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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第四章 OPERATION 'MOONBREAK'
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2. My sweet Angel


■ 4.2.1

 

 

 到着した時間も夜遅い時間だったので、面通しが終わるとすぐに兵舎に移動となった。

 この基地では全ての設備が通路で繋がっており、通常の移動であれば屋外に出ることなくどの建物にでも移動できるようになっているとのことだった。

 今ならその理由が理解できる。

 さっきは目標となる強い照明に向かって進んで行くだけで良かったので特に危険は無かったが、吹雪の夜に目標とするものが無い状態で屋外に出れば簡単に遭難してしまうだろう。

 

 俺達9012TFSの後ろに9013TFSの連中が続き、総勢約三十名弱の集団が、ニカノロフ少佐の代わりにやって来た中尉の後ろをぞろぞろと付いて歩く。

 兵舎では各人に個室があてがわれる。

 国連軍は、パイロットに対して極力個室を備えた兵舎を与えようとする。

 これは贅沢でも何でも無く、ファラゾアと戦う主戦力であるパイロットが夜ちゃんと休んで翌日十全に能力を発揮できるよう、間違っても大部屋の雑魚寝で隣の奴のいびきに悩まされて寝不足になったりしないよう、戦闘機に搭載されるパイロットという重要なパーツをちゃんとメンテナンスしておこうとする意思の表れだ。

 間違っても、部屋に上手いこと女を連れ込んでイイコトをするのが黙認されているという意味ではない。

 例えそれが、現在進行形で激減しつつある人類の人口問題を解決する為の行為であったとしても、だ。

 

 とは言え、この手の急造の基地では大いなる神の采配が顕現することがある。

 大きな基地であれば、兵舎やシャワールームやロッカールームなど、男性用施設と女性用のそれがはっきりと分けられ、色々な間違いだとかいざこざだとかが起こらないように配慮されているところが多い。

 前線に近い急ごしらえの基地だったりすると、そんな配慮をしている余裕など無く、とにかく兵士が健康を維持し身体を休める場所を確保することが第一となるため、そう云った施設が男女別になっていないことも多い。

 そんな余裕など無かったからか、ロシア軍が主に管理している施設だからなのか、或いはその両方の理由か、このヤル・スプ基地でも全ての施設が男女共用となっているようだった。

 

 兵舎内の部屋の割り当ては、各飛行隊毎に機体番号順に機械的に行われた。

 即ち、ルサールカ隊8番機である俺の隣の部屋は、9番機であるマイスイートエンジェルの部屋というわけだ。

 神よ、あなたの大いなる慈悲に感謝します。

 薄っぺらい壁一枚隔てた向こうに俺の天使が寝ているなんて、想像しただけで幸せすぎる。

 ヤバイ。今夜から色々捗ってしまってちょっと興奮して寝られないかも知れない。

 

 薄い壁を通して隣の部屋から響いてくる物音に幸せを感じながら、リュックサックから荷物を取り出して自室の中で整理する。

 二十分ほど経って、ドアの外の廊下から「晩飯だ!」の声が聞こえ、すぐに周りの部屋のドアが開閉される音が聞こえた。

 

 輸送機では機内食が出る訳ではない。

 何十時間もの飛行であれば、機内食として糧食(レーション)が提供されることもあるが、アレは栄養補給の為の食物(しょくもつ)であって、間違っても食事などと云うものではない。

 そもそも今回は、日本のチトセ空港からたかだか四時間程度の飛行だった。水の一杯でさえ出るはずもなかった。

 

 こんな時間までお預けを食らって、皆腹を空かしているのだ。もちろん俺もだ。

 すぐに部屋を出て、皆がゾロゾロと歩いて行くのと同じ方向に歩く。

 先ほど集合していたホールを越え、その隣の大部屋が食堂(キャンティーン)だった。

 幾つか凹んだ部分がある金属のトレイを持って列に並ぶ。

 凹部に順番に料理をよそってもらい、全ての凹部が料理で埋まると夕食の完成だ。

 料理が山盛りに盛られたトレイを持って空いた席を探していると、なんと黒い艶やかな髪を持った天使が食堂に降臨しているのを発見してしまった。

 迷わず近付き、声を掛ける。

 

