3. 再会
■ 3.3.1
誘導路を戦闘機が、空を舞っているときとは比べものにならないゆっくりとした速度で次から次へと走行していく。
滑走路の端まで到達した戦闘機達は、一機また一機と暗い夜空に向けて飛び立っていく。
場所は違えども、見慣れた出撃の光景だった。
眼の前でシャーリー機が炎の尾を引いて暗闇の中を駆け上っていった後、達也の離陸順が回ってきて、そしてこれもまた慣れた手順で滑走路上を加速し、満天の星が瞬く夜空に向かって加速していく。
月明かりの中にシルエットを浮かび上がらせる編隊に接近し、ぼんやりと光る編隊灯を頼りに合流する。
達也の機体の位置は5339TFS十五番機、右側最後尾となる。
全て見慣れた出撃の手順と風景だが、ホームステッド基地上空で旋回し集合する国連軍の部隊は、これまで達也が見かけることの無かった特徴を持っていた。
バクリウ基地では各部隊は多少の型式の差異こそあれ、基本的には一部隊全てが同じ機種で統一されていた。
派生型とは言え、F16V2で構成された4287TFSのなかで四〇式零改(F2 kai type40)を駆っていた達也が例外的存在だったのだ。
ところがこの基地は違った。
達也が所属する5339TFSも、続いて離陸してくる5340TFSも、飛行隊長機と中隊長機はF15Cであり、小隊長や古参のパイロット達はF16Eを使用していた。そして達也を含めた一番下っ端の少尉クラスが旧式のF16Cに乗っている。
一つの部隊の中で機種が異なる事がファラゾアとの格闘戦においてどれ程不利に働くものなのか達也には経験が無かったが、とりあえず見てくれは余り美しくないな、と自分の前方をシルエットの異なる機体が入り交じって飛ぶ様を見ながら達也は思っていた。
ホームステッドを飛び立ち、方位15に進路を取って約300kmほど進むとキューバ島北岸に達する。
キューバ島北岸に達したところで針路を方位04に変更する。
この頃になると東の水平線ははっきりと明るくなり、空も東側半分が青く昼間の色に変わってくる。
キューバ島北岸に沿って400km進めば、現在ファラゾア側との制空圏の境界域と言われているサンチアゴ-アクリンズ線に到達する。
達也は戦闘前の高揚と不安を感じつつ、GDDを搭載した四十式零改の探知能力を思い出していた。
ファラゾア降下地点があるとされるサン・クリストバルまで直線で約600km。
GDDを搭載していれば、既に迎撃に動き始めているであろうファラゾアの集団を探知できる距離だった。
しかし今乗っているのは、新兵として配属されたときと同じF16Cに20mmガトリングガンポッドを搭載しただけの機体だった。勿論、GDDなど付いていない。
普通ステージが進めば、ゲームならば自機がアップグレードされるか、或いはパワーアップするものだが、現状はむしろ初期装備にパワーダウンしている。
そう言えばパラワン島でほぼ撃墜されていたのだった、と思い出した。
成る程確かに、撃墜されれば自機のパワーアップ状態は初期状態に戻るのもセオリーだ。
ならば仕方が無い。撃墜されない様にしなければならないな、と達也はヘルメットとマスクの下で皮肉な嗤いを浮かべた。どこかにパワーアップアイテムでも転がっていれば良いのだが。
撃墜され、自機を失わない様に。
そして自分の命と、仲間達を失わない様に。
これはゲームでは無い。現実だ。自機も自分の命も、予備が二つあったりはしないのだ。
「敵機確認。高度10(10,000ft)まで降下。」
すぐ眼の前で揺れるジリオラ機のテールを見ながら、益体も無い事を考えながら飛行していると、無線封鎖を破って指示が飛んだ。
隊長機はF15Cだ。元々大型のボディを持つF15であれば、火器誘導モジュールを取り払った後に色々なセンサーを搭載することが出来、探知能力を高めることができる。
