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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第三章 失うもの、還らぬもの
64/405

11. ベイパートレイル


■ 3.11.1

 

 

 すぐ眼の前で味方機が爆散した。

 国連軍色で塗装されたF16だった。

 ジリオラが1/4バレルロールからの急上昇でその炎と飛び散る破片を避ける。

 達也とシャーリーも同じ動きをして、煙を引きながら空中に広がって行く機体を構成していた様々な部品や破片を避ける。

 小さな破片であっても、運悪くエンジンに吸い込んでしまうと致命的なトラブルとなる。

 たかが親指程度の大きさの部品であっても、インテイクからエンジン内に飛び込むと、高速回転するターボファンジェットのタービンブレードに傷を付け、場合によってはブレードを叩き折ることもある。

 そのままエンジンの中へと吸い込まれた異物は十万回転を越える速度で回転するエンジンの中を跳ね回り、ありとあらゆる場所を破壊し、エンジン火災、最悪エンジンを爆発させることもあり得るのだ。

 

 戦闘空域内では、味方が撃った機銃弾や撃墜された機体の破片など、色々な「ゴミ」が空中を飛んでいる。

 敵や味方が撃墜された位置を把握し、そこから飛び散ると予想される色々な破片を避ける技術も、この戦いの中で必要とされる戦闘技術の内の一つだった。

 

 あんな単調な飛び方をしていては、それは撃墜されてしまうだろう、と空中に漂う煙と、煙を引いて落ちていく機体の残骸を横目で見ながら達也は思った。

 数日前に5340TFSに配属されたばかりの新兵だろうか。

 

 新兵が最前線に配属されると、いきなり厳しい現実に直面する。

 周りはどこを見ても敵だらけで一瞬も気を抜けず、かと言って先輩の機体を追いかけようとも技量が違い過ぎて付いていくことさえ出来ない。

 どうすれば良いのか分からなくなってまごまごしている内に、撃墜され命を落とす。

 戦闘空域のど真ん中でどうすれば良いか立ち往生した機体は、ただの良い的でしかなかった。

 その厳しい現実に付いて行けず、初日の戦闘で命を落とす新兵も多い。

 勿論そんな事にならないように皆手を尽くして新人を守ろうとするのだが、本人が呆けて戦場のど真ん中で動きを止めてしまうのはどうしようも無かった。

 

 例え初陣を生き延びることが出来たとしても、訓練期間の生温いカリキュラムとは全く異なる、人間性や人道的配慮などといったものを全く無視した、激しい戦闘を伴う過酷な連日の出撃ローテーションによって、戦いに慣れない新兵の身も心もボロボロに疲れ果てる。

 疲れ果て判断力や反射速度が落ちて、動きが鈍くなった機体もまたたファラゾアにとって格好の的でしかない。

 そうやって配属後僅かひと月の間に、新兵の1/3が命を散らしていく。

 生存競争、或いは自然淘汰と言うには余りに過酷な運命が新兵達を待ち受けている。

 それらの過酷な条件を生き延びた者だけがヴェテランとなり、その先も生きていく権利を掴み取ることが出来る訳だが、一方で新兵の時にそれだけ過酷な戦場を生き延びるだけの力を持たない者は、その先戦い生き延びていく能力を持たない者であると云う事もまた事実であった。

 

 ジリオラが十機ほどの編隊を組んでいる敵機に向かって急激な方向転換をする。

 旋回のアウト側になるシャーリーがショートカット気味にジリオラの航跡をなぞって追従する。

 逆にイン側になる達也は、わざと一度外側に膨らみ、シャーリーの航跡と絡む様に回転(ロール)しながら元の位置に戻ることでジリオラの右後ろの位置をキープする。

 ファラゾアの編隊はまだ達也達の方向転換に気付かず、正面射程外を横断する様に移動している。

 その集団の脇腹に喰らい付く様に急接近すると、距離6000mほどで流石に気付かれ、ファラゾア機が一斉にこちらに向けて進行方向を変えた。

 

