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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第四章 OPERATION 'MOONBREAK'
94/405

5. 離床


■ 4.5.1

 

 

 01 March 2044, Jar-Sub U.N. Space Force secret base

 A.D.2044年03月01日、ヤル・スプ国連宇宙軍秘匿基地

 

 

 ウサンクサイ少将に連れられ宇宙機の離着床に行ってから二日経った。

 

 昨日は「軌道空母」に全ての戦闘機の固定が終わったとのことで、再び全員で離着床に行って、各自自分の機体の確認と、実際にコクピットに乗り込んでのチェックと、システムを中心として静止(サイレンス)状態での動作チェックを行った。

 

 コクピットは狭く、あらゆる物が全て黒で塗装されている為に閉塞感が半端なかった。

 シートは極めて座り心地が悪く、それに皆不平を述べていたら、実際に宇宙(うえ)に上がる時に着用する宇宙服がゴツい耐Gスーツとなっているのでそれに合わせてあるのだと飛行隊長からのコメントが入った。

 耐Gジェルでパンパンに膨れあがった宇宙服を着ていると居心地に問題がないのだそうだ。

 

 コクピットにはあちこちに出っ張りが有り、ぶつけて怪我をしそうで危なかった。

 聞けば耐Gスーツの要所要所に設けられた固定具を止めるところであり、その出っ張りを支点として耐Gスーツのパワーアシスト機能が働くとのことだった。

 酸素ボンベの残圧系など、パワーダウン時に備えて物理的なメーターが必要な物を除いて、コクピットには殆ど計器類が無く、全て正面のコンソールとヘルメット内のHMDに集約されている。

 今まで乗ってきた戦闘機であれば、コンソールは全てタッチパネルになっており、一部の機能はコンソールに表示されるボタンを押すことでアクティブ化出来る様になっていたのだが、耐Gスーツを固定具でガッチリ留められ、コンソールに手が届かないこの機体では、手元のセレクターレバーで全てを行わなければならないのが面倒だった。

 

 一番驚いたのは、キャノピーが透明で無く、ボディーの一部を切り取ったような金属の蓋が降りて来てガッチリと閉じ込められることだった。

 それは宇宙線被曝防止の為でもあり、戦闘中に大量に発生する事が予想されているデブリから身を守るためにも必要であり、また有視界飛行など殆どする事の無い宇宙空間において透明なキャノピーが不要であることは、理屈で考えれば良く理解出来るのだが、やはり長年染みついてきた癖というか慣れというか、頭の上が完全に不透明な物体で覆われることには非常に強い違和感が残った。

 もっとも、HMDを装着すれば、HMD画面に投影される外部カメラの画像で外が「見える」様になる事が分かったので、その様な違和感はすぐに気にならなくなるだろうと思ってはいるのだが。

 

「中尉、チェックリスト134から238まで確認終了しました。承認願います。」

 

 クリップボードと共に渡された数百項目ものチェックリストをチェックしつつ、このSu-102に乗った感触を自分なりに客観的に評価していると、外部プラグに接続している整備兵から声を掛けられた。

 俺が手渡されたパイロット用のチェックリストもウンザリするほどの数のチェック項目が並んでいたが、外回りをチェックしてくれている整備兵達はその数倍の数の項目が並ぶチェックリストを忙しく確認している。

 コンソールに流れるチェックリストが全て緑色に変わっていることを確認し、隣の画面で機体の動作状態に問題が無いことを確認した上でカーソルを動かしてチェック終了を承認する。

 

「OK。承認した。」

 

「ありがとうございます。次、239から406までを実施します。」

 

「諒解。よろしく頼む。」

 

 その調子で、機体内部と外部両方から動作状態を確認するのに数時間かかった。

 運良く俺の機体には深刻なトラブルは見つかることなく、幾つかあった黄色の項目も整備員がアライメントを行うことで解決し、無事緑色に変わって承認することが出来た。

 だが中には運悪く、部品交換をせねばならなかったり、周りの整備員や技術者に応援を頼んで多人数で頭を突き合わせてもなかなか解決しないような深刻な問題が発生した機体もあった様だった。

