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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第三章 失うもの、還らぬもの
57/405

4. 語らい


■ 3.4.1

 

 

 遅番で出撃した達也の父は勿論食事をまだ取っていないので、達也達は食堂(キャンティーン)に移動して話をすることにした。

 容器状の凹みを付けたステンレスのプレート上にセルフサービスで盛られた食事を父親が席に持ち帰るまで、テーブルには達也とシャーリーだけが残る。

 

「なんでお前が居る。」

 

「おとうさまにご挨拶をと思って。」

 

「邪魔だ。家庭内のシリアスな話をするんだ。」

 

「大丈夫だよ。」

 

「何が大丈夫なのか意味が分からん。良いからどっか行け。」

 

「貴方のことは全て知っておかないと。」

 

「怖ェえよ。病んでんのかお前。」

 

「普通だよ?」

 

「全然普通じゃねえよ。イカレた奴の『普通』ほど信用できねえモノはねえんだよ。さっさとどっか行け。」

 

「構わないよ、達也。聞かれては拙い様な話をする訳じゃない。」

 

 達也とシャーリーが掛け合い漫才の様な言い合いをしている間に、父親は食事を受け取って席に戻ってきた。

 父親は達也とシャーリーの前に、空いている手の方に持っていたコークのボトルを置いた。

 シャーリーが席を立ち、父親に向けてお辞儀をする。

 

「シャーリー・アーレンベック(Shirley Uhrenbeck)少尉です。タツヤと同じ5339B2小隊に所属しています。お見知りおきを。」

 

 日本風のお辞儀も含めて、シャーリーは極めて真面目でまともな挨拶をした。

 横に座るシャーリーを見る達也の目が、さらに胡散臭いものを見る眼になる。

 

「タケシ・ミズサワ中尉だ。5342A2小隊長だ。君は、見かけたことがあるな。かなり腕の良いパイロットだったと記憶しているが。」

 

「お褒めに与り光栄です。私も中尉のことは存じ上げております。半月ほど前にこちらの基地に転属していらしたと。」

 

 二人の会話から、どうやら父親は最近この基地に転属となり、シャーリーの方はかなり前からこの基地にいたようだという事が分かった。

 それにしてもシャーリーの豹変振りに達也は驚かされ放しだった。

 どうやら彼女が壊れるのは自分の前でだけらしい、と達也は悟った。それ以外のところでは、上官に対して礼儀正しく、そして腕の良いパイロットという事らしい。

 迷惑な話だ、と達也はさらにシャーリーを横目で睨む。

 その視線に気付いたシャーリーがにっこりと笑顔を返す。

 小さく溜息を吐き、シャーリーの笑顔から視線を外した達也が、正面の父親を見ながら言った。

 

「母さんのことを知ってるか?」

 

 どうしても確認しておきたいことだった。例えその答えが、ほぼ想像できているとしても。

 

「生存は確認出来ていない。状況から考えて、ほぼ絶望的だろう。」

 

 (タケシ)は眼の前のテーブルの上に置かれた料理に視線を落として言った。

 視線は料理の上に注がれているが、その焦点は遙か彼方にあった。

 

「どういう状況だったか、知ってるのか。」

 

 父親が人伝に聞いただけなのか、現場の詳細を知っているのかが判らず、達也は毅を見て言った。

 

「ああ。一度見に行った。酷いものだった。認めたくないが、あれは、無理だ。お前も見ただろう。」

 

 視線を上げた毅が答える。

 その目に暗い絶望の色が見えることに達也は気付いた。

 

「見た。あの時、シヴァンシカと一緒に一度アパートメントまで帰った。何もかも最悪の体験だった。二人ともクレーターの脇を離れられなくて、夜中に軍に保護された。」

 

 未だにあの時のシヴァンシカの泣き叫ぶ声が耳に残る。

 声を上げて泣いたのはシヴァンシカだったが、それは心の中の自分の泣き声だったかも知れない。

 

「・・・そうか。シヴィーちゃんはどうした? お前と一緒にラチャブリ難民キャンプに送られたところまでは知っているが。」

 

「元気だよ・・・と思う。難民キャンプで二年ほど暮らした後、シッダースさんが迎えに来た。コルカタの親戚の家に身を寄せると言ってた・・・って、父さん、なんで俺達がラチャブリにいたことを知ってるんだ?」

 

