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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第四章 OPERATION 'MOONBREAK'
90/405

1. Бухта Дежнёва


■ 4.1.1

 

 

 07 December 2043, Jar-Sub U.N. Space Force secret base, Бухта Дежнёва (Dezhnev Bay), Сибирь (Siberia), Russia

 A.D. 2043年11月17日、シベリア、ブフタ・デジュニョヴァ、ヤル・スプ国連宇宙軍秘匿基地

 

 

 真っ暗な世界の中を輸送機は高度を下げていく。

 やがて、闇の向こうに灰色の雪煙に煙る滑走路誘導灯がおぼろに見え始め、貨物室の小さな覗き窓からその明かりが見えたと思った次の瞬間には、主脚が地面に着く衝撃があり、全開の逆噴射が身体をゴツゴツとした空挺兵用のシートに押し付けた。

 俺の乗った輸送機はゴトゴトと地上をしばらくタキシングし、何のアナウンスも無いまま突然停止した。

 

「到着。降機用意。」

 

 民間の旅客機ならば、美人の客室乗務員が耳に心地の良い声で長時間のフライトを労う言葉や、ちょっとしたジョークを織り交ぜながら次のフライトでも我が社を使って欲しいなどと宣伝を行う所なのだろうが、国連軍所属のこの無骨な輸送機ではそんな長く疲れるフライトのオアシスのような美人乗務員の代わりに、見ただけでやる気を失せさせるような筋肉隆々の中年少佐が無愛想に到着を告げるだけだった。

 

 シートベルトのバックルを外し、輸送機の床に固定された最低の座り心地の椅子から立ち上がって、俺は背伸びをして強張った身体をほぐした。

 椅子の下に押し込んでいたリュックサックを引っ張り出し、肩に担ぐ。

 これで降機準備完了だ。

 

 人間用のドアが開き、雪だらけの防寒着に身を包んだ三人の男が機内に転がり込んできた。

 着陸の時に見えた通りに、どうやら外は吹雪らしい。

 外に出るのが嫌になってきた。

 俺は南国生まれの南国育ちなのだ。

 

「諸君。ヤル・スプ基地へようこそ。私は司令部庶務係のニカノロフ少佐だ。外は寒いのでね。風の吹いていない機内で着任の確認をさせてもらう。氏名、階級、着任部隊を申告してから降機してくれるか。降機したらちょうど正面に見えるライトに向けて走れ。ライトの下にドアがあるので、その中の部屋で待っていてくれ。吹雪だからな。冗談じゃ無くて真っ直ぐ走らないと遭難するぞ。シベリアの地吹雪を舐めるなよ?」

 

 ニカノロフ少佐と名乗った男は、被っていたコートのフードを跳ね上げると、輸送機の中の皆を見回して案外ににこやかにそう言った。

 俺はそのにこやかな表情の裏に胡散臭さを嗅ぎ取った。

 佐官なんて司令部のオエライさんが、兵士が到着しただけの輸送機に、なんで吹雪を突いて迎えに来る?

 

 つまり、面通しと個人の特定が終わらなければこの輸送機の外、つまり基地には足を踏み入れさせないという事なのだろう。

 シベリアの東端などというとんでもない場所にある基地に、輸送機を使ってまで大量の兵士を運んできて、この歓迎っぷりだ。

 どうやらこの基地は秘匿性の高い基地であるらしい。

 と云うことは、そこに連れてこられた俺達この輸送機の乗客は、何か秘密の作戦に従事させられる可能性が高い、という事なのだろう。

 だからセキュリティが厳しい。不審人物が紛れ込むのを防ぐ為に。

 

 ファラゾアが地球に攻めてきてもう十年近くが経つが、これまでファラゾア人を見かけた奴はいなかった。

 もちろん、宇宙からのメッセージを絶えず着信しているようなオカルト系のイカレた奴等は、ファラゾア人と食事を共にしただの、ファラゾアの母星に連れて行かれて歓待を受けただの、果ては自分は遙か昔に地球にやって来たファラゾア人の子孫だなどと、次から次へとよくもこんな馬鹿馬鹿しい作り話を思いつくものだと呆れるほどに、ファラゾア人との「親密な関係」を主張しつつ次から次に際限なく湧いて出る。

