表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第三章 失うもの、還らぬもの
55/405

2. フロリダ


■ 3.2.1

 

 

 26 February 2040, Homestead USAF Base, Florida, United States

 2040年02月26日、米国フロリダ州、ホームステッド空軍空港

 

 

 空から見ると、ホームステッド空港は小さな空港だった。

 たった一本しか無い滑走路と、軍の空港らしく滑走路長ほどにも達する長く広い駐機スペース。

 東に数kmほど進めば珊瑚礁に囲まれた海に達し、滑走路の南東の方角にはココ椰子やキャッサバなどを植えているものと思われる農園が広がる。

 

 その南東側の農園を大きく切り崩し、滑走路と空港施設の拡張工事を行っている様だった。

 北西から南東へ延びる滑走路は既に舗装も終わり、新たに造成された駐機スペースに止まっている戦闘機の姿も見える。

 今は追加の武器庫や兵舎などの周辺施設の建築に移っている様だった。

 

「来たか、ミズサワ少尉。」

 

 着陸後、駐機場に機体を止めて整備兵に引き渡し、エプロン脇の管制塔の隣に建つ真新しい建物で着任を報告すると、しばらく待たされた後に少佐の階級章を付けた白人の男が外からやってきた。

 男はゲルトナー少佐と名乗り、達也が所属する5339TFSの飛行隊長であると言った。

 付いてくるようにと言ったゲルトナー少佐に続いて建物を出て、芝生と広葉樹に囲まれた歩道をしばらく歩くと、少佐は少し古びたまた別の建物に入っていく。

 

 建物の中はエアコンが効いており、建物の一階を端から端まで抜ける廊下の右手には外が見える窓、左側には幾つかのドアが並んでいる。

 開け放たれた一番手前のドアを少佐に続いてくぐると、部屋の中に居た男女合わせて十数名の兵士達が、部屋に入ってきた自分の方を向いていることに達也は気付いた。

 ざっと数えて、少佐と自分を入れて十五名。

 今この部屋の中に居るのが、この基地で自分が所属することになる5339戦闘飛行隊のメンバーなのだろうと思った。

 

「全員居るな。じゃ Program "Zombie Strike" (ゾンビストライク作戦)について説明する。ミズサワ少尉・・・タツヤでいいな? タツヤもその辺に適当に座ってくれ。転校生の紹介はまた後でやってやる。」

 

 そう言ってゲルトナー少佐は、達也が今立ち尽くしている辺りに幾つか散らばっている椅子を指し示した。

 数人の兵士が振り返ったのと眼が合った。

 少佐に言われたとおり、達也はすぐ右側でこちらに背を向けていた椅子の向きを変えて、皆と同じ方向を向いて座った。

 少佐が立つ部屋の前に向かって座った達也は、壁にフロリダ半島と中米地狭部を含めて、メキシコ湾からカリブ海に至る地図が、少佐の後ろの壁に貼られているのに気付いた。

 ああ毎度のあれだな、と達也は思い、慣れ親しんだやり方に微妙な安心感を感じる。

 コンピュータやネットワークが、ごく限られた場所でしか使えない「貴重な資源」である今、世界のどこに行こうと結局似た様なやり方に落ち着くのだろう、と思った。

 

「新たに配属された者がいるので、簡単に全体概要をおさらいする。ファラゾアが降下定着したのはここ、イスパニョーラ島、ドミニカ共和国内のサン・クリストバル近郊だ。サン・クリストバルから東に僅か20kmの位置に、ドミニカの首都サント・ドミンゴが存在する。」

 

 そう言って少佐は、イスパニョーラ島南部中央辺りに、赤い円のマグネットシートを貼り付けた。

 イスパニョーラ島の西半分はハイチだ。

 成る程それでこの作戦名か、と達也は納得した。

 

「現在、西インド諸島戦域は我々国連軍と米国軍である程度の押さえ込みが出来ており、このサンチアゴ-アクリンズ線で戦線が膠着している状態にある。」

 

 そう言って少佐は赤い直線上の磁石シートをキューバ島東部に斜めに貼り付けた。

 

「但し、ファラゾアの押さえ込みが出来ているのは我々がいるこの北側だけだ。南方のカリブ海方面、西方のメキシコ地狭部方面については、人類側に有力な航空戦力が存在しないため、ファラゾアのパラダイスとなっている。」

 

 少佐は一旦言葉を切り、全体を見回し、そして最後に達也を見た。

 視線が合った達也は、理解出来ていることを示すために軽く頷く。

 

「メキシコ湾上空の制空圏は一応我々人類側にあると考えられているが、かなり怪しい。中米地狭部は近付かない方が良い。南米大陸は、もう無理だ。」

 

 少佐は皮肉な嗤いが少し混ざった様な、あきらめ顔で言った。

 米国という巨大な軍事力に頼り切っていた北米から中米にかけての地域は、その米国という巨人が半身不随になっている今、ファラゾアの侵攻を抑え込むことが出来ないのだった。

