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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第三章 失うもの、還らぬもの
62/405

9. Fight 'em, not your buddy.


■ 3.9.1

 

 

 ジリオラ機が上下反転してパワーダイブに入った。

 シャーリーがそれに続いて全く同じ動きをする。

 ジリオラ機に遅れること数百m、シャーリーの更に後ろで達也も左ロールからパワーダイブを開始する。

 三機のF16V2ヴァイパーがまるで空中で絡み合いじゃれ合っているかのようにその軌跡を交差させ、数千mの高度を一気に駆け下りた。

 ジリオラが地上数百mで水平飛行に移った。

 他の二機もその動きを追従する。

 三機は更に少し高度を下げ、地上100mほどの高さで音速を超えたまま北に進路を取り、海岸線を抜けて海上へ出た。

 三機が巻き起こす超音速衝撃波で海面が割れる。

 上空から見れば三艘の小舟が海面を進むかのように、三機のヴァイパーは青い海面に白い航跡を残しながら、まるで鏃のような形のデルタ編隊を形作って真っ直ぐに進んでいく。

 

「Grindle leader, this is Grindle B2 leader, 05. Ammo bingo. Request RTB.」

 

「Grindle 05. Request accepted. Re-load ammo and return to front line, ASAP.」

 

「Grindle 05, copy.」

 

 海上を進みつつ、ジリオラが弾薬補給のための離脱を要請する声がレシーバから聞こえる。

 許可を出したグリンドル隊(5339TFS)長であるゲルトナー少佐が、補給後速やかに戦線復帰するようにジリオラに指示するのが聞こえた。

 

「Shirley, are you OK?」

(シャーリー、大丈夫?)

 

「No problem. I`m perfectly fine.」

(問題無い。カンペキ。)

 

「Tatsuya, appreciate to covering that stupid girl. How about you?」

(タツヤ、このバカ娘を守ってくれてありがとう。アンタはどう?)

 

「No problem. Not harder than always.」

(大したことじゃ無い。問題無い。)

 

「Good. I`m glad. Backing home. Follow me.」

(そう、良かった。さてお家に帰るわよ。)

 

「Fourteen, copy.」

(14、コピー。)

 

「Fifteen, copy.」

(15、コピー。)

 

 敵が確実にこちらを認識している戦闘空域から外れ、補給のために帰投する間は再び無線封鎖となる。

 こっそり抜け出す自分達に敵が気付いていないかも知れないのに、わざわざ電波を発して位置を教えてやる必要は無い。

 弾切れ、或いは燃料切れで補給に帰ろうというのに、しつこく追い回されては敵わない。

 戦闘空域離脱直後のジリオラのねぎらいの言葉以降、三機は再び一言も発すること無くキューバ島の海岸線に沿って海上を北西方向に向けて飛行する。

 

 キューバ島北岸に広がる巨大な珊瑚礁とラグーンが眼下に広がる。

 ファラゾアがカリブ海に居座る様なことがなければ、南国のリゾートを楽しむ多くの観光客で賑わっていたであろう、美しく心安まる地球の大自然がそこには広がっている。

 今は、侵略者の本拠地の一つに近すぎる為、軍民区別無く戦闘目的以外であらゆる船舶・航空機の接近が禁止されているため、その美しい風景を地上から楽しむ者は誰一人としていない。

 人間がいなくなったことで、リゾートや都市の開発などで傷つけられた大自然が回復し、今ならばより美しく生き生きとした大自然がそこに存在するという事は、人類にとってただの皮肉でしか無い。

 

 カヨ・サンタマリアを左手に見ながら進路を方位33に変更。

 しばらく飛んで、戦闘空域から200km離れたことが確認出来ると、ランダム機動をやめ、落ち着いて普通に飛行することが出来る様になる。

 さらに100kmほど飛ぶと、フロリダ半島の南端に広がるフロリダキーズの珊瑚礁が見えてくる。

 珊瑚礁の外縁に連なる島々の連なりを越え、広大なラグーンの上空を抜けてフロリダ半島の陸地に至る。

 珊瑚礁とマングローブの森で海岸線がはっきりとしないジョー湾上空で大きく右に旋回し、方位06でホームステッド基地へのアプローチに入る。

 