 

 そういう一部特殊な奴等はこっちに置いておいて、毎日のように実物のファラゾアと出会いつつもまともなアタマを維持している前線の兵士達や、あらゆる情報が集積されつつもまともな頭を維持しているはずの各国政府や国連軍が、ファラゾア人を見かけたり、その存在を認めたりしたことは一度も無かった。

 地球よりも遙か先の科学技術を持っているファラゾアのことだ、全ての戦闘機、あるいは太陽系にやってきている全ての艦船も含めて、自律制御された機械で完全自動化されており、命を落とす危険がある戦闘にファラゾア人が参加すること無いのだろう、というのが一般的かつ大方の考えだった。

 

 攻め込んできた諸悪の根源であるファラゾア人自体は母星でぬくぬくと戦いの経過をモニタしており、墜とされても痛くも痒くも無い機械相手に俺達地球人は血みどろの生きるか死ぬかの戦いを強いられている。

 そう考えると改めて腹が立つ。

 はらわたが煮えくり返るとはこの事だ。

 いつか必ずファラゾア人本人の首根っこを掴み、顔の形が変わる位までボコボコに殴り倒してやらなければ気が済まないというものだ。

 

 話が逸れた。

 ファラゾア人というものが目撃されておらず、母星を遙か離れて太陽系に派遣されてきた艦隊は全てが機械化されていると考える方が納得も出来る事から、地球上で人類の中にファラゾア人が紛れ込んでいるという危険は高くないものとされていた。

 そもそもファラゾア人が、地球人に化けられるとは限らないのだ。

 もしかしたら某超有名SF小説に出てくる火星人みたいな姿だったり、あるいは別の有名SFに出てくるような蜘蛛のような姿だったりするかも知れないのだ。

 勿論、それ程科学技術が進んでいるならば、これまた別のSF映画のような液体金属で出来た人間型のサイボーグなんて可能性もある。

 

 ネットワークが寸断されて全く使い物にならないこの地球上で、街中では軍事的に有用な情報というのは殆ど手に入らない為、万が一その手の「スパイ」が紛れ込んだとしても、軍事基地や政府の機関などの重要拠点の出入りを押さえておけば、その手の輩を排除することが出来ると聞いた事がある。

 ニカノロフと名乗った少佐はそれをまさに実践しているのだろうが、それにしてもこの基地の警戒の厳しさは少々違和感を覚えた。

 これまで輸送機の中まで立ち入ってきて身元確認を行ったのを見たことが無かった。

 

「次。」

 

 などと、色々と考えていると俺の番が回ってきた。

 

「カーク・シミズ中尉であります。9012TFS配属であります。」

 

 一歩進んで少佐の前に出た後、敬礼して答える。

 

「シミズ・・・シミズ、と。確認した。行って良し。」

 

有難う(Thank )ござ( you, )います(Sir.)。」

 

 何に対して礼を言っているのか良く分からないが、敬礼したままとりあえず少佐に礼を言った。

 偉い奴は良い気分にさせておけば、とりあえず面倒は無い。

 俺は少佐の前を通り抜け、人員用のハッチを開けた。

 

 頬を刺す冷気と、大量の雪が、わずかに開けたドアをこじ開けるようにして吹き込んできて、それをモロに吸い込んだ俺は思わずむせる。

 

「早くドアを閉めろ。この基地の鉄則だ。」

 

「イエス・サー。」

 

 雪と風の凄まじさに思わず怯んでいると、後ろから叱責が飛んで来たので慌てて外に飛び出す。

 アルミ製のタラップのステップに雪が吹き溜まっていて、軍用のブーツのゴム底だと無茶苦茶滑りやすい。

 俺は寒さに備えて手袋をはめていた右手で手摺りを掴み、おっかなびっくりでタラップを降りた。

 

