18. Operation "Santo Domingo"
■ 3.18.1
ウィンドワード海峡の海面が一瞬鋭く光ったかと思うと、次の瞬間には白く沸き立ち、そして膨大な量の水蒸気を爆発的に発生した。
爆発で巻き上げられた海水もまた空中で急速に蒸発して体積を増し、爆発の勢いをさらに増加させる。
実際に沸騰した海面は直径数百m程度の範囲であったが、大量に発生した水蒸気は瞬時に膨張し、直径3kmにも及ぶ爆発衝撃波の白い球を生成した。
爆発で海面から吹き上げられた大量の水や水蒸気による白い雲は、遙か300kmの上空、宇宙空間から照射される強力なレーザー光を乱反射してまばゆいばかりに真っ白く輝く。
金属さえも瞬時に沸騰蒸発させてしまうほどの、焦点温度数百万度にも達する強烈なレーザーは、爆発的に発生した水蒸気にさらに熱量を与え続け、その熱で水蒸気がさらに膨張して爆発の規模と勢いを急激に増加させた。
最終的にはウィンドワード海峡上空に直径10km、高さ15kmにも達する巨大な爆発雲が形成され、その周囲のものをことごとく飲み込み破壊した。
イスパニョーラ島から飛来したファラゾア機の戦術的誘導によってウィンドワード海峡上空に存在した米軍機62機と、国連空軍機37機がこの爆発に巻き込まれて跡形も無く分解されるか、或いはパイロットもしくは機体に大きなダメージを負う事で飛行不能となって墜落した。
運良く墜落を免れた機体も、その殆どは戦闘続行が不可能であるほどのダメージを受けており、レーザー照射の瞬間にはいずこともなく姿を眩まし、爆発が収まると同時に再び姿を現した千を越えるファラゾア機に続々と撃墜されていく。
爆発の衝撃波で吹き飛ばされ一瞬意識が飛んでいた達也は、揺さぶり続けられ激しくシートに打ち付けられるヘルメットの衝撃で目を覚ました。
機体は錐揉み状態で急速に高度を失っており、このまま放置すれば数十秒で地上に激突してしまうだろう事を、急速に減少していく高度計の表示で知る。
錐揉み状態を何とか解消し、機体を立て直して水平飛行でどうにか安定させた頃には、高度は既に1000mまで下がっていた。
反射的に機首を上げスロットルを開く。
安心と同時に激しい吐き気を覚え、堪らずマスクを外して胃の中身を吐き出す。
腹に死にそうな程の激痛が走る。
口から出てきたのは、粘つく様な赤黒い液体だった。
爆発で吹き飛ばされた強烈なGで、内臓を損傷したのだろう事を自覚する。
シャーリーを探して辺りを見回す。
その視野の端を一機の国連軍色のF16V2が錐揉み状態で落下していく。
垂直尾翼にUN533905のテールコード。
「中尉! 中尉! 立て直せ! 左ロールだ! 引き起こせ!」
激痛で力の入らない腹を押さえ、出せる限りの声で叫んだ。
小隊内にチャンネルを合わせてある通信機を通して、達也の声はジリオラの元に届いているはずだった。
しかしジリオラ機が機体を立て直す事は無く、そのまま急速に高度を失っていく。
