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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第四章 OPERATION 'MOONBREAK'
98/405

9. 葛藤


■ 4.9.1

 

 

 先ず最初に俺がしなければならなかったことと云えば、今現在地球に帰還するために減速中である、という意識を頭の中から消し去る事だった。

 減速中、即ち進行方向に機体後部を向けて減速噴射を継続している状態であるという意識が頭の中に残っていると、どっちが前で後ろかという単純な方向感覚を見失ってしまうこととなる。

 相対速度が50km/sec以上で足下を動き遠ざかっていく月という天体の動きが、その認識の混乱に拍車を掛ける。

 訓練で習ったとおり、宇宙空間には大気圏内での地球、即ち地上の様な絶対的な基準となるものは何も無いのだ。上も下も、前も後ろも全て自分の主観的方位方角でしかない。

 

 対地球相対速度とか、太陽系内速度とか、地球赤道面に対する方角とか、地球公転面或いは太陽黄道面に対する向きとか、その様なものを常に基準にして自分の位置や向きと速度を考えようとするならば、機載航法システム並の演算能力が必要となるが、自慢じゃないが俺のオツムがそれ程まで高性能でないことには自信がある。

 ならばいっそその様な客観的な基準など捨て去り、全ての計算を航法システムに押しつけて、自分自身が感じる主観的な方向感覚と速度感覚のみを頼りにした方がスッキリする。

 事実、戦闘中はそれで十分に事足りる。

 対地球速度や対地球公転面方位など、戦闘が終わってのんびりと帰還軌道を計算したり、友軍機とのランデブー軌道を計算したりするときに考えれば良いのだ。

 戦闘中は、上下左右前後と、相手との相対速度だけを考えていれば良い。それで十分なのだ。

 

 といった、三ヶ月に及ぶ戦闘シミュレータ訓練による虚ろな経験と、退屈な座学による詰め込み知識を再び思い出してから、今まさに俺に向けて襲い掛からんとする敵を再び確認した。

 敵位置後方、方位17、仰角14、距離58000km。速度約1000km/secにて接近中。数120。

 絶望的だった。

 百二十機を相手に格闘戦で勝てるわけはなかった。かと言って逃げ出そうにも敵の足の方が遙かに速くすぐに追いつかれてしまうだろう。

 絶望的状況だった。

 

 大気圏内であれば200kmほどの敵戦闘機のレーザー砲の射程は、宇宙空間であればどれだけ伸びるのだろう。

 空気や雲や塵と云った障害物の無い宇宙空間であれば、倍か? 或いは十倍、もしかすると百倍にも伸びるのかも知れない。

 いずれにせよ、対処が早いに越したことは無いだろう。

 

 俺は機首を敵機の集団に向け、十二発装備されている長距離ミサイルの内の一発を発射した。

 機体から分離したミサイルは化学ロケットの白い炎を引いて真っ直ぐに飛んでいく。

 空力的に「飛ぶ」必要の無いミサイルには一切の翼が付いておらず、まるで電柱が火を噴いて飛んで行っているようにも見える。

 

 再び敵に後ろを向けて加速を開始。

 折角殺した速度を再び増やす事になるが、命には替えられない。

 増えすぎてしまった速度は後で減速することも出来るが、今死んでしまっては地球に帰る事が出来る可能性はゼロになる。

 

 長距離ミサイルは二十秒後、100kmほど後方に離れた場所で爆発した。

 真っ暗な宇宙空間に核融合の白い閃光が走り、無数のデブリとガスが辺りに飛び散っていく。

 ファラゾア戦闘機群はまだ数万kmの彼方にいる。

 もちろん敵の撃墜を狙ったものでは無い。

 敵との間で爆発してプラズマの雲を発生し、デブリを辺りに撒き散らすことで攻撃の妨害を狙っている。

 

 分かっている。

 敵のレーザーは強力で、そして百二十機ものクイッカーが俺を目指して殺到している。

 たかが核ミサイル一発分のデブリなど、敵の全機がレーザーを連射すればごく短時間で掃除されてしまうだろう。

 それでもやらないよりはマシ。

 足掻いて足掻き続けて、地球に帰り着ける僅かな望みを掴んで手繰り寄せるしかないのだ。

 

 俺はHMDの投影映像を機体後方視野に変えて、拡散していくミサイルから発生したデブリを観察している。

 この数十秒の間に、俺はすでに三発の長距離ミサイルを追加で発射していた。

 奴等にとってどうかは知らないが、距離のスケールが大気圏内とは大きく異なる宇宙空間の戦闘というのは、俺達人類にとっては案外間延びしたものになるのだ。

 ミサイルを撃ったとしても、数万km彼方の敵の元に届くには何分もかかる。

 数千kmもある驚くほど長いレーザー砲の射程でさえ、数万km彼方の敵を捕らえる為には何分もかけて敵に近付かなければならない。

 