 正面に眼を向けると、暗闇の中、超大量の雪と風に煙る朧げなライトが前方に見える。

 他に何も見えないので迷いようも無かった。

 俺はそのライトに向けて全力疾走したが、凍った路面と吹き荒ぶ地吹雪に押し戻され、思うように進めない。

 確かにこれは、舐めてると酷い目に遭いそうだ。

 

 どうにか灯りの下に辿り着き、そこにあった扉を開く。

 扉は二重扉になっており、内側の扉を抜けると中は大きなホールになっていた。

 部屋の中はしっかりと暖房が効いており、一瞬で冷え切った身体に心地よい。

 ホールには俺よりも先に降機した二十人ばかりの兵士達が、所在なさげに散っている。

 俺もその中に仲間入りし、残りの兵士達が降機してくるのを待った。

 

 十分ほど経って、先ほどのニカノロフ少佐達三人が、俺達が入ってきたドアから入って来た。

 

 少佐達は防寒着を脱ぎながら、ホールの端に移動し、床に防寒着を転がすと俺達の方に向き直った。

 

「諸君、まずはヤル・スプ基地へようこそ。歓迎する。聞いた事も無い極東の基地に連れて来られて戸惑っているものと思う。この基地は、国連宇宙軍が新設した秘匿基地だ。諸君には新たに開発した宇宙戦闘機に乗ってファラゾアと戦ってもらう。明日からその為の訓練を行った後に、約三ヶ月後この基地から出撃することになる。」

 

 少佐は聞いた事の無い単語だらけで構成された言葉が俺達の頭に染み込むのを待っているかのように、そこで一旦言葉を切った。

 

 ちなみに俺も混乱している人間の内の一人だった。

 宇宙軍? 秘匿基地? 宇宙戦闘機? ナンデスカソレ?

 

 俺達は今まで国連空軍のパイロットとして戦ってきた。

 宇宙軍というのが存在するという話は今まで聞いたことは無かったが、敵が宇宙の彼方からやって来るのなら、当然宇宙軍というのが設立されるのは当たり前の話なのだろう。

 宇宙軍があれば、宇宙戦闘機も存在して当然か。

 そして戦闘機があるならば、そのパイロットも必要となる。

 空軍のパイロットが選ばれるのは当たり前、という話か。

 成る程。

 

「本日到着したのは、9012TFSと9013TFSに配属されたパイロットである諸君だ。こちらは9012TFS飛行隊、ルサールカ隊長のコレパノヴァ中佐、こちらが9013TFS飛行隊、ストリボーグ隊長のシュウ中佐だ。」

 

 俺が所属する9012TFSの隊長であると紹介されたコレパノヴァ中佐は、最初に輸送機の中に入ってきた三人の内の一人であった様だ。

 紹介された後に皆を見回して軽く頷くその顔は、いかにもロシア人と云った感じの、茶色い髪を短く刈り込んだガタイのいい男だった。

 

 それからしばらくニカノロフ少佐からの説明が続き、少佐からの説明が終わった後は各隊に別れて顔見せと、隊長からの連絡事項の伝達という事になった。

 少し脇に動いたコレパノヴァ中佐の元に飛行隊全員が集合するという事になり、中佐の元に移動している時、俺は信じられないものを見つけてしまったのだ。

 

 天使だ。ここに天使が居る。

 その女は身長は155cmほどしかなく、中学生(Colegio)か下手すると小学生(escola primaria)並みの背丈に見えた。

 いやこんな所に子供が居るはずは無い。

 顔つきも少し幼い感じではあるが、俺は日系人社会の中で育ったのでアジア人の顔が幼く見えることは良く知っている。

 しかし何よりも、ホールのライトを反射して艶やかに光る背中まで伸ばした漆黒ストレートの黒髪がまず一番最初に目を引いて美しかった。

 東洋人らしい少しつり目がちの眼は大きく、余り明るくないホールの照明の中でまるで黒曜石のように黒く輝いており、細い顎の線と、小ぶりな顔の作りの中に赤く血色の良い唇が絶妙なバランスで配置されていた。