「やあ、タナカ中尉。ここ、いいかな?」

 

 彼女が返事をするよりも先に椅子を引き出し、トレーをテーブルの上に置いて彼女の向かいに席に座る。

 もちろん、拒否されても座るつもりだが。

 俺の正面に座る天使は、俺の呼びかけにちらりと一瞬不機嫌そうな視線をこちらに向けただけで、何も言わずにトレイの上の豆料理を掻き込み続けていた。

 沈黙は肯定。遠慮なく座らせてもらおう。

 

「タナカ中尉、日本人だよな? 日本で生まれたのか?」

 

 ステンレス板を打ち抜いただけの薄っぺらいフォークで味がしないパサパサの肉を突き刺しながら訊く。

 どんなしょうもないことでも良いのだ。話が発展する切っ掛けさえ掴めれば。

 

「・・・」

 

 マイエンジェルは無言で今度はライスを掻き込んでいる。

 知っているぞ。

 日本人はおかずとライスを交互に食べるんだと婆ちゃんが言っていたのを思い出した。

 

「名前で分かるかも知れないが、実は俺も日系人でさ。」

 

「・・・」

 

 どうやら我が天使様は相当腹が減っているらしい。最悪な味付けのメシを凄まじい勢いで次から次へと片付けていく。

 

「知ってるか? ブラジルって日系人多いんだぜ? 日系人だけでひとつの社会が出来る位に沢山居るんだ。」

 

「・・・」

 

 返事がない。ただのしかばねのようだ。

 いやいや、天使だよ?

 

「日系人の中には、結構日本に出稼ぎに行く奴も多いんだぜ? やっぱり自分のルーツの国ってのは、憧れとか、郷愁とか、そんなのがちょっとあってさ。」

 

「・・・」

 

「それで日本に行ってから皆気付くんだ。言葉が通じない、ってな。『しまった、ばあちゃんに日本語習っときゃ良かった』って、皆思うらしいぜ。」

 

「・・・」

 

 クソ不味いメシは一心不乱に食いまくっているが、俺の提供する話題には一切喰い付いてこない。

 大丈夫だ。問題無い。

 会話は出来なくとも、この地上に降臨した美しい天使が食事をしている姿を眺めているだけでも尊いものだ。

 ・・・お話ししてくれるともっと嬉しいけどな。

 

「俺も少しだけ日本語使えるんだぜ? 『テンプラ』『トロ』『オコノミヤキ』・・・」

 

「おい。」

 

 俺の天使がとうとうこっちを向いてくれたよ。

 その射貫くような鋭くクールな視線がなかなかゾクゾクくるよね。

 

「下らねえ事喋ってんじゃねえよ。不味いメシがもっと不味くなる。失せろ。」

 

 手に持った安物のフォークを、不機嫌そうにトレイにコツコツと突き立てている。

 俺の天使はなかなかワイルドな言葉遣いだ。

 いいね。ギャップ萌えってやつだよなこれ?

 

「それは違うぜ? 不味いメシだからこそ、仲間と共に会話を楽しみながら食って、せめて雰囲気だけでも楽しいものにするってもんだ。そうだろう?」

 

 少しでも場の雰囲気を和らげようと、俺は笑顔を彼女に向けながら言った。

 

「チッ。」

 

 何が気に入らなかったのか盛大に舌打ちした彼女は、いきなり立ち上がるともう殆ど食べ終わったトレイを持って下膳口に向けて歩き去ってしまった。

 おおマイスイートエンジェル。

 艶やかな黒髪を揺らして苛立たしげに歩き去るその後ろ姿もまた美しい。

 どうやら俺の天使はちょっとばかり人付き合いが苦手な様だった。

 日本人がよく言うツンデレってやつだな? うーん、良いじゃないの。

 

