14. 神の見えざる手
■ 3.14.1
08 January 2040, Strasbourg, France
A.D. 2040年01月08日、フランス、ストラスブール
暗い部屋の中に五人の男が居る。
一人は部屋の奥に置かれたデスクの向こう側に、残る四人はデスクの手前に置かれたソファに座っている。
部屋の壁には、今では珍しくなったプロジェクタで、デスクの向こう側の男の手元にあるモニタと同じ画像が投影されている。
プロジェクタの画像は、ソファに座る男達の中の一人が手元で操作しているノートタイプのPCで操作されていた。
「これまで648検体のCLPU(中央生体演算ユニット:Central Living Processing Unit)の再生に成功しています。この内いわゆるヒューマノイド型ボディ(身体)が再生されたものが77%、501検体、それ以外のものが147検体です。
「非ヒューマノイド型147検体の内、爬虫類型が87、全体の13%、甲殻類型が22、3%、残る38検体、6%はその他地球上の生物に似たものが居ない、様々な形状のものが再生されています。」
蜥蜴の鱗をより滑らかに艶やかにした様な表皮を持ち、明らかに二足歩行に適した身体を持つ生物、海老か蜘蛛のような胴体にやはり硬い外骨格で覆われた様な上半身を取り付けた、アラクネと呼ばれる想像上の生物に似たもの、蠍を前後逆にして尻尾の先に感覚器官の集合体らしきものを取り付けたようなもの、エラが異様に発達した巨大な魚の頭部に外骨格で覆われたイカの下半身を合体させたようなもの、平たく伸ばした鮫の頭部にエイのような翼を持つ本体と八本脚のアザラシの下半身を取り付けたようなものなど、想像力豊かな子供が見る悪夢の中で襲い掛かってきそうな様々な形状をした生物と覚しき物体の写真が次々と投影されていった。
「ここから推察されることは、まずファラゾアが多数の星系を支配下に置く支配的種族である事、ファラゾアが支配する領域内ではヒューマノイド型の生物が多数を占めること、です。」
「それらが全て一つの星の生物である可能性は?」
デスクの向こう側の男が質問を発した。
「あり得ません。再生に成功していない287検体の中には、遺伝子と呼べるようなものを持たず、再生方法すら分からないものが多く含まれています。これだけ根本的に異なる構成を持つ生物が、自然発生的に一つの星の上に存在するとはとても思えません。」
「なるほどな。続けてくれ。」
デスクの向こう側で男は深く頷くと、続きを促した。
ヘンドリック・ケッセルリング。
欧州連合情報活動分析センター対ファラゾア情報局第三班、通称「倉庫」と呼ばれる組織のリーダー。
ブリュッセルにある欧州連合情報活動分析センター(EU INTCen)の小さな一組織でしかなかったファラゾア対策第三班が、ストラスブールに移転して立地的に独立し、今やEU INTCenの中でも最大の規模を誇る組織となっていた。
「一方のヒューマノイド型の方ですが。」
そう言ってソファの男は手元の画像を切り替えた。そのままプロジェクタ画像に反映される。
画面には、青い円が表示された。
「結論から申し上げます。ほぼ地球人類と変わりません。異種交配さえ可能かも知れません。我々ホモサピエンスと、ネアンデルタール人程度の差異しか無いものとご理解戴いて良いかと思います。」
男はそこで言葉を切り、眼鏡の奥で光る眼でヘンドリックを見つめた。
ヘンドリックは画面を睨み付けたまま動かない。
青い円は、DNA塩基配列の一致性を示していた。
青い円に見えたのは、円グラフの殆どの部分が「MATCH(一致)」の青色で占められており、一本の線にしか見えない僅か1%ほどの赤い部分が「UNMATCH(不一致)」と表示されていた。
部屋の中にしばらく沈黙が流れた。
「ちなみに、ご存じかと思いますが。チンパンジーと人間の塩基配列の一致性はやはり99%を越えます。しかし、チンパンジーと人間の間に子供は出来ません。」
プレゼンテーションを行っている男は、ヘンドリックが何も言おうとしないのをみて再び報告に戻った。
「つまり、同じ星の上に住むご先祖様よりも、はるか銀河の彼方からやってきた侵略者どもの方が、遺伝子的にはより親密なお友達、ということか。」
ヘンドリックが、彼特有の皮肉な言い方で聞き返した。
「はい。その通りです。お友達・・・配偶者と言っても良いかも知れませんな。子供も出来る事ですし。」
