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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第四章 OPERATION 'MOONBREAK'
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7. RENDEZVOUS


■ 4.7.1

 

 

 レシーバーから聞こえてくる甲高く耳障りな電子音で意識が戻った。

 コンソール上のカウントダウンが眼に入るが、どうやら意識を失ったのはほんの一瞬のことらしかった。

 

 何が起こったのか。

 調子の悪いエンジンが爆発したか。

 俺が先ず最初に考えたのは、自分の機体のエンジンが爆発したことで、9012TFSが壊滅的な被害を受けていないか、攻撃中止になるような事態に陥っていないか、ということだった。

 

 幸い、機体のパワーは落ちておらず、HMDの外部カメラ画像は投影されたままだった。

 星空が回っている。

 首を振って周囲を見回し、そして目に映った光景に絶句した。

 

 9012TFS所属である十五機のSu-102を搭載したサズヴィエーズヂィ01は、長さが半分になっていた。

 俺の真後ろ、B1小隊長機である3番機は、サズヴィエーズヂィの骨格部分に固定された機首部分がねじ曲がり、大破した機体後部を外側に向けてグラグラと揺れ動いていた。

 B1小隊の10番機が固定されていた筈の位置には機首部分の残骸が僅かに残るだけで、機体の大部分は影も形もなくなっていた。

 そしてその向こう、A2小隊以下残りの七機が固定されていたはずの部分は、何も無くなっていた。

 つまり、軌道空母サズヴィエーズヂィ01の後ろ半分はどこかに消失し、その代わりに大量のデブリやガスが漂うだけの空間が広がっていたのだ。

 そのサズヴィエーズヂィ01自体も、艦体の半分を失い、推力も失って回転していた。

 それが星空が回っている理由。

 

 俺の機体は一見無事に見える。

 勿論細かな破壊はあちこちにあるだろう。だが、ざっくりとした外見は大きく変わってはいなかった。

 

 俺のすぐ隣、ミノリが乗る9番機の位置の機体固定具は構造材ごと根こそぎ失われており、彼女の機体はどこにも欠片さえも見当たらない。

 斜め前のカスティージョ大尉機は無事に存在するように見えたのは一瞬で、良く見ればコクピットを含む機首部分がそっくり消失しているのが分かった。

 

「誰か無事か!? 聞こえたら返事してくれ!」

 

 返事もなければ、音も聞こえない。

 どうやらサズヴィエーズヂィ01の艦内通信網はダウンしている様だった。

 かと言って、ここで無線に切り替えて敵に俺の存在と生存をわざわざ教える必要も無い。

 

 そもそもこれは一体何が起こったのだ?

 俺の機体がほぼ無事で残っていることから、調子の悪かったエンジンが爆発したのではないことは分かる。

 では何だ?

 

 その時、ぐるぐると回転する俺の視界の中に白い閃光が走った。

 何だ?

 

 サズヴィエーズヂィ01がさらに一回転して先ほどの光の方向が視野に入ってきた時、その閃光が何だったかが分かった。

 02か03のどちらかかは知らないが、後続のサズヴィエーズヂィ同型艦が爆発し、搭載されていたSu-102や艦体の構造物など色々なものが爆発で飛び散り、核融合燃料の水と思われる液体がどこかから噴き出して白い雲を発生するのが見えた。

 

 破壊工作ではあるまいし、サズヴィエーズヂィが次々と自爆するとはあまり考えられない。

 常識的に考えられる可能性はひとつ。

 敵の攻撃だ。

 上層部が予想していたよりも遙かに手前で砲撃を受けたことになるが、軍の上層部がファラゾアの全てを把握し理解している訳ではないだろう。

 連中の予想が甘かった、という事だ。

 攻撃の為に伸ばすファラゾアの腕は長く、そして精確だ。俺達前線兵士は身に染みて知っている。

 宇宙空間ではそれがさらに想像以上に長かった、という事だろう。

 

 それに気付くと同時に、俺は左右の親指の先に設置されているダイヤルを回し、機体管制メニューから「DISCONNECT(分離)」を選択して自分の機体をサズヴィエーズヂィ01から分離しようとした。