 

 同様に米国の軍事力を頼りにしていた、或いは米国頼りでは無くとも自前で充分な空軍戦力を揃える事が出来なかった南米各国は、ファラゾア来襲後短期間でその殆どが敵の制空圏下に置かれていた。

 ファラゾア来襲後五年経過した現在、南米大陸に生活していた五億を超える人々の大半の生存は絶望視されていた。

 

「ゾンビストライク作戦(プログラム)は幾つもの小作戦(オペレーション)で構成されているが、それらは都度説明する。また、ゾンビストライク作戦についても、明日の午前中に全体説明会が行われる。今行っている説明は、明日の全体説明をより確実に理解してもらうための予習だと思ってくれて良い。

「幾つか、ちゃんと覚えてないと直接命に関わる事柄があるからな。お前等、ちゃんと覚えておけよ。」

 

 そう言いながら少佐は、青い磁石を五つフロリダ半島上に、赤い磁石を四つイスパニョーラ島上に貼り付けた。

 

「ゾンビストライク作戦に使用される基地は主に五つ。ここホームステッドと、マイアミ、ハリウッド、オーパ・ロッカ、それからパームビーチだ。中でもここホームステッドは最も前線に近く、フロリダ半島方面に駐在する国連軍部隊の殆どがこの基地に展開する。俺達が本当の最前線を任された部隊だ。誇りに思ってくれ。」

 

 そう言って少佐は少し皮肉に笑いながら全員を見回した。

 その皮肉な嗤いが全員に伝染する。数人、不機嫌に顔を顰める者もいた。

 

「分かっているだろうが、バハマとアンドロスタウン、ピンドリング、キーウェストは引き続き緊急着陸用の予備空港扱いだ。機体破損時の緊急着陸には使っても良いが、迎えが来るにはしばらくかかる。週に一回の送迎シャトルバスが来るまで待たされる。

「キューバ島の各空港には基本的にピックアップは無い。もしキューバに降りたら、自力で地上を移動してファン・グアルベルト・ゴメス空港に向かうこと。ゴメスに着いたらしばらくサバイバルだ。迎えは週に一回だ。頑張って生き延びてくれ。」

 

 少佐はフロリダ周辺の空港について説明を行いながら、次々と緑色の磁石を置いていく。

 緑の磁石の数はかなりあり、フロリダ半島周辺を覆っていた。

 東南アジア方面で作戦を行っていた達也は、その空港の多さに少々驚かされた。

 これが「元」先進国、世界最大の経済大国の航空交通かと感心した。

 東南アジア方面には、これほどの密度で空港が存在する地域は無い。

 

 その後もゲルトナー少佐の講義は続いた。

 

「ようし。だいたいこんなものかな。最後に簡単にゾンビストライク作戦そのものについて触っておく。」

 

 補給や配備を含めた周辺の状況や、これまでの戦闘から得られた情報など、色々と説明を終えた少佐は地図の前を離れて、一番前に置いてあった椅子の背もたれの上に逆向きに腰掛けた。

 

「当たり前のことだが、この作戦の最終目的はイスパニョーラ島を占領するファラゾアどもの殲滅と、地上施設の破壊だ。ここは従来と変わっていない。」

 

 そう言って少佐は少々気障な仕草で、手に持っていた×印の磁石シートを地図に向けて投げた。

 シートは上手くイスパニョーラ島の上に張り付き、赤い磁石が一つ落ちた。

 

「今回わざわざデカい作戦名を付けたのは、これまでの戦いで損耗した将兵や装備を一度キッチリと整備してリセットし、さらに兵力も追加した上で、フロリダ方面に展開する全軍を集中的に投入して戦線を一気に押し上げ、あわよくばイスパニョーラ島に到達して敵を殲滅せんとするためだ。

「イスパニョーラ島に到達して敵を殲滅、基地を撃破というのは、まあ、少々夢と希望に溢れた大目標だが、少なくとも今回の作戦で戦線をキューバ島の向こう側に押し戻したいと皆考えている。

「ダラダラと戦っていても損耗が重なっていくだけだ。俺達はもう、色んなものを失いすぎた。頻繁にスクランブルに駆り出されるのもうんざりだ。ここでひとつ奴等に一発キツいのをお見舞いして、当分あの島の中に引き籠もっていてもらおうって腹だ。」

 

 流石にこの発言に対しては、皮肉な嗤いを浮かべていた隊員も、不機嫌な顔をしていたものも一様に頷く。

 

「機体の整備状況については、各自ハンガーで聞いてくれ。出撃スケジュールは、明日の全体説明会の後に発表する。それと、最後になったが補充兵だ。タツヤ。」

 

 名前を呼ばれて達也は椅子から立ち上がった。

 

