17. 違和感
■ 3.17.1
「敵の動きが変だ。」
敵の動きに合わせ急激に機首を上げながら射撃を行い、命中を確認した後の僅かな余裕の時間に達也が言った。
現在発信は小隊内に絞ってあるので、達也の声を聞いているのはジリオラとシャーリーのみだ。
達也達5339B2小隊は今、キューバ島の東端辺りを中心に、イスパニョーラ島から押し寄せてきた敵を相手に格闘戦を行っていた。
国連軍が認識している戦線はキューバ島東端である為、ちょうど最前線に当たる位置で暴れ回っている事になる。
「変? 具体的に。」
ジリオラが反応する。
カリマンタン島からイスパニョーラ島へと最前線を渡り継ぎ、ホームステッド基地に来てからも実際に自分よりも高い空戦技量を示している達也の事をジリオラは相当に信用していた。
具体性に欠ける感覚的な達也の発言にすぐさま反応した事からもその信頼が窺える。
「敵の分布が偏っていないか? 偏っているから、攻撃が繋がらない。」
ジリオラはレーダー画面を一度確認し、コクピットの外をざっと見回した。
F16V2はコンフォーマルタンク内に増設されたレーダーのお陰で、全周に近いレーダーレンジを持つ。
勿論ファラゾア機の強烈なステルス性の為、50kmも離れればまるで役に立たなくなるレーダーではあるが、通常長さ100km、幅50km程度の空域が戦闘空域となるファラゾアとの最前線での格闘戦においては、近接する敵位置を確認できるだけでもその効果は大きい。
しかしジリオラが確認したそのレーダーレンジには、何か特徴的と言える敵の偏りを見つける事は出来なかった。
それはコクピットの外を目視で確認した結果も同じであり、見える限りではファラゾア機はいつも通り戦闘空域全体を動き回り、時に人類側の戦闘機を攻撃する為に集合し、成功であれ失敗であれ、攻撃が終わるとまた広い戦闘空域のどこかに散る、という動きを繰り返している様に見えた。
「分からないわね。詳しく。」
「ちょっと待ってろ。とりあえず次の目標を。」
「諒解。次、左上行くわよ。」
ジリオラが機体を上昇させる。
達也とシャーリーがその後に続く。
左上方の敵に対してそれよりも高く高度を稼ぎ、降下しながら速度を稼いで突入する。
突入を開始した三機に敵が気付き、十一機いた敵機は達也達三機を包囲する形に動く。
どこからともなくさらに六機が現れ、包囲網を完成させようと動く。
通常ならば、包囲の一番薄いところに突っ込んで包囲網を食い破ろうとするものだが、ジリオラは逆に最も敵が密集している場所を狙って突入する。
この小隊ならそれが出来る。
文句なしにホームステッド基地のパイロット達の中で一番の腕を持っているとジリオラ自身が認めている達也と、その達也にフォローされた自分、そして激しい機動に確実に付いてくる事が出来て、さらに敵を撃破する事も出来るシャーリー。
5339B2小隊は、このところホームステッド基地の小隊別撃墜数のトップを常に走っていた。
不意に達也が言った。
「今だ。見て見ろ。正面に十機。後ろはガラスカだ。」
達也は何を言っているのだとジリオラは思う。
敵機の密度の一番濃いところをわざわざ選んで突入しているのだ。
正面に敵が沢山いるのは当然だろう。
その分、他のところの密度が低くなるのも当然だった。
達也に何か言う前に敵との距離が縮み、ジリオラは真正面の敵に20mm砲弾を叩き込む。
敵の包囲網を抜けるより前に機首を上げ、敵の分布に沿って旋回する。
その途中、一瞬の狙いでもう一機を叩き落とす。
後ろでは、動きに付いてきたシャーリーと達也がこちらもそれぞれ二機ずつを撃墜していた。
そのまま旋回するが、敵の密度が低くなり、狙いを付けられる範囲に敵がいない。
次の目標を探そうとしたが、それよりも前に集まってきていた敵は皆、戦闘空域のどこかに向けて散ってしまっていた。
ふと違和感を感じて、ジリオラは達也の指摘を思い返す。
自分達を包囲しようと集まってきた敵機は全部で十七機だったはずだ。
そのうち十機ほどが集中している部分に向けて突入したのだ。
突入した部分に十機で、他のところにたったの七機?
確かに、達也の言うとおり敵が偏っていた。
偏っていたから、十機の敵を突破した後すぐに次の目標を捕まえられず、結果的に攻撃が繋がらないまま敵に逃げられた。
達也はこの事を言っていたのか。
敵が戦術を変えてきている? こちらの戦術に合わせて対応した?