 何もかもカンペキだった。

 その床の上を流れる水のように淀みなく静かに歩く様も美しい。

 きっと彼女の父親の名前はミケランジェロというに違いない。

 俺は生まれて始めてハートを撃ち抜かれるという事を知った。

 思わず立ち止まった俺は、呆けたようにその女が歩く様を眼で追っていた。

 撃ち抜かれてしまった胸が苦しい。

 ダメだ。この俺の胸の高鳴りの一端でも彼女に伝える為にすぐさま声を掛けて名前を聞き出さねば。

 

「おい、お前。何してる。集合だ。早く来い。」

 

 俺の為に地上に降りてきた黒髪の天使に声を掛けようと、勇気ある一歩を踏み出したところで冷や水を浴びせ掛けられた。

 声がした方を見ると、コレパノヴァ中佐が難しい顔をして俺の方を見ていた。

 マイエンジェルは、思わず見とれてしまった俺の気持ちに気付くことも無く、クールに集合場所まで歩いて行った。

 ああ、そのクールさがまた堪らない。

 

「ほら、早く来いよ。説明が始められないだろうが。なにやってんだ。」

 

 もう一度声を掛けられ、俺は早足で皆が集合している場所に急いだ。

 

「呆けてるんじゃないぞ、お前。」

 

 どうやら中佐は俺がその黒髪の天使に心を奪われ、余りの衝撃に身体の自由まで奪われてしまったことに気付いたらしい。

 俺の方を見て溜息をつき、そして集まった9012TFSの面々に話を始めた。

 

 勿論俺はそれどころじゃ無い。

 視線も、意識も、俺の全てがその絶世の美女の横顔に釘付けだ。

 中佐がなにやら向こうで話をしているようだが、そんな事はどうでも良かった。

 描けばさぞかし美しい肖像画になるであろう彼女の横顔よりも大切なことなどこの世にあろう筈が無かった。

 

「・・・では、編隊内位置だ。1番機、は俺だ。アントニェーヴィチ・コレパノヴァ中佐だ。これからよろしく頼む。2番機・・・」

 

 人垣の向こうで中佐がポジションと名前を読み上げている。

 おっと俺としたことが。

 名前を次々に読み上げるなら、彼女の名前を苦労なく知るチャンスだ。

 

「・・・8番機、カーク・シミズ中尉。・・・居るか?」

 

 まだ顔と名前の一致していない中佐の視線が辺りを泳ぎ始める。

 ちょっとマイエンジェルに見とれていて返事が遅れてしまった。

 

「イエス・サー。」

 

「・・・お前か。」

 

 中佐の視線が一瞬屋外の地吹雪並みに冷たくなる。

 初っぱなからやらかしてしまったが、仕方が無い。

 男には何を犠牲にしても本気にならねばならない瞬間があるのだ。

 

「次、9番機、ミノリ・タナカ中尉。」

 

「イエス・サー。」

 

 ああ。その姿も可憐であれば、声もまた美しく儚げだ。

 それよりも何よりも。9番機と云えば俺と同じ小隊じゃないか。

 ああ、神よ。

 これまであんまり信心深くなくて済みませんでした。日曜に教会に行ってなくてゴメンナサイ。

 これからは心を入れ替えて、あなたが私の為に遣わして下さったこの天使と仲良くやっていきます。

 

 幸せな気分一杯で俺の天使を見つめていると、それに気付いたかこちらを見た彼女と視線が合った。

 

「なんだよ。こっち見んなよ。キモいなお前。」

 

 Ai meu Deus.

 俺の意識がシベリアの吹雪でちょっとだけ凍り付いた。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 なんか高め軽めのテンションで書き始めてしまったのですが、この調子でこの章の最後まで保つのか自分で心配になってきました。

 今更もう引き返せない。w


 閑話休題。


 お陰様をもちまして、つい先日本作のPVが100,000を越えました。

 これもひとえに、この拙い文章にお付き合い下さる皆様のおかげです。

 有難うございます。


 でも、ここのところPV/dayがスゴいことになってるのですが。

 ジャンル別日間ランキングで二位になったりとか。

 皆様のおかげです、というよりも、なんか怖いです。


 あ、ちなみにカーク君はブラジル人です。

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