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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第三章 失うもの、還らぬもの
60/405

7. とある飛行士の一日。 (二日目)


■ 3.7.1

 

 

 デートには全く向かない、色気の無いオリーブドラブに塗られた四駆車のドアを開けて車内に入ると、車内は想像以上に広かった。

 運転席から助手席まで連続したベンチシートは、達也ほどの体格の者であれば、詰めれば五人座れそうな程の幅があった。

 米国での運転免許を持たない達也は助手席に座り、シャーリーが運転席でハンドルを握る。

 シャーリーは朝起きると一度自室に戻って、シャワーを浴びた後に着替えてきたようで、今は赤いタイトなTシャツに細身のジーンズという出で立ちだった。

 それに対して達也は、基地で支給された国連軍らしい黒のTシャツに、青とグレイのデジタル迷彩を施した野戦服のズボンとコンバットブーツという、異性と出かけるには最悪と言って良い格好だった。

 

「アンタねえ。女と出かけるのに普通もうちょっとましな格好して来ない?・・・って、そうか。私物全然持ってないんだったわね。」

 

 兵舎のすぐ近くまで車を回してきて、兵舎から出てきた達也を一目見るなりシャーリーは達也の格好に不満を露わにした。

 

「真っ先に服買いに行くわよ。お金持ってるでしょうね?」

 

「ああ。千ユーロ(EUR)米ドル(USD)に替えてある。」

 

「ん。それだけあれば十分ね。」

 

 ネットワークとそこに繋がっていたありとあらゆるシステムが破壊され、システムによって運用されていたあらゆるものが使用不能となり、システム破壊により百を超える原子炉が暴走してメルトダウンし、電気が供給されなくなった為に工業が壊滅し、原子炉から漏出した放射性物質によって農業も壊滅した米国は、まともな産業の存在しない二等国家以下の存在へと転落した。

 ファラゾア来襲から五年経った今、火力発電所や風力発電所が作られ、米国の産業は回復基調にあるが、それでも世界一の軍事力と経済力を誇ったかつての姿とは比ぶべくも無い没落ぶりであった。

 

 当然その様な国家の通貨が信用される訳など無く、米国壊滅の報が流れた後に米ドルの価値は一瞬で紙くず同然まで暴落した。

 ファラゾア来襲前には1ユーロ(EUR)=1.1米ドル(USD)前後で取引されていた為替は、米国壊滅後一気に1EUR=100USDを超え、世界中の外国為替市場が慌てて1EUR=100USDの固定相場を採用するに至った。

 米国企業や、その他USDにて資産を運用していた団体、個人、或いは国家の資産は、一瞬でその価値が1/100となり、後に「ファラゾアショック」と呼ばれるようになる大恐慌を世界中の経済界に巻き起こした。

 

 達也達国連軍の将兵の給与はユーロ建てで支払われているため、千EUR(現レートで約十二万日本円(JPY))を引き出して現地通貨である米ドルに両替すると、十万USD(現レートで約一千百万日本円(JPY)分)にもなる。

 当然米国内ではインフレが発生している為、今達也が持っている十万USDがそのまま一千万JPY分の価値がある訳ではないが、しかしそれでも米国内では贅沢なデートを十回以上繰り返してもまだ余る金額である事に違いはなかった。

 

 基地内を通るブーゲンビル・ブールヴァードを抜け、サウスウェスト288thストリートを西に進み、ロナルド・レーガン・ターンパイクに合流する。

 片側四車線の車の姿もまばらな広いフリーウェイを、シャーリーは100mphを超える速度で快調に飛ばしていく。

 二人の乗った軍用高機動車は、途中米陸軍が設置した検問で止められた以外は特に何の問題も無く、30分足らずで30マイルほどの距離を走り、マイアミシティの中心部に到達した。

 マイアミ市内を走り慣れた風に迷いも無くシャーリーは車を走らせ、海沿いにある巨大なショッピングセンターの駐車場に車を滑り込ませた。

 数千台の車を駐めることが可能と思われる広大な駐車スペースには、ショッピングセンターの建物の近くに幾らかの車の姿が認められるだけで、その殆どはただの巨大な空き地と化しており、あちこちにゴミや瓦礫が散乱していた。