胴体内スペースに余り余裕の無いF16ではできない改造だった。
もしかすると隊長機はGDDも搭載しているのかも知れなかった。
先頭を飛ぶ隊長のF15Cが翼を左に捻って降下を始めた瞬間、L1小隊二番機が右翼の付け根から火を噴き、右翼をもぎ取られたF16Eは酷い錐揉み状態になって落下し始めた。
どうやら先頭の隊長機が狙われたものの、偶然撃たれた瞬間にロールしたお陰で隊長機は被弾を免れ、代わりL1小隊二番機が犠牲になった様だった。
「全機ブレイク! ブレイク! 降下しろ! 敵の攻撃だ! もう届くのか。クソ、デカいのを持った奴が混ざっていやがるぞ。」
編隊が一斉に散開する。
脇でもう一つ爆発が起こる。
達也は、緊急ブレイクの為、隊長機とは反対側に急激にロールしたジリオラ機を追う。
二番機の位置をキープしながら、小隊長機の急激な進路変更や人間が耐えられる限界に近い機動に追随するのは慣れていた。
機首をほぼ真下に向け垂直降下して行くジリオラの後方100mほどの位置をキープする。
パナウィーとは違い、まだ隊長機の機動の癖を掴んでいない為、余り接近して密な編隊を組むのは危険だった。
ちらりと後方を確認すると、数百mも離れた所をシャーリーの機体が必死で追いかけてくるのが見えた。
強い陽光を受けて白く輝く低層雲の中に突入する直前にジリオラ機が機首を引き起こし始める。
無線封鎖が解除されたことで使える様になったレーダーからの情報を頼りに、墜落警報がうるさく鳴り響く中、ジリオラ機後方100mを保ちつつ同様に引き起こす。
雲を下に抜けると、一瞬で波打ち際が目の前に迫る。
高度300mで水平飛行に移った。
シャーリー機はさらに地面に接近したところでギリギリ引き起こしに成功し、二人の後ろに付ける。
「ちょ、ちょっと、ま、待って。なんて、き、機動してるの。」
荒い息づかいのシャーリーの声がレシーバから聞こえてくる。
「死にたくなければ、付いてこい。」
シャーリーが乗っているのもF16C。達也と同じ様にガトリングガンポッドを懸架している。
条件は全く同じだ。
米軍が不要と判断した旧型の機体を次々と回される国連軍の最前線では、バクリウ基地配属当初に達也が取った手段と同様に、弾数不足を補う為に20mmガトリングガンポッドが多用されていた為、達也も必要なガンポッドをすぐに手に入れる事が出来た。
達也もそのガンポッドを装備してきている。
F16CをF16V/V2並みに改造するというのは手間もかかり難しく、前線基地の整備用ハンガーを使って小手先技で出来る様な改造では無い。
結局どこの基地においても、残弾数の問題を抱える機体にはガトリングガンポッドを装備させるという対処に落ち着く様だった。
重心を機体中央部に残したままでいられるコンフォーマルタンクに較べて、両翼に1t近いガンポッドを懸架すると明らかに旋回性が低下する。
しかしそれでも、十回も撃てばすぐ弾切れになるたった千発程度の弾数しか搭載していない胴体内バルカン砲だけを使うより遥かにましという結論と結果(実戦での生存率)に基づき、ガトリングガンポッドが多用される事となった。
前線兵士達にしてみれば当然のことだった。
弾が無くなれば戦えない。ただ逃げ回るだけの標的でしかない。
波立つ珊瑚礁とミントブルーのラグーンに縁取られた、白い波打ち際を三機は低空で飛び抜ける。
三機が通り過ぎた後には、砂煙が立ち、水の飛沫が舞い、背の高い椰子の木が衝撃波にもみくちゃに揺らされ、その葉が千切れて舞う。
風景をのんびりと眺めている余裕など無いが、しかし常に周りに視線を飛ばして突然の襲撃を警戒する。
左にやっと追い付いてきたシャーリーの機体が並ぶ。
