。

 そして身軽になった俺の機体が、少しでも機敏に動くようになれば。

 

 ミサイルを放出して空になった各ハードポイントのパイロンがイジェクトされ、回転しながら機体から離れていくのが見えた。

 敵との距離は1000km以上ある。

 どのミサイルも到達するまで数十秒かかる

 電子音が鳴り、短距離ミサイルが二つ撃墜されたことがコンソールに表示される。

 旋回し続ける俺の視野に紫のマーカーが入ってきた。

 そのまま更に操縦桿を押し込む。

 マーカーが円内に入る。

 ガンサイトが一瞬で動き、マーカーを追尾する。

 マーカーとガンサイトが重なる瞬間を狙ってトリガーを引く。

 撃墜。

 発射したミサイルが次から次へと破壊される。

 残り六発。

 次の目標を探す。

 敵もこちらの意図を理解したようで、正面に回ってはこない。

 長時間単調な動きは危険な行為だと理解しつつ、更に操縦桿を押し込む。

 一方向へのスラスタ噴射時間が長ければ、その分旋回速度も上がる。

 旋回を止めるのにも時間がかかるが。

 速度を増して回り続ける星の海の中、紫のマーカーが再び一瞬レーザー可動範囲の円を横切る。

 スロットルを反対に倒して僅かでも回転を下げ、ガンサイトがマーカーに重なる一瞬、トリガーを引いた。

 撃墜。

 敵機残り四。

 

 一瞬の喜びもつかの間、激しい衝撃を食らって視野が白く染まり、レッドアウトしかける。

 やられた。

 拙い。

 俺はまだ生きている。

 どこだ、やられたのは。

 パニックになりながらも、旋回方向を変え、これ以上被弾しないように動く。

 電子音が耳元でうるさく鳴り続け、コンソールに何か大きな赤い表示が明滅する。

 ランダム機動のGに頭を揺さぶられながら、コンソールを確認する。

 

 LOW PRESSURE ERROR; REACTOR FUEL (STORAGE TANK #01)

 LOW PRESSURE ERROR; REACTOR FUEL (STORAGE TANK #02)

 

 VALVE CLOSED; FUEL TANK CONNECTION

 

 LOW PRESSURE ERROR; REACTOR FUEL (STORAGE TANK #01)

 

 燃料タンクを撃ち抜かれた、クソ。

 うるさく鳴り続ける警告音をキャンセルする。

 燃料移送用の配管をカットして、タンク#02の圧力低下が収まったという事は、#01を撃ち抜かれたという事だろう。

 後ろを見ると、機体上面から未だ白い煙のように水が霧となって噴き出し続けているのが分かる。

 

 反応炉の燃料は水だ。

 化学燃料の様に、撃ち抜かれたからと云って爆発するものでは無いが、しかし燃料が無くなれば当然行動不能となる。

 地球に帰ることが出来なくなる。

 それ以前に、戦闘中に燃料切れで撃墜されるかも知れない。

 タンク#02は生きているようだが、どれだけの燃料が残っているのか、戦闘中すぐには確認できない。

 

 だからといって敵が攻撃の手を緩めてくれるわけでも無い。

 燃料の欠乏に怯え、顔面が冷たくなるのを自覚し、背中に冷たい汗を流しながらも俺は、燃料を激しく消費し続けるランダム機動の手を止めることが出来ない。

 

「ミノリ、済まない。もしかしたら、地球に帰れないかも、知れない。」

 

 意識を失い、激しいランダム機動のGに酷く身体を揺さぶられ続けているだけのミノリの返事は、もちろん無かった。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 タイトル「地形的優位性」ですが。

 「宇宙空間で何が『地形』だよ? 頭大丈夫か?」

 との皆様の罵倒が聞こえてきそうなタイトルですが、これは要するにストラテジーゲームでの優位地系のことを想定しています。

 要するに、ファラゾアの優位地形は宇宙、と。


 この場を借りまして。

 しばらく前に、拙作「夜空に瞬く星に向かって」が3000ポイントを超えました。

 頭分更新していないにもかかわらず、これもひとえに本作と併せて「夜空・・・」をお読み戴いている皆様のおかげであると感謝しております。心からお礼申し上げます。


 また、粗忽者の私が書く誤字脱字スペルミスの多い文章に対して、いつも誤字報告を行って下さる皆様。

 大変申し訳なく思うと同時に、とても感謝しております。

 作者として文章表現方法の一部であると判断し、適用を見送らせて戴くこともありますが、大概の場合は皆様からのご指摘によって気付く誤字の余りの多さに赤面するばかりです。


 色々と至らぬところの目立つ文章であると存じますが、これに懲りず、これからもお付き合い戴けますよう宜しくお願い申し上げます。


 

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