そこまで推測してもまだジリオラは違和感を拭い去る事が出来なかった。
何かが変だ。
多分、達也も同じ事を感じているのだろう。
前方にまた十機程度の敵の集団を発見した。
「次、正面右。」
ジリオラは軽く右にロールし旋回する。
十機の敵がこちらに気付いたらしく、進路を変えた。
接近する内にさらに十機ほどの敵機が現れ、合計で二十機ほどの集団になり、いつものパターン通りジリオラ達三機を包囲する様に広がる。
左上方に敵が密集している。
逆に右側には敵が殆どいない。
機体投影面積の大きい側方から攻撃しようとするのは、通常のファラゾア機の反応だった。
それでも、左側にばかり敵機が集まるのは少し妙だ。
そう思いながら、ジリオラは敵の密集部分に突っ込む様に針路をさらに変更した。
「今も後ろががら空きだ。変だ。」
突入しながら達也が言う。
敵の集団に突っ込んだ三機は、一度に五機を撃墜して集団の中を突き抜ける。
敵の包囲網に沿って旋回して追加の獲物を狙うが、やはり敵密度が低すぎて次の獲物が見つからない。
そうしているうちに再びファラゾア機は急加速で遁走し、彼等の周囲から敵がいなくなった。
「やっぱりおかしい。奴等絶対何か企んでる。」
達也が言う。
しかし、辺りを見回しても敵の分布におかしなところは無かった。
「うん。なんか動きが変。あたしもそう思う。」
シャーリーが二人の違和感を肯定する。
「でも、何がおかしいのか分からない。何でも良い。気付いた事は?」
ジリオラが焦りの混ざった声で言う。
達也もシャーリーも、辺りに何もおかしなところは見つけられないが、感覚的に何かがおかしいと感じている。
それはジリオラも同じだった。
「分からない。何か気付いたら言う。」
シャーリーがジリオラの問いに答えた。
しかし達也がふと気付く。
左側よりも右側にいる味方機の数が圧倒的に多い。
右側は現在前線(Front Line)と見なされている、ジャマイカ島とイスパニョーラ島の間にあるウィンドワード海峡だった。
最前線付近に味方機が集まるのは何もおかしな事では無い筈だ。
「次、2時下方。続け。」
ジリオラが次の獲物を発見し、大きく右ロールして突撃する。
達也とシャーリーがそれに続く。
十五機ほどの集団だった敵機にさらに追加の二十機ほどが現れ、四十機近い集団になっているところに向けて、デルタ編隊が鏃の様に突進する。
ファラゾアの集団が散開し、三機を方位にかかる。
右前方に二十機ほどの偏った塊。
そしてその反対側には、ここを食い破って下さいと言わんばかりの薄い包囲。
その先に、先ほど気になった味方機の集団。
米軍機も国連軍機も無く、多くの機体がその方向に存在する。
達也は敵の意図が分かった様な気がした。
たった三機で二十機の敵集団に向けて突っ込む。
多勢に無勢すぎて常識的には考えられない行動だが、ジリオラを始め三人ともその様な突撃には慣れている。
三人の空戦技量が確実なものであるが故に取れる行動であるが、むしろこの様な多数の敵への突撃あってこその彼等の高い撃墜数であると言える。
二十機の集団の比較的端の方に突っ込みつつ進路を変え、敵が最も多い部分を目指す。
「今、敵が薄い方を見て見ろ。」
敵に突入する直前、突然達也が言った。
ジリオラとシャーリーは達也の言うとおり、敵の数が少なく、まるで包囲網の開口部のようにも見える方向に目をやった。
その先には海。ウィンドワード海峡。
そしてその上空で格闘戦を続ける国連軍機と米軍機。
「味方がいるわね。」
シャーリーが応えながらトリガーを引き、一機撃墜スコアを伸ばす。
ほぼ同時に達也も反対側で一機を撃墜している。
「あれが、誘導されて集められたのだとしたら?」
ジリオラが正面の敵を撃破し、敵の集団を突き抜ける。
その間に達也とシャーリーがさらに一機ずつ撃墜数を増やしている。
三機とも急旋回し、再び敵の集団の中に突入した。
敵の集団の中を縫う様に移動しながら、しばらく三人とも無言で敵を撃墜する事に集中した。
敵の集団を抜けるのと、まだ三十機ほど残っていた包囲網を形成していたファラゾア機が散るのがほぼ同時だった。
「マズいじゃん。助けに行かないと。」
ややあってシャーリーが言った。
敵から作為的に一箇所に集められたという事は、敵が何か策略を考えており、まさに今地球側の戦闘機はその策略にはまりつつあるという事だった。
「待て。行くのはもっとマズい。中尉、国連軍と米軍に同時に連絡可能か?」
三機は、味方機が大量に群れている場所に近付かない様にする為、遠巻きに周回する様な進路を取った。
