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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第三章 失うもの、還らぬもの
61/405

8. 出撃可否判断


■ 3.8.1

 

 

 辺りは既に明るくなっているが、まだ早朝と言って良い時間。

 寝床から起き出した達也は、身支度を調え、パイロットスーツを着て自室を出た。

 今日は遅番での出撃なので朝起き出すのは楽だが、その分交戦時間が長引く可能性がある。

 連日十時間にも及ぶ反復出撃の精神的肉体的なストレスは凄まじいものがある。

 しかしホームステッド基地に来て既に一月が過ぎ、それなりに鍛えられた若く順応性の高い達也の身体は、既にその激務に順応していた。

 精神的なストレスについても、五年前シンガポールでファラゾアの急襲を受けてからずっと過酷な環境にあった達也にとって、これまで受けてきたストレスとさほど変わりない程度のものであり、現在の出撃シフトから特別に大きなストレスを受けているという意識は無かった。

 

 達也は部屋を出て廊下を歩き、そのまま兵舎の建物を出て食堂に入って出撃前の軽い食事を摂る。

 食事をしておかねば長丁場の戦いの中で力尽きることになるが、かと言って量を摂り過ぎれば激しい戦闘機動の中で吐き戻すことになる。

 かつて新人としてバクリウ基地に配属されたばかりの頃、出撃前に摂る食事の量の加減が分からず、食事を吐き戻しそうになったまま戦い続けるという酷い目に遭った経験がある。

 帰投した後、愛機の下で青い顔をして踞っているところをパナウィーとアランに散々笑われ、それ以来出撃前の食事は腹四分目で止めることにしていた。

 

 食事を終えて格納庫(ハンガー)に向かう道すがら、同じ遅番で出撃する他のパイロット達に出会い、軽く挨拶を交わしながらも歩調を緩めること無く目的地に向かう。

 幅50m、長さ300m以上あろうかという巨大な格納庫は、ただその建物だけで威圧感を放っており、圧巻である。

 幅20m、高さ15mもある巨大な出入り口を抜けて格納庫の中に入れば、今度はその格納庫の中に、展示品などでは無くまさに毎日の様に殺し合いを続けている凄みを纏った戦闘機達がずらりと並ぶ威容に再び圧倒される。

 達也が乗る機体は、格納庫裏手から入った達也の目の前に居る。

 ここ一ヶ月でロッキード・マーティン社が国連軍に供給するモデルがやっと切り替わったらしく、達也の機体もやっとF16V2に切り替わった。

 達也機だけではなく、5339TFSでF16Cを使用していた全員の機体がV2に切り替わっており、前回の新兵の補充からは新兵もV2に乗ってやってくるようになっていた。

 

「おはようございます、少尉殿。」

 

 機体に近付くと、地上で計器を使用して出撃前のチェックを行っていたらしい整備兵が顔を上げて挨拶してきた、

 ここでは、バクリウ基地の時のように特定の整備兵が常に達也の機体の面倒を見るという風にはなっていない。

 

「おはよう。調子は?」

 

「バッチリっす。シリンダ動作部分に幾つか初期不良が出てましたけど、出撃前に見つかって良かったすよ。交換しておきました。」

 

 車にしても飛行機にしても、アメリカ製の新品の機械はまず必ず初期不良が発生するものと考えて良い。

 初期不良が発生し、それに対処することで機械の調子はより完全に近付き、初期不良を潰しきった後に本来の性能を発揮し、完全に動作し始める。

 そういう意味では支給されてまだ一週間経っていないこの新しい機体は、完全に性能を発揮しきれない、言い換えるならばまだ全幅の信頼を置くことの出来ない状態であると言って良かった。

 

「ありがとう。助かるよ。」

 

「いえ、仕事っすから。」

 

 そう言って達也と同年代と思われる整備兵は、整備汚れの付いた顔に人懐こい笑みを浮かべた。

 

 達也の乗機の隣には、同じ小隊の僚機であるシャーリーの機体があり、その向かい側が小隊長であるジリオラ機になる。

 ジリオラは既にハンガーに居り、愛機の下で整備兵と話をしていた。

 彼女は達也に気付くと、更に二言三言整備兵と言葉を交わした後に愛機の下を離れ、達也の方に向かって歩いてきた。

 

「調子はどう? 今日も相変わらずの状況よ。索敵班によると二千機以上は上がってるらしいわよ。三十分で出るわよ。」

 

