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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第三章 失うもの、還らぬもの
68/405

15. 密談


■ 3.15.1

 

 

 31 December 2039, Washington DC, United States

 A.D. 2039年12月31日、米国ワシントンDC

 

 

 一台の黒塗りのセダンが夜の闇の中22ndストリートを北から走ってきて、小雪の舞う中音も無くホテルの車寄せに滑り込み、正面ドアの前に静かにピタリと停まった。

 暖かい屋内で待機していたベルボーイが慌ててドアを開けて飛び出してきて、後部座席のドアに傘を差し掛けてドアを開いた。

 車内から中肉中背の男がのっそりと出てきて、傘を差し掛けているベルボーイに軽く礼を言い、ベルボーイが開けたドアをくぐりホテルの中に入っていった。

 

 男がホテルのロビーを歩いて行くと、ロビーのソファに座って新聞を広げていた、黒ずくめのスーツに身を包んだ男が一人立ち上がり、今ホテルに入ってきたばかりの男に近付く。

 その動きは無駄が無くきびきびとしていて、男のその格好と身に纏う雰囲気とともに、その男が何らかの訓練を受けている者であることが想像できる。

 二人は周りに聞き取れないほどの低い声で立ったまま二言三言言葉を交わすと、今ホテルに入ってきたばかりの男を先に、エレベータホールに向けて歩き始めた。

 その行動から、車で到着したばかりの男はかなりのVIPであり、ロビーで待っていた護衛が合流したものと思われた。

 その様な風景はさほど珍しくも無いのか、ロビーの中をまばらに行き交う者達は誰も二人に興味を持っていない様に見える。

 二人が進んだエレベータホールの角にはまた別の黒服の男が立っており、二人に一瞬だけ注意を向けるとまたもとの姿勢に戻って、辺りに油断なく注意を払い始めた。

 

 軽いベル音がして、鏡の様に磨き上げられたエレベータのドアが開き、二人の男はそこに乗り込んだ。

 程なくして十階に到着したエレベータの中から、護衛と思しき男が先に出てきて一瞬左右に目を配り、そのまま廊下に立つ。

 護衛に較べると背も低く明らかに無駄な肉が多く付いてはいるものの、落ち着いた雰囲気を纏ったもう一人の男もまたエレベータから出てきて、廊下を左手に歩いて行く。

 男が1025と書かれた黒いドアの前に立つと、護衛の男が素早くその前に割り込み、ドアの脇に取り付けられているチャイムのボタンを押した。

 室内でチャイムの鳴る音が聞こえ、足音は聞こえずとも人が動く気配がした。

 ドアののぞき穴が一瞬暗くなった後にチェーンが外れる音がして、ドアが開かれた。

 

「ミスタ・マクリーガン。」

 

 その声は相手の名前を確かめると言うよりも、顔も名前も良く知っている相手に呼びかける半ば挨拶の様な口調だった。

 

「そうだ。入室しても宜しいかな?」

 

「勿論です。お待ちしておりました。どうぞ。」

 

 そう言って扉の中の男がドアを押さえ、通路を開ける。

 マクリーガンと呼ばれた中肉中背の男は、機嫌の良さそうな笑顔を浮かべて部屋の中に入った。護衛の男もマクリーガンに続いて部屋に入る。

 

 部屋はいわゆるスイートルームでもかなり上位の部屋であるのだろう。

 入口のすぐ脇に控えセクレタリ・ルームがあり、その中に二人の男が詰めている。

 さらに進むと、主室と思しき広い部屋になり、三人の男がマクリーガンの登場を待っていた。

 マクリーガンの姿を見かけると、一人はソファセットの椅子から立ち上がり、後の二人はその後方の壁際、部屋の両隅に立って不動の姿勢を貫いている。

 

「お忙しいところご足労戴き感謝致します。国防長官閣下。」

 

 ソファセットからにこやかな笑顔を浮かべて立ち上がり、マクリーガンを迎えた男が右手を差し出す。

 低いテーブルを挟んで反対側に立ち止まったマクリーガンがその手を握った。

 

「何を仰いますか。はるばる大西洋を踏破し、この年の暮れにお出で下さってこちらこそ感謝申し上げますぞ、コズウォフスキ国連軍参謀総長殿。」

 

 国防長官とは、勿論アメリカ合衆国の国防を司る要職である。

 昔の様に、世界最大最強の軍隊を支配下に置くポストではなくなってしまってはいるが、それでもやはり、この北米大陸の防衛の要となる地位である事に変わりは無かった。

 国連軍参謀総長とは、ファラゾア襲来以降、地球防衛の要として着実に力をつけている国連軍の戦略戦術に対して非常に大きな発言権を持つ国連軍参謀本部のトップである。

 

 ファラゾアにより航空輸送が非常に厳しいものとなり、民間航空会社の旅客機は言うに及ばず、各国空軍の輸送機による人員輸送も常にファラゾアに撃墜される脅威にさらされている現在、国連総会や国連安全保障理事会に各国が気軽に代表者を送り込むことが不可能となっている。

