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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第三章 失うもの、還らぬもの
82/405

29. 武装巡回偵察 (Routine Armed Reconnaissance)


■ 3.29.1

 

 

 達也が割り当てられているコテージにパトリシアが転がり込んできて、共に暮らす様になって、パトリシアの疲労は徐々に改善している様に見えた。

 

 ハンガーまでの距離は兵舎からに較べると遠くなってしまったのだが、彼女は「通勤」に自転車を利用するので時間的な距離は殆ど差がないどころか、少しばかり短くなったと笑っていた。

 夕方、皆が一斉に引き上げてくる中で、偵察出撃やその前後のブリーフィング、暑いハンガーでの機体チェックなど、一日の任務で汗だくになった身体を一刻でも早く綺麗にしてさっぱりしようと誰もがシャワー室に殺到する中、何十分も順番待ちで無駄な時間を過ごさなくて良くなった。

 下着など、さすがに基地のランドリーサービスに出す訳にはいかない衣類について、疲れ果てた身体で洗濯機の順番待ちをして、朦朧としながら洗濯が終わるのを待つ必要が無くなった。

 それら色々な設備を利用する順番待ちをする必要が無くなり、パトリシアの睡眠時間は実質毎日二時間ほど増加した。

 

 腕の良いプロの料理人であるマーチンから直接手ほどきを受けた達也が作る食事は、街中で店を開いてもやっていける程にまで上達しており、ただ単に栄養補給のみを目的として不味い食事をもさもさと機械的に摂る基地の食堂の食事に較べて、精神的にも肉体的にも彼女の疲れを癒やすのに一役買っていた。

 また多くの兵士が住む兵舎で、他の兵士に気を遣わなければならないこと、逆に他の兵士達には打ち明けられない様な悩みを抱える孤独、といったものから解放され、達也のコテージに戻った後は好きな様に振る舞える事も、緊張と恐怖の連続で疲れた精神を癒やす事に良い影響を与えている様だった。

 

 達也も自分自身で驚いたことに、疲れ果てて家に辿り着いた後、想像していたよりもかなり奔放で我が儘に振る舞うパトリシアの世話を焼くのは嫌なことではなかった。

 むしろ、小動物か或いは可愛らしい子供の世話をしているようで、楽しいとさえ思えるほどだった。

 容姿が端麗で本来明るく優しい性格であるパトリシアであり、またお互い好意を寄せている相手であるという理由を差し引いても、彼女の生活の世話をしていてその様な気持ちになることは達也自身予想さえしていなかった。

 もしかしたら自分は、この戦いさえ無ければ、案外子煩悩なマイホームパパになっていただろうか、などと苦笑交じりで思いながら食器を片付け、パトリシアが脱いだ服を洗濯機に押し込んだ。

 

「ねえ。武装巡廻偵察、って、何を装備していけば良いの?」

 

 クリスマスの飾り付けをやっと片付け終えたある日、一日の任務を終えてコテージに帰ってきたパトリシアと共に夕食を摂っていると、唐突に彼女が達也に訊いた。

 

「武装偵察はかなり高い確率でファラゾアと戦闘になる事を想定している。最前線の戦闘機隊と同じ装備だな。どうした? まさか?」

 

 訊かれたことに軽く答えて、その途中で達也は自分が何を答えているかに気付いた。

 つまり、パトリシアの部隊に武装偵察の任務が命じられたのか、という懸念だった。

 

「うん。明日からはうちの部隊にも、武装偵察任務も回ってくるかも知れない、っていわれたの。普通の偵察と違うのは、武装するかどうかの差くらいだ、って話だったけど?」

 

 勿論パトリシアの言う通りかも知れなかった。

 最前線基地を渡り歩いてきた達也の感覚では、武装巡廻偵察というのは、最前線から僅かに引いた辺りのエリアに定期巡回コースを設定して、普段最前線で戦っている戦闘機隊が持ち回りで行う、普段の出撃と同等の武装をして喧嘩上等の半ば威力偵察のようなもの、という印象だった。

 勿論、場所が違えば状況も違うだろう。

 しかし、今やノースアイランド基地も最前線の基地であることに違いはなかった。

 

「今まで武装偵察をしていた部隊はどうなった? 損耗が激しいのか?」

 

 戦闘からは遠く離れたカフェテリアで働いており、訪れる客も少ない為、達也はノースアイランド基地を囲む戦況に疎かった。

 心に負った傷を治す為に、わざと距離を置いていたと言っても良い。

 

「そういう話は聞いてないわね。ラパスへの降下の直後に強行偵察を行った部隊以外では、まだこの基地の部隊から撃墜された人は出てないと思ったけど。今のところ敵が手出ししてこないから、巡廻偵察の範囲を全般的に広げるんだって。そうすると後方のあたし達が巡廻するコースが、これまで武装偵察をしていたコースになるから、念のために武装して上がるって言ってたよ?」