何度呼びかけようともジリオラからの返答は無く、代わって耳障りなノイズに混じってゴボゴボと壊れた水道管の様な音が聞こえる。
結局ジリオラ機は何度呼びかけても達也の声に反応する事はなく、錐揉み状態のままキューバ島東端の森に覆われた山岳地帯に突き刺さる様に消え、緑の絨毯の中に上がった小さな爆発炎と僅かばかりの黒煙となった。
「クソ! ・・・シャーリーは?」
痛みに顔を顰めながら悪態を吐いた達也は、ふと我に返り相棒の姿を求めて再び辺りを見回す。
「いるわよ。死に、かけだけど、ね。」
レシーバーからシャーリーの声が聞こえた。
シャーリーが生きている事に喜び、達也は辺りを見回してシャーリーの機影を探すが見当たらない。
「上、よ。」
その声と共に、国連軍色のF16V2が後ろ上方から降下してきて、達也の右斜め前で速度を合わせて止まった。
その緩慢な動きはいつものシャーリー機の動きとはまるで異なり、明らかに彼女あるいは彼女の機体が不調であることを表していたが、それに気付く余裕が達也には無い。
「良かった。大丈夫、か?」
痛みを堪えながら、達也は食いしばった歯の間から絞り出す様に言葉を発した。
達也も、達也の脇に付けたシャーリーも、戦闘空域に背を向けてキューバ島上空を西に向かって進む進路を取ってはいるが、まだ戦闘空域を抜けている訳ではない。
艦砲射撃による大爆発の後、ウィンドワード海峡周辺には多数のファラゾア機が戻って来ており、その狙撃を回避する為には激痛と言って良い腹の痛みを歯を食いしばってでも我慢しながらランダム機動を継続するしかない。
「あは・・・ゴメン。もう、無理。多分、内臓が、やられて、て、右手も折れて、る。」
爆発から距離があった為に爆発に飲み込まれはしなかった達也達三機ではあったが、衝撃波に吹き飛ばされた事に依って受けたGは、機体よりもパイロットの身体を破壊していた。
本能的に敵の大量破壊攻撃に気付き、いち早く爆心地に背を向ける事が出来た達也は、吹き飛ばされたGで内臓に大きな傷を負う事となったが、それでも三人の中では一番まともな状態だった。
ジリオラは達也の警告を受けて爆心地に背を向けようとしたが間に合わず、機体下面から突き上げる様な衝撃をまともに受ける形となった。
衝撃で内臓が破裂し、下向きの大Gで頸椎を骨折した彼女は、意識を取り戻す事もないままに達也の応答に応じる事も出来ず、錐揉み状態でキューバ島に墜落した。
もう少しまともな角度で衝撃波を受けたシャーリーの負傷は、ジリオラほど酷くはなかったもののやはり内臓を大きく損傷し、衝撃で右手をサイドボードに叩き付けられて骨折していた。
操縦桿を握り操作するだけで右手に激痛を感じ、激痛を堪えた操作による機体の機動で右手と腹にさらに強く意識を失う様な痛みが走る。
「最後、に、アンタの声が、聞けて良かっ・・・」
言葉の最後は、彼女が吐き出した血が立てる水音に紛れて聞こえなかった。
「シャーリー! あと少し、だ! 引き起こせ!」
ゆっくりと落下し始めるシャーリーの機体を見ながら、達也が叫ぶ。
どうすれば彼女を助けられる?
