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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第二章 絶望と希望
51/405

37. 喪失


■ 2.37.1

 

 

 それはまるで、白い小さな針が森の中から無数に吹き上がってくるようにも見えた。

 避けようとも、見て避けられる様な数と密度ではなかった。

 とにかくできる限り投影面積を小さくして、当たらないことを祈りながら安全なはずの海上に向けて逃げる。

 海上が安全だという保証など無い。

 だが敵は森の中に隠れていた。

 海上には姿を隠す物など無い。

 ファラゾアは水中が苦手という話だった。

 旋回するすぐ脇で真っ白な火球が発生したのが見える。

 ファラゾアのミサイルの近接信管はかなり「緩い」。

 爆発したのは、ミサイルがほぼ直撃したからだろう。

 いずれにしても、直径100m近い白熱した火球を伴う爆発など、直撃だろうが近接だろうが、当たれば生きていられるはずもない。

 僅か数kmの筈が、海までが限りなく遠い。

 爆発の衝撃波が機体を激しく揺さぶる。

 スロットルはMAXの位置にずっと押し込み続けている。

 いつもは骨が軋む様な大加速なのに、今はやけに加速が鈍い。

 またひとつ、銀色の針が残像を残して眼の前を通り過ぎる。

 地面を見る。

 紫色の円と、その中心に小さな白い点。

 点が一瞬で大きくなり、まるで機体を掠めるかの様にして上空に昇っていく。

 発射地点に大型の銀色の影。

 ヘッジホッグ。

 知識としては知っていたが、実際に見るのは初めてだった。

 ミサイルキャリア。

 二十発ずつ程のミサイルを、同時に三方向に発射可能。

 ランチャーに格納されているミサイルを撃ち尽くしても、もう一回分リロード可能。

 ミサイルばかりを気にしていると、大型のレーザー砲で狙い撃ちにされる。

 中央アジア辺りの戦線では、コイツに待ち伏せされてバタバタと墜とされていると聞く。

 葉の密度の濃いキャッサバ畑の中や、密林の中に隠れていた様だった。

 海上でクイッカーとやり合っているのとは、戦い方が根本的に違う。

 海岸線はまだか。

 爆発の衝撃波が腹の中を突き抜ける様にして機体を震わせる。

 永遠にも思えた僅か数秒が過ぎ、機体が海岸線を越えた。

 眼下にはミントブルーの珊瑚礁。

 右眼の前にリアビュー映像を表示させる。

 無数の紫の小円で埋め尽くされた後方視界。

 中に幾つかある太い輪郭の円はヘッジホッグ本体か。

 ミサイルが追ってくる。

 数十発、或いは数百発か。

 一発でも食らえば命は無い。

 僚機の事を気にしている余裕など無かった。

 まず自分が生き延びる。

 それだけを考えて操縦桿を捻る。

 こうなってしまっては作戦続行はあり得ないだろう。

 余分な荷重である増槽タンクと対地ミサイルを全て放棄する。

 ミサイル群は一度上昇した後、こちらを追尾する動きに入っていた。

 追尾の緩いファラゾアミサイルらしく、一度大きく上空にオーバーシュートしており、後方斜め上から襲いかかってくる。

 右バレルロールで一群のミサイルを躱す。

 何発か海面に着弾して、巨大な火球を幾つも発生する。

 生じた火球にミサイルが突入し、さらに爆発が大きくなる。

 衝撃波が後方から襲いかかり、機体が激しく振動する。

 左ロールから急ターン。

 爆発。

 衝撃波を機体の腹に受けて、弾かれた様に吹き飛ばされる。