 代替輸送手段として潜水艦による海中輸送が盛んになってきてはいるが、太平洋を横断するのに約二週間、大西洋でも一週間を必要としていた。

 そこにさらに、北米大陸、或いはユーラシア大陸を陸路で移動する時間を加え、各国大使が国連総会に参加する為に頻繁に国元と国連本部の間を移動する事は、実質上不可能となっている。

 

 大陸間の通信手段についても、旧来の通信ケーブルはファラゾアのハッキング或いはクラッキングに対する防御力が殆ど無いに等しく、使用できない状態が続いている。

 勿論地球人類はこの状態にただ手を拱いていた訳では無く、旧先進国を中心として対ファラゾアシールドを施した新たな規格の通信網を急ぎ整備してはいるものの、未だ全大陸を網羅すると言うにはほど遠く、またその防諜信頼度も未知の部分が多く残っている状態であった。

 結果、国連総会や安全保障理事会を開催しようとも、国連加盟各国の意思をリアルタイムに反映するのは非常に難しいものとなっていた。

 

 それに対して、ファラゾアという強大な敵と日々戦い続けている戦況は常に変わり続け即応性が求められており、宇宙空間から全地球をリアルタイムで監視する事が出来る敵に対して、数週間或いは数ヶ月に数度という頻度でしか開催が出来ない国連安全保障理事会の決議で国連軍を行動させ対抗するというのは余りに非現実的であった。

 しかしながら、全地球的に連携して行動を取ることが出来る組織というのはやはり国連軍でしか有り得ず、この為有名無実化した国連安全保障理事会は国連軍の戦略戦術的行動を決定する流れから外れ、代わって各国の政府或いは軍から派遣された代表によって構成された国連軍参謀本部が発足し、国連軍全体の意志決定の中心となっていた。

 

 また時を同じくして、国連安全保障理事会に代わる国連軍参謀本部を含む国連本部が、放射能汚染の苦しみに喘ぎ、自国の防衛もままならない状態で国内情勢も極度に悪化した米国ニューヨークに置かれていることの是非についても議論された。

 移転先としてファラゾアの直接の攻撃を未だ受けていないヨーロッパと日本、攻撃を抑え込むことに成功している中国とロシアの名前が挙がった。

 

 中国代表団は資源、人口、国土面積等の様々な面からの正当性を主張して、自国に国連とその軍の本部を呼び込むことを強く盛大に主張したが、ファラゾア侵略以降に彼等が示してきた身勝手な行動から、その案に賛成する国は自国以外に存在しなかった。

 ファラゾアが現れる前にかの国が金をばらまき、中途半端な軍事的支援を行ってきたアフリカ諸国の多くは既に存在しないか、或いは距離的な問題からEU連合もしくは国連軍の庇護下に入っており、中国は多くの国々に対して往時の影響力を行使することが出来なくなっていたのだった。

 むしろ東南アジア、南太平洋の国々は、ファラゾア侵攻後に軍事支援輸出大国へと華麗に転身を遂げた日本に擦り寄る動きを見せており、同地域への中国の影響力の低下を浮き彫りにしたばかりか、対照的にまるで前世界大戦時の版図を再現したかの様に影響力を拡大した日本の姿を際立たせるだけの結果となった。

 

 その日本はといえば、潜水艦による海中輸送が主流となりつつある現在、海洋国家である自国の立地の優位性を示しはしたものの、中国と自国以外に国連の中心的な役割を担う国家が周辺に存在しないこと(ロシアはファラゾアの二降下地点によって分断され、実質的にウラル山脈以西のロシアと、ハバロフスク以東のシベリアという扱いとなっている)、未だ健在な多くの国々が集まるヨーロッパの方が国連本部所在地として適当である事を示し、早々に国連本部争奪戦から手を引いたのだった。

 

 残るロシアは、黒海以外に外洋に通じた不凍港を持たず、それ以外では各国の代表或いは大使はヨーロッパから上陸してロシアを目指して陸路を移動する他は無い為、国連本部を置くのであれば各国の代表の移動の利便性を考慮してヨーロッパであるべきと、至極常識的な意見を述べて日本と共に争奪戦の舞台から退場した。

 

 最終的に国連本部の移転先はヨーロッパとなる事で調整が進み、具体的な都市を決定する段階でまた多くの候補都市が名乗りを上げた。

 古来ヨーロッパの文化的中心であったパリ、海洋国家でありファラゾア襲来後EU連合に出戻ったイギリスの首都ロンドン、或いはローマ、海に面したアムステルダム、リスボン、バルセロナ、マルセイユ、リバプール、あるいはダブリン、EU連合本部のあるブリュッセル、など。

 最終的に、欧州議会の様々な施設が存在しつつ、EU連合本部がブリュッセルとなった今はそれらが殆ど使用されない状態となって残っており、それらの施設を活用する事ですぐに国連本部或いは国連軍参謀本部としての機能を発揮することが可能であるストラスブールが移転先として選定された。

 

 地球外生命体からの侵略に対抗する為にその本部として選ばれた土地が、古来様々に国家としての名前を変えてきたドイツとフランスとの間で幾度も行われた戦いで、何度も激戦地となり所属する国家を変わる事になった数奇な生い立ちを持つ都市であったというのは、ある意味運命的なものであったのかも知れなかった。