 

「中尉、876から1028まで承認願います。これで最後です。」

 

「お疲れさん。ほい、承認したぜ。こっちの分の承認もヨロシク。全部終わってる。」

 

「諒解です。」

 

 ややあって、コンソールに「INT CHECK; DONE, APPROVED; COMPLETED, // EXT CHECK; DONE, APPROVED; COMPLETED, // ALL CHECKLIST APPROVED; COMPLETED.」とコマンドが表示された。

 

「チェック完了確認しました。承認しました。お疲れ様でした、中尉殿。全システム起動シーケンスに入ります。こちらでやっておきますので、今の内に休憩をとっておいて下さい。もう少し時間がかかりそうな機体もあるようです。しばらく時間がありそうです。」

 

「諒解。耐Gスーツを着てくることにするよ。」

 

「諒解です。あ、HMDはコクピットに置いていって下さい。システム起動に必要です。後で装着するとき手伝いますから。」

 

「OK。」

 

 俺はコクピットから這い出て、ラダーを伝い降りて白い地面に立った。

 機体の後部で三人の整備兵が作業しているのを一瞥し、歩いて機体を離れた。

 そのまま少し歩いて、地面が僅かに傾斜しているところまで来たら、その先は陸地だ。

 陸地部分に建てられたパイロット詰め所に向けて更に歩く。

 パイロット詰め所とは言っても、俺達がこの三ヶ月を過ごしてきたバラックとは異なり、こちらはコンクリート製三階建ての立派な建物だ。

 今ならば分かる。ヤル・スプ基地は、こちら側の離着床とその周辺の施設にありったけの金を注ぎ込んで作られており、山の向こう側、俺達が訓練を行っていた場所はただ滑走路があってその回りに掘っ立て小屋を幾つか作っただけのおまけの施設だったのだ。

 

 ドアを開けて中に入ると、マイナスの気温に慣れた身体にはむっとするような熱気に感じる空気が出迎えてくれる。

 建物の玄関を入り、そのすぐ脇の部屋がパイロット詰め所になっている。

 ドアを開けて中に入ると、俺よりも先に機体チェックを終えた十名ほどのパイロット達がめいめいに寛いでいるのが見えた。

 

 この詰め所は、9012TFSだけで無く、9013と9014TFSも共同で利用することになっている。

 仮眠室で寝ている者も居るのだろうが、それにしてもまだ半数以上の機体がチェックを完了していないことになる。

 早朝にチェックを始めて時間はもう昼が近い。

 予定通り夕方に出発できるのか、不安になってくる。

 

 俺は詰め所の隅に作られた軽食コーナーに近付き、サンドイッチやフレンチフライが載ったトレイをひとつ棚から抜き取ると、ポットから暖かいコーヒーをカップに注いで、部屋に入ってきたときに既にチェック済みの席に向かう。

 勿論、俺の天使の脇の席だ。

 

「ミノリ、早いな。もう終わったのか。」

 

 よく見かけるものよりもかなりごつい造りのパイプ椅子に腰を下ろし、肘掛けを回してテーブルを身体の前に持って来ると、その上に軽食が載ったトレイを置いた。

 ニッコリと爽やかに笑いながら隣に座る黒髪の天使を見ると、彼女は相変わらずシベリアの冬のような身を刺す鋭さの視線を一瞬俺に向け、再び眼を閉じた。

 腕を組み眼を閉じて椅子に座る彼女は、どうやら既に軽食も摂り終えているようだった。

 

「出撃の時間が近づいてくると、流石に緊張するな。まあ、時間通り出られれば、という話だけれどな。」

 

「遅れそうなのか?」

 

 彼女が珍しく俺の言葉に反応した。目を瞑って腕組みをしたままだがね。

 分かってるさ。俺に反応したのでは無くて、話の内容、つまり出撃時間が遅れるかも知れないって話題に反応しただけだ、って。

 どれだけ素気なくされようとへこたれない前向きな心を持ち続けようとは思っているが、その気も無い彼女が俺の方を振り向いてくれたなどと勘違いをする気は無いさ。

 