 既にサズヴィエーズヂィ01の機能は失われ、ほぼ鉄屑同然の残骸となっているとは言え、こんな大きな標的と一緒にいてはまずい。

 次に攻撃された時、確実に一緒に消し飛ばされる。

 最初の攻撃で後ろ半分が持って行かれた。次こそは俺の機体が連結されている前半部分が狙われるだろう。

 

 しかし無情にもコンソールに「ERROR」の表示。

 分離できない。

 もう一度同じ操作をしても、同じようにエラーしか表示されない。

 俺は更にダイヤルを回してメニューを開き、「EJECT from CARRIER(強制分離)」を選択した。

 本当に強制分離するのかと問うダイアログのくどさにイライラしながらOKすると、次の瞬間大きな音がして横向きに張り倒されたような衝撃に襲われた。

 俺のSu-102とサズヴィエーズヂィ01を連結している固定具が、火薬ボルトの爆発で強制的に吹き飛ばされたのだ。

 

 サズヴィエーズヂィ01から分離しても機体の回転は止まらない。

 いやむしろ、分離の時のボルトの爆発力で、回転がより酷くなったようだ。

 遠心力で徐々にレッドアウトが酷くなってくる視界の中、俺は手を伸ばしてコンソール脇のエンジン点火ボタンを押した。

 今度は赤色で「START; REACTOR IGNISSION SEQUENCE; PROCEEDING」という文字がリアクのインジケータ上に重ねて表示された。

 縦方向に回転する機体の中、レッドアウトが限界に近付いた頃、リアクタ起動中の表示が消え、リアクタの模式図がはっきりと表示されて緑色に着色された。

 中心部に大きく10%と表示される。核融合炉10%出力で運転中。

 

 Su-102は宇宙機であるので、非常用の自動回転静止機構が設けられている。

 しかしその機能はメインエンジンに接続されたスラスタと連動しており、姿勢制御に核融合ジェットを使用する。、

 今の状態で核融合のプラズマを噴射して目立ってしまうのも願い下げだった。

 放射線は可視光同様に遠くからでも検知できる。

 簡単なものであれば突き抜けてより遠くまで届いてしまう分だけ、可視光よりも(タチ)が悪かった。

 

 俺は手動で補助用化学スラスタを噴射して機体の回転を止めた。

 顔面に集まってレッドアウトの原因となっていた血液がすっと引いていき、頭が割れるように酷かった頭痛が徐々に緩和されていくのを感じる。

 

 Su-102のナビゲーションシステムは、地球の位置や月や太陽、他の惑星の位置から機位と相対速度を算出する機能を持っている。

 L1ポイントまであと約1万2千km。相対速度96km/sec。

 速度が速すぎる。

 これではL1ポイントに集結する敵艦隊とほんの一瞬ですれ違ってしまい、まともな交戦など望めない。

 それどころか、この速度では月周回軌道を使用した減速もままならない。

 本来ならサズヴィエーズヂィのAGGで高加速度の減速を行うはずだったのが、減速しきれないままサズヴィエーズヂィが破壊されたことで、俺の機体は今、太陽系を余裕で脱出できるだけの速度で月に向かって突き進んでいた。

 

 色々まずい。どうする?

 減速する為にはエンジンを進行方向に向け、逆噴射するしか無いのだ。

 敵艦隊が集結するL1ポイントに武装が殆ど無い尻を向けて、派手に目立つ減速噴射を行いながら接近するなど云う愚行をする気にはなれなかった。

 

 思い悩む俺の、見るとも無く視線を投げていた視野に明滅する物が見える。

 破壊されたサズヴィエーズヂィの破片か何かだろうか。

 それにしては随分大きいように思えるが。

 

 気になり、対象をズームした俺の眼に信じられない物が映る。

 明滅する物体は、縦に回転しながら漂流する一機のSu-102だった。

 さらにズームし、驚愕する。

 そのSu-102の胴体に大きく書かれたテールコード。UN901209。

 ミノリ。

 最初の爆発の時、その衝撃でサズヴィエーズヂィ01から外れて消失した彼女の機体が、力なく漂流したまま俺から遠ざかっていく。

 