 前線に最も近いホームステッド基地には、地上設置型の大型GDDが導入されており、常にイスパニョーラ島周辺を監視している。

 ファラゾアがどれほどの出力で重力推進を行うかによって反応の大小はあるが、これまでのデータの統計から大凡の敵機数は推測できるようになっていた。

 

「体調は問題無いですよ。機体の方も良く整備されてる。シャーリーがまだ来てないな。」

 

 既に整備の完了している隣のシャーリー機の周囲には整備兵はおらず、搭乗するシャーリーの姿もまだ見かけなかった。

 

「あの娘なら今日は来ないわよ。あんたも自分の彼女の生理の周期ぐらい把握しておきなさいな。貴重な戦力なんだから妊娠させたら怒るわよ。」

 

 ジリオラに明け透けに言われ、達也は思わず顔面が熱くなるのを感じた。

 因みに女性兵士は生理休暇が認められている。生理中は体調はもとより、反応速度や判断力も大きく低下するため、出撃するのは危険であるとされているのだった。

 

「す、すいません。」

 

 やることをやっておいて何だが、達也もまだこの手のことを女性を相手に平然と話せるほどではなかった。

 その達也の反応を面白がったのか、ジリオラがたたみ掛ける。

 

「全く。やって来たと思ったらさっさと引っ付いちゃって。アタシなんて半年以上もご無沙汰なのにねえ。アタシの立場が無いわ・・・そうだ、タツヤ。あんたアタシと二股掛けてみる気ない?」

 

 そう言って笑いながらジリオラが抱き付いてくる。

 装備品に染み込んだ汗の匂いとは別に、甘い香りが達也をふわりと包んだ。

 

「ダメよ。あたしのだからね。」

 

 上官の命令には従うべきなのか、これは一体どう処置すれば良いのか、などと混乱する思考に固まっているところに、後ろから声が掛かった。

 

「シャーリー? あんた、今日休むんじゃ?」

 

 達也に纏わり付いたまま、振り向いたジリオラが言った。

 ジリオラが振り向いたので軽く首を絞められる形になった達也も後ろを向く。

 そこにはいつもの、両手を腰に当てて仁王立ちの決めポーズでこちらを睨んでいるシャーリーの姿があった。

 

「あたしは軽いのよ。知ってるでしょ。薬飲んでおけば大丈夫。」

 

「元々の体調の低下に加えて、鎮痛剤を投与した事に依る反射速度の低下と判断力の低下が上乗せされるわ。ダメよ。」

 

 鎮静剤や鎮痛剤といった薬物は、ジリオラが言ったとおり判断力や反射速度を低下させる副作用がある。

 それらの薬物が投与された場合、操縦をしてはならない決まりとなっているのだが、常に人手が足りない最前線でもある上に、戦闘中に負傷した場合には、医療キットのモルヒネを打ってでも痛みを抑えて自機を操り防戦しながら後方に離脱しなければならないという現実もあり、現実的な対応として、出撃の可否判断は実質現場の指揮官に任されていた。

 早い話が、「動ける様なら薬を打ってでも戦わせて構わない」という話だ。

 

「それでも新兵より遙かにまともに戦える。問題無い。」

 

 未だに達也に抱き付いているジリオラを睨んで、シャーリーのアイスブルーの眼が剣呑な色を帯び始める。

 

「シャーリー。無理はするなよ。無理して出撃して墜とされました、じゃシャレにもならん。」

 

「じゃアンタが守ってよ。」

 

 そう言ってシャーリーはずかずかと近付いてきて、達也の首に絡みつくジリオラの腕を力任せにほどいた。

 

「・・・まあ、いいわ。確かに過去も似た様な状態で出撃した実績もあるしね。ミズサワ少尉。本日の作戦行動の間、アーレンベック少尉のカバーに入れ。」

 

 ジリオラはそう言って自機に向いて歩き去っていった。

 

「イエス、マム・・・って、無茶するなよお前。折角なんだから部屋で寝ていれば良いじゃないか。身体を休めるチャンスだぞ。」

 

 敬礼してジリオラの後ろ姿を見送ると、達也はシャーリーに向き直って言った。

 

「嫌よ。アタシは寝るために軍に入ったんじゃない。あのクソッタレどもを一機でも多く自分の手で叩き落とすために軍に入った。たいしたことの無い体調不良なんかで、部屋で寝てるなんてあり得ない。」

 