 地球と月という僅か40万kmの間隔しかない二天体間の空間での戦いでさえそうなのだ。

 何億kmという惑星間空間で、或いは光年単位で計らねばならない恒星間空間を軽々と移動し、そこで戦っているのであろうファラゾアに対して、たかだか数万kmの移動に四苦八苦している俺達が奴等のホームグラウンドである宇宙空間で喧嘩を売るなど、土台無理な話だったのではないかと思い始めていた。

 事実、自分達が地球に帰還するのに不利になることを承知の上で、L2のファラゾア艦隊とそこから発進してきた戦闘機部隊から全力で逃げる為、怪我をしているミノリを抱えているので5Gに抑えているとは言え、人類の最新技術である核融合ジェットを目一杯吹かして全力で逃げ続けている俺達を追いかけて来た戦闘機部隊は、あと数十秒もすれば目視も可能である距離にまで接近してきている。

 多分連中にとって40万kmとは、俺達が大気圏内で設定する半径数十kmの戦闘領域と同じ様な感覚なのだろう。

 

 と、その時。

 2万kmほどにまで近付いて来ていたファラゾア戦闘機部隊が二つに分かれた。

 引き続き真っ直ぐ俺の方に向かってくる十機と、今はもう遠ざかりつつある月の方に向かう百十機。

 敵が何故その様な行動に出たかは、すぐに想像が付いた。

 多分、俺の同僚達だ。

 

 俺はミノリを助け出すために、L1敵艦隊襲撃予定時刻前後で二十分近い時間を失っていた。

 しかし、同様の救出活動を行わなかった連中にはこの1000秒ほどの時間が丸々与えられた。

 L1艦隊に対する攻撃に成功したかどうかは知らないが、多分連中は、月の周回軌道に乗る頃には周回軌道を回る事が出来るだけの速度にまで減速できていたはずだ。

 だから連中は当初の予定通り月の裏側を回って地球に帰るルートを採った。

 それに対して俺は、とても予定のルートを辿ることが出来ない程の速度を持ったまま月近傍を通り過ぎた。

 月の横をかすめて通りながら減速する過程でL2ポイントに集まる敵艦隊を見つけ、月の裏側を通ることを早々に諦めて、とにかく敵から遠ざかる為に月から遠ざかることも厭わずに背中を向けて逃げ出した。

 

 連中が一体何機の集団で行動しているのかは分からない。

 しかし敵を引きつけてくれるのは好都合だった。

 L1攻撃時刻を過ぎてしまった今、俺とミノリが生き延びることを何よりも優先する。

 連中には悪いが、俺達が生き延びるための囮となって貰おう。

 

 十機にまで減った敵と接触するまで一分足らず。

 敵の射程内に入るのはもっと早いだろう。

 もしかするともう既に敵の射程内なのかも知れない。

 更にもう一発、長距離ミサイルを発射する。

 FOX1、残3発。

 ミサイルを撃つ度に180度回頭しなければならない。

 敵戦闘機に比べれば微々たる加速とは言え、その分距離を詰められる。

 焦りが徐々に大きくなる。

 

 また後ろで融合弾によるプラズマの炎の華が咲く。

 今度は敵機が明確に回避行動を取った。

 それはデブリとの衝突を避けるためと云うよりも、デブリを避けて射線を確保するためと思われた。

 つまり、撃ってくる気だ。今までは撃っていなかった。筈だ。

 宇宙空間ではレーザー砲の攻撃は全く見えない。どれ程高性能なカメラを使っても見えない。

 知らないうちに攻撃されていて、いきなり直撃弾を食らってお終い、と言うのを最も恐れていた。

 

「ミノリ、済まない。そろそろ敵が攻撃してくる。ランダム機動で回避する。少し負担が増えてしまう。済まない。」

 

「・・・・・」

 

 ミノリからの返事はない。

 いつものことだ、などと冗談を言っている場合ではない。

 少し首を伸ばして、左側からミノリのヘルメットの中を覗き込む。

 コンソールの仄かな明かりに照らされて、ミノリの顔の表情が見える。

 まだ表情に力が籠もっている。まぶたが僅かに動いているのが分かる。

 死体の顔ではない。

 

 もう意識を保ってさえいられないほどに傷付き衰弱しているというのに、敵の攻撃を回避し地球に生きて帰るためという理由で、俺は今からさらに彼女に大きな負担を強いなければならない。

 

 済まない。

 バイザー越しの彼女の横顔をもう一度見て、声に出さずもう一度謝ってから自動操縦を解除する。

 スロットルを開け、加速度計を5Gに合わせる。

 操縦桿とラダーを動かし、ランダム機動を始める。

 先ほどまで俺が両手で抱えていたミノリの身体が、俺が手を放したことで横Gを受けて振り回される。

 本来一人乗りのコクピットに二人乗るのは流石にきつかったか、と思ったが仕方が無い。

 彼女を救助しないと云う選択肢などあり得ない。

 

 敵距離5000km。

 月の直径にも近い、或いは地球の半径にも近い距離がある。

 しかし逃げ回るのもこの辺りが我慢の限界だ。

 