 あの大混乱の中で、何百万もいる難民の内の二人の行方を追跡出来るとはとても思えなかった。

 そして、知っていたのならなぜ迎えに来てくれなかったのかと云う想いも湧き上がる。

 直接的な命の危険は去ったとは言え、生きていくだけで必死の最低な生活だったのだ。

 隣のテントのリディ達一家や、周りのテントに住んでいた家族達の助けがなければ、飢えて死ぬか、犯罪に巻き込まれるか、いずれにしても子供二人だけで生き延びることは難しかっただろうと今にして思う。

 達也の口調が、思わず父親を責めるような雰囲気を帯びてしまったとしても、それは仕方の無いことだった。

 

「迎えに行けなくて、済まなかった。行けなかったんだ。襲撃の後、どうにか家まで帰り着いたが、あれを見て呆然としてしまってな。近くにいた人に、お前達らしき子供二人が軍に保護されたと聞いた。せめてお前達の安否確認をと、軍属の中に潜り込んで、難民名簿の確認までは出来た。ラチャブリまで行く算段を付けていたところで、同じ仕事をしていた他の軍属の人達と一緒に丸ごと徴兵された。軍のその対応は無茶苦茶な話だったが、生き残る可能性がより高い方を選ぶには、仕方なかった。結果的には、何をやってるか分からない事になったが。」

 

 そう言って毅は最後に皮肉に嗤った。

 

 毅はあの日、何度も命を落としそうになりながらも、どうにか翌日の朝には自宅に帰り着いた。そしてそこで、達也達が見たのと同じ絶望的な光景を見てしまった。

 呆然と立ち尽くす毅に、偶々その場に居合わせた近隣の住人から、昨夜遅くに男女二人の子供が軍に保護されたと聞いた。

 毅はその脚で最も近くにあったパヤ・レバー空軍基地の避難民キャンプに向かい、達也達を探すのでは無く、軍属として軍の手伝いをすることを申し出た。

 パヤ・レバー以外にも幾つかキャンプが作られたことを既に聞いて知っていた為、日系商社での長年の経験を基に、兵站物流関連業務の経験を売り込んだのだった。

 一旦避難民キャンプに入れば移動の自由は制限される。逆に軍属として軍の兵站に関われば、避難民に関する情報を手に入れられる可能性が高い。

 

 偶然にも、毅のような軍属は皆難民移送業務に携わることとなり、その業務の中で達也とシヴァンシカの名前を見つけることが出来た。

 二人がタイのラチャブリ難民キャンプに送られる予定である事を突き止め、それを追いかけようとあちこちに手を回していた。

 

 ちょうどその頃、ありとあらゆるところで人手が足りなくなっていたシンガポール軍は、軍属として臨時に雇い入れた民間人の内、優秀な成績を見せている者について国籍は関係なく全て軍籍を与える事を決定した。

 軍籍を与えられた者の内に毅も含まれており、そして軍籍を与えられてしまったからには、軍の指示で動かされることとなった。

 人手が足りない時に、軍籍に移ったばかりの者の退役を軍が許す訳もなかった。

 子供達二人の居場所を知りつつも、毅はその場所に行く事が出来なくなった。

 

 ファラゾアとの激しい戦いの中、大きく損耗するのは航空機だけでは無く、当然それを操縦していたパイロットも同時に激しく失われていく。

 商社に入社して数年後、東南アジア、主にポリネシア方面を担当させられていた毅は、島伝いの移動の不便さを考慮した会社から、水上用事業用操縦士の資格を取らされていた。

 この経歴が、パイロットの資質を持つ兵士を目を皿のようにして探していたシンガポール軍の眼に止まり、半強制的にパイロット適性検査を受けさせられた。

 逆向きではあるが、親子の血は争えないという事か、それなりの年齢であるにも関わらず毅はそのパイロット適性検査に易々と合格してしまった。

 

 戦闘機パイロットとなった毅ではあったが、流石にその年齢から最前線勤務は酷な話であろうと、KL近郊のスルタン・アブドゥル・アジズ・シャー空港に開設された、新兵用のパイロット訓練施設に教官として配属となった。

 新兵が教官として新兵に訓練を施すというのも無茶苦茶な話ではあったが、毅はその役割をどうにかこなして見せた。

 