 ホームステッド基地の脇10kmほど離れた所、東に広がるビスケーン湾と陸地の境界に、辺りの風景に馴染まずひときわ目立つ灰色のコンクリート製の巨大なオブジェが存在する。

 それは達也達国連軍兵士達から、石棺(Sarcophagusサーコファガス)と呼ばれている。

 ファラゾア来襲以前に、莫大なエネルギーを消費する贅沢なリゾート施設や商業施設などが林立するこの辺り一帯に豊富な電力を供給していたターキーポイント原子力発電所の名残であった。

 

 ファラゾア来襲時、侵攻開始とともに瞬時にネットワークが大規模にハッキングされ、何らかの形でネットワークに接続していたあらゆるシステムは、ファラゾアによって撃ち込まれた攻撃プログラムに蹂躙され、破壊された。

 原子力発電所を運営するシステム、或いは原子炉をコントロールするシステムもその例外では無かった。

 もちろん、その様な重要且つ致命的な影響を与えるシステムは何重にも施された厳重なセキュリティで守られていたのだが、地球のものよりも遥かに進んだ技術で構成されたハッキングプログラムと、電磁波が通りさえすればネットワークのどの場所からでもハッキングできるファラゾアのハードウェアの前には、その様なものは何の役にも立ちはしなかった

 

 かくして米国内に百以上もあった核分裂式原子炉の制御システムは一瞬で破壊され、原子炉はコントロールを失って暴走しメルトダウンするか、或いは連鎖的核分裂反応を継続できずに失火した。

 失火した原子炉は放置すれば良いだけであったが、暴走しメルトダウンした原子炉は当然、手の付けられない酷い状態へと突き進んでいったのだが、原子力発電所の全てのシステムが破壊されたことで、原子炉が暴走状態になりメルトダウンし始めているという警報が放たれることはなかった。

 

 U235が核分裂反応を起こしPu239へと変化する過程で大量の中性子が発生する。

 この中性子が別のU235原子を叩き励起させることで次の核分裂反応が起こり、そしてまた大量の中性子とPu239が生成する。

 この反応が連鎖して核分裂反応が継続するが、発生する中性子量が多すぎて核分裂反応が連鎖的に拡大し、制御できなくなった後に膨大な反応熱で原子炉が融解して核燃料が漏れ出した状態がいわゆるメルトダウンと言われるものである。

 その様な事態に陥らない様、核分裂原子炉の中には制御棒や一次冷却水が充填されており、発生した過剰な中性子を吸収することで、炉内の核分裂反応を「マイルド」で適切な状態にコントロールしている。

 

 制御システムが破壊され、この炉内のコントロールが利かなくなった核分裂反応は、一部では反応を継続するのに充分な中性子発生量を得られず、徐々に反応が下火になっていき失火したが、大多数の原子力発電所では過剰な中性子が連鎖反応を拡大していき、最終的には核分裂反応が暴走し、大量に発生する反応熱で高温となったU239の燃料棒が融け落ちてメルトダウン(炉心融解)の状態となった。

 

 ホームステッド基地の近くに設置されていたターキーポイント原子力発電所の原子炉は運良く前者であった。

 もしメルトダウンしていたならば、海から吹き付ける風に放射性物質が内陸に向けて飛び散り、ホームステッド基地も使い物にならなくなっていただろう。

 イスパニョーラ島に居座ったファラゾアに対抗する為にフロリダ半島を前線基地化することを決めた後、米陸軍の部隊がやってきて、ターキーポイント原発を建物ごと大量のコンクリートで固めて放射能汚染防御措置を行っていった。