手が届く程近くにいるのに、落ちていく彼女を救う事が出来ない。
彼女の手を引いてでも、せめて戦闘空域さえ抜けられれば。
「シャーリ・・・っ!」
彼女の名前を叫んだ半ばで、右斜め下に見えていたシャーリー機が爆散した。
目を見開き、炎と共に飛び散る彼女の機体の破片を凝視しながら、しかし達也の生存本能は激痛にも抗って反射的に操縦桿を倒した。
右手が折れてランダム機動が甘くなったシャーリー機は、ファラゾアにとって格好の狙撃の的だった。
頭の中でそれを冷静に分析してのける自分と、何度も肌を重ねて情が移り始めていた女が眼の前で爆死した事に絶叫する自分と。
そして完全に無意識のうちに、自身の身体に走る激痛さえ無視して最適な回避行動を取る自分と。
動く度に気が遠くなりそうな激痛を腹に抱え、しかし生き延びる為にランダム機動を続けながら達也の機体は西に向けて飛ぶ。
今はもう薄く黒い煙が残るだけとなったシャーリーを後ろに残して。
■ 3.18.2
19 May 2040, White House, Washington D.C., United States
A.D. 2040年05月19日、アメリカ合衆国ワシントンDC、ホワイトハウス
北米大陸における軍事行動の中枢である白亜の建造物の中で、感情のこもらない声の報告が行われた。
「イスパニョーラ島上空。敵艦影四。三隻の空母型から大量の戦闘機の軌道降下を光学で確認。GDD感あり。推定降下目標はイスパニョーラ島。現在推定機数一万。増加中。」
また別の声が、他に声を発するものも居ない室内に響く。
「閣下。ご決断を。サント・ドミンゴ作戦発動承認願います。」
ややあって重く暗い声が、まるで鉛に変わった様な空気に満ちた大統領執務室に、人類史に残るであろう言葉を紡ぎ出した。
「・・・許可する。Operation "Santo Domingo" 発動。」
遙か昔、カスティーリャに生まれた聖人の名を冠したその都市の名前は、光信号、或いは暗号化された電波信号に姿を変え、各地に散った死の宣告者達に一瞬で届けられた。
■ 3.18.3
地中深くに穿たれた垂直の円筒内部が、ロケットモーターから生じた炎で埋め尽くされる。
その地表を覆う煙の中から白い一機のロケットが姿を現し、噴射炎で煙を辺りに吹き飛ばしながら青い空に向けて真っ直ぐに駆け上がっていく。
それはまるで白い煙でできた草の蔓が天を掴もうとその身を伸ばしているかの様に、緩くカーブを描きながらゆっくりと空に向かって伸びていく。
同じ光景が北米大陸の東側のあちこちで同時に発生した。
本来であれば海を飛び越え、遙かユーラシア大陸に存在する広大な国土面積を持つ仮想敵国に向けて飛ぶ為に作られたそれらのミサイルであったが、今は針路を南に取り全地球人類の敵たる侵略者が跋扈する宇宙空間を目指して増速していった。
侵略者の手が届かない海中に静かに潜み、辺りを埋め尽くす闇と同化する漆黒に塗られた円筒状の艦体の一部が割れた。
気泡と共にまるで瓶詰めの蓋が開くように格納筒の蓋が開く。
しかしその中に入っているのは瓶詰めのアスパラガスでは無く、一億度を超える熱を伴い一発で数百万の死をもたらす、地球人類が造った最終兵器。
発射筒の基部で火薬が爆発し、爆発熱により圧力で潜水艦発射弾道ミサイルが発射筒から海面に向けて勢いよく撃ち出された。
水中で気泡の尾を引き海面に向かって真っ直ぐ垂直に突き進んだその白い死の使者は、海面に到達した勢いのまま水飛沫を散らして空中に躍り出た。
引力に引かれ、空中で一瞬勢いを失った様に見えたミサイルだが、次の瞬間その尾部のロケットモーターに点火し、更に勢いを増しながら南の空に向けて速度を増しつつ上昇していく。
オハイオ級原子力潜水艦第十八番艦である「ルイジアナ」に搭載された二十四本のSLBMが、海中で次々と母艦を離れ海面に向かって勢いよく突進する。
もしその全弾が一度に発射されることがあるならば、それは人類の歴史が終わる日、とまで言われた核弾頭を搭載する全長10m強の弾道ミサイルは、ルイジアナに搭載されていた全弾が今発射され、二十四本全てが順次海面から飛び出した後に、ロケット噴射炎の尾を引いて遠く南にある目標を目指して速度を上げて行く。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
今回少々短めです。次話と一緒にすると相当長くなってしまうので、分割しました。
そして、鬱回となっております。
登場人物が全て死ぬ鬱Web小説の異名を拝するかも知れません。
一定以上の力量を持たない者は淘汰されていくのです。
弱肉強食。自然淘汰。大自然の摂理です。ふふふ。
大丈夫です。自然淘汰を生き残った個体はその後繁栄します。
これもまた大自然の摂理です。ふふ。