 急旋回などとは較べもにならない程のGが、腹を蹴られたかの様にのし掛かる。

 至近での爆発を立て続けに受け、ミサイルの弾体の破片だろう、主翼のあちこちが撃ち抜かれてささくれ立っている。

 まだだ。まだ飛んでいる。

 さらに高度を下げる。

 バンクしたキャノピーから見える海面の波が、手を伸ばせば届きそうだ。

 再度バレルロール、そして急ターン。

 後方視界が爆発の炎と水しぶきで覆われる。

 GDDの紫色のマーカーは、爆発の向こうを飛ぶミサイルも探知できる。

 左後方から三発。

 左にバンクして急旋回。

 翼端が海面を掠めそうだ。

 後方から衝撃波。

 キャノピーの何箇所かに、弾体の破片で削り取られた傷が見える。

 左から二発。

 右旋回。

 一瞬、白い爆発衝撃波に呑まれかけた。

 後方から聞こえる異音。

 明らかにエンジンの調子が悪くなっていっている。

 タービンブレードが何本か折れているかも知れない。

 発火するなよ、と歯を食いしばりながらスロットルを全開の位置に押し込み続けて保持する。真後ろに四発。

 しかしこれ以上の加速は出来ない。

 着弾する寸前のタイミングで右バレルロール。

 上下逆さまになった世界で、頭のすぐ上を青い海が高速で流れていく。

 機体が横から殴りつけられた様な衝撃を受け、独楽の様に吹き飛ばされた。

 翼から空気が剥がれ、コントロールを失う。

 回転する機体のすぐ近くを、何本もの白い影が勢いよく通り過ぎるのを、レッドアウトする視界の隅で捉えた。

 ハーネスが腹と肩に食い込んで激痛を発している。

 通常の何倍もの時間を掛けて、機体の回転が収まった。

 荒い息を吐き、激痛に顔をしかめながらも達也は操縦桿に力を込める。

 右ロールし、右旋回しながらすぐに機体を水平に戻す。

 機体の動きも渋くなってきた。

 水平になった機体の上下を挟む様にしてミサイルが通過していく。

 右旋回。

 針路を方位15へ。

 少しでも島から離れる方向へ。

 後方で爆発。

 水しぶきが飛んでくる。

 主翼にさらに新しい穴が空く。

 再び衝撃波に翻弄され、海面に打ち付けられそうになるのをギリギリ回避する。

 そこに再び爆発。

 後ろから弾かれ、下から煽り上げられ、大量の海水をかぶる。

 それでも高度を上げるわけには行かなかった。

 高度を上げれば、上下からの挟み撃ちになる。

 上から来るミサイルは海面に突っ込むが、下から来たものは再度突入してくる可能性がある。

 

 達也は被弾や衝撃波による破壊で徐々に動きが渋くなっていく機体を必死で操りながら、海面ギリギリを右へ左へとミサイルを避け続けた。

 後方から追い縋ってくるミサイルがなくなった事を確認できたときには、パラワン島は既に遙か彼方に霞み、水平線の下に殆ど隠れていた。

 

 パラワン島から既に150kmほど南東の方向に離れ、達也は単機でスールー海上空1500mを飛んでいる。

 辺りに他に機影は無い。

 翼はあちこちに穴が空いてささくれ立っており、右のフラッペロンは歪んで殆ど動かなくなっている。

 コンフォーマルタンク上に設置されていたカナード翼は、左は根本からもぎ取れ、右は半ばから折れ曲がって動作しない。

 エンジンは常に異音を発し、まるで今にも止まってしまいそうな酷い振動を絶えず伝えてくる。

 異常燃焼が続いているのだろう。ジェット排気は明らかに黒い煙を含んでいる。

 垂直尾翼もラダーから上が折れており、ラダーも動かなくなっているのを、まだ奇跡的に生きている姿勢制御システムとエンジンの推力偏向パドルを使って、無理矢理安定させている状態だった。

 

