1. カリフォルニア
■ 3.1.1
25 February 2040, North Island NAVY Base, San Diego, United States
A.D.2040年02月25日、米国、サンディエゴ、ノースアイランド海軍基地
カリフォルニアの空は、その名前から受ける印象の通り雲一つ無い晴天で、濃い青色の空に太陽が眩しく輝いていた。
だが残念ながら目の前が海だというにも関わらず、同じくその名前から想像する様な色とりどりのパラソルが林立する白いビーチや、明るく軽快で心が浮き立ちそうな音楽や、ダイナマイトボディの水着美人などどこにも一切見当たらず、代わってグラマラスな潜水艦の黒光りする外皮が陽光を反射し、コンクリートで固められた岸壁の上をフォークリフトと大型トレーラーが走り回って辺りに砂埃を撒き散らしていた。
達也は日本海軍の潜水輸送艦(潜輸)CSS-2008「はやしお」の搭乗ハッチから甲板に出ると、頭上から照りつける太陽の強い日差しと海面からの照り返しを同時に受け、眩しそうに眼を細めた。
二週間以上に及ぶ艦内生活で眼がすっかり艦内の明るさに慣れてしまっているところに、カリフォルニアの晴れた空から降り注いでくる陽光は強烈過ぎた。
接岸前に同室の台湾空軍兵士から教わって胸ポケットに準備していたレイバンを抜き取り、そのティアドロップ型のサングラスが眼前を覆うことでやっと眩しさを感じなくなった。
パナイ島で自分の乗機を失った達也は、島伝いにマニラへと自力で戻った。
民間の通信手段がほぼ壊滅している現在、携帯電話やその辺りの公衆電話から基地に連絡を入れて迎えを要求することは出来なかった。
サバイバルキットに入っている救助用信号機を作動させる訳にもいかなかった。
電波の発信はファラゾア機を呼び寄せる可能性があった。
多くの住民が暮らしているパナイ島にわざわざファラゾアを呼び寄せる事など出来ない。
ファラゾア降下地点の近くで細々と生きていって居る住民達の命と生活を脅かすことになりかねず、そもそも自分の命が危険にさらされる可能性もある。
サバイバルキットに忍ばせていた人民元紙幣を使って、陸上はトラックなどに便乗させてもらうか場合によっては自分の足で歩き、島と島の間は燃料が手に入らないと船を出すのを渋る漁民に金を与えて隣の島まで送り届けてもらった。
千トン近い大型船はファラゾアの攻撃対象になるが、漁民が漁に使う様な小さな船はさしものファラゾアも無視するという事は広く知られている。
島渡り(Island Tightrope)という作戦に失敗して、帰りは別の方法で島渡り(Island Hopping)するとは思わなかった、と達也は苦笑いしたものだった。
一月ほどかかってマニラに帰り着き、ニノイ・アキノ空港の国連軍事務所に出頭したとき、達也は自分の名前がMIA(作戦中行方不明者)のリストに載っていたことを知った。
そして4287TFSの全員が、同じリストに名を連ねていることも。
報告の為基地司令に呼びつけられた時、他の4287TFSのメンバーはすでにほぼ死亡は確定として扱われていると基地司令から告げられた。
輸送機の帰りの便に便乗し、広州白雲空港に到着したところで米国への転任の指令を受け取った。
バクリウ基地に残してきた僅かな私物は赴任先に転送するか、或いは廃棄することを選択する様にとの指示だった。
難民キャンプから入隊して、新人訓練が終了した後そのままバクリウに着任したのだ。
取っておきたい様な大切な私物などあろう筈も無かった。達也は迷わず廃棄を選択した。
米国に渡るには主に日本か台湾と米国の間を定期的に往復している輸送潜水艦で移動するのが一般的な移動方法だった。
民間の旅客機など飛んでいるはずもなく、また丸腰で機動力の無い輸送機で太平洋を横断する様な無謀な補給線が構築されるはずもなかった。
広州からホーチミン行きの列車を手配しようとしていたところを急遽変更して、台湾行きの補給便を捕まえて飛び乗った。
高雄から基隆まで列車で移動し、基隆港で翌日出港する予定の日本海軍の潜輸を捕まえて、頼み込んで便乗させてもらったのだった。
ノースアイランド海軍基地にも国連軍の事務所はある。
いわゆる「始まりの十日間」の間に、当時地球上最大の軍事国家であったが為に米国がファラゾアから受けた徹底的な攻撃によって、東部沿岸工業地帯および五大湖周辺工業地帯とその周辺の穀倉地帯に深刻な放射線障害を抱え、農業製品、工業製品に欠乏する米国東部を支援するための多量の物資がこのサンディエゴに陸揚げされる。