 

■ 4.2.2

 

 

 昨日この基地に到着したばかりの俺達9012TFSと9013TFSの二十八人は、翌日からすぐに機種転換訓練に入った。

 初日の午前中は座学で、その最新型の宇宙戦闘機について概要を学ぶ。

 Su-102 'стервятник(スチューヴェイトニク;ハゲタカ;Valture)'というロシア製の戦闘機に乗ることになるようだった。

 固定武装は口径250mmレーザー砲が二門。あとは機体外ハードポイントにミサイルが多数。

 宇宙空間であるので離陸重量という考え方がなく、ミサイルは乗せ放題なのだそうだ。勿論その分運動性は落ちるが。

 

 俺達はその説明を鼻白みながら聞いていた。

 俺達前線パイロットは、ミサイルというものをほぼ一切信用していない。

 当たりもしないものをぶっ放したところで戦闘空間の中では邪魔なだけで、ただの金の無駄だった。

 またどこぞの頭でっかちのオエライさんかエリートが考え出した戦術だろうが、ケーキのデコレーションじゃあるまいし、ミサイルを山ほど積んで強そうに見えたとしても、そんなのは見せかけだけでクソの役にも立たないのだ。

 甘い味の付いたケーキのクリームの方がまだマシだ。少なくとも味付けの役には立つ。

 

 250mmレーザーが二門と云うのも、実のところは少々不満の残る装備ではある。

 レーザー砲は良い。とても有用だというのが分かっている。

 ここ一年程度で、世界中の多くの航空機メーカーが対ファラゾア戦用の新型機をリリースしており、その多くがレーザー砲を搭載していた。

 かくいう俺もつい先日までナリヤンマル降下地点、いわゆる東ヨーロッパ戦線でMONE (Machinery Organizations Network for Evolution:[和名]進歩的機械工業ネットワーク)とかいう変わった名前のヨーロッパの新興航空機メーカーが開発した機体に乗っていた。

 その機体に搭載されていた120mmレーザー砲の性能はまさに革命的なもので、ファラゾア機との格闘戦を劇的に改善し、ファラゾアの撃墜数と俺達パイロットの生還率を大きく向上させるのに役立った。

 

 宇宙戦闘機で実質レーザー砲以外の兵装が無いのなら、レーザー砲の威力と射程をもう少し伸ばして欲しいところなのだが、その点について意見を言うと、現在の技術では戦闘機用のレーザー砲としてこれ以上の口径を持ったものが作れないのだ、との答えが返ってきた。

 技術的な限界ならば仕方が無かった。無い物ねだりをしてもしようがないのだ。

 

 午後からはいきなりシミュレータを使わされた。

 勿論シミュレータと云っても大型の本格的なものでは無く、端末モニタの前に操縦桿とスロットルとラダーが置いてあるだけの、新兵の適性検査などにも使うようなごく簡単なものだ。

 慣れ親しんだ大気圏内を飛ぶ戦闘機と、宇宙空間を飛ぶ戦闘機の差について、色々ゴチャゴチャ説明する前に取り敢えず体感してみろ、という事の様だった。

 

 正直、その配慮は有り難かった。

 スラスターがどうだとか、等速直線運動がどうだとか、理屈ばかり並べられても何も分かりはしない。

 取り敢えずやってみて身体で感じてみる。それから色々と説明を受けながら、違いや違和感を頭で理解する、というやり方はとても解り易く、俺以外のパイロット達にも好意的に受け止められていた。

 

 「シミュレータ訓練室」と札のかかった室内にはその簡易シミュレータが五台置いてあった。

 どうやらその部屋を使うのは俺達9012TFSだけで有り、9013TFSは同じ様な別の部屋にいる様だった。

 五人ずつ、機体番号順にシミュレータ席に座ると、当然俺の隣には天使が降臨することになる。

 もちろんこれは俺にとって最大の見せ場。戦い鍛え抜いてきたこの華麗なる操縦技術を遺憾なく見せつけ、マイエンジェルの気を引くのに最高の舞台。

 抜きん出た操縦技術と高い適応性を示し、戸惑う彼女に手取り足取り操縦のコツを教えてそこから広がる二人の親密な関係。

 カンペキなシナリオだ。俺ちょっと頑張っちゃうよ?