それを視野の端に捉えた達也は、ああ、久しぶりだな、とマスクの中で薄らと笑う。
「敵機確認。カウントダウンの後、仰角70で突き上げる。遅れるな。」
地上にいるときの少し優しげな物言いに較べて、有無を言わさない鋭く固い声でジリオラが指示を下すのがレシーバから聞こえる。
達也の機のレーダーサイトにも敵機を示すマーカーが映っている。
相変わらず、世界中どこでも呆れるほどの数の敵だ。
「仰角70引き起こし用意。3、2、1、今。」
ジリオラのかけ声とともに操縦桿を引く。
腹に巨人の脚を乗せられた様な衝撃がかかり、一瞬息が出来なくなる。
まるで砂浜を蹴って大空へ駆け上がっていくかの様な三機は、一瞬で雲を突き抜けた。
前方に青い空が広がる。
そこに無数の銀色の点。
よりどりみどりだな、と達也は笑う。
■ 3.3.2
キャノピーを開けると、滑走路上を吹き渡る風がコクピット内の蒸れた空気を吹き飛ばし、かなり涼しくなった。
それでも日差しは強い。そもそも吹き込んでくる風が、滑走路のコンクリートで熱されていて既に熱い。
すでに夕刻と言って良い時間だったが、辺りが涼しくなるにはまだ少しかかりそうだった。
「お疲れさまです。異常はありませんか?」
ラダーを登ってきた整備兵の声が聞こえた。
声の方に顔を向けると、達也と同年代の白人の男が心配そうにこちらを覗き込んでいた。
ヘルメットも取らずに背もたれに身体を預けて大きく息を吐いていた達也の行動を不審に思った様だった。
「問題無い。被弾もしていない筈だ。古い機体だがどこにもトラブルは無かった。よく整備されている。有難う。」
「いえ、問題無ければ良かったです。」
そう言って整備兵は笑った。
整備兵が飛び降りるのに続いてラダーを踏んで機体から降りる。
地面に足を付けてからヘルメットを取った。蒸れた頭に外の空気が気持ち良い。
激しい空戦機動と、低空の暑い空気でヘルメットの中に負けないほど全身汗まみれだった。
数ヶ月ぶりになる激しい戦闘で、少々身体がだるく感じた。
達也は隣に駐まったシャーリーの機体を避けて、その向こうに駐機しているジリオラの機体に向かった。
こちらも既に地上に降りて整備兵と言葉を交わしているジリオラと眼が合った。
さらに二言三言整備兵と言葉を交わしたジリオラが、肩辺りで切りそろえた巻き毛の金髪を風に揺らせて、笑いながら近付いてくる。
「やるじゃない。後ろにピタリと引っ付いて来て全然離れないなんて。お陰で後ろを余り気にしなくて済んで助かったわ。」
「バクリウではそういう戦い方をしていましたから。」
ジリオラが驚いた様に少し眼を見開く。
「戦闘中に密集編隊を組んで? 相当腕が良くないと出来ない芸当だけれど、向こうではそういう戦い方が主流なの?」
「主流・・・では無いと思います。俺の所属していた小隊の小隊長がそれを要求したのです。確かに俺のいた小隊のスコアは、他の小隊に較べてかなり良かったですね。」
「それは、編隊を組んでいたからスコアが良かったのか、戦闘中に密集編隊を組める腕のパイロットが揃っていたからスコアが良かったのか、どっち?」
さて、どっちだろう、と達也は首を傾げる。
そう言われてみれば、ジリオラの言うとおりだった。
「分かりません。言われてみれば、三人とも基地でトップクラスの腕前でした。」
「両方なのかな。編隊を組めば安全性も攻撃力も増すだろうし。戦闘中編隊を組んだままでいる為には、それなりの腕も求められるだろうし。当然・・・」
ジリオラの視線が横に流れるのに気付いた。
同時に後ろから誰かが走る足音が近付いてくる。
当然シャーリーだろうと思って特に反応しなかった達也だったが、突然後ろから衝撃を食らい、背中に重い物がのし掛かった。
「何よあれ、アンタ。」