 高高度から襲いかかる達也達三機と、それを上昇しつつ迎え撃つファラゾア十機。

 1000m近い高度差があるが、ヘッドオン状態で急速に接近する。

 達也達三機はいわゆるランダム機動を行い、上下左右に小刻みに機体位置を変更する。

 達也とシャーリーはさらに、ジリオラ機の航跡の周りで時に大きく離れ、時に絡みつき纏わり付く様な大きな機位変更も織り交ぜ、編隊としてはまるで三機の戦闘機がぐちゃぐちゃに絡み合いながら敵に向けて突っ込んでいく様な形になる。

 これだけの大きくキレの良いランダム機動を行えるのは、5339TFSだけでなくホームステッド基地駐留の国連軍航空隊全体の中でも達也と、それを真似するシャーリーくらいのものだった。

 

 パワーダイブ状態にある5339B2小隊の三機はさらに増速し音速を突破する。

 ファラゾア十機の内、超高機動により四機の姿が消え、次の瞬間達也達の後方に現れる。

 ジリオラはそれを知りつつも、気にすること無く正面の敵に向けて突き進む。

 少し遅れてシャーリー機と達也機も同様に敵に向かって突っ込んでいく。

 正面のファラゾア六機と交差する寸前、三機の機動パターンが僅かに変わる。

 ランダム機動の中でタイミングを合わせ、すれ違う直前で機首が敵機に向く様に調整したのだ。

 すれ違いの刹那、HUDに表示されるTDボックスの中央に僅かに認識出来る大きさのファラゾア機にガンサイトを合わせ、一瞬の射撃を行う。

 黄色みがかった光を発する曳光弾を含んだ射線がファラゾア機に襲いかかる。

 すれ違う僅か一瞬の射撃にファラゾアは対応出来ない。

 一瞬の内に撃ち出された100発近い20mm焼夷徹甲弾が、ファラゾアンチタニウム合金製の外殻に、本来の機関砲弾発射速度に両機の相対速度が上乗せされた速度で叩き付けられた。

 U238(劣化ウラン)を多量に含む「重い」機関砲弾が外殻を食い破り、引き千切ってファラゾア機内部に潜り込む。

 次々と機体内部に飛び込んでくる20mm砲弾に重要部品を破壊され、さらに爆発する焼夷徹甲弾の破片で内部をズタズタに引き裂かれる。

 機体内部の重要部分を複数破壊されたファラゾア機は、その機能を見る間に低下させ、程なく機能を停止した。

 機能を停止したファラゾア機は、内部を破壊された煙を薄く引きながら、地球の引力に引かれて地上に向けて落ちていく。

 

 すれ違いざまに敵を四機破壊した達也達は、すれ違った後に後方に付いた追加のファラゾア機をものともせず、すぐに次の目標を定めて移動を開始した。

 ドッグファイト(互いに相手の後ろを取ろうとする戦いの意)と呼ばれる戦いに於いて、これは極めて奇異且つ油断し過ぎの行動だった。

 しかしジリオラは、背中がむず痒くなる程の焦りと恐怖を無視して、敢えてこの行動を取っている。

 これはファラゾアと戦う様になって新たに採用された戦術だった。

 従来の地球の戦闘機同士での戦いの時のように、後方に付かれたのを気にしてドッグファイト(後ろの取り合い)を行うと、動きが比較的単調になってしまい、思わぬ所から狙撃を受けて被弾する事になる。

 ならば後ろにいる敵は、意識の隅に置きつつも一旦無視して別の狙いやすい敵を追いかけ、その機動の中で後方の敵との位置関係が変わるのを待ち、より狙い易い位置に変わってから改めて攻撃に移れば良い、という考え方だった。

 

 真後ろから狙う場合、機体の投影面積は最小となり、さらにランダム機動も上下左右への二次元的な動きとなる。

 横方向から狙う場合、機体の投影面積は大きく、或いは最大となり、ランダム機動も上下を中心とした一次元的な動きが中心となる。

 地球製の戦闘機を狙う場合は、進行方向に対して横から狙う方が明らかに有利だった。

 そして重力制御で飛行するファラゾア機は、機体の向きに全く左右されずどの方向にでも移動できると云う特徴を持っている。

 即ち、地球の戦闘機を攻撃するならば、不利な条件が重なり狙いにくい後方よりも、当てやすい横方向からの方が遙かに有利という事になる。

 そして実際ファラゾアはその様に行動する。

 