 

「着いたわよ。」

 

 そう言ってシャーリーはさっさと車を降り、建物に向けて歩き始めた。

 急ぐ訳でも無く達也はシャーリーの後を追いかけるが、前を歩くシャーリーを見ているとその歩き方はどことなく楽しげで、彼女が今日買い物に来るのを楽しみにしていた事がよく分かった。

 ショッピングセンターの入口には小銃を持った米陸軍の兵士が四名立っており、建物の中に入ろうとする者全員のIDチェックを行っていた。

 二人は国連軍兵士であるIDカードを提示したが、カードを見た米兵達は二人のことを胡散臭げに眺め回したり、舌打ちしながら軽く睨み付けてくる者もいた。

 

「あいつらは何が気に入らないんだ?」

 

 カードを返してもらい建物の中に入った後、達也は右に並んで歩いているシャーリーに、先ほどの米兵達の態度について訊いてみた。

 

「あたし達が国連軍の兵士だからよ。昔々世界最強の軍隊だった米軍の兵士達はプライドが高くてね。米軍だけでファラゾアに対抗できるのに、恩着せがましく国連軍が手助けに来ているのが気に入らないのよ。」

 

「何を言っている? 連中だけで対応出来る筈が無いだろう。」

 

 達也は、国連軍兵士達からチキン野郎どもと呼ばれている米軍の振る舞いを思い出しながら言った。

 ここフロリダだけを取ってみても、達也達国連軍の六十機が加わってさえやっと戦線を維持していられる状態であり、戦線を押し返すことなど出来ていないのだ。

 幾ら国連軍よりも新鋭機を揃えているとは言え、米軍だけで戦線の維持が出来るとは思えなかった。ましてや戦線を押し返し、イスパニョーラ島に居るファラゾアを殲滅など出来る筈も無かった。

 

「そう。実際に戦っているあたし達は知ってる。作戦立案している上の方も知ってるでしょ。だけどショッピングセンターの入口を守っているだけの彼等は知らない。」

 

 シャーリーは小馬鹿にした様な言い方で切り捨てた。

 同じ兵士とは言え、敵と直接戦った経験の無い者、ましてや陸軍に所属している兵士の認識などその様なものなのかも知れないと、達也は彼女の言い分に納得した。

 

「アホどもの事を考えてたら気分が悪くなるわ。さ。お買い物、お買い物。」

 

 そう言ってシャーリーは達也の手を引いてショッピングセンターの奥へと突き進んでいく。

 

 そのショッピングセンターは相当大きなもののようだった。

 幅30mはあろうかという通路の両脇には、色々な店が並んでおり、六階まで見えるフロアの真ん中をずっと吹き抜けが突き抜けている。

 所々にエスカレータが渦を描くように配置され、六階まで断続的に続いている。

 また別の所には大きなホールがあり、通路の倍ほどの広さでガラス張りの天井まで続く巨大な吹き抜けの空間を形作っていた。

 

 しかしどのような開放的空間も、南国を主張する椰子の木の植え込みも、外光を取り入れる大きなガラス張りの天井も、その場に澱み漂う違和感を消すことは出来なかった。

 通路に沿って並ぶ様々なものを取り扱う店々は殆どがシャッターを下ろして店を閉めており、明かりの付いていない暗い店舗空間を不気味な大口のように通路に向けて並べていた。

 客の目を楽しませ、フロリダという南国に滞在している事を実感させるであろう、椰子の木の植え込みや壁に描かれた貝殻や魚のアート、明るく暖かな南の海を想像させる色取り取りの珊瑚や海ガメの泳ぐ姿が描かれた通路を歩く客の姿は殆ど無い。

 本来であれば色々なディスプレイに飾られ、何か催し物が開かれ、子供達の明るい歓声が響いているであろうホールは、何も飾られず置かれず、ただ広いだけの空間を曝け出していた。

 南国の空のように明るく通路やホールを照らしていたはずの照明も、必要最低限な数だけが灯され、照明が灯されていない闇のような空間を却って目立たせるだけの結果となっている。