 失火し冷えていくばかりの原子炉であったが、制御不能である事には変わりなく、燃料棒を取り出すことも出来なくなった為に、万が一放射性物質が外部に漏れ出す事を恐れて、危険物は建物ごと丸ごとコンクリートで固めて封じ込めてしまえと云う実に乱暴な解決策が取られた。

 

 かくしてターキーポイント原発は無害化され、ホームステッド基地を心置きなく利用できる様になったのであるが、それでも制御出来ていない原子炉が近くに存在することを嫌って、米軍は自ら進んでホームステッド基地を利用しようとはしなかった。

 そして数年の後、国連軍が力をつけて実行部隊を世界各地に派遣できる様になり、ここフロリダにおいても部隊を展開して米軍とともにファラゾアに対抗したいとの打診を受けた時、米政府はこの提案を諸手を挙げて歓迎し、そして国連軍部隊専用基地としてホームステッド空軍基地を提供したのだった。

 それは救いの手を差し伸べてくれた国連軍に対して、自分達では使いたくない放射能汚染のリスクを抱えた空港を使用させるという、ある意味恩を仇で返す行為であった。

 

 北米大陸を窮地に陥れている地球外からの侵略者どもと闘おうと、勢い勇んで乗り込んできた国連軍部隊は、自分達に割り当てられたホームステッド基地が上述の様な状況にあることを知って苦々しい思いをさせられることとなった。

 ホームステッド基地だけでなく、米国の国土東半分が多数の原発から漏出した大量の放射性物質でまだら模様に高濃度汚染され、多くの地域で似た様な状況であることを理解していた国連軍北米方面司令部はホームステッド基地駐留部隊に常時放射線量を記録する様に指示を下した。

 その為、ホームステッド基地司令部の建物脇では常に放射線量が計測され、装置に取り付けられたパネルで誰もが放射線に関するデータを確認出来る様になっている。

 もっともそこで測定される放射線量は常に数μSv以下であり、基地にいる国連軍兵士達が健康を気にしなければならない様な強度に達したことは皆無だった。

 

 その様な経緯で作り上げられたターキーポイント原発を固める巨大なコンクリートの塊、通称「石棺」は、椰子の木や広葉樹などの緑に覆われた陸地と、エメラルドグリーンに輝く海との間にあって、ファラゾアの地上建造物もかくやと言うほどに異質な存在感を放っていた。

 とは言えその石棺を既に見慣れた達也達は、視野の端でその存在を確認しながらも意識を向けることは無い。

 椰子の森の向こうにそびえる石棺を右手に眺めながら、いつも通りにホームステッド基地の滑走路に向けて高度を落としていく。

 着陸脚が接地し、機体に衝撃が走る。

 30度ほどの角度で上を向いていた機首が水平に戻ると同時に、前脚も接地する。

 エアブレーキを全開に開き、ギアブレーキを最大に効かせながら減速し、滑走路を2/3ほど使ったところでタクシーウェイに曲がり込むともう目の前はエプロンだった。

 

 格納庫前の駐機スポットで整備兵が誘導器を持った両手を大きく広げて振り、駐機位置を指示している。

 三機は順番に翼を並べて止まり、エンジンを停止した。

 彼ら三機の近くには、他にも九機、三小隊分の機体が翼を休めて補給を受けている。

 達也達が駐機スポットに機体を止め、降機して整備兵とやりとりしている内に5340TFSの三機が動き出し、滑走路へと進入していった。

 

「調子悪いところありますか?」

 

 降機した達也に、駆け寄ってきた整備兵が早口でまくし立てる様に問う。

 補給の時間をとにかく短縮して、帰還機を速やかに戦線復帰させる様に命じられている為、寸分の時を惜しんでいるのだろう。

 

「右バルカン砲の発射速度が左に較べて僅かに遅い。一応確認してくれ。調整に手間取る様ならそのままで構わない。撃ててはいる。」

 

