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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第三章 失うもの、還らぬもの
79/405

26. 高島重工業 A2T2-F7「凄風」

 

■ 3.26.1

 

 

 前回の健康診断、即ちパイロット適性検査からまだ三ヶ月ほどしか経っていなかったが、大下の強い勧めもあって、イレギュラーなタイミングではあったものの達也はエドワーズ空軍基地に向かい、いつもの適性検査を受けた。

 自分の中にある「敵を斃す」という衝動だけでは無く、外部からも強い動機付けを行われた事で何かが変わって、適性検査をパスする程ではなくとも、成績に多少の変動でも見られるのではないかとかなり期待をしていたのだが、達也に伝えられたのはいつも通りほぼ最低評価ばかりが連なった「不適格」という結果であった。

 

 砂漠と山岳地帯の中を延々と走り続ける帰りのハイウェイを、自分で小型車を運転しながら達也はその原因について考えていた。

 こうして自動車を運転出来ている以上、機械に乗ってそれを操縦すること自体に問題は無いのだ。

 輸送機に乗せられて問題無く移動したことを考えれば、飛行機に乗ること自体も問題無いはずだった。

 詰まり、突き詰めれば「飛行機(或いは戦闘機)を操縦する」こと、或いはもしかしたら「ファラゾアに敵対する」事を自分が恐れているとしか思えなかった。

 そんなバカな、と思いもするが、事実訓練機のコクピットに乗った途端、視界が狭まり動悸息切れが激しくなり、大量の発汗と共に平衡感覚を失調し、記憶も思考能力も怪しくなるという実際の症状を今日もまた体験したとなっては、その様な半ばあり得ない様な理由でさえ考えに入れておかねばならないと云う気になる。

 

 約三時間ほどの帰り道、他に車もないハイウェイを飛ばしながら達也はずっと理由を考え続けていた。

 勿論、それで何かの結論が出る訳でもないが、自分の内面のことであるが故に自分自身による分析と考察を繰り返すことで、もしかすると原因の一片でも掴めるのではないかと期待していた。

 

 だが結局結論は出ず達也はノースアイランド基地に到着する。

 車を返し、預かってもらっていた自転車に乗って達也はコロナド・ビーチに戻った。

 日は既に大きく傾いており、あと一時間もすれば閉店の時間だ。

 数日ぶりの店の外観を眺めながら、正面の入口のドアを開けて店に入ると、店の中ではマーチンが何やら作業をしていた。

 

「ただいま。なにやってんだ?」

 

「おう、戻ったか。結果どうだった?」

 

「相変わらずさ。」

 

「そうか。残念だったな。」

 

 新人訓練の隙間に滑り込ませる形で適性検査を行うので、検査には大体毎度三日ほどが必要だった。

 当然その間店を開けることになるのだが、マーチンは毎回「俺達を守ってくれる仕事なんだ。遠慮なく行ってこい」と、快く送り出してくれている。

 もっとも、基本的に年中暇なこの店では達也一人いなくなったところで全く問題無く仕事が回る、という現実的な理由もあるのだろうが。

 

「ちょっと古いハイファイセットを手に入れてな。使ってみようと思ってさ。」

 

 そう言いながらマーチンは、細いケーブルを部屋の目立たないところを這わせてステップルを軽く打って固定していく。

 客もいない店内、達也はカウンター席のスツールを引き出して座り、マーチンが配線を固定していくのを見ていた。

 

「手伝おうか?」

 

「大丈夫だ。もう殆ど終わってる・・・よし、できた。」

 

 それ程大きくないスピーカーをコーナー近くに打ち付けた釘に引っかけたマーチンは、達也の前に置いてあるオーディオセット本体の所に戻って来た。

 

「電気は大丈夫か?」

 

「なあに、電灯を数本増やした程度しか食わんよ。それに、もうすぐ西海岸一帯の電力事情は改善するんだろ。」

 

 マーチンが言っているのは、サン・クレメンテ近郊に急ピッチで建造が進められている新型の原子力発電所の事だった。

 その発電所だけで、現在のサン・ディエゴとその周辺の電力需要を十分賄えるという話を聞いていた。

 核分裂と核融合の区別がついていない技術音痴の反核団体が、都市近郊に今も残る住民を煽り立てて盛大な反核デモを起こしていたが、米国政府はそれをほぼ無視して、米国内の数ヶ所に発電所の建造を急いでいた。

 

 電力不足は本当に深刻な問題なのだ。

 反核団体の言うことを聞いていたら、風力発電と水力発電で供給される程度の電力しか得られず、反ファラゾアの戦力を整えることなど永久に出来ないだろう。

 さらに一部の反核団体は、従来通り自然保護団体や反戦団体と歩調を合わせ、戦地で生命の危機にさらされ精神的な苦痛を与えられ続けている野生動物の権利の保護と、同じこの宇宙に生まれた魂の兄弟であるファラゾアとの平和的話し合いと共存を主張していた。