 国連本部移転に先立ち、EU連合が対ファラゾア戦情報収集組織の本部をこの地に設定しており、そこに国連軍の本部が後追いで移転してくる形になったのは、そこに何らかの作為的なものを感じずにはいられないが、その実全くの偶然である。

 もっともその組織がこの後辿る運命は、当然の如く国連軍本部の存在と密接に関わってくるのではあるが、それはまた別の話となる。

 

 挨拶を終え、二人はこの会談の本題であろう話題について話し合っている。

 

「ご提案戴いた案件は、参謀本部と理事会にて検討致しました。」

 

 コズウォフスキの言葉に、マクリーガンは微笑みを浮かべたまま僅かに眉根を動かして、表情だけで先を促す。

 

「米国の作戦実行を国連は黙認致します。」

 

「黙認・・・? それは少々以前お話しした内容と異なっておる様だが? 国連主導のもとに作戦を実施する事が、国連本部移転を承認したことの条件だったはずでは? これではまるで我が国だけが損をしておる様にも見える。」

 

 マクリーガンの笑顔が、僅かに薄らいだ様に見える。

 

「国連が加盟国に対してこの決定を下すのは、後々の国連の存在意義と立場を脅かします。例えそれが、もう住人が生きていることが絶望的な形ばかりの国であっても、です。

「対して、米国が独自にこの作戦を実施する場合、現在の弱体化した米国の現状とその原因に対する起死回生の攻撃という事で、ある程度の非難を受ける事は避けられないものの、国際社会の中で一定の理解と賛同をを得られるものと推測されています。

「加えて言うならば、米国民の反応を鑑みるに、国連から指示されて行った作戦とするよりも、米国が主体となって能動的に実施した作戦であるとした方が、政府に対する国民感情は良いものとなるのではないですか?」

 

 コズウォフスキはまだ愛想笑いを浮かべたままマクリーガンに言い放った。

 

「ふん。知った様なことを。約定を守らぬ積もりか。」

 

 マクリーガンはその顔から笑みを消し、ソファの背もたれに背中を預けた。

 

「これは異な事を。国連は米国に対して、より貴国の為になると思われる提案をしております。戦況と国民感情を大きく改善し、大統領閣下の指導力をより強く国民に見せつけることは、ミシシッピ川以西で活動する分離独立派に対する強力な牽制となり得ると考えておりますが、如何?」

 

 マクリーガンは腕を組み、ソファに深く腰掛けたままで正面に座るコズウォフスキの顔を睨み続けていた。

 実際、コズウォフスキの提案は理に適ったもので有り、大統領執務室に詰めるメンバーの中でも同様の対応が選択肢の一つとして提示されていたほどだった。

 コズウォフスキの提案に乗るにしても、それぞれの案件に対して検討されたルートを乗り換えるだけで済む。

 さほど面倒な話では無いのだ。

 ただ単に、米国側から提案した内容とは少々異なるものになってしまったことと、国連から提案された案に安易に乗ってしまうのが気に入らないだけの事だった。

 

 ややあって、マクリーガンは再び口を開いた。

 

「是非もなし。かつては世界一を誇った我が国の軍は、今やそれも過去の栄光。国力は低下しインフラは破壊され、今や国連と他国の援助無しには明日の食料にも困り、生き残る事も能わぬ。

「良かろう。そちらの提案に乗ろう。だが、譲歩するに当たって二つ要求がある。サン・ポール・レ・デュランで進められている融合炉の開発が為った暁には、その技術を無償で提供して戴くこと、東海岸に十箇所の融合炉発電所を建設して戴く事。」

 

 憮然とした表情でそれだけを言い切った。

 相対するコズウォフスキはまだ笑顔を崩していない。米国から譲歩を勝ち取った余裕の表れか。

 

「十箇所は少々欲張りすぎでは? 国連には荷が重すぎます。フィラデルフィアに一基で如何でしょうか?」

 

「何を言っておられる。世紀の大犯罪を米国に押し付けたのですぞ。一基で十分な対価となる訳が無かろう事は理解しておられるであろう。」

 

「では、フィラデルフィアに一基、ピッツバーグに一基。これ以上は、参謀総長である私の権限を逸脱します。」

 

「ふん。では本件は事務官殿とまた改めて交渉させて戴く事としよう。

「本日の案件は、国連軍北米司令長官殿と細部を詰めるという事で宜しいかな。」

 

「勿論です。戻る前に彼に伝えておきます。」

 

「結構。では、次の話題に移らせて戴こう。我が国の軍事産業からの国連軍への装備供給状況についてであるが。」

 

 その力を大きく失ったアメリカ合衆国という名の巨人の首都ワシントンDCに小雪が降り続く中、ホテルの一室で秘密裏に行われたその二大巨頭会談は、時計の針が十二時を指し、まだ苦難の続くであろう新しい年がこの国に訪れる頃まで続いた。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 お気づきの方もおられると思いますが、本話と前話はいずれも時系列を僅かに遡っています。

 

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