 買い物客のざわめきや、それぞれの店が流すBGMや、噴水を流れる水が立てる水音が賑やかに反響するはずの空間には、シャーリーと達也二人が立てる足音がただ寂しく反響するだけだった。

 

 人が居る筈なのに誰も居ない。明るく照らされている筈なのに濃い闇が澱む。

 基地で働く人々の消費を当てにしてどこからともなく人が集まり、粗末ながらも色々な店を開いて活気があったバクリウの街を見慣れた達也の眼には、そのショッピングセンターは不気味なゴーストタウンにしか見えなかった。

 なまじ建物が大きく立派で、整然と店が並んで綺麗に飾り付けられているだけ、より一層不気味さを強く感じさせた。

 これが現在のアメリカという国、あるいはファラゾアという未知の強大な敵に侵攻されて居住域を大きく失い、経済活動が停滞してしまっている人類の現状なのだ、と思った。

 

 中途半端に明かりが落ちて逆に異様さを強調してしまっているショッピングセンターの中をさらに進むと、前方に明るい場所が見えてくる。

 人が立てるざわめきの様なものや、そのざわめきに混ざって音楽も聞こえる。

 明るい場所に辿り着くと、そこは巨大なショッピングセンターの中央(セントラル)ホールであり、そこだけは設置されている全ての明かりが点灯しており、ホールに面した店の殆どが営業している様だった。

 かなりの数の客も通路を歩いており、このホールだけは往時の賑やかさをそのまま残している様に見えた。

 

 シャーリーは迷うことの無い足取りで、電力不足によって運行停止されていると覚しき、停止したままただの階段となっているエスカレータを三階まで登り、エスカレータ正面に店を出しているメジャーなカジュアルブランドショップに入っていった。

 シャーリーの後ろに付いて三階に辿り着いた達也は、ふと辺りを見回し、自分以外誰も軍服や迷彩服を着ている者が居ないことに気付いた。

 この吹き抜けのエスカレータホールの僅かな空間に皆戦いが無かった頃の日常を求めて集まって来ている、そんな気がした。

 

「ここ、マイアミ市内じゃ結構良い品揃えなんだからね。選んであげようか? 自分で選ぶ?」

 

 店に入ると、シャーリーが腰に手を当ててこちらを向き、達也を待ち構えていた。

 達也は自分で選ぶ、と言いかけて、服を自分で選んだ経験が殆ど無いことに気付いた。

 (プライマリ)学校(スクール)の頃は、母親が選んで買ってきた服を着ていた。インターナショナルスクールに進んでからもそれは余り変わらなかった。

 一度、シヴァンシカに付き合わされて、エリザベスウォーク近くのショッピングセンターで数枚のシャツを買ったことがある。

 家に帰ってからその戦利品を母親に見せると、微妙な顔をされたことを覚えている。

 これは、自分で選ぶよりもシャーリーに任せた方が良さそうだ、と結論を出した。

 

「折角だし、シャーリーが選んでくれないか。特に好みは無い。全面的に任せる。」

 

「ふふ。任せなさい。私がカンペキ(パーフェクト)なコーディネートをしてあげるわ。」

 

 腰に手を当てたまま仁王立ちのシャーリーが不敵に笑った。

 数十分後、達也はこの自分の発言を大いに後悔することになる。

 

 

■ 3.7.2

 

 

 二人の乗った高機動車は、ところどころに椰子の木のシルエットが浮かび上がる地平線に沈んでいく西日に照らされながら、フリーウェイを南に向けて走っていた。

 達也は開け放した窓枠に肘を突き、流れていく景色と、赤く燃え上がるような夕日を眺めている。

 運転席ではシャーリーが機嫌良く鼻歌を歌いながらハンドルを握り、鼻歌交じりとは思えない速度でまばらに走るトレーラーや数少ない一般車を大きなスラロームを描いて追い抜いていく。

 軍用の高機動車にカーステレオなどと云う文化的なものは付いておらず、昔ならローカルのラジオ局が流し続ける音楽と陽気なDJの声を楽しむことも出来たであろうラジオも、今では空電音を拾うだけのガラクタとなってしまった。