 俺は操縦桿を大きく引くと、機体を急速に回転させて針路を反転させた。

 正面に敵を示す紫のマーカー。

 まだ遠い。

 機体のランダム機動によって、敵のマーカーは視野の中を絶えずあちこちへと移動する。

 短距離ミサイル発射。

 二十四発ある短距離通常炸薬ミサイルの内、四発が化学ロケットモータの紅い炎を引いて前方に突き進む。

 こちらに向かってくる敵との合成速度で、ミサイルは二十秒もすれば着弾する。

 しかし発射して十秒足らず、前方数十kmでミサイルは全て爆発した。

 敵の狙撃。

 

 弾体のデブリと、化学炸薬の煙が一瞬だけ前方に遮蔽物を形成するが、二十秒足らずでその煙を追い越す。

 その前に再度短距離ミサイルをさらに四発発射。

 四発のミサイルは先のミサイルの爆発が作った雲を突き抜け、敵に向かって突き進む。

 そしてまたしばらく進んだところで、敵の迎撃を受けて爆発する。

 敵に向かって直線的に進むだけのミサイルは容易に迎撃されてしまうのだ。

 だが、それで構わない。

 

 ミサイルが生成したデブリが眩しく輝く。

 敵が本格的にレーザー砲での攻撃を始めたのだ。

 連中はデブリの有無などお構いなしにレーザーを撃ち込んでくる為、レーザー照射を受けたデブリ片が一瞬鋭く輝き、熔解蒸発して拡散する。

 ランダム機動でデブリ雲の脇をかすめて前に出た瞬間から、こちらも全力で攻撃を開始する。

 出来るならば、乱戦状態になる前に数機でも減らしておきたいところだが。

 

 紫のマーカーをガンサイトに合わせてトリガーを引く。

 Su-102には実弾を飛ばす機関砲は装備されていない為、モード切替も無く、レーザーのガンサイトが緑色で表示されている。

 一機撃墜。

 すぐに隣のマーカーにサイトを合わせ直し、再びトリガーを引く。

 二機目。

 次の・・・と思ったところで敵が散開した。

 残り八機。

 もう一~二機墜としておきたいところだったが、仕方ない。

 

 敵は四方へと二機ずつ分散したようだった。

 偶然か、或いは戦術か。

 どちらにしてもやることに変わりはない。

 操縦桿を引き急上昇。

 相変わらずどうにも慣れないテールスライドの様な軌跡を描いて機体が旋回する。

 急速に遠ざかりつつある敵に向けてトリガーを引く。

 機関砲弾では1000Gもの高加速で遁走する敵を追撃することなど出来なかったが、射程数千kmを期待できる宇宙空間でのレーザー砲であれば余裕だ。

 敵機を示すマーカーが消滅する。

 すぐに隣のマーカーに合わせて再度トリガーを引いた。

 撃墜。

 残り、六機。

 

 耳元でレシーバーからの警告音が鳴り続ける。

 高速接近する敵機。後ろ上方。

 左舷前後スラスタを噴射して移動しつつ、左舷後方スラスタ出力を上げて急旋回。

 右に1/4回転(ロール)しながら上昇。

 上方から敵が急速に接近。

 右スラスタ噴射。

 スロットルを乱暴に戻して加速を一瞬ゼロにした後、後部上方スラスタと前部下方スラスタを同時に吹かして急回転、と同時に加速を戻す。

 回転を抑え敵をガンサイトに合わせて射撃・・・逃げられた。

 

 ダメだ。

 大気圏内を戦闘機で飛んでいる時に較べて応答が鈍い。

 いや、違う。

 ミノリの身体を気遣って、無意識に加速を抑えてしまっている。

 葛藤する。

 撃墜される危険を冒してでもミノリの身体を気遣うべきか、ミノリの状態をより深刻にする危険を冒してでも撃墜されない機動をとるべきか。

 

 ふたたびミノリに謝る。

 もう意識も無いかも知れないが、さらに負担を掛けることになってしまう。

 だが、撃墜されてしまえば、連れて帰ることも出来ないのだ。

 

 俺は敵機を示すマーカーを睨み付けながら操縦桿を引き、スロットルレバーをさらに奥に押し込んだ。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 カーク君、ミノリちゃんを助けていた為に減速できず、仲間達の集団に較べて一人突出してはぐれてしまっています。

 後方には、最初の狙撃から生き残った仲間達が居るのですが、もう合流することはほぼ不可能です。


 ミサイルをまるでスモークディスチャージャーの様に使っていますが、流石にミサイルデブリで敵レーザーからの遮蔽物となる様な密度はありません。

 空間を「曇らせる」ことで少しでも敵レーザーを減衰させ、当たってしまった時の威力を削ることが出来ればラッキー、という使い方です。

 あとは文中にも出てきますが、敵のレーザー攻撃を判定する為のセンサー代わりに使ってます。


 レーザーは宇宙空間では見えません。

 レーザー砲攻撃が見えるのであれば、宇宙空間は恒星の放射光で眩しくて目が眩みます。w

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