 達也にしてみれば、脳ミソの設計図に欠陥がある頭のおかしい奴等としか思えなかった。

 野生動物の権利を主張する前に、兵士が一人でも多く生き延びることが出来る方法を考えるべきだった。

 ファラゾアと平和的話し合いを行いたいなら、まず最初に自分達が降下地点まで行って試してみれば良い。

 本来最優先で取り組まねばならない重大な問題を放置し、どうでも良いことを騒ぎ立てて問題の解決を妨害し、人類の生存を脅かしている人類内部の敵、或いは狂人としか思えなかった。

 

 達也が眺めている中でマーチンは作業を進め、カウンターの端に驚くほど小さな銀色のオーディオセットが置かれた。

 嬉しそうな顔のマーチンが、かけ声を掛けてオーディオセットでは無く自分自身に気合いを入れつつ、パワーボタンを押すと赤と緑のLEDが幾つか、機械の正面に灯った。

 

「いよっしゃー! これで音楽も無い寂しい店内ともおさらばだぜ。」

 

「いいけど、音楽データどうするんだ? ダウンロードなんて出来ないだろ。中に残ってるのか?」

 

「ふふん。勿論手に入れてあるさ。」

 

 そう言ってマーチンは、プラスチックの塊を幾つかカウンターの上に取り出した。

 

「CDか。久しぶりに見たな・・・懐かしいな。」

 

「こんだけ見つけるの、結構苦労したんだぜ?」

 

 シンガポールにいた頃、部屋の隅のキャビネットの上に父親が大事そうに並べていた、色とりどりのジャケットをしたCDケースを思い出した。

 黒い日本製のオーディオセットと、その横に置かれたガラス扉のついた小さなキャビネットの中に並べられた沢山のCD。

 実際そうなのだが、ダウンロードよりもCDの方が音が良いと、父親はダウンロード音源を利用するのを頑なに拒んでいた。

 母親が夕食の準備をする音が聞こえ、リビングのソファに腰掛けた父親が新聞をめくる音が時々聞こえて、シヴァンシカと共にリビングのTVでゲームをしていた。

 そんな時に良く、少し古い日本のポップミュージックが部屋の中に静かに流れていた。

 祖国を追われ、ファラゾアに怯え、戦いに明け暮れる毎日がやって来る前の、穏やかな時間。

 達也はカウンターの上で乱雑に山にされたCDを見ながら、今ではもう二度と戻ってくることの無い日々を思い返していた。

 

 マーチンがCDを一枚取り上げ、オーディオセットのCDスロットに差し込んだ。

 僅かな動作音がして、オーディオ本体前面にCDのタグ情報表示が流れた後、柔らかなイージーリスニング系の音楽が流れ始めた。

 その曲は、青い海と白い砂浜に向かって建ち、椰子の木や多くの緑に囲まれた白い小さなこのカフェテリアにとてもよく似合っていると達也は思った。

 

 入口のドアのカウベルが鳴る。

 

「あー、済まないが今日はもう閉店・・・」

 

 達也とマーチンが反射的に入口に眼を向け、マーチンの口から出た断りの言葉は、入ってきた人物を見て半ばで途切れた。

 

「達也を借りて良いか?」

 

 マーチンが口にした閉店という言葉を完全に無視して、店内を近づいて来た武藤が言った。

 いつも一緒に居る田中は、店の外に止めたジープの運転席にいる。

 

「何の用だ? 適性検査なら今日戻って来たばかりだ。またダメだったがな。」

 

「おう。そっちも早いとこ仕上げてもらわなきゃならねえけどな。それよりも、高島の新型機が組み上がった。お前にも一応見せておかなきゃな。だから、呼びに来た。」

 

 自分がそれに乗れるか乗れないかは全く別にして、新型機を見てみたいと思った。

 大下から聞いたところでは、対ファラゾア戦に特化したいわゆる「第七世代」と呼ばれる機体らしい。

 

 格闘戦に重きを置いた第四世代、高いステルス性を目指した第五世代、そこにさらに電子戦能力を追加した第六世代。

 しかしファラゾア相手には、第五世代のステルス性も、第六世代の電子戦能力もまるで刃が立たなかった。

 どんな高性能のミサイルもファラゾアを追尾出来ず、例え追尾出来たとしても敵に接近する前にレーザーで全て撃ち落とされる。

 どれ程知恵を絞ったステルス性もファラゾアの探知能力の前にはまるで役立たず、前線パイロット達の間では「雲の中に隠れた方がマシ」とさえ言われていた。

 

 世界中の航空機メーカーは、現場(最前線)の声を最大限反映出来る第四世代の戦闘機を再び倉庫の中から取りだし、格闘戦能力の向上や武器搭載能力の向上など、パイロット達の要求に応える改造を行って再び戦線へと送り出した。

