表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第三章 失うもの、還らぬもの
63/405

10. 果てなき戦い


■ 3.10.1

 

 

「整備完了しました。」

 

 ジリオラ機に取り付いて補給と整備を行っていた整備兵が、達也達が休んでいる格納庫まで駆け足でやってきて、息を切らせながら敬礼をして言った。

 

「んっ・・・ご苦労様。じゃ、行こうかしらね。」

 

 アメリカンサイズのチョコチップクッキーを囓っていたジリオラが、慌ててクッキーを飲み込み、コーヒーで胃に流し込んでから返礼した。

 陸上交通は遮断されていない為、中米から輸入されるコーヒーは米国内でもまだ手に入るのだった。

 もっとも味の方はといえば、言わぬが華と云ったところだったが。

 

「タツヤ、悪いんだけどまたシャーリーのカバーをお願い。」

 

 先に立って歩くジリオラが軽く振り返りながら達也に言った。

 

「基地で待機していろと命令する選択肢は?」

 

「熱でも出してるなら簀巻きでも拘束衣でも着せて置き去りにするんだけれどね。アンタのフォローがあるとは言え、戦えているのも確かなのよね。アンタの方も撃墜数落ちてる訳じゃないみたいだし。仕方ないから連れて行くわ。単機突撃とかされても困るし。」

 

 達也は並んで歩くシャーリーの顔を見て溜息を吐いた。

 

「何よ?」

 

 シャーリーの性格の良いところは、瞬間湯沸かし器の様に頭に血を上らせても、しばらく経って頭が冷えると、尾を引かず特にわだかまりも無く普通に会話が出来るところだった。

 尤も今の場合は、腹が減って気が立っていたところに、甘い物を沢山突っ込んで落ち着いただけなのかも知れないが。

 

「お前さ、心配する側の身になって考えたことあるか?」

 

 達也は既に諦めた口調で言った。

 

「心配してくれてんの?」

 

「当たり前だろう。」

 

「必要ないわ。あたし墜とされないから。」

 

 シャーリーは得意げな顔で言う。

 墜とされたいと思いながら飛んでる奴なんていねえよ、と、その顔を見ながら達也は思ったが、口には出さなかった。

 

 エプロンには、彼等が到着した時と同じ様に他に九機が翼を休め急ぎの簡易整備を受けている。

 勿論その個体は新たに到着した別のもので有り、今は達也達三人の機体が最も長くここに停まっている。

 さらに次の小隊が着陸態勢に入っており、滑走路の延長線上の空中に着陸脚を出し、着陸灯を点灯してアプローチに入っている機体が見えた。

 

 三人がそれぞれ自分の機体に乗り込む。

 

「弾薬、燃料共に満タンです。右バルカン砲の速度低下は不明です。取り敢えず注油しておきましたが、詳しい調査は本日の作戦終了後に。他は整備中特に問題は見つかりませんでした。」

 

「オーケイ。出る。」

 

幸運を(グッドラック)。」

 

 整備兵が右手の親指を立ててみせる。

 

ありがとう(サンクス)。」

 

 達也も右手の親指を立て、そのまま拳を整備兵の拳にぶつける。

 笑った整備兵がラダーから飛び降りる。

 ラダーが外され、キャノピーを閉じる。

 整備兵達が安全ピンや輪留めを抜き終わり、機体前方に立つ誘導員が前進開始のサインを出す。

 達也がスロットルを少しずつ開けると同時にエンジンの回転数が上がり、機体がゆっくりと前進を始めた。

 ジリオラ、シャーリーに続いて滑走路側のエプロンの端を西端に向かって走行する。

 その脇で、着陸態勢に入っていた小隊機が次々に着陸する。

 最後の一機が滑走路から誘導路に曲がり込んだのを確認して、ジリオラ機が誘導路を抜け滑走路に入る。

 エンジンの回転数が上がり、辺りに轟音が響く。

 ジリオラ機は滑走路上を滑らかに加速していき、アフターバーナーの炎を引きながら急激に上昇していき、上空を旋回し始めた。

 その頃にはシャーリーが滑走を開始しており、ジリオラ同様に炎を噴き風を巻いて青い空に向けて駆け上がっていく。

 シャーリーの機体が離陸したのを確認して、続いて達也も滑走を開始する。

 スロットルを開けると同時に身体がシートに押し付けられ、速度計の数字が跳ね上がる。

 更にスロットルを押し込むとアフターバーナーが点火し、轟音と共に機体が更に加速する。

 速度が乗ったところで操縦桿を引くと、ふわりと身体が宙に浮いた感触があり、滑走路から伝わる振動が消えた。

 着陸脚を畳み込むと、空気抵抗の減った機体はまるで地上という鎖から解き放たれたかのように容赦のない加速を始め、達也が操縦桿を引くと共に機首を大空に向け、青い空に突き刺さろうとするかの如く一気に高度を上げた。