 幾ら説得しようとも絶対に主張を曲げそうに無い鋭さと力強さを増した青い眼を見て、達也は溜息を吐いた。

 オランダはファラゾアからの直接攻撃を受けていないはずだが、ファラゾアに対してこれだけの憎悪を燃やすとは一体彼女の身に何があったのだろうか。一度折を見て聞いてみた方がいいなと思いつつ、達也は説得を諦めた。

 

「分かった。カバーする。無理だけはするな。ヤバいときはすぐに言え。」

 

「諒解。それでこそ相棒。」

 

 シャーリーはニイと笑うと、達也の肩に右手で作った拳をぶつけて、自分の機体に向けて歩き去っていった。

 

 ふと気付くと、周りの整備兵や同じ5339TFSの他のパイロット達がこちらを見ていた。

 リア充爆発しろと、怨嗟の黒いオーラが背後に見える様な気がした。

 さっきのやりとりで男どもの間にかなり敵を作ってしまったな、まずったな、と思いながら、機上チェックのために達也は目の前に下がるラダーに脚を掛けた。

 

 

■ 3.8.2

 

 

 ジリオラ機が高度4000mから急激なパワーダイブを行い、機体を捻りながら高Gの掛かる強烈な引き起こしを行う。

 その間も頻繁に姿勢を変えながら、所謂ランダム機動を忘れない。

 良い腕だ、と思いつつ、達也も自機を操ってその機動に追随する。

 シャーリー機が僅かに遅れ気味だ。

 やはりいつもよりも体調が悪くて無茶が出来ないのか、反応速度が僅かに鈍っているのか。

 引き起こしを一瞬遅らせて大きく旋回し、シャーリーの斜め後ろに付ける。

 アフターバーナーの白い炎を噴いて青い空を目がけて駆け上がっていくジリオラ機との距離が少し開いたが、問題になるほどでは無い。

 シャーリー機からのジェット排気を避けて50mほど離れたところで、上下逆に向いた状態で追従する。

 数十の敵機がこちらに向けて突っ込んでくるのに正対するようにジリオラが向きを変え射撃を行った。

 シャーリーがバレルロールを行ってジリオラの左側に移動しながら、バルカン砲を掃射する。

 その動きに対応し、対称の動きを取ってジリオラ機にたいして反対側の位置を取る。

 前方に五機。

 微妙なラダーと操縦桿の操作で機首を振り、半ば牽制のつもりでトリガーを引く。

 牽制のつもりで放った射撃は見事一機を捉えた。

 更に機首をずらしつつ、タイミングを合わせてトリガーを引く。

 シャーリーが敵を迎え撃つために少し動き距離が離れた。

 シャーリー機の後ろに絡みつくように移動し、彼女が機首を振る反対側から突入しようとしている敵機に一掃射浴びせかける。

 一瞬の後、ファラゾアの群とすれ違う。

 すれ違いざまに更に二機に銃撃を浴びせかけ、一機には確実に命中したのを確認した。

 ジリオラが、最大パワーの鋭角上昇から、ファラゾア機群とすれ違った直後にほぼ失速しながら180度ターンする。

 その機動は殆どクルビットに見える。

 高度を稼いだ為に可能と判断したのだろうが、比較的失速状態(ポストストール)コントロール性の良いヴァイパーとは言え、それだけの事をやってのける技量と、亜音速からの超小径ターンの大Gに耐えている事に驚嘆せざるを得ない。

 フルパワーで上昇する達也とシャーリーの間をすり抜ける様にしてジリオラがすれ違い、パワーダイブしていく。

 

「シャーリー、無理するな。カバーする。」

 