 無意識の行動だった。

 うんざりするくらい繰り返したシミュレータ訓練の結果、既に手慣れた手順でジェットノズルをアクティベートし、弱いメインエンジン噴射で彼女の機体に近付く。

 ジェットの炎がファラゾアに見つかるかも知れない、などと考えている余裕など無かった。

 さっさと彼女を助け出さねば、彼女はこのまま宇宙の彼方に消え失せてしまう。

 もたもたしている内に彼女の命が失われてしまうかも知れないのだ。

 

 彼女が既に死亡している可能性は頭になかった。

 200kmほど離れた距離を一気に縮め、ミノリの機体に接近する。

 最後は化学スラスタでゆっくりと接近する。

 近くで見ると、彼女の機体のあちこちに破壊孔がある事が分かる。

 機体上面に搭載されていた大量のミサイルはハードポイントごと消失しており、エンジン部分にも大きな損傷があるのが分かった。

 多分、何か大きな破片がぶつかってエンジンを破壊し、上面武装を吹き飛ばしたのだろう。

 その衝突の衝撃で彼女の機体はサズヴィエーズヂィ01から、固定具ごとむしり取られたのだろうと想像する。

 多分それが、彼女の機体だけが消失していた理由だろう。

 いずれにしても彼女の機体はほぼ大破しており、使い物になるとは思えなかった。

 

 彼女の機体は主に縦方向に回転していた。

 「T」の字になる様に俺の機体の機首を回転する彼女の機体の中心に近づけ、彼女の機体の回転速度に合うように俺の機体を横回転(ロール)させる。

 コクピット内を脱気し、キャノピーを開けた。

 ゆっくりと開くキャノピーの速度がもどかしい。

 回る世界の中、耐Gスーツの固定具にワイヤーハーネスを固定し、工具箱を腰ベルトに着けて俺はシートベルトを外して宇宙空間に泳ぎ出た。

 彼女の機体を伝ってコクピットに近付く。

 機首に近付くに従って遠心力がきつくなり、吹き飛ばされそうになる。

 幸い、航空機と違って宇宙機には沢山の凹凸があり、足場と掴まる場所には困らない。

 

 コクピット脇に到達した俺は、「EMERGENCY RESCUE」と表示されているパネルを開け、中から現れたレバーを「RELEASE」側に回した。

 ちなみに反対側の「EJECT」に回すと、火薬ボルトでキャノピーが吹き飛ぶ。

 そんな事をすると反動で機体の回転数が変わって大変なことになる。

 固定を外されたキャノピーが、遠心力で引き剥がされて虚空に消えていった。

 まずいな。コクピットの気密が破れている。

 

 コクピットの中を覗き込むと、ミノリが力なくシートに固定されているのが見えた。

 鏡面処理されたヘルメットバイザーで顔を見ることは出来ない。

 パワーが落ち、既に何も表示されなくなっているコンソールを踏み台にして俺はコクピットの中に潜り込んだ。

 彼女の耐Gスーツの胸の部分にあるバイタル表示は、彼女がまだ生きていることを示していたが、同時に血圧が大きく低下して危険な状態であることも分かった。

 とにかく彼女を安全な場所に移さなければ。

 

 耐Gスーツの固定具を外すリリースレバーを引くと、ミノリの身体がシートから外れて俺の上に落ちてきた。

 遠心力で2G程度かかっている状態では、ミノリの体重と耐Gスーツの重量を支えきれずにひっくり返る。

 背中でコンソールの画面が潰れる感触がした。

 それは勿論、耐Gスーツがクソ重いのであって、彼女の身体が重いなんてことは断じて無い。

 俺の天使は羽毛のように薄絹のように軽やかなのだ。

 

 自分のヘルメットを彼女のヘルメットにくっつける。

 

「ミノリ。聞こえるか、ミノリ。助けに来た。もう大丈夫だ。」

 

 ・・・返事がない。

 うむ。いつもの反応だ。

 いや、そうじゃねえ。

 