 上空で旋回するジリオラとシャーリーに合流する。

 達也が合流しデルタ編隊を形作った小隊は、大きく旋回して南に進路を向けた。

 

 ホームステッド基地から離陸すれば、フロリダ半島の南端までは十分も掛からずに到達する。

 そのまま南下すれば、フロリダキーズと呼ばれる隆起珊瑚礁によって形成された列島を越えて、キューバとの間に横たわるフロリダ海峡へと到達する。

 往時は合衆国最南端のリゾート地として、別荘やリゾートホテルが建ち並んだ街並みを開放的な服装に身を包んだ多くの人が闊歩し、金持ちが所有する純白の帆を掛けたヨットや、ビキニ美女を満載した高価な大型クルーザーが海の上に浮いていたこのこの地も、敵が占領するイスパニョーラ島に最も近い場所となった今ではとうに皆逃げ出してしまい通りを歩く人影もない。

 そもそもがこの地域に多く存在する別荘や高級マーケットなどは、ファラゾア来襲直後の大停電とともに発生した暴動の波に呑まれて略奪と破壊の格好の的となり、悪化した治安はろくに改善されないまま放置された状態となっているため、戻り住もうなどと言う者もおらず、北米大陸有数の高級リゾート地は今やゴーストタウンと成れ果て、錆びゆき朽ちるがままとなっていた。

 

 フロリダキーズを超えフロリダ海峡に到達すれば、しばらくの間余りやることもない。

 勿論、突発的な会敵に備えて油断なく周囲を警戒することは怠らないが、戦闘空域からも外れており、今やGDDを備えて索敵能力が上がった基地からの緊急通信が直接届くこの距離では、極限まで緊張して警戒する必要はない。

 

 暇になれば色々なことを考えてしまうのが人間というものであり、そして今からまさに戦闘に突入しようとする兵士達が考えることと言えば、戦闘の中に待ち受けている死についてがその殆どとなる。

 ただ単に死にたくないと念仏の様に唱え続ける新兵か、いかにして死を逃れて生き延びるかを考える古参兵かの差はあれども、いずれも今まさに自分が向かっている戦場に待ち受ける死の恐怖と戦う事に違いはなかった。

 

 ましてや今戦っている相手は、人類が侵略を受け六年が経とうとする今でも(よう)として生い立ちやその目的が知れない正体不明の地球外知性体であり、数万年単位で人類よりも遥かに進んでいる科学技術を基盤にして、遙か100kmもの彼方から地球製の戦闘機を一瞬で爆散させる事の出来る兵器と、空を覆い尽くすほどの数千、数万という数の戦闘機械を戦闘の決定的局面に何度も投入してくるだけの物量と、音速の10倍もの速度で機体を灼熱させ炎の尾を引きながら大気中を飛行する能力と、数千Gがかかると推定される急激な加速を易々とこなす重力制御式の推進装置と、さらには数十kmも離れれば地球製のレーダーではまともに捉えることさえ出来ないステルス性を持つ、圧倒的且つ絶望的に優勢な敵なのだ。

 

 地球人類は、どうやらその絶望的に強大な敵よりも少しばかり「すばしこい」らしく、その呆れるほどの戦力差を熟練したパイロット達の個人的な技量で無理矢理埋めて対応するという力技の戦術以外、対応する術を持っていなかった。

 つまりそれは即ち、気が狂いそうになるほど毎日繰り返される戦いの中で熟練したパイロットだけが生き延びることが出来る、という事であるのだが、別の見方をすればその熟練パイロットでさえ僅かな気の緩みや些細なミスで簡単に命を落としてしまう、という事でもあった。

 

 昨日までは生きていられた。

 今日も、先ほどの戦いはなんとか生き延びた。

 だが、今から向かう戦場から生きて帰って来られるという保証は何もない。

 明日も、その次の日も、さらに次の日も、延々と果てなく繰り返される先の見えないこの戦いの中で、いつまで自分は生きていられるのか。

 それはまるで谷底が見えないほど深く、向こう岸が見えないほど広い峡谷に張った一本の細いロープの上を綱渡りで歩き続ける様なものだった。

 たった一度のミスが死を招く。

 死にたくなければ、いつ終わるとも知れないこの戦いを常にいつまでもミス無く戦い抜かねばならない。

 人間にそんな事が出来る訳は無かった。

 そもそもそんな永遠に続く様な先の見えない戦いの中で、人の心が正常を保てる訳がなかった。

 果ての無い戦いのプレッシャーに負けて発狂するのが先か、或いは戦いの中で命を落とすのが先か。

 いずれにしても、明るく幸せな未来が待っていることだけは無さそうだった。

 そして、自分の精神か生命の何れかが磨り減り消え去ってしまうよりも前に人類の科学力が、何万年も先を行くファラゾアのそれに追い付き、絶望的劣勢を覆すことなどもっとありそうに無い事だった。

 

 東の空から南に向けて移動する太陽の光を反射し、キラキラと輝くフロリダ海峡の紺碧の海を眺めながら心の中に沸き立つ死への恐怖と折り合いを付けようとしていた達也は、前方に霞むキューバ島の影を確認して頭を再び周囲の警戒に戻した。