 それが達也達が使っていたF16V2であり、四十式零改であり、F15RJでもあった。

 しかしそれでも所詮は古い機体であり、それらの改造は「どうにかファラゾアとの闘いについて行ける」程度の性能向上でしか無い付け焼き刃の様なものであった。

 それに対して第七世代戦闘機は、完全に対ファラゾア戦闘に特化して開発されたものであり、戦局を大きく変える可能性があると期待されていた。

 

 武藤の言葉を聞いて、達也はマーチンを見た。

 マーチンは両手を身体の前で上に向けて開き、肩を竦めた。

 

「行こう。着替える必要があるか?」

 

 達也はエドワーズ空軍基地から車を運転して帰ってきたままの、支給品の黒いタンクトップに緑のデジタル迷彩がプリントされたズボンといった出で立ちだった。

 本来のルールであれば、格納庫に入る為には危険防止の為にフライトスーツか作業着を着なければならない。

 最前線でその様な事をうるさく言われることなど無かったが、色々とうるさい日本企業が借り上げている格納庫では何か言われるかも知れなかった。

 

「いや、構わねえよ。俺達だってこんなナリだ。」

 

 そう言う武藤は有名なブランドロゴがプリントされた白いTシャツとジーンズ、ジープの上の田中も同じ様な服装だった。

 

「分かった。マーチン、済まない。ちょっと行ってくる。」

 

「ああ。店の戸締まりはしておく。」

 

 手を挙げるマーチンをちらと見て、達也は武藤の後に続いて店を出た。

 

 田中の運転する古いジープは軽快に基地内の道路を飛ばしていく。

 東西南北それぞれ4kmほどのノースアイランド基地の中には、資材を運搬したり、職員が移動したりする為の自動車用通路があちこちに引かれている。

 化石燃料や電力の欠乏のためその通路を走っている車の量は少ない。

 昔の米国のように、ちょっとした移動にもすぐに車を使うようなことは今は出来ない。車でなければならない、車以外では目的を果たすことが出来ないという場合にのみ車の使用許可が下りる。

 基地内外の移動に車を使おうと申請しても、車を使わなければならないそれなりの正式な理由が無ければ許可が下りることは無い。

 ところがこの二人は、たかだか自分を迎えに来て、新型機が組み上がった格納庫に行く為だけに車の使用許可を得ているようだ。

 おかしな任務の聞いた事の無い部隊番号の輸送隊に所属し、高島重工の技術者ともそれなりに親しい様にも見えた。

 多分この二人は、新型機開発に関わる何か特殊な任務を帯びた兵士なのだろうと、ジープの後席に座った達也は風に髪を揺らせながら前席に座る二人を眺めながら思った。

 

 一行が辿り着いた格納庫は、潜輸からの陸揚げが行われるサンディエゴ湾に面した海軍基地と、もと米海軍航空隊、現国連空軍が使用する滑走路との中間にある、いわゆるエプロンからは一歩引いた、誘導路の先の奥まった場所にある小ぶりなものだった。

 格納庫の両脇には二名ずつ、小銃を持った兵士が見張りをしており、ファラゾアという異星からの侵略者と戦うこの戦争の中で一体何を警戒しているのだろうと達也は訝しんだ。

 

 ジープを降りて、迷い無く格納庫に向けて歩き始めた二人の後を追う。

 こちらをじっと見てくる警備兵の脇を通り、ハンガーの入り口に付いた。

 どうやら二人は既に警備兵に顔を覚えられているようだった。軽く片手を上げただけで警備兵は二人から注意を逸らし、これまで見かけたことのない達也から注意を逸らさない。

 二人に続いて、格納庫特有の巨大な入り口を抜けて中に入る。

 

 そこには、黒い垂直尾翼をまるで天を威嚇するための刃物であるかのように伸ばし、国連空軍色に塗られたいかにも高性能そうな巨体を休める四匹の獰猛な獣が静かに横たわっていた。

 達也の眼には、その様に見えた。

 

「どうだ。高島重工業製最新型機、対ファラゾア格闘戦専用に開発されたA2T2-F7『凄風(せいふう)』だ。」

 

 最新型機に目を奪われていた達也は、いつの間にか大下がすぐ近くに寄ってきたのにも気付かず、そしてその大下から声を掛けられても、達也の視線は新型機に吸い寄せられたまま離れることはなかった。

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 やっと出ました第七世代戦闘機。

 ちなみに第七世代の定義はあくまで、「対ファラゾア戦に特化して開発された機体」であり、これを達成していたら第七世代、とか、これが出来なきゃ第七世代じゃない、とかの明確なボーダーラインはありません。

 なんとも曖昧な話で恐縮ですが。

 大丈夫です。すぐに新型機がインフレして、「第○世代」とかの分類が無意味になります。

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