それは民需用の物資だけでは無く、北にシャマタワ、南にサンクリストバルという二つのファラゾア降下地点を抱えつつも、その戦線を独力で維持する事が出来ない米国に駐在する国連軍への補給物資も同様にここサンディエゴ港に陸揚げされて、陸路で遙かフロリダ半島やスペリオル湖沿岸地域に向けて送り出されるのだ。
その様な大量の物資を捌くために、このノースアイランド海軍基地内に設けられた国連軍事務所はかなりの規模を有していた。
事務所のレセプションに座っている女性兵士に来訪目的を告げると、建物の三階にある兵站部に向かう様言われた。
レセプション奥の階段を三階まで上りオフィスのカウンター越しに再度来訪の目的を告げると、五分ほど待たされた後に書類を脇に抱えた女が現れた。
女は航空機配属課のメレディス・クールソン少尉と名乗った。
「これが機体受領の書類です。こことここにサインして下さい。」
広州で達也が受け取った指令には、サンディエゴ・ノースアイランド基地で機体を受領した後、ダラス・フォートワース空港で着陸給油し、マイアミのホームステッド基地に向かえというものであった。
ペンを受け取り、受領証の文章に目を走らせていた達也は、受領機体詳細一覧表に目を留めた。
「F16C? EやVではなくて?」
達也は眉を顰め、書類から視線を上げてメレディスを見た。
「はい。C型になっていますね。正確にはF16C block 50Dタイプです。」
メレディスは自分の手元の書類を見て、事務的に返答した。
「冗談だろう? 何でそんな旧型なんだ。死ねと言ってるのか。そんなヴィンテージモデルでファラゾアと戦える訳がないだろう。V型か、せめてE型に替えてくれないか。」
バクリウ基地に着任したときにはC型に載って、ガンポッドを搭載して戦っていた。
C型でもどうにかならないことはない。
だが、他に生存の可能性が高い手があるのならば、そちらを選ぶのは当たり前のことだ。
「手配指示はF16Cで承認されています。実機も既に本基地に回送されています。書類にサンして機体を速やかに受け取って下さい。格納庫スペースも無限にある訳じゃないんです。」
木で鼻を括った様な対応をしたメレディスに対して、達也は手に持っていた書類をカウンターの上に投げ出し、不機嫌そうに顔を睨んだ。
「ふざけるな。弾数もない、推力も無い、前以外はろくに見えない、そんな機体に乗って前線に行けなどと、墜とされろといっている様なものだ。アンタは俺に死ねと言っているのか。」
「私にそんな事を言っても知らないわよ。私は指示された機体を正規の手順に従って受け渡そうとしているだけ。」
うんざりとした表情のメレディスは先ほどまでの事務的な口調から一転、砕けた口調になって反論してきたが、その内容がさらに達也の神経を逆なでする。
「あんた自分が何言ってるか考えろよ。アンタが何も考えずに事務的に仕事をすることで、一体何人の兵士が死ぬと思ってんだ?」
「そんな事言ったって、私には・・・」
「どうした。何か問題か。」
メレディスの言葉を遮って、国連空軍の制服に少佐の階級章を付けた男が横から話に割り込んできた。
どうやらカウンター越しに徐々に激しくなっていく達也とメレディスの言い合いを聞きつけて、メレディスの上司が出てきた様だった。
「どうしたもこうしたも無い。この書類を見てくれ。俺が受け取る機体はF16Cになってる。パワーと機動性と搭載砲弾数が生死を左右する戦いだ。これは無いだろう。俺に死ねと言っている様なものだ。」
話し始めてから、相手が少佐であることに達也は気付いた。
最前線に居たときのやり方のままろくに敬語など使わずに話してしまったが、もう今更だ。
最前線を渡り歩いていること、こっちが本気で頭にきていることを相手に知らせるにも、このままの口調を続けた方が良いと達也は覚悟を決める。
話に割り込んできた少佐も一瞬僅かに顔をしかめたものの、特に怒鳴り始める様なこともない。
「少尉、席に戻って良い。私が対応する。」
少佐から云われて、一瞬達也を睨み付けるとメレディスはカウンターを離れ、すぐ脇の自席に戻っていった。
「さて、ミズサワ少尉。君が言いたいことはもっともだしよく分かる。だがどうしようも無いんだ。この大陸にいる限り我々国連軍は米国から航空機を購入するほか無く、そして米国から国連軍に売却される航空機の殆どは旧型機だ。新型機は米軍に優先して納品されている。我々に回ってくるのは彼等のお下がりだ。」
「新型機を寄越せと言ってやれば良いだろう。自国の軍の兵士が可愛いのは分かるが、それじゃまるで自国軍の兵士には死んで欲しくないが、国連軍の兵士は死んでも構わないと言っている様なものだ。」
多分本当にそう考えているのだろうな、と達也は思った。