 次の獲物を求めて戦闘空域内を移動する達也達三機の後方にいたファラゾア六機が、まるで瞬間移動でもしたかの様に、超高速移動で達也達を上下左右から包囲する位置に現れた。

 無線で指示を発することも無く、ジリオラ、シャーリー、達也の順にそれぞれ一瞬の間を置いて、ブガチョフ・コブラ一歩手前の急激な機首上げを行い、三機は急減速と急旋回を同時に行った。

 反応の遅いファラゾアはその動きに追随できない。

 一瞬で三機を大きく追い越し前方に出てしまったファラゾアを狙って、達也達は三方向に散る。

 スロットルを最大位置に叩き込み、レッドアウトを伴う急激な機首下げで敵を視認し、狙いを合わせ、バルカン砲を発射する。

 達也とシャーリーは射撃に成功。

 ジリオラは的を外した。

 180度ロールし、お互いを視認しながら上昇。

 三機は再び集合する様に動き、しかし互いに僅かな距離をおいて一瞬ですれ違い再び散開する。

 残る四機の内、三機のファラゾアは達也達に再び狙われる前に急加速で離脱。

 逃げ遅れた一機が達也の撃った20mm弾を食らい破壊され墜落する。

 元の進路に戻ったジリオラ機の後ろに、同じく狙った敵が逃げ出したシャーリーが一足先に合流する。

 間を置かず、達也も合流して再びデルタ編隊が形成された。

 

 言葉を交わすことも無く、ジリオラが次のファラゾアの群れに狙いを付ける。

 ジリオラの進路変更に、シャーリーと達也が即座に反応する。

 二十機近いファラゾア機の集団を目標に定め、少しずれて同高度をすれ違う針路をとりあえず取る。

 距離が10kmを切った辺りで狙いを定めたファラゾア達もこちらを目標とした変化に気付く。

 ファラゾア機の集団全体の針路が一瞬で変わり、機首がこちらを向く。

 先ほどの戦闘で失った速度を回復し、さらに速度を乗せる為にジリオラは一旦パワーダイブで高度を下げて速度を稼ぎに入った。

 達也達もそれに続く。

 その様な進路変更にファラゾア機も対応し、高度を下げた三機に上から被せる様な位置に移動する。

 敵も馬鹿では無い。

 ジェットエンジンしか持たない地球側の戦闘機は、高度を上げようとすると速度を失い、その分機動力が失われることを知っているのだ。

 二十もの敵機に覆い被された状態になっているが、ジリオラは落ち着いて増速していく。

 エンジンを推力145kNを誇るB&W F100-PW-232に換装されたF16V2は、非公式ではあるが最高速度M2.4を叩き出す。コンフォーマルタンクが無ければM2.6も夢では無いと云われている。

 

 十分に速度を乗せたジリオラ機が突然急角度で上昇し、上空に覆い被さるファラゾア機群に突き刺さるかの様に向かっていく。

 何の打合せも指示も無かったが、数秒遅らせてシャーリーがジリオラと同様に突然急角度で上昇をし始めた。

 達也はシャーリー機の行動にさらに数秒遅れて、ジリオラ達よりも左に45度ほど捻れた方向に向けて上昇する。

 M2を越える速度では、僅か数秒の違いが数千mの差を生じさせる。

 ファラゾア機を一機血祭りに上げたジリオラは、ファラゾアの集団を突き抜けてそのまま上昇する。

 ファラゾア機達はそんなジリオラ機の行動に釣られて、いずれ速度を失い動きが鈍くなる筈のジリオラ機を追跡し始めた。

 遅れて上昇したシャーリーがそのまま機体を180度ループさせ、ジリオラに釣られたファラゾア機達に横方向から喰らい付く。

 シャーリー機が二機を撃墜しつつファラゾアの集団の中を突き抜けた。

 そこにシャンデル機動を行った達也が突入する。

 上方のジリオラ機と、横から殴り込みをかけたシャーリー機に気を取られ、比較的密集した部分に向けて達也が真っ直ぐに突っ込み、一度のすれ違いで三機を撃墜するという離れ業をやってのける。