 市街地を抜けてからずっとシャーリーが歌い続けている鼻歌だけがドライブのBGMだった。

 

「久々に充実したお休みだったわ。服も買ったし、鉄板焼きも食べたし、クレープも美味しかったし。あのクレープ、5341TFSのクリスから聞いてて、ずっと行ってみたかったんだ。噂通り美味しかったよねー。」

 

 ご機嫌なシャーリーが今日一日を振り返る。

 達也も頭の中で今日一日を振り返ってみて、そして疲れが倍増したような気がした。

 シャツを数枚、ズボンとジーンズを一本ずつ、靴や靴下などの小物も合わせて、達也の服を選ぶだけで四時間近く掛かり、マイアミ市内で未だ頑張って営業を続けている鉄板焼きレストランでステーキと怪しげな日本食の遅い昼食を取った後、今度はまた二時間ほど掛けてシャーリーの服を選ぶのに付き合わされた。

 基地の女性兵士達の間で人気だという、マイアミ空港脇に店を出しているキッチントラックのクレープを食べて英気を養った後、更に場所を変えてシャーリーの服選びは続いた。

 最後に訪れた店で、白地に赤のハイビスカス柄のシャツと、淡い水色に紫の蘭の花がプリントされたシャツのどちらにするか散々悩み倒したシャーリーに付き合わされ、彼女がやっと会計のカウンターに歩いて行った後に残された達也は、疲労困憊の余りその場で床に座り込みそうになる程に消耗していた。

 早番で夜明け前から出撃し、一日の内に三回戦闘空域と基地との間を往復した時の方がまだ気力体力共に余裕があったのでは無かろうかと云うほどに、達也は疲れ果てていた。

 

 連日の出撃で疲れ果てた心と体を癒やしに街に出たのか、更に疲労を蓄積するために買物に付き合わされたのか、良く分からなくなっていた。

 一つだけ確実に言えることは、今日は疲れでぐっすりと寝られそうだ、と云うことだ。

 そしてもう二度と、買物に付き合って休日をまるごと潰して、疲労を更に積み上げる様な事はすまいと達也は心に誓った。

 

「やっぱ一人じゃなくて一緒に買い物すると楽しいよね。その方がごはんも美味しいもんね。また一緒に行こうね。」

 

 たった今固い決意を心に刻みつけたばかりの問題について、不穏な発言をしたシャーリーを見た。

 赤い夕日の明かりを受け、心なしか赤い顔で達也を見ながら楽しそうに笑うシャーリーの笑顔と眼が合った。

 

「・・・・・そうだな。」

 

 シャーリーを見る達也の僅かに引きつった笑顔は夕日をバックにしてシルエットになり、シャーリーがその微妙な表情に気付くことはなかった。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 予告通り、意味不明の矛盾したタイトルにしてみました。w


 ショッピングセンターは現在実際に存在するものでは無く、アメリカっぽい、どーんとデカくて派手で歩いているだけで楽しい、アメリカによくあるタイプのものを適当に想像しています。

 なので、Google地図で幾ら探してもありません。あしからず。

 逆に、電灯が消えていてあちこちに暗がりが有り、妖しげな雰囲気を漂わせている様は、日本以外のアジア地域によくある古い市場の雰囲気を想像しています。

 あの暗がりの奥に入り込んだらそのまま異世界に繋がっていそうで、二度と戻って来れなそうな雰囲気の古くて不気味な市場です。


 ちなみに、アメリカでは商店の駐車場に車を止める際、後ろ向き駐車してはいけません。強盗と間違えられます。強盗が逃走経路を確保しようとしていると思われてしまいます。

 日本だとコンビニの駐車場にわざわざ後ろ向き駐車する人を時々見かけますが、アメリカのコンビニでそれやるとマジで警戒されます。

 ま、流石アメリカというか、どこの駐車場でも日本みたいにちまちま後ろ向き駐車する必要ないだけの駐車スペースと通路の広さが確保してあるので、小回りの利かない前向き駐車でも困ることもないのですが。

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