 

 つまりそれは、武装巡廻偵察を行う距離にまで近付いても、ファラゾアがこちらに反応していないという事を示している。

 ファラゾアが何を考えているのか分からないのは今に始まったことではない。

 彼等は彼等なりの戦略的目的があっての行動をとっている筈だ。それを地球人類が理解出来ていないだけの事だった。

 

「成る程な。」

 

 多分、であるが、いつかはラパスにいるファラゾアも積極的な侵攻を始めるだろう。

 積極的侵攻を始めた時に最初に撃墜される機体が、パトリシアのものでないことを願うばかりだった。

 その為には、ファラゾアと遭遇しても戦えるだけの武装をし、願わくばそれまでの間に少しでもパトリシアの技術が向上していることを期待するしかなかった。

 任務として指示されたからには、逃げ出す訳にはいかないのだ。

 

「今乗っている機体は何だ?」

 

「F16C。Block50。」

 

 パトリシアはソテーした豚肉を口に入れたままもぐもぐと籠もる声で答えた。

 

「ヴァニラか。バルカン砲は胴体内左舷に一門だけだよな。」

 

「そうよ。もちろん。」

 

「20mmガトリングガンポッドを両翼に一基ずつ。ドラムはPCU-18/A。20mmのウラン徹甲焼夷弾だ。翼下増槽を両翼に一つずつ、胴体下増槽も付けろ。これが標準的な武装偵察時の装備だ。あとは指示によって情報収集用のポッドを搭載して、必要に応じて増槽と入れ替える。ミサイルは要らない。全く役に立たない余計な重量だ。」

 

「タツヤの経験上の?」

 

「そうだ。ヴェトナムでも、フロリダでも、武装巡廻偵察の標準的な装備はそうだ。胴体内のバルカン砲だけでは10秒も撃てば弾倉は空だ。弾が無ければ戦うことも出来ない。ミサイルが全く使い物にならない以上、とにかく弾数が要る。」

 

 そこで達也はふと新型機を思い出した。

 

「もしレーザーガンポッドなんてのがあれば、ガトリングガンポッドと取り替えても良いが。」

 

 達也が前線に居る間には、レーザーガンの噂を聞いたことはなかった。

 そんな未来兵器のことなど気にしたこともなかったが、先日現物を見せられた新型機には実用化されたレーザーガンが搭載されていた。

 何か状況が変わったかも知れないと思い、一応訊いてみた。

 

「ああそれ、隊長が何か言ってたけど。弾数が少なくて使い物にならないんだって。」

 

「弾数が少ない?」

 

 新型機に関して、レーザーが使えるようになったのも小型核融合炉を搭載した恩恵だと大下は言っていた。

 やはり核融合炉がなければ、レーザーは使い物にならないのだろうか、と眉根を寄せる。

 

電池(バッテリー)? のパワーが無くて相手がファラゾアだと撃ち落とせないし、弾数も少なくて実質使い物にならないとか言ってたと思うけど?」

 

 パトリシアのあやふやな情報では技術的なことはまるで分からないが、大下が言っていたのはこの事だろうと達也は理解した。

 

「そうか。ならやっぱりガトリングポッドしかないな。最前線でF16Cに乗る連中は皆そうしている。俺もその装備でずっとやって来た。間違いない。」

 

「OK。ガトリングポッドと増槽ね。」

 

「一つだけ気を付けろ。戦闘に入ったら増槽は投棄するとしても、ガトリングポッドはそれなりに重い。機体の反応が鈍るし、旋回性も落ちる。それを頭に入れておけ。その分少しだけ早めの操作が必要になる。」

 

「ん。分かった。」

 

 そう言ってパトリシアは笑った。

 

 最近再び彼女の笑顔を見かけることが多くなった、と達也は思った。

 それに、こうして会話をしながら食事をするだけの体力的余裕も出来たようだ。最初の頃は、会話どころか食事を取ることさえままならないほどに疲労困憊して、食事の最中にうたた寝して料理に顔面を突っ込むようなこともあったのだ。

 やはり彼女をこのコテージに住まわせたのは正解だった。

 

「やっぱ、タツヤに訊いて正解ね。最前線に居た人の情報は貴重だわ。自分の命だもんね。」

 

「おだてても晩飯くらいしか出ないぞ。」

 

「それで十分よ。」

 

 そう言ってパトリシアは楽しそうに再び笑った。

 

 

■ 3.29.2

 

 