 戦いが長引くにつれて、前線で負傷した兵達が復帰してくる。

 その中には、前線パイロットとして活躍することはもう無理でも、後方で新人教育をする分には問題無いという傷痍兵も居る。

 前線で戦った経験を買われ、その様な傷痍兵が訓練所に次々と送り込まれてきて、押し出される形で毅は訓練所の教官枠から弾き出された。

 どの様な形であれ、一人でも多くのパイロットを何とか確保したい軍ではあったが、もうすぐ四十歳を迎えようかという毅の扱いには流石に困ったようだった。

 最終的にシンガポール軍は、パイロットを一名出向させたという実績を稼ぐ為に毅を用いる事にしたらしく、晴れて毅は国連軍への出向が決まったのだった。

 

 国連軍へ出向した後、やはり年齢の問題からしばらくは北米での国連軍向けロールアウト機や回収機の回航を担当していたが、フロリダ半島での戦況が徐々に悪化する事でパイロットの補充が間に合わなくなり、戦線を押し戻すどころか悪化する状況に業を煮やした国連軍令部が、どうにかして国力を取り戻したいと焦る米国政府と結託して大作戦「Zombie Strike」を画策した結果、北米大陸、特に南部戦線(フロリダ半島)で本格的にパイロットの数が欠乏する事となり、毅もとうとう最前線送りとなってしまったのだった。

 それが約半月前のことだった。

 

 四十歳を超えている毅にとって、肉体的にも精神的にも多大なストレスのかかる最前線の戦闘機パイロットというのは、相当にきついものだった。

 年齢を重ねているため、精神的な問題についてはまだ比較的対処が出来るものの、年齢とともに衰えていく肉体的なストレスについてはどうしようも無かった。

 ホームステッド基地に配属されて約半月、降り積もる様に少しずつ蓄積していく肉体的な疲労に毅は悩まされていた。

 

「あの、良いですか?」

 

 二人の話を遮る様に、脇からシャーリーが口を挟んだ。

 

「お二人の話を聞いていると、『始まりの十日間』で相当悲惨な体験をされたものと想像つくのですが・・・私の記憶では日本は今でも国土にファラゾアから直接的な攻撃は受けていないと記憶しています。お二人とも、日本人ですよね?」

 

 シャーリーの混乱と疑問はもっともなものだった。

 

「ああ。アーレンベック少尉の疑問ももっともだ。俺達はシンガポールに住んでいたんだよ。俺の仕事の関係で。駐在員というやつだ。達也はシンガポール生まれのシンガポール育ちだ。」

 

 毅はシャーリーを見て、苦い笑いを僅かに浮かべながら言った。

 

「シャーリーで構いません・・・そうですか。シンガポール。」

 

 それきりシャーリーは黙った。

 シャーリーの沈黙の理由は、現在のシンガポールの状態にあった。

 

 達也が所属していた4287TFSなどが参加して実施された作戦「Peninsula Edge」にて奪還されたシンガポールとそこに存在した三空港であったが、「Island Tightrope」作戦にて達也が半ば撃墜され、マニラまで帰還しようと必死で足掻いていたのと同時期、シンガポールは大規模なファラゾアの襲撃を受け、壊滅していた。

 人類が多大な犠牲を払って何とかシンガポールを奪還して約半月、やっと戦勝気分が抜け、多くの日常の業務が徐々に上手く回る様になり始めていた矢先、カリマンタン島を発した約一万機のファラゾア戦闘機群に急襲され、奪還したばかりの三空港を含めてシンガポールは壊滅した。

 地上設置型のGDDによってファラゾアの動きを察知したものの、カリマンタン島からシンガポールまでの1000kmを僅か10分足らずで踏破した百倍近い数の敵の軍勢に襲いかかられては、最前線でこれまで生き延びてきた優秀なパイロット達であっても為す術も無く撃ち落とされ、或いは飛び立つことさえできずに撃破され、護る者のない地上の基地は圧倒的な敵の火力によって瞬く間に融け落ち灰となって壊滅した。

 

 他の多くの事例に漏れず、ファラゾアの大部隊は主に空港を狙って襲撃してきたのだったが、いかんせんシンガポール空軍の空港は市街地に近すぎた。そして、シンガポール島は小さすぎた。

 大口径のレーザーやミサイルが空港に次々と着弾する中、空港周辺の市街地も大きな被害を受けた。

 その様な軍事施設が都市部郊外に置かれた他の一般的な都市であれば、都市部への被害は限定的なものであったかも知れない。

 しかし、軍空港が都市の市街地に埋もれるようにして存在したシンガポールでは、空港という大きな的にきちんと当たった攻撃さえも周辺の市街地に大きな被害を与え、的から逸れた攻撃は直接的に市街地をごっそりと抉り取った。

 