 二度も横っ面を叩かれて、自分からファラゾア機の注意が逸れたのを感じたジリオラが、速度を殺さない様に大きなループで上昇からパワーダイブに移った。

 背中を見せ、格好の射撃位置に姿をさらすジリオラ機に気付いたファラゾア達が、機首を向けて攻撃を仕掛けようとした時、スプリットSに似た動きで速度を増したシャーリー機が下方から再び襲いかかった。

 瞬く間に二機を撃墜したシャーリーは、そのまま上方に突き抜けてループに入る。

 ジリオラを追うかシャーリーを追うか、ファラゾア機達が一瞬動きを止めたタイミングに合わせたかの様に、シャーリー同様スプリットS機動で増速した達也が、シャーリーの後を追うようにして再び下方から襲いかかり、さらに三機を撃墜する。

 ここに来てファラゾア機群も、自分達が上手く一箇所にまとめられ三機に良い様に嬲られていると気付いたか、高加速で飛び散る様にその場から離れていった。

 

 水平飛行に戻ったジリオラ機の後ろに上空からシャーリーと達也がふわりと舞い降りてきて、所定の位置に納まった。

 

「やるわね。何機墜とした?」

 

「あたしは四機。」

 

「こっちは六機だ。」

 

「はあ? たった二回の突入でなんでそんなに墜とせんのよ? おかしいんじゃないの?」

 

 達也の撃墜報告に、シャーリーが驚き声を上げる。

 

「ちょうど良い位置に敵がいてくれてな。」

 

「あっはっは。良いわよ、どんどんやっちゃって。」

 

 対してジリオラは、彼女らしい明るい笑い声を上げた。

 

「調子戻った様だな。これなら安心できる。」

 

「当たり前でしょ。大丈夫って言ったじゃないの。大丈夫ったら、大丈夫なのよ。」

 

 午前中の戦闘では一拍遅れた様な動きを見せて、達也に体調を心配されていたシャーリーが、いつもと同じ口調で言い返す。

 

「大いに結構。次、行くわよ。右。」

 

 ジリオラ機が一瞬で90度右にロールし、急激に旋回していく。

 シャーリー機は90度右バレルロールから、相対位置を保ったままジリオラの後を追う。

 達也は、機体を縦にして揚力を失うことで僅かに高度を落とし、シャーリー同様に相対位置を保ちジリオラ機の後ろに付いた。

 

 デルタ編隊の描くベイパートレイルが、未だ千機を大きく越える敵が跋扈する戦闘空域の真ん中に美しく刻まれていく。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 実は、最初から最後までずっと戦闘で埋まっているのは、今回が初めてだったりします。

 予告通り、今まで書いてなかったところ、ということで。

 なんとなく意味が違う様な気もしますが。w


 しかしなんで日本ではU238の事を「劣化ウラン」というのでしょうね?

 U238は、天然で存在するウランの大部分(99%以上)を占め、放射線を放出しない安定な元素です。ただクソ重いだけの、鉛の親分みたいな元素です。

 いわゆる放射性同位体であり、地球上に殆ど存在しないU235が核燃料となるのですが。

 「劣化ウラン」という名称ではまるで、U235がメインの物質で、それが劣化してU238が生成する様な印象を与えます。

 そして「劣化」しているだけなので、まるでU238に放射能が残っている様な印象を受けます。

 でもそれは現実とはまるで異なります。

 そもそも「ウラン」という物質名に、放射能、怖い、危険、という先入観が間違って植え付けられているようにも思います。


 ・・・まあ、原子力発電に異常に批判的だったり、軍事的なもの全てに思考停止しヒステリックに拒否反応を示す誰かが世論を好きに誘導しようとして、悪印象を与える様な名称をわざと選択しているのだろうとは思いますが。

 「米軍演習場は『劣化ウラン』弾の影響で放射能だらけ」みたいな記事を見たこともありますし。

 タングステンなんて云う貴重で有用な元素をしこたま弾丸に突っ込むよりはウラン弾の方がお得でリーズナブルと思うんですけどねえ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 半減期はかなり長いとはいえU238も放射性元素で崩壊しますけど また、劣化ウラン=100パーセントU238でもないですが
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