シャーリーの行動の全てが意味が分からなくて声のした方に顔を向ける。
くっつくほど近くにシャーリーの顔があった。
「何の話だ。」
「ジリオラのすぐ後ろにずっと付いて。驚くほど絶妙なタイミングで周りの敵を墜として。どこで習ったのよあんなの。補充兵がこんなに強いって聞いてない。」
「バクリウでやってたのをそのままやっただけだ。誰かに習った訳じゃない。いいから、暑いから離れろ。」
「やだ。気に入った。」
「やめろ暑い。」
そう言って達也は右肘を振ってシャーリーを払いのけようとするが、シャーリーは一層強く腕に力を込め、より暑くなっただけだった。
「見ているこっちが暑苦しいわ。汗を流して食事に行きましょう。」
溜息を吐いたジリオラがうんざりした顔で言った。
どうやらシャーリーの奇行は今に始まったことではないらしかった。
結局ロッカールームで無理矢理突き放すまで、シャーリーは達也にしがみついたままだった。
最初はちょっと可愛い女の子が引っ付いて来て嬉しい気持ちも少しばかりあった達也だったが、二人分の装備重量と体重を汗だくになって引きずって歩く重労働に、ロッカールーム前では半ば本気でシャーリーを投げ捨てた。
すれ違う者は皆見て見ぬ振りを決め込んでいた。
やはりシャーリーの奇行はいつものことらしい。
バクリウ基地の急ごしらえでナイトマーケットのフードコートの様な屋外のスペースでは無く、エアコンの効いた屋内のちゃんとした食堂で食事を終えた後、達也は一度格納庫に顔を出す事にした。
特に何か問題があった訳ではないのだが、自分の命を預ける機体を整備してくれている整備兵達に顔を見せて、少し話しでもしておいた方が良いだろうという考えだった。
明日も夜明け前から出撃しなくてはならない。
大規模な作戦が始まったことで連日出撃するパイロットも疲労困憊するだろうが、それはサポートする整備兵も同じだった。
今日は何の問題も無く基地に戻れたが、不調を抱えていたり、被弾して破壊されたりした機体を、夜を徹してでも翌日の朝までに万全な状態に戻さねばならないのが彼等だ。
労を労い、顔見知りになっておいて損は無かった。
シャーリーは相変わらず達也に纏わり付いていた。
達也が暑いと何度も払いのけたので、流石にもう抱きついてくる様なことはしなかったが、とりとめのない話をしながら、エプロンの端を歩く達也の横に並んで歩いていた。
辺りは既に暗くなり始めており、食事を終えた頃から基地に帰り着いた遅番の部隊がひっきりなしに着陸している音が聞こえていた。
エプロンを歩く達也の視野の隅で、今もまた一機、無事帰投してきた機体がゆっくりと着陸する。
駐機スペースに止めた機体から降りて来たパイロット達が、ある者は仲間達とふざけ合いながら、またある者は疲れた顔で重い身体を引きずる様にして、達也とすれ違いエプロンを歩いて行く。
シャーリーの話に相槌を打ちながら歩く達也の前方から、疲れた体を引きずる様にして一人の男が歩いてくるのが見えた。
シャーリーの話に気を取られ、特に気にすること無くそのパイロットとすれ違ったが、後ろから突然声をかけられて達也は立ち止まった。
「達也?」
聞いた事のある様な声・・・いや、懐かしい声だった。
呼び止められ後ろを振り向いた達也の記憶に、まるで鐘を打ち鳴らしたかの様にその黒髪の男の顔が強く響く。
「・・・父さん?」
達也の前に立つのは、五年の間に色々な苦労をしたであろう事を思わせる、達也の記憶の中にあるものよりも少し年老いて、疲れの色が濃く見える父親の姿だった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
次々と登場人物が死にまくる本作で、なんとカタストロフを生き延びたサバイバーが!!
やったぜ父ちゃんさすがだぜ。