 

 ・・・なんて考えていた時代もありました。ええ。

 

 結論から言うと、俺のシミュレータ成績は散々なものだった。

 操縦桿を倒せば機体がロールするのは変わらない。

 次にそこで操縦桿を引くと、いつもの様に急旋回が始まるのでは無く、ダラダラとテールスライドしながら進路が変わる。

 そもそも航空機のように横転して旋回する必要など無く、ラダーを蹴って機体を横向きに回転させて「横向きに」曲がっていく方が無駄な挙動が無く旋回時間が短くなる。

 針路がどこに向かっていようが、機体の向きはいつでも好きな方向に変える事が出来、エンジンを噴射してやることで初めて針路が変わり始める。

 航空機とは大きく異なる機体の挙動と制御に戸惑ってばかりで、黄色い線で指示された指定航路をトレースする追従訓練など、旋回がいつも遅れて航路を外れ、終いには指定航路から外れすぎてプログラムが停止してしまうほどだった。

 

 もっともそんな無様な醜態をさらしたのは俺だけでは無く、我らがA中隊長のラファエル・カスティージョ大尉を始めかなりの者が似たような体たらくで、誰もが皆自分の腕にそれなりの自信を持っているだけに、シミュレータ訓練が終わった後の俺達の落ち込み様は酷いものだった。

 

 そんな文明の利器に初めて触れたサルのような俺達に較べて、俺の横に座った黒髪の天使は要領の違う宇宙機の操縦にたちまち順応し、まさに天使が羽を得たが如く自由に華麗にシミュレータ空間を飛び回っていた。

 うむ。流石マイスイートエンジェル。

 操縦技術も一般人とは隔絶した才能があるという事か。

 惚れ直すぜ。

 

「宇宙機の操縦もお手の物か。ミノリ、凄いな。今までどこで戦ってたんだ?」

 

 しかしこのチャンスを逃す俺では無い。

 俺達二番目のグループの五人のシミュレータ訓練が終わり次の五人に交替した後、部屋の壁際に待機している彼女の横に立って、再び親密な関係の糸口を得る為に話しかけた。

 

「あ゛ぁ? ミノリぃ? なんだテメエ馴れ馴れしい奴だな。ウザいんだよ。いちいち話しかけてくんな。」

 

 俺の天使は眉間に皺を寄せ、不機嫌さをありありと顔に浮かべてゴミか何かを見るような眼で俺のことを見た。

 その鋭い視線が俺のハートを突き抜ける。

 ああ、何か新しい世界の扉が見えてきた。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 昔、宇宙機を駆って依頼を達成していくタイプの3Dシューティングにハマっていた時期があります。

 イージーモードは機体制御の殆どが自動で操作が易しく、その分複雑な動きは出来ないのですが、エキスパートモードでは操縦桿とスロットルの他に、スラスターを直接制御して複雑な動きが可能でした。

 宇宙空間らしく、一度力が加わると、それを打ち消す方向に力を加えない限り永遠に等速直線運動をやめない、或いは回転が止まらない、というのがエキスパートモードでした。


 手は三本無いので、スロットルや操縦桿に付属しているボタンにプログラムでスラスターを割り付けて制御したのですが。

 その時の経験からすると、空力航空機からスラスター制御の宇宙船にいきなり乗り換えても案外対応できるものです。

 なので、ボロボロになっているカーク君やその編隊長はちょっと不器用なのかも知れません。

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なんだコイツ(カーク)ゥー!?
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