戦いを数字だけで考えている奴は多分そうだ。
勿論そう云う仕事の奴がいなければ戦いが回らない事は達也も理解しているが、実際に前線で消えていく数字の側に立たされる身にしてみれば堪ったものではない。
ましてや、不良在庫か老朽化品の廃品処理に付き合わされて命を落とすなど冗談ではなかった。
「勿論言っているさ。だが供給元は向こうだ。こっちがいくら抗議しようとも、無い袖は振れんと云われれば引っ込むしかない。ああ、キャンディ、さっき在庫リストを出力していただろう。ああ、それだ。ちょっと貸してくれ。」
少佐は脇にいた別の女性兵士に話しかけると、数枚の紙を受け取った。
「これが今現在、我々が君に提供可能な機体の全てだ。嫌味でも当て擦りでもなく、最前線帰りのパイロットの目から見て使えそうな機体があればそれに取り替えて良い。」
少佐が差し出してきた紙を受け取り、達也はそこに打ち出されているリストに目を落とす。
そのリストには、空軍機であるF16CやF41Aと、海軍機であるF18AやF35Bが混在して並べられていた。
リストの上から眺めていくが、確かに使えそうな機体は無い。A4やF4などと云った、まるでどこかの博物館の在庫を引っ張り出してきた様な、どう考えても対ファラゾア戦など不可能な旧式機も含まれていた。
逆に旧式機でも能力の高いF15などは一切含まれていない。
腐っても米軍。よく分かっている、というべきか。
リストを最後まで見た達也は深い溜息を吐く。
「これで全部なのか?」
「そうだ。これで全部だ。今日現在でこの大陸上にある我々の自由になる全ての機体がそこに載っている。嘘偽り無しだ。」
多分、達也が受け取る予定の機体もそのリストの中に名を連ねているのだろう。
格闘戦能力や整備性、それに扱い易さや慣れなども考慮して、どう考えてもF16Cが最良の選択の様だった。
「・・・分かったよ。アンタを信用する。F16Cで良い。無いものを寄越せと言っても仕方ない。」
「ライトニングやエストックもあるが? 最新鋭機だぞ。」
「要らない。あんな重鈍な機体。身を隠す能力ばかり高くて殴り合いに弱い機体など使い物にならない。」
「センサー類の能力はかなり高いと聞いているが?」
「無意味だよ。ファラゾアの眼はもっと良い。」
「・・・成る程な。それが最前線兵士の評価か。参考になった。コイツは? ライノだ。」
「悪くない。シアー(アドヴァンスド・ホーネット)ならそっちにした。だが、ライノじゃな。今時センターの操縦桿は無い。長時間作戦は肩が凝る。操作もし難い。」
「では、最初のお勧め通りF16Cという事で良いか?」
「ああ。悪かったよ。20mmガトリングポッドは手に入るか?」
思いも寄らない質問を受けた、と云った風に少佐は片眉を上げて達也を見た。
「ここには無い。前線に行けばあるだろう。重くて運動性が落ちるぞ。」
「仕方が無い。少々運動性が落ちようとも、すぐ弾切れになるよりはマシだ。分かった。着任してから向こうで請求する。」
達也は最初に渡された受領書にサインし、少佐の方に押し出した。
「あんたの名前を聞いておきたい。」
「ロヴィーギ。コーニリアス・ロヴィーギだ。」
達也は一歩下がり、敬礼した。
「お手伝い戴き、感謝致します。少佐殿。」
コーニリアスは笑いながら達也に返礼した。
「書類はこれでいい。機体は十二番格納庫に用意してある。」
達也は頷くと踵を返し、階段を降りていった。
コーニリアスは軽く溜息を吐くと書類を整え、先に自席に戻っていたメレディスに渡した。
「宜しいんですか? 一週間も待てばボーイング製のF16V2初ロット機が入って来るという話でしたが。」
すぐ脇の席に座っている、キャンディと呼ばれた女性兵士が振り返って言った。
コーニリアスはキャンディと眼を合わせると、軽く肩を竦めて何も言わずにオフィスの奥に向けて歩いて行った。
その姿を見てキャンディもすぐにこの件に対する興味を失い、モニタに向き直って自分の仕事に戻った。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
事務屋さんに喧嘩を売ると、陰湿に嫌がらせをされるというお話しです。
・・・嘘ですゴメンナサイもうしません。
ライトニングなどの第五世代はステルス性を重視しているため、探知能力等を引き去った格闘戦能力そのものでは第四世代の改良型には敵わない、として書いていますが。
あちこちでその手の比較をしたサイトを見かけますが、実際のところどうなんでしょうね。
しかしそろそろ第七世代(対ファラゾア特化型)の新型機を出さないと、ヴァイパーばかりではいい加減飽きてきますね。