 体調が悪い時に無理をされても困る。

 一つの無理が、その後の行動全てに悪影響を及ぼしかねない。

 そう思っての達也の呼びかけだったのだが、それを無視する様にシャーリー機も急激な小径縦旋回を行う。

 それを見て達也も同様の急旋回を行った。

 旋回半径をシャーリーに合わせる。

 二機がほぼ同時に並んでクルビットもどきをやらかすのは、さぞ見物だろうと、巨人に身体を踏みつけられた様なブラックアウトしかけた大Gのの中で思う。

 シャーリーは多少ふらつきながらもジリオラの後を追う。

 すれ違ったファラゾア機が数機、方向転換しこちらに向かってくる。

 シャーリーが一機を撃破。

 達也はシャーリーのカバーに入りすれ違いざまに二機を撃破。

 ジリオラ機が海面すれすれまで降下し、水しぶきを撒き散らしながら右旋回しつつ再度上昇。

 上昇しながら一機撃墜。

 インメルマンターンの要領で水平飛行に移り増速。

 ジリオラに遅れること数秒、シャーリーと達也もそれに続き同じ行動をとる。

 高度1000で水平飛行に移ったところで、再びファラゾア機に包囲される。

 ジリオラが小半径右ターンしながら銃撃。

 一機撃墜して包囲を食い破る。

 達也はシャーリーより一瞬早く右ターンして、やはり一機撃墜。

 シャーリーは達也の外側をターンする形になり、射撃を外した。

 旋回が終わり、シャーリーが大加速。

 達也はわざと一瞬遅れてスロットルを開け、シャーリーを先行させる。

 シャーリーの機体の軌跡に絡みつく様に周囲をバレルロールしつつ、手近な一機を墜とす。

 ジリオラが待っていてくれた様で、二機ともジリオラ機に追い付いた。

 方位26。

 前方に敵のいない空間が広がっている。

 ジリオラはそのまま加速を続け、一旦戦闘空域を離れた。

 勿論、だからといって気が抜ける訳では無い。

 今日は雲が余り多くない。

 戦闘空域を離れても、ファラゾアの射程内から出た訳ではない。

 

「シャーリー。無理してない? 少し遅れ気味よ。」

 

 小隊内のチャンネルでジリオラが言った。

 

「大、丈夫。そろそろ、本気を、見せるわ。」

 

 レシーバからシャーリーの荒い息づかいが聞こえる。

 どう見ても無理しているのは明らかだった。

 

「全然大丈夫そうじゃ無いんだけど? 補給にはまだちょっと早いけど、一旦引き返すわ。そこでシャーリーは外れて。」

 

「止めて。そんなことしたら、一人で突撃してやる。」

 

 荒い息づかいの中でシャーリーが叫ぶ様にしてジリオラの指示にに抗った。

 

「馬鹿言わないで。死んでしまったら元も子もないのよ。命令よ。引き返すわ。」

 

「タツヤ。アンタあたしの男なら守りなさいよ。」

 

「中尉。このバカは多分ホントにやる。大丈夫だ。カバーできている。」

 

 体調不良で動きの鈍いシャーリーの後ろを付いていくのは苦もないことだった。

 同じ理由で注意散漫になっているシャーリーのカバーエリアを、自分の担当エリアを気にしつつさらに追加でカバーするのは少々骨の折れる話だが、やってやれないことはなかった。

 デルタパックを作っていれば、単機で敵に全周包囲されるより遙かに余裕があるのだ。

 

「はぁ・・・喜ばしいやら、色々腹立たしいやら。タツヤ、頼んだわよ。こんなバカ娘でも貴重な戦力なんだから、死なない様にしてやって。」

 

 ジリオラが呆れた様に溜息を吐き、そのままの呆れ声で達也に言った。

 

「諒解。グリンドル15、グリンドル14のカバーを継続する。」

 

「05、コピー。反転する。付いて来い。遅れるな。」

 

「15、コピー。」

 

「14。」

 

 ジリオラ機は高度を上げつつ大きく旋回した。

 シャーリー機がその後に続き、フォローする様に達也も二機を視野に入れながら旋回する。

 再び前方を埋め尽くすファラゾア機群。

 ジリオラ機のアフターバーナーが白い煌めきを発し、弾かれた様に加速する。

 シャーリーがそれを追い、さらに達也がそれを追う。

 少し崩れた形のデルタパックを作った三機が、フル加速しながら再び戦場へと突入していく。

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 なんか生々しい話を書いてしまった。w

 本話から始まる出撃について書く一連の話は、普段余り書かないところを中心に書いてみようと思います。

 実は格闘戦のシーンも「普段余り書かないところ」に含まれます。

 戦闘ばかり延々と何千文字も書いていると、それを読まされる方も単調で飽きてしまうと思いますので、普段は戦闘は相当端折ってます。


 本当は、格納庫内での飛行前確認や機上チェックなども、チェック項目やその時の動作などの細かいところまで書けるといいなと思うのですが、空自や米空軍に取材した訳でも無し、流石にそこまでは無理です。知識もありませんし・・・物書きが本職だったら取材でも何でもしてそこまで徹底的にやりますが、今は無理っす。

 

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