「分からないな。でも、今の時点で半分以上がまだ終わってないし、部品交換作業をしてる機体も見かけた。俺の機体の整備兵も、時間のかかる機体があるかも知れないと言っていたな。」

 

「チッ。」

 

 彼女は一瞬眼を開けると、ものすごい形相で前方を睨んで盛大に舌打ちした。

 どうやらマイエンジェルは時間に厳しい女らしい。ああ、日本人だもんな。

 ま、そう何もかもが思い通りには行かない、ってこった。

 

 軽食を片付けた俺は、少しこぼしてしまったパン屑をはたきながら立ち上がった。

 

「かなり時間の余裕がありそうだから、俺は仮眠してくるよ。ミノリも少し寝ておいた方がいいぜ?」

 

「うっせえ。大きなお世話だ。」

 

 黒髪の天使は目を眇めて前方遙か彼方に浮かぶ仮想目標を睨み付けながら、視線も動かさずに俺の言葉に毒づいた。

 

 ふむ。

 そう言えば最近、希に会話のキャッチボールが成立していることがあるぞ。

 大きな進歩だ。

 いつか彼女のハートを射止め、愛らしい笑顔が俺に向けられるその日に向けて、日々精進あるのみだな。

 彼女が俺の言葉に反応してくれたのは嬉しいが、今は戦いの前の仮眠を取る時だ。

 死んでしまってはマイスイートエンジェルの姿を見ることさえ出来なくなる。

 それだけは絶対に避けなければならない事態だ。

 

 

■ 4.5.2

 

 

「エンジンは高度200kmで点火して下さい。大気圏内では絶対に点火しないで下さいよ。要は核爆発なんですから。下には人が住んでるんですから。」

 

「オーケー、オーケー。心配性だな。地球を守る為に戦ってんだ。放射線シャワーのプレゼント、なんてしねえから安心しな。」

 

 俺は、ラダーから機体外装の上に腹這いになってコクピット内に身を乗り出してきている整備員の、まるで小学校登校初日の子供を送り出そうとしている心配性の母親のようなお節介に、ヘルメットの中で盛大に苦笑いをした。

 

「それと、FOX1(長距離高速ミサイル)はエンジンも弾頭も核融合ですからね。近付きすぎると放射線で死にますよ。」

 

「分かった、って。ホントに心配性だな、お前。」

 

「当たり前ですよ。こんな無茶苦茶な作戦。核融合ジェットを実戦で使うのも初めてなら、宇宙空間での本格的戦闘も初めてで、パイロットがこの機体を実際に動かすのも初めてとか、完全に狂ってますよ。俺達は棺桶を整備させられてるんじゃないんだ。あんた達パイロットが帰ってこれるように整備してるんだ。」

 

 苦笑いが更に深くなるのを自覚した。

 そんな事は分かっている。勿論俺達だって死ぬために出撃するわけじゃない。

 そして、この作戦が随分()の悪い作戦だという事も解っている。

 初めて実機を操る機体、初めて乗り出す宇宙という戦場、初めて体験する100km単位で物事を考えなければならない戦闘空間。

 そんな初めてづくしの戦場に突っ込んでいこうとするなんて正気の沙汰じゃないことくらい重々承知している。

 

 長い最前線での戦いの中で既に俺達はおかしくなっているのかも知れなかった。

 何度も死にそうな目に遭って、実際に友人や僚機が次々と死んでいって、死というものに鈍感になっているのかも知れない。

 自分自身死力の限りを尽くして戦って、それでも力及ばず死ぬのであれば、それはもう仕方が無いかと諦めに似た感情がそこにある。

 死ぬのが怖い、というよりも、死ぬのは嫌だ、と表現するのが正しい感覚だった。

 