「諒解。いつも通り離陸前の規定軽メンテナンスと、燃料、弾薬フルチャージ、キャノピーとシーカーレンズの清掃を行います。他に何かありますか?」

 

「無い。よろしく頼む。急がせて済まないな。」

 

「任せて下さい。」

 

 整備兵は笑顔を見せながら達也から離れ、バルカン砲のマガジンドラムを積んだ運搬車を運転している別の整備兵の所に駆けて行った。

 それを見送ると、隣に駐機しているシャーリー機に向けて歩く。

 ちょうどシャーリーも整備兵との会話を終えたところだった。

 

「馬鹿野郎。無理しやがって。今からでも兵舎に戻って寝とけ。」

 

「嫌よ。言ったでしょ。あたしは寝る為にここにいる訳じゃないの。」

 

「中尉が言っていたとおりだ。ミスして死んだら元も子もない。体調が悪い時は出撃せずに体調を整えるのも戦術の内だ。」

 

「ちゃんといつも通り戦えているでしょ。問題無いわ。」

 

「なにが『いつも通り』だ。明らかに中尉について行けていない。高機動の後に息が上がっている。全然いつも通りじゃない。良いからもう止めとけ。死にたいのかお前。」

 

 なかなか首を縦に振らないシャーリーに達也も少々苛つき始めてきた。

 達也から好きだと言って付き合い始めたわけでは無いが、好意を寄せられ、何度か夜を共にすれば情も湧いてくると云うものだった。

 そう思っていると、突然シャーリーが達也に近付き、胸ぐらを掴んできた。

 

「しつこいわね。何回も言わせないで。アタシは寝るためにこの最前線に来たんじゃない。あのクソッタレどもを一機でも多く墜とすために命をかけてる。邪魔すんな。」

 

 何回も同じ事言わせるなとはどっちのことだ、と、達也もかなり頭に血が上りながらシャーリーを見る。

 冷たい色の筈のシャーリーのアイスブルーの眼は、まるで赤を通り過ぎて青くなってしまった炎のように激しい怒りを伴って、達也の眼を正面から睨み返してきた。

 しかし至近距離での睨み合いはそれ程長くは続かなかった。

 

「はいそこまで。殴り合いするなら相手が違うわ。戦闘機(ファイター)乗り(パイロット)は常にクールじゃないとね。」

 

 ジリオラの両手がそれぞれ二人の肩に置かれる。

 なおも睨み合いを続ける二人にジリオラがたたみ掛けるように言った。

 

「Hey, fight `em. Not your buddy.」

 (ほら。敵と味方を間違えないの。)

 

 ジリオラの台詞に我に返った様に見えるシャーリーは、掴んでいた達也のパイロットスーツを放して手を下ろした。

 二人とも気まずそうに視線を外している。

 

「ここに突っ立ってたら整備の邪魔になるわ。栄養補給でもしてきなさい。」

 

 そう言ってジリオラは両方の手で二人の肩を軽く叩いた。

 彼等が自分達の機体を止めた駐機スポットのすぐ近く、ハンガーの入口脇にパイロットの為の待機場所が設置されている。

 戦いの中で体力を激しく消耗して帰還してきて、補給が終わればまたすぐに戦場に向かわねばならないパイロット達の為に、そこには軽食や甘い物が用意されている。

 

「なんだかんだ言って、やっぱりまだガキね。」

 

 言葉を交わすこともなく、しかし肩を並べて格納庫に向けて歩く二人の後ろ姿を見ながら、ジリオラは苦笑を漏らしながら独り言ちた。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 「喧嘩するほど仲が良い」とするべきか、「夫婦(?)喧嘩は犬も食わぬ」とするべきか。

 悩んで結局今のタイトルにしました。


 独り身のジリオラさん的には、「てめえ等両方爆発しやがれちきしょー」かと。

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