 こんな状態で敵に見つかれば確実に墜とされる。

 一切の電波を発するわけにはいかないので、他に生存者がいるかどうか確認する事も出来ない。

 しかし、レンズが塩をかぶって見えにくくなっている光学シーカーを使って先ほどから観察している限りでは、この周辺の空域に他に空を飛んでいる者は居なかった。

 現実的に考えて、待ち伏せされ不意打ちされて、数百を超える大量のミサイルに囲まれた状態で、他に誰か生き延びているとは思えなかった。

 F16V2に較べ大推力、高機動力を誇る四十式零改を、「天性の異常な才能がある」と訓練兵時代から教官を驚愕させた達也が操る事で、そしてそこにさらにかなり大量の幸運が加わる事で、ズタズタの満身創痍になりながらも何とか逃げ出せたのだ。

 他の誰かが、同じ様に逃げ出せているとは、とても思えなかった。

 

 僅か数時間前まで翼を並べていた仲間達が、今はもう誰も居ない。

 一時間と少し前、共に増槽タンクに寄りかかって話をしていたパナウィーとアランが居ない。

 いつも左前方を先導していた、暗赤色の「皇」の文字が描かれた垂直尾翼と、左を見ればこちらを見返してきていた黒に近いカラーリングのヴァイパーは、もうその位置に居ない。

 

 揺れる度に軋み音を発し、歪んで繰舵系がまともに動かなくなった動きの鈍い機体と、絶えず異常な振動を伝えてくるエンジンを抱え、島影さえ見えない空を達也は一人飛んでいた。

 

 一時間ほどかかってパナイ島に到達した。

 速度を上げようとすればエンジンが咳き込む様に不調を訴え、高度を上げようとしても同じだった。

 無理をさせた分だけエンジンの調子が悪くなっていく。無理をさせなくとも、時間とともに異音が増えているのも明らかだった。

 信用できるのかどうかさえ分からない燃料計は、残り二割を切っていた。

 とてもマニラまで飛び続ける事など出来ないと判断した達也は、パナイ島に到達すると同時に視認した、海岸沿いにある小さな地方空港に着陸する事を決めた。

 

 ビーコンも出ていなければ、滑走路灯もない。勿論、誘導管制などあろう筈が無い。

 一度だけ上空を旋回して、滑走路上に異物が存在しない事を確認した。

 進入する方位を決定し、目視だけで高度を下げていく。

 難しい事ではない。何百回も行った作業だ。空港が変わろうと、やらなければならない事に変わりは無い。

 

 着陸脚を降ろすと、機体の姿勢が大きく乱れた。

 まだ奇跡的に働いている姿勢制御がその乱れを補正し、僅かな時間の後に水平状態へと戻る。

 徐々に高度が下がり、地面に手が届く程に見える。

 滑走路端を過ぎ、砂の浮いた滑走路に向けて機体を降ろした。

 ギアが接地する衝撃。

 これでもうこれ以上落ちる事は無い。

 

 と一瞬の安堵も束の間、機体が右に大きく傾いた。

 斜めになった機体の右翼先端が滑走路に擦れて火花を散らす。

 右着陸脚が脱落したか、或いは最初から出ていなかったか。

 咄嗟に両足の間にある黄色いイジェクションハンドルを力任せに引いた。

 正常に動作するのか不安がよぎったが、火薬ボルトが動作してキャノピーを吹き飛ばす。

 一瞬の後、頭部保護器がヘルメットを固定し、射出座席下部のロケットモータが点火して、達也の身体はシートごと上空に放り出された。

 すぐにパラシュートが開き、減速しつつシートと達也の身体が離れる。

 

 独楽の様に回った機体が浮き上がり、裏返って機体上面から再び滑走路に叩き付けられて爆発し、そのまま燃えながら滑走路上を滑って行くのを、着地する前の一瞬の間に達也は見た。

 

 背中に固い地面があった。

 見上げる空が青かった。

 これで仲間達と、そして自分の機体までも、何もかも全て失ってしまった。

 怪我をしてどこかが痛いというわけではなかったが、達也はしばらくの間そのままの状態から動けなかった。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 少し短いですが、蛇足な部分を余りダラダラ付けるのもなあ・・・という事でここで切りました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後に主人公の心情をあまり書かなかった事 読み終わった後の余韻がすごかった
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