 何故嫌なのか。

 奴等を墜とせなくなるのが嫌だった。

 家族を友人を近隣の知人を、ほのかな恋心を抱いていた幼馴染みを、そして彼らと共に在った穏やかな日々を、全てを一瞬で奪い去っていったあいつらを、撃ち墜とし撃破し叩き潰し破壊する。

 それが出来なくなるのが心残りで、そして嫌だ。

 百や千の敵を叩き落としたところでまだ足りない。全然足りない。

 百万の敵を破壊し尽くしても多分満たされることがない、奴等を殺したい叩き潰したいという完全にイカレた欲求。

 地球を守る、人類のために戦う、侵略者を撃退するという建前と隠れ蓑の後ろに隠された、偏執的で病的で異常な本当の欲求。

 自分がどこか狂っているのは自覚している。

 だからどうした。

 どれほど狂っていようが、俺の欲求と人類全体の望みが一致しているなら何の問題があろうか。

 

「Attention, Zero minus ten minutes. All Vessels, unpluged and closed. Ground staff, final check. Attention, Zero minus...」

(全機に告ぐ。出航十分前。全接続を解除し、キャノピーを閉じよ。地上係員は最終チェックを実施せよ)

 

 整備兵が色々と口煩く確認事項を繰り返すのににこやかに返事をしていると、レシーバーから出航用意のアナウンスが流れた。

 それを聞いた整備兵が、一瞬顔を顰める。

 お前、本当に良い奴だな。

 

「Good luck. May fortune ever smile on you in battle.」

(ご武運を)

 

 整備兵は、戦士を送り出す言葉を呟き、そして名残惜しそうにこちらを見て最後に敬礼をしてラダーを降りていった。

 地上に降りてこちらを心配そうに見ている整備兵達に敬礼する。

 キャノピーが閉じ、コクピットが暗闇に閉ざされる。

 暗闇の中にコンソールの表示が明滅し、HMDのインジケータが中空に浮いて見える。

 HMDに外部モニタ画像を投影する。

 整備兵達は相変わらず心配そうにこちらを見ており、同じ光景があちこちに繰り広げられているのが見える。

 

「Attention, Zero minus five minutes. All lights turned off. Blinkers open.」

(出発五分前。全灯火消灯。天幕開け)

 

 一瞬で辺りがまっ暗に変わり、そしてウサンクサイ少将ご自慢だった、ファラゾアの眼を誤魔化すために着陸床を全て覆い隠していた天幕が巻き上げられた。

 開けた視野に暗い夜空が広がる。

 空は生憎と曇りで、今から飛び出していく星々の世界を眺めることは出来なかったが、これは敵の目から俺達の存在を隠してくれる幸先の良い天候だと納得しておこう。

 

「10, 9, 8, 7, 6, 5, 4, 3, 2, 1, ZERO. All Carriers, take off.」

 

 三十秒前からカウントダウンが始まり、カウントがゼロになったと同時に機体に軽い振動が走った。

 

 さあ、行こう。

 奴等が安穏とする領域に殴り込み、いつまでも好き放題にはさせないと、奴等に教え込んでやるのだ。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。

 

 そう言えば書いていませんでしたが、本章のヒロイン「ミノリ・タナカ(田中みのり)」ちゃんの名字が、前章の登場人物と被ってしまっています。

 登場人物と言っても、台詞もなく殆ど居ただけの存在感が殆ど無いキャラクタでしたが。

 別に親戚だとか、生き別れた兄妹だとか、量産型田中家F型とM型だとか、その様な設定の絡みは一切ありません。

 とある理由により、偶々被ってしまっただけです。

 (前章の途中で気付いたのですが、あちこちいじるのが面倒になって設定変更しませんでした)

 大丈夫です。そのうち問題無くなるんで。ふふふ。

 

 「また死ぬのか」と思ったそこのあなた。結婚して名字が変わるという可能性もあることを忘れずに。


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― 新着の感想 ―
死ぬ以外の何があると…?(結婚による名字変更は確率として存在し得ないのでナシ)
[一言] いや絶対死ぬフラグだとツッコミ待ちなのだろうかww 次回熱い戦闘待ってます
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