 そしてシンガポールは最終的に、その大半が融け落ち燃え燻るだけの都市の残骸となり、敵によって押し戻された戦線はシンガポール島の北側に引き直されることとなり、地球人類はその支配領域をまた少し失う事となった。

 この戦いで人類はまた、軍人軍属を合わせて約一万人の同胞の命を失った。

 その様なシンガポールの惨状を知っているだけに、日本と同じ様に一度も国土を直接攻撃されたことのないオランダで生まれ育ったシャーリーは、二人にかけるべき言葉を持たなかった。

 

 自分達を包み込んだ気まずい沈黙をどうにかしようと、今度は達也が自分の経験を話し始めた。

 ベドク駅近くでシヴァンシカと共にファラゾアの襲撃に遭遇したこと。列車に乗っての脱出行と、難民キャンプでの暮らし。シッダースがシヴァンシカを迎えに来て、その後軍に入ったこと。そしてバクリウ基地での経験。

 

「達也、お前は人を殺したのか? 自分の意思で。」

 

 毅が笑いを一切含まない真面目な顔で、達也を正面から見据えて言った。

 達也もその視線を外すこと無く、父親の眼を見ながら言った。

 

「殺した。殺さなければ、シヴァンシカの命が危なかった。少なくとも、連中の慰みものにされたか、或いはどこかに売り飛ばされたかしただろう。他に方法は無かった。後悔もしていないし、するつもりも無い。」

 

 毅はしばらく黙ってそのまま真っ直ぐ達也の眼を見つめた後、軽く息を吐きながら言った。

 

「分かった。それについてとやかく言うつもりはない。お前が必要だと思ったのだから、必要だったのだろう。とにかく、言いつけ通り彼女を守ってくれてありがとう。シッダースさんも感謝しているだろう。」

 

「女の子を連れていたんだ。当然のことをしたまでだよ。少なくとも俺はずっとそう教わってきた。」

 

 父親から肯定的な言葉を得た達也は、どこか安心したような表情を浮かべて言った。

 それに対して毅は複雑な表情を見せていた。

 有史以来数え切れない数の戦いを経験してきた人類だったが、今現在戦っている戦争はそのどの戦いとも異なっていた。

 敵が地球の外から攻め込んできたこと。そして、誰も敵を「殺した」経験が無いこと。

 兵士達が破壊しているのはあくまでファラゾアの戦闘機であって、敵兵の肉体では無かった。

 そういう意味では戦時中の今も、人を殺すと云うことに対する兵士達の感情は平時と余り変わりが無かった。「殺人」という言葉に躊躇いがあった。

 

「しかし、皮肉なものだな。お前のためをと思って始めさせたサッカーだったが、まさかゲームの知識と経験の方がお前を生かすのに役立つとは。世の中、何が上手い方向に転ぶか分かった物じゃ無いな。」

 

 父親が皮肉な嗤いを浮かべるのを目にして、達也はその言葉を訂正した。

 

「父さん、違う。確かにそれはあるけれど、ガキの頃にサッカーで付けた体力が役に立っている。あれがなければ、戦闘機パイロットとしてやっていけなかっただろう。だから父さんには感謝してる。」

 

「ガキの頃、か。そう言えば達也、お前は何歳になった?」

 

「十八歳。」

 

「そうか。もう十八か。確かに、もう大人だな。」

 

 そう言って毅は笑った。

 どこか寂しげな印象を受ける笑いだと達也は思った。

 

 二人ともふと我に返り、辺りを見回した。

 戦いから還ってきたパイロット達の食事時間は既に終わり、キャンティーンの中には彼等の様に食事が終わった後も話を続けている数組の兵士達が残っているのと、地上勤務兵が僅かな人数食事を摂っているだけだった。

 

「今日はこのあたりにするか。明日も出撃だ。生きてさえいれば、明日も会える。」

 

「そうだね。疲れているのに引き留めて悪かった。」

 

「お前は余り疲れていないように見えるな。」

 

「若いからね。連日の出撃なんてのはもう慣れてしまった。」

 

 そう言って父子は笑って別れた。

 笑いながら達也は、父親の笑顔に暗く影を落とす疲労の色が気になった。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 シャーリー、こんな性格じゃなかったはずなのに。

 よく異世界モノに出てくる、戦士系脳筋の赤毛の姉みたいな自分勝手で理不尽な女、という性格設定をしていたはずなのに。

 動き始めるとまるで、冒険者ギルドで出会った女二人パーティーの不思議ちゃんの方、みたいな性格になってしまいました。

 たまにこういう事が起こります。

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