ヘンドリックは眉間に皺を寄せ思案顔になったが、プレゼンテーションをしている眼鏡の男の酷いジョークには反応しなかった。
「・・・先を続けてくれ。」
「はい。全体の77%を占めるヒューマノイド型検体は大きく十二のグループに分けられます。塩基配列の特定部位をm x n次元の行列ベクトルとしてプロットしてその傾向をグループ化しています。
「クローン再生した検体の身体的特徴をこれに重ね合わせるとほぼ一致することが分かっています。即ち、ヒューマノイド型検体は十二の異なる民族に分けられるものと考えられます。
「ファラゾア人が我々より何万年先に生まれたものかは不明ですが、星間航行をも可能とするほどに高度な技術を保有していることから、一つの惑星上では混血が進み、民族的な遺伝子の差異が少ないものと推察します。
「つまりこの十二のグループの存在は、ファラゾアの支配下に少なくとも十二以上のヒューマノイドが生息する異なる環境の星系が存在することを示していると思われます。
「これは今現在、ファラゾアが同じヒューマノイド型である我々地球人類を、彼等の戦闘機械に搭載する為に確保しようとしているとする推察を支持するものです・・・我々には少なくとも十二人の先輩がいることが分かった、という事ですな。」
ヘンドリックは眼鏡の男に一瞬視線を移しただけで、再び発せられた酷いジョークには特に反応しなかった。
「さらに、全648検体のグループ分けをファラゾア戦闘機の種類と重ねることで、興味深い結果が得られています。」
画面が切り替わり、幾つかの円グラフが壁に投影された。
「現在までのところファラゾアの戦闘機は七種が確認されており、今回そのうち五種のCLPU生体片の再生に成功しました。この五種の戦闘機と、648検体のグループ分けを重ねると、この様な結果となります。」
「随分偏在しているな。」
「はい。既にお気づきかも知れませんが、非ヒューマノイド型のCLPUはファラゾア戦闘機の大部分を占めるクイッカーと、偵察機と考えられているホッパーにその殆どが割り振られています。一部ヘッジホッグにも存在しますが、ごく僅かです。
「逆にファイアラー、ヒドラと云った、普段戦場では余り見かけない機体には、ヒューマノイド型のCLPUが使用されています。
「戦場で多く見かけ、また消耗が激しいクイッカーやホッパー、或いはヘッジホッグと云った機体と、余り見かけず、また消耗も激しくない、そして機能的にも高度な大口径砲台型の機体であるファイアラーや、電子戦機であるヒドラなどにそれぞれ搭載されているCLPUの生体脳の分布から推察するに、支配種族であるファラゾアはヒューマノイド型であり、且つ非ヒューマノイド型の生物を使役しているものと考えられます。」
そこで眼鏡の男は一旦話を切った。
耳の痛くなりそうな静寂が部屋を支配する。
ヘンドリックはデスクに左肘を突き、顔を支えている拳から二本の指を伸ばして唇に当て、眉間に皺を寄せて思案顔でプロジェクタ画像を見つめ続けている。
「続き、宜しいでしょうか?」
男はそう言って周りを見回した。
ヘンドリックが声無く頷く。
「さらに、十二種に分類されたヒューマノイド型生体脳の搭載分布を調査しています。
「一番から十二番まで番号を振ったヒューマノイド型生体脳の内、一番のグループについて、明らかに先ほどの非ヒューマノイド型と逆向きの分布をしております。ファイアラーやヒドラには搭載されていますが、逆にホッパーには全く搭載がありません。
「最も損耗が激しい機体には搭載されておらず、重要な役割を担うと考えられる機体に成る程多く搭載されている明らかな傾斜分布。この一番のグループが、支配種族であるファラゾア人そのものと推察されます。
「もっとも、より高位の戦闘機械、即ち戦艦や空母タイプの大型宙航艦も同様にCLPUで制御されている様であれば、そちらの分布も調査せねば断言は出来ませんが。」
男は眼鏡の位置を直すと、言いたいことは言い切ったとばかりに口をつぐんだ。
再び部屋に静寂が降りる。
「ヒューマノイド型一番のグループの外見的特徴は?」
ヘンドリックが鋭い眼差しを男に向けた。
「地球人類のいわゆるコーカソイド、具体的には北欧から東欧系の人々の外見に近いものです。体長は160~180cm、体重が70kg前後、白い肌と細い骨格、少し長めの手足が特徴です。但し、髪は全員銀髪直毛、眼の色は赤です。相当に紫外線強度の低い太陽系が母星のようですな。」