「タツヤ・ミズサワ少尉だ。長くベトナムのバクリウ基地でカリマンタン島のファラゾアと戦ってきた経験を持つ。俺達と同じ、ずっと最前線で生き残ってきた。補充兵として何の不足も無い、頼れる奴だ。15番機、配属はB2小隊、ジリオラの下に付く。シャーリー、慣れないうちは面倒を見てやってくれ。タツヤ、もういいぞ。

 

 少佐が達也に向けて軽く手を振る。達也は再び椅子に座った。

 

「ゾンビストライクの作戦名は、何回ぶん殴っても数が減った様には見えないファラゾアどもを、今度こそはぶっ飛ばすという意味と、逆に俺達の方は何回やられても絶対立ち上がって奴等に噛み付いてやる、という両方の意味を含めてある。ま、場所も場所だしな。

「作戦名の通り、墜としても墜としても次から次へと沸いてくる奴等に一発キッツイのを食らわしてやるのと、何があっても皆生きて還ってきて、何度でも奴等をぶん殴りに行くぞ。各自の奮戦を期待する。

「以上、Program "Zombie Strike" 全体説明会の前のお勉強会だ。質問がある奴は?」

 

 特に誰も口を開かなかった。

 

「オーケイ。聞きたいことがあればいつでもオフィスに来てくれ。では、以上、解散。」

 

 ガタガタと椅子を鳴らして隊員達が起ち上がり、部屋を出て行く。

 達也に軽く挨拶をしていくものも居る。

 達也から少し離れた所に座っていた二人の女が、他の隊員の流れに逆らって達也に近付いてくる。

 

「ミズサワ少尉? B2小隊長のジリオラ・スキャーヴィー中尉よ。宜しく。」

 

 達也は差し出された右手を握り返す。

 黄色みの強い波打った金髪と、灰色の理知的な眼が印象の強い女だった。

 

「シャーリー・アーレンベック少尉。」

 

 もう一人、濃い茶色の髪とアイスブルーの眼をした女が、怒っているのかと疑りたくなる様な無表情で右手を差し伸べてきた。

 

「シャーリー、とりあえず兵舎に案内してあげて。一通り案内が終わったら詰所に連れて帰ってきて。やってきていきなり大規模作戦だから、飛ぶ前に色々お互い話しておかないと。」

 

「諒解。タツヤで良いわね。行くよ。」

 

 そう言ってシャーリーは踵を返し、後ろを振り返ること無く歩き去る。

 達也はジリオラに軽く敬礼すると、慌ててシャーリーの後を追う。

 ジリオラは軽く苦笑いしながらそれを見送った。

 

「アーレンベック少尉・・・」

 

「シャーリー。いちいち少尉なんて付けられるのは好きじゃ無い。」

 

 一度も後ろを振り返ることなく自分のペースで歩いていくシャーリーに追い付いた達也が名前を呼びかけたが、それを訂正された。

 ファーストネームで呼べと訂正してくるくらいなのだから、下手に丁寧な口調にすると怒り出すのだろうと思った達也は、かなり砕けた調子で話しかけた。

 

「兵舎に案内って、ここの兵舎は男女別じゃ無いのか?」

 

 シャーリーが突然立ち止まった。

 

「そんな訳無いでしょ。バカなの? 毎晩乱交パーティーになるわよ。女性兵舎は男子禁制だけど、男性兵舎はそういう制限が無い。だから私も入れる。」

 

 それでは結局意味は無いのではないかと達也は思いつつ、再び早足で歩き始めたシャーリーの後ろを付いていく。

 

「アンタ、荷物は? 格納庫に先に回った方が良い?」

 

 また突然立ち止まったシャーリーが達也の方を向いて言った。

 異動の際に私物をヘルメットバッグに入れて持ち歩く者も多い。

 ヘルメットバッグはコクピットのシートの後ろに放り込むため、それを先に回収するかと彼女は訊いているのだった。

 ぶっきらぼうで表情もなく乱暴な物言いをする彼女だが、案外優しい性格をしているのかも知れないと達也は思った。

 

「私物は無い。大丈夫だ。」

 

「無い? なんで? 普通私服とかあるでしょう。」

 

「無いんだ。フィリピンで墜とされてな。そのままこっちに転属の命令を受けた。ベトナムの自室にあった私物は全て処分してもらった。」

 

 シャーリーはしばらく達也の顔を眺めた後言った。

 

「アンタ、変わってるわね。」

 

 お前には言われたくないよ、と、再び振り向いて早足で歩き始めたシャーリーの後を追いかけながら達也は思った。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 なんかこの男、南国リゾートの渡り鳥と化してますが。

 次はハワイです。 (嘘

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 「兵舎に案内って、ここの兵舎は男女別じゃ無いのか?」  シャーリーが突然立ち止まった。 「そんな訳無いでしょ。バカなの? 毎晩乱交パーティーになるわよ。 男女一緒ではないのか?…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