 左前方11時の方向に、まるで宙に浮いているかの様にジリオラ機がゆらゆらと風を受けて飛行している。

 さらに左に目を移せば、50mほど離れた所にシャーリーの機体が同じ様に揺れながら浮いている。

 三機はフロリダ海峡を直進し、キューバ島に到達する手前で針路を方位13へと変更した。

 

 達也は再びシャーリー機を見る。

 国連軍航空隊特有の暗いグレーに塗装された機体には、その暗い色でも打ち消すことが出来ないほどに、度重なる出撃と戦闘でこびり付いた汚れが目立つ。

 機体の両肩に背負う様に乗せられたコンフォーマルタンクのガトリングガン射出孔など、真っ黒に煤で汚れていて、まるで煙突の口を見ている様だ。

 薄汚れた機体の所々が明らかに色の異なる新しい外装パネルに取り替わっているのは、敵のレーザーが運良く極めて浅い角度でごく一瞬だけ当たったか、戦闘中希に衝突する味方の機銃弾の流れ弾に打ち抜かれたか、或いは爆散した味方の機体の破片が衝突したかで破壊され変形した外装パネルを交換したところだ。

 

 敵のレーザーは極めて強力で、ごく僅かな時間当てられただけでも外装を一瞬で破壊して吹き飛ばし、機体内部の様々な物を灼き、爆破し破壊する。

 レーザー砲というものは、極めて長い光の棒を戦場で振り回している様なものであり、着弾する場合は大概、薙ぎ払う様に機体を焼き切られる。

 航空燃料を大量に搭載した戦闘機は、その様な焼き切り方をされれば大概燃料タンクのどこかをレーザーで断ち切られることとなり、高出力のレーザーで大量の航空燃料に一瞬で火が付き、爆散する。

 運良く燃料に引火しなくとも、バッサリと袈裟掛けに断ち切られた戦闘機が飛行能力を保てるはずなど無く、真っ二つにされた機体はそれぞれ激しい錐揉み状態で地上に向けてまっしぐらに落下していく。

 

 レーザーは光であるので、外装パネルを着色せずに鏡面に磨き上げることで多少なりとも反射してその威力を弱めることが出来るのではないかと、試験的に無塗装の機体が戦場に投入されたこともあった。

 しかし技術的に人類の遙か先を行くファラゾアの大口径レーザーはその様な甘い物では無かった。

 例え鏡面加工でピカピカに磨き上げられた表面であろうとも、少々浅い角度での着弾であろうとも、ファラゾア機のレーザーは地球製戦闘機の外装パネルを易々と融かし破壊して爆散させ、一瞬の内に機体を真っ二つに断ち割ったのだった。

 鏡面加工のやたらと光り輝く戦闘機は陽光を反射してキラキラとよく目立ち、索敵手段の主要なものの一つとして光学的手段を用いていると推察されるファラゾアに対して余りに強くアピールしすぎると、結局この派手な機体表面処理が採用されることは無かった。

 

 ふと気付くと、前方を飛ぶジリオラ機が翼を左右に振っている。

 下を見れば、三機はヌエビタス湾上空を通過しようとしているところだった。

 ヌエビタス湾から、前線と認識されているアクリンズ-サンチアゴ線までちょうど200km。よく晴れた日なら、クイッカーの搭載する大口径レーザーの射程に入り始める距離だった。

 ジリオラ機の挙動は、敵の有効射程距離内に入るので低空侵入の為に降下する、という意味だ。

 

 無用に敵の注意を集めない為に一旦戦端が開かれた後は、補給後の戦闘空域への接近中は完全に無線封鎖されているので、達也も翼を左右に振ることで編隊長であるジリオラに諒解のサインを送り返した。

 ジリオラ機が再び軽く翼を振り、そしてその動きのままロールして上下反転し、急降下に移った。

 達也とシャーリーがその後を追う。

 

 戦闘空域への接近行動に移り、達也の頭の中も戦闘モードに切り替わった。

 人生や戦う意味や果てのない戦いなどについて思いを馳せる哲学的考察の時間は終わった。

 好むと好まざるとに関わらず、戦いを生き延びれば再びそれらについて考察する時間を得るだろう。

 今は生き残ることを考える時だ。

 達也は上下反転する世界の中で、まだ何も映さないレーダーレンジと、自分の警戒担当範囲に鋭く視線を走らせた。

 

 暗い国連色に塗られた三機のF16V2は、まばらに浮かぶ低層雲の中を高度3000mで次々と突き抜けながら、仲間達が死闘を演じ続けているであろう戦闘空域に向けてまっしぐらに突き進んで行く。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 「酔っ払いの『大丈夫』は全然大丈夫じゃない」のと同じです。

 

 いえ、大丈夫です。死亡フラグではありませんので。


 ・・・大丈夫? どっち? ww

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