「米軍はあたしじゃ無理。飛行隊長しか出来ない。少佐に連絡を取ってみる。」
「急いだ方が良い。もう既にこの空域にいる味方機の半数以上が集まっている様に見える。」
「分かったわ。」
それきりジリオラが黙る。
ゲルトナー少佐と通信しているものと思われた。
時間が経過していくのを焦れながら、達也はジリオラとゲルトナーの通信が終わるのを待つ。
その間にもファラゾアの攻撃の手は休まらない。
三十機ほどのファラゾアの集団が突然現れ、味方の集団とは反対側に凸レンズの様な集団を作った。
明らかに人類側の戦闘機を一箇所にまとめようとプレッシャーを掛けて来ている。
ゲルトナーとの通信とファラゾアからの攻撃を避けるのに手一杯で、敵を攻撃するまでは手が回らないジリオラを達也が援護する。
ジリオラの機体をかすめる様にバルカン砲を撃ち、正面の敵を撃墜する。
一瞬の首振り機動で右側から押し出してくる敵機を墜とす。
ジリオラ機の周りをハーフバレルで回り、同時に機首を振りながら射撃を行い、近付いてくる敵機を撃退する。
シャーリーも原位置から動いて達也の側に回り、右前方から圧力をかけてくるファラゾアを蹴散らしている。
まだか。
さらに数機の米軍機がファラゾアに追い立てられウィンドワード海峡上空へ向かうのが見えた。
そこで達也は自分が思い違いをしている可能性に気付いた。
人類側の戦闘機を一箇所に集め、それを大幅に上回る大量のファラゾア機で囲んで包囲飽和殲滅を行うものだと思い込んでいた。
それは、互いにレーザーと20mm砲で殴り合うだけの攻撃方法しか持たない今までの戦場でのみ通用する常識。
一箇所に集まった敵を効率的に撃破するにはどうする?
良い塩梅に一箇所に集まった敵の駒を一気に殲滅するには、例えば大爆発、面制圧兵器、或いは大魔法、と云った大量破壊兵器の投入がゲームなどでは常套手段。
「まずい! 奴等何か隠し球を持ってるぞ!」
最悪の可能性に気付いた達也が叫ぶ。
しかしその声はシャーリーとジリオラにしか届かない。
「どういうこと?」
ちょうどゲルトナー少佐との通信が終わったばかりのジリオラが、焦りの色を強く帯びた達也の声に反応した。
「あれだけ集めたんだ、奴等何か大量破壊兵器を持っているはずだ。一気に全滅させられるぞ。」
ジリオラは達也が言わんとするところをすぐに理解し、再びゲルトナー少佐に繋ごうとする。
しかし、米軍との共通チャンネルに合わせて未だ通信中らしい少佐はなかなか応答しない。
その時、全チャンネルをカバーする緊急通信が入った。
「緊急、緊急、緊急。北米大陸南部方面に展開する全機に告ぐ。カリブ海上空300kmに敵超巨大宇宙船が複数出現した。全将兵は北米大陸南部方面への敵大規模軌道降下を警戒せよ。繰り返す。北米大陸南部方面に展開する全機に告ぐ。カリブ海上空300kmに・・・」
それは達也が予想していた通信とは全く内容が異なっていた。
しかし、北米大陸南部方面司令部から発せられ、ファラゾアのジャミングを大パワーで無理矢理突破して、全チャンネルに対してホームステッド基地から発せられたその緊急通信の内容は、まさに達也が感じている焦りの理由を補強するような内容だった。
反射的に空を見上げる。
白く薄い高層雲の中に霞む様にしてファラゾアの宇宙船が四隻、その長細い船体を青空の中に白く浮き上がらせている。
勿論達也がファラゾアの宇宙船を眼にするのはこれが初めてだったが、何の予備知識も必要なく、それが敵の船だという事ははっきりと判った。
300km彼方の上空に浮かびつつ、肉眼ではっきりと見えるだけの巨大さ。
その船は一体どれほどの大きさを持つのか。
そしてそれ程の大きさの船には、どれほどの武装が搭載されているのか。
「ヤバイ! 逃げろ! 散れ!」
絶叫に近いような達也の声が電波に乗ってジリオラとシャーリーの元に届くのと、その異変が起こったのはほぼ同時だった。
上空に薄く広がっていた高層雲が、フラッシュを焚いたかのように鋭く発光した。
一瞬後、直径数km以上あろうかという巨大な穴が高層雲に空いた。
まるで何万というストロボライトを同時に発光させたかのように目の前の大気が白熱して真っ白く発光し、眼に見えるありとあらゆるもの全てが白い光で塗り潰された。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
今までまるで出来損ないの架空戦記のような状態だったのが、宇宙船が出てきて、やっとSFっぽくなってきました。