「意識を得たものは居るか?」
「いいえ。残念ながら、今の我々の技術ではクローン再生体に意識を持たせることは出来ません。」
「他のグループは?」
「様々です。銀髪から黒髪、赤い眼から黒い目。身長は150~200cm位の間で幅があります。現在のところ100%銀髪赤眼は、一番グループのみです。ただ総じて骨格、つまり体つきですが、我々よりも細身で華奢なものばかりです。」
「内部は? 解剖はしてみたか、という意味だが。」
「ええ、勿論行いました。内臓器官等の大きさに差異はありますが、こちらも我々地球人類にある差異の範囲内に収まります。生化学的分析にはまだかなりかかります。」
「それら全て交配が可能なくらいに生物的に近親なのか?」
「はい。彼等相互という意味でも、我々地球人類と、という意味でも。」
その後、ヘンドリックはしばらく黙っていた。
「これはとんでもない事だという自覚はあるな?」
「勿論です。複数の星で同じ生物が進化発生するなど、自然発生的には絶対と言って良いほど起こり得ない事です。間違いなく人為的操作があったものと考えられます。」
「我々地球人類にも、な。」
「はい。間違いなく。」
「いつ、どこで? 我々の祖先は遠い宇宙の彼方からやってきたとでも?」
「それは有り得ません。我々の祖先の歴史は、地球上にちゃんと記録されています。36億年間の脈々たる進化の歴史が。化石という形で。」
「所々途切れているのではなかったか?」
「はい。ただそれは言うなれば、数十kmも続く長い道路の一部分、100m位が砂に埋もれて見えなくなっている様なものです。前後の道路の状況から、消えている部分がどうなっているか想像がつく程度の途切れ方です。突然とんでもない位置に道路が現れている訳ではありません。」
「矛盾しているぞ。人為的操作があったと言ったばかりじゃないか。」
「いいえ、矛盾しておりません。すぐに思い付くところでは、二つの可能性があります。一つは、長期にわたって少しずつ遺伝子操作された場合。急激な変化はその生物種に大きな負担を掛けます。無理の無い様少しずつ変更すれば、進化の枝分かれは比較的自然に見えるものです。十分有り得ることと思います。
「もう一つは、最初から最後まで人為的操作が行われていた場合、です。」
「最初から最後まで?」
「そもそも36億年前、地球に生命が誕生した事自体が人為的操作の結果であったら? その後の進化全てが、人為的に操作制御されていたものであれば?」
「36億年間ずっと監視して操作していた、と? 突拍子も無い話だな。」
皮肉な嗤いを浮かべるヘンドリックに対して、眼鏡の男は落ち着いた微笑みを浮かべた。
「ほんの十年ほど前までは、宇宙から異星人が攻めてくることも、戦闘機を駆動する重力推進も、星間航行も、生体の脳を取り出して戦闘機を制御することも、全てSF作家の想像の中にしか存在しない突拍子も無い話でしたよ。」
その答えにヘンドリックは黙らざるを得なかった。
男の言うとおりだった。
ファラゾアの技術がどれだけ先に進んでいるのか未だはっきりとは判明していないが、地球人には想像も付かない様な技術をまだ幾つも隠し持っている可能性はありすぎるほどにあった。
いやむしろ技術的隔絶が大きすぎて、眼の前に見えている筈のその技術の存在にさえ地球人は気付くことが出来ていないのかも知れなかった。
古代エジプト人にコンピュータ端末を見せても、彼等にはただのよく出来た金属の箱にしか見えないだろう。
その圧倒的な技術の格差や未知の技術について、この地球上で最もよく分かっているのは自分達なのだ。
「分かった。本件、引き続き頼む。アダムとイヴを創ったのが神では無かったという事にもなりかねん話だ。」
「むしろ、アダムとイヴを創った者が我々にとっての神なのでは?」
ヘンドリックは男の顔を数秒間見つめた後、皮肉な嗤いを浮かべて言った。
「確かに。その通りだ。」
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
本作で最初のレビューを戴きました。
感想やレビュー、大変励みになります。返信するのに時間がかかる時もありますが、いずれも大変貴重な御意見として参考になります。
有難うございます。
そう言えばファラゾアの戦闘機もまだ余り種類が出てきていませんね。
こっちも出さなくては。