 昼間は相変わらず暇な時間が続いていた。

 一日中客が来ないまま閉店時間を迎える、という日も多い。

 以前はパトリシアが夕食を食べに来るのを待って閉店時間後もそのまま店にいて彼女を待っていたりしたものだが、パトリシアが自分のコテージに同居するようになってからは、閉店時間を過ぎるとさっさと店じまいしてコテージに戻り、二人分の夕食を作り始めるのが日課となっていた。

 

 自分のコテージで作る二人分の食事の材料には困らなかった。

 コロナド・ビーチで仕入れた食材にはいわゆる生鮮食料品に分類されるものが多く、その様な食材には比較的短期間で消費期限を迎えるものが多かった。

 野菜や果物は冷凍する訳にも行かず、肉類も冷凍できるからといっても、いつまでも永遠に保存できる訳ではないのだ。

 

 さらに、客が滅多に来ないとは言え、希に突然数人の客が訪れることもある。

 客が注文を出してから肉を解凍していたのでは全く間に合わないので、客が来る事を想定して常に何人分かの肉類は解凍しておかねばならない。

 しかし結局客は来ず、用意していた食材が余ってしまうことが多々ある。

 その様な食材は再度冷凍することは出来ないため、短期間のうちに傷み始めてしまう。

 傷んでしまった食材を廃棄するくらいならば、傷む前に自分達で消費する方が無駄がない。

 達也達がコテージで摂る食事の材料はその様にして供給されていた。

 高級将官を客に想定したカフェテリア「コロナド・ビーチ」で提供されるはずだった食材を使って作られた食事が、基地の食堂(キャンティーン)で供される食物(しょくもつ)に劣ろう筈がなかった。

 

 達也は今日もいつも通りに毎日の朝のルーチンをこなして店を開け、客が来ないことを良い事に営業時間中に店内の掃除をしていた。

 時折外から聞こえてくる戦闘機が離発着する時の腹の底に響く轟音を聞き、この内のどれかはパトリシアの機体が発した音なのだろうなどと考えながら、のんびりと有り余る時間を潰すように掃除を続けていた。

 

 全く客の姿が見えない昼時が過ぎ、太陽が徐々に西に傾いていく。

 掃除や片付け、柄にも無い花瓶の生花の入れ替えなど、思いつく限りの仕事は既に終えてしまい、何をするでも無くカウンター席に座ってこの店の自慢である大きな窓から外の風景を眺めていた。

 西に傾いた太陽の光を反射して、尽きること無くビーチに寄せてくる大きな波が光るのを眺めながら、今日も客は来なかったなと軽い溜息を吐いたとき、視野の端に自転車に乗った人影が映った。

 

 今日は珍しく早く上がって帰ってきたのかとその人影に視線を向けると、果たしてそれはパトリシアでは無く、マーチンが出て行って以来最近ついぞ姿を見せなくなっていたアレクシアが一人自転車に乗ってこちらに向かって走っている姿だった。

 そもそもアレクシアがやって来たこと、アレクシア一人であること、どちらも珍しいこともあるものだと、いつも彼女が注文していた炭酸水を取り出してコップを用意する。

 パトリシアとアレクシアが同じ小隊であるとは聞いていない。

 武装巡回偵察は大概の場合小隊単位で行われるので、パトリシアの隊よりも彼女の隊の方が先に帰投して、アレクシアが一人で店にやって来たところでそれは何もおかしな事では無かった。

 

 だが何故か、いつも通りココ椰子の木に自転車を立てかけるアレクシアの怒ったような表情を見て胸騒ぎがした。

 バランス良く上手く自転車を立てかけることが出来ず、店内にまで聞こえてくるような音を立てて自転車が倒れるのを気にもせず、アレクシアは店の前の階段を上がってきて勢いよくドアを開いた。

 ドアのカウベルがいつもよりも派手な音を立てて鳴った。

 

「よう、久しぶりだな。マーチンが居なくなって以来・・・」

 

 自分でも良く分からず何かに焦る心を無理に静めて、至って平静な声を装ってアレクシアに語りかけた達也の台詞を一切気にせず、アレクシアが言った。

 

「パトリシアが墜とされたわ。」

 

 店の中の時間と空気が共に冷たく凍り付いたような気がした。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 「バルカンポッド」と「ガトリングポッド」で表記が揺れている様に思われますが、槽ではありません。

 General Electric社製のバルカン砲(およびそのライセンス生産品)と、他社製の20mm6連ガトリングガンを区別しています。

 違う規格を使うと使い勝手が余りに低下してしまうので、軍からの要求でどちらの20mm機関砲も同じ形状の弾倉ドラムを使用するように統一されています。


 リヒートとアフターバーナーの時も似たような事をしましたが、つまらんこだわりです。笑って無視してやって下さい。


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