 俺は持って来たワイヤーとフックで彼女の耐Gスーツの固定具を俺の方の固定具に接続すると、コクピットの外に出た。

 出たは良いが、ミノリを抱えた上に遠心力で倍にも増加した重量を支えて彼女の機体を「よじ登る」事などできはしない。

 しがみついて手足にかかる重量を支えるのが精一杯だ。

 耐Gスーツの掌や足の爪先は滑りやすく、金属で出来ている機体をよじ登るには全く適していない。

 必死で踏ん張り、よじ登ろうと手を伸ばすが、すぐに力尽き、ミノリと共に遠心力で吹き飛ばされた。

 

 ワイヤーが伸びきったときの衝撃を耐え、荒い息を吐きながら回る世界の中「上」を見上げる。

 ほんの10mほど先にある自分の機体のコクピットに手が届かない。

 不意にここがどこかを思い出す。

 空気の無い、強烈な放射線で満たされた、人間の生存には全く適さない宇宙空間。

 このまま俺の機体のコクピットに戻れなければ、酸欠で窒息死するか、或いは放射線で体内から灼かれて死ぬか、いずれにしてもそう遠くない将来に死が待っているのは明らかだった。

 

 絶望に駆られた俺の眼に、ミノリの機体のコクピットが映る。

 違和感を感じた。

 位置が変わっている?

 

 ミノリの機体の機首方向と俺の機体のコクピットの向きを合わせて回転させたはずが、元々回転が上手く合っていなかったのか、或いはキャノピーやミノリを取り除いたことで重量が変わって彼女の機体の回転速度が変わったのか、いずれにしても俺の機体の回転(ロール)速度と彼女の機体の回転(スピン)速度が合わなくなっている。

 俺は振り子のように振りをつけて、かろうじてまだ手が届いたミノリの機体の機首の出っ張りを掴み引き寄せた。

 

 回転速度が違う俺の機体の機首部分に、ワイヤーが少しずつ巻き取られて俺達の身体が引っ張り上げられる。

 武装を入れて50t近くある機体だ。俺とミノリと二つの耐Gスーツの合計重量200kg程度なら難なく巻き上げるだろう。

 

 ワイヤーが短くなるに従って、引っ張り上げられる様にしてミノリの機体の凹凸を掴み足を掛けて這い上がる。

 俺の機体に近付けば近付くほど遠心力は弱くなり、よじ登るのが楽になってくる。

 最後はワイヤーが完全に巻き取られ、俺はミノリと共に俺の機体に取り付いた。

 機体内ラダーを引き出し、コクピットに戻った。

 ワイヤーを切り飛ばして外し、キャノピーを閉める。

 ミノリの耐Gスーツとの接続は切らず、彼女を膝の上に載せたような形でそのままシートに座ってシートベルトを着けた。

 

 キャノピーを閉め、コクピット内に空気を充填して人心地ついた。

 大きく息を吐きながら、機体位置を確認する。

 ミノリを救出している間にL1ポイントのファラゾア艦隊に対する攻撃位置はとっくに通り過ぎており、それどころかL1ポイント自体もとうに通り過ぎていた。

 加速もせず、回転し続ける物体が通り過ぎただけなので、多分先ほどの攻撃の時に発生したデブリのひとつであると認識されて攻撃されなかったのだろう。

 それよりも遙かにまずい表示が存在する事に気付いた。

 

 現在の位置、速度であると、所定の月周回軌道に乗って地球に帰るには、15Gで加速し続ける必要がある、と軌道計算結果が表示されている。

 無理だ。

 俺一人でもそもそも無理だし、怪我をしているミノリがそんな高Gに耐えられる筈がなかった。

 

 ・・・つまりそれは、俺達はもう地球に帰る事が出来ない、という事か?

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 ちょっとハリウッド系アクションにしてみました。

 さすがに速度差数百m/sある(と思われる)人工衛星を八艘飛びしたり、計算無しで大気圏再突入したりするような無茶をさせる気にはならないので、かなり地味になってしまいましたが。


 さあこのままハリウッド系アクション映画ルートで、主人公はあらゆる困難をギリギリで切り抜け、どんなことがあっても最後は必ずハッピーエンド、ヒロインとキスしてエンドロール。


 ・・・と、なると思います?

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