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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第二章 絶望と希望
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36. Operation "Island Tightrope"


■ 2.36.1

 

 

 ニノイ・アキノ空港を飛び立った後、すぐにルバング島上空で方位18に転針。

 ブスアンガ島上空を通過した後に方位20にさらに転針した。

 南シナ海とスールー海の境界であるカラミアン諸島の島並の上空を、高度3000mでゆっくりと通過する。

 田園地帯からの泥の微粒子を濃厚に含んだ川が流れ込むことで、常に泥の色をしているバクリウ南側沿岸の見慣れた海に対して、今眼下に見えるカラミアン諸島の海は限りなく青く、珊瑚礁によって形成された白い砂浜が透けて見えるラグーンの淡い青と、その外側の吸い込まれそうな深い青との色合いは、美しいの一言ではとても言い表せないほどに感動的な光景だった。

 

 ファラゾアが居なければ、多分南海のアイランドリゾートして賑わっていたであろう何棟ものコテージが森に呑まれ始めて居るのが見える。

 ラグーンに綺麗に配置されていたであろう水上コテージは、通路となる橋が所々崩壊して落ち、コテージ自体も朽ちて崩れかけているものが幾つも見えた。

 人が作った構造物は、ファラゾア来襲後僅か数年という短い年月で既に崩壊し始め、自然に飲み込まれ始めている。

 

 それに対して、緑の熱帯樹林に覆われた島、島を縁取る白い砂浜、砂浜から続く淡いエメラルドグリーンのラグーンと、それを取り巻く紺碧の海。

 自然による造形はその姿を何も変えることなく、いやむしろ人が居なくなったことでより美しい元の姿に戻りつつ、全体としては何も変わらない姿を眼下に果てしなく広げていた。

 

 達也はその足元をゆっくりと流れていく美しい景色を眺めながら、自分自身の存在と活動を真っ向から否定する様な考えを抱いていた。

 突如襲いかかってきたファラゾアという強大な敵と死力を尽くして戦い続ける人類だが、例えその人類がいなくなろうともこの風景は変わらないのだろう。

 地球という星をファラゾアが破壊するのでない限り、人類がこの星に住んでいようが居まいが、いやむしろこの星を削り埋め立て様々な物を設置する人類がいない方が、この地球という星本来の美しさはいつまでも続いていくものなのだろう。

 自分達は「地球を守る為」と言いながら戦っているが、人類が勝とうが負けようが、そもそも人類が居ようが居まいが、地球という星の存在とこの美しさには何の変わりもない、いやむしろ、人類など居ない方がこの星本来の美しさを取り戻すのだろう。

 

 勿論、だから人類など居ても居なくても、勝っても負けても変わりない、などと云うつもりなどさらさらなかった。

 この星の上に生まれ、そして意識を持ち、自分が生きているという事を自覚して、自分という存在を認識している以上、その自分の命と存在を脅かそうとする存在、即ち敵とは戦い続ける。

 例えそれがどれ程の力を持ち自分の力がそれに遙か遠く及ばなくとも、自分を消そうとする干渉には、命続く限り抗い続ける。

 地球を守る為ではなく、地球上の人類を守る為、突き詰めれば自分という存在を守り生き抜くために自分は戦っているのだ、と、ミントブルーのラグーン上で朽ちかけ半ば沈没しているクルーズ船を眺めながら、達也は己の戦う意味を強く自覚した。

 

 視線を前に戻せば、前方数十mには暗赤色の「皇」の文字が描かれた垂直尾翼が風を切り揺れている。

 左には他の僚機よりもひときわ暗い、黒に近いグレーで塗装されたF16V2。

 その前後には、アランの機体よりも少し明るいグレーのグラデーションで塗られた4287TFSの所属機が他に十二機。

 4287TFSに所属する十五機の内四機は、しばらく前に補充で入ってきたばかりの新兵だった。

 

 通常の陽動任務よりも明らかに危険度の高い攻撃隊としての作戦に、新兵を参加させることは当初ツァイ少佐がかなり難色を示していたが、最前線ではその様な事を言っている余裕は無く、結局はいつその様な大作戦に新兵を投入しても大した変わりはないとのアウ・ズオン中佐の判断で、その不幸な新兵四人は今達也達とともにリナパカン海峡上空を飛んでいる。

 

 達也とアミールが4287TFSに配属されたのは一年と少し前であり、その時には当然二人とも右も左も分からない新兵だったのだが、今では4287TFSの十五人の中で古い方から数えた方が早いパイロットとなっていた。

 即ち、たった一年の間に彼等よりも長い経験のあるパイロットが七人も命を落としたのだった。

 さらに言うならば、その僅か一年と二ヶ月の間に達也達よりも後に配属され、そして先に消えていった新兵も六人居る。達也達と同時に配属されたチャン少尉も含めるならば、こちらも七人だ。

 

 4287TFSだけで七人。

 バクリウ基地全体では四十人近い新兵達が、新兵の呼び名が取れるよりも前に空に散っていった。

 バクリウ基地だけでなく、同じ事が世界中に数十ある最前線の基地で起こっているはずだった。

 各国軍や国連軍が、パイロット、特に戦闘機パイロットとしての適性を持つ新兵を躍起になって確保しようとしているのも当然と言える損耗率だった。

 

 パラワン島北端に到達した。

 エル・ニドの街並みを右手眼下に眺めながら、無数の小島とラグーンに彩られたシャークフィン湾からタイタイ湾に抜ける。

 さらに南下し、パラワン島南岸に出る。

 グリーンアイランド湾上空で針路22に転針すると、程なくツァイ少佐の機体が高度を落とし始めた。

 幾つもの巨大なラグーンが特徴的なホンダ湾を右手に見ながら大きく旋回し、プエルト・プリンセサの市街地に真東の海上から針路27にて接近する。

 エメラルドグリーンの珊瑚礁の向こうに、不自然に直線的な人工物が見え始めた。

 補給地点の、プエルト・プリンセサ空港だった。

 4287TFSと、フィリピンからの4465TFSおよび4466TFS統合部隊ともに、速度を落としてプエルト・プリンセサ市街上空1500mで着陸待ちの旋回に入る。

 

 着陸待ちの間に地上を観察する。

 道路上のあちこちに車や横倒しになった二輪車が放置されており、街が通常の状態でないことは見て取れる。

 バクリウの街とは異なり、市街地に人の姿が見当たらない。

 死んでしまったのか逃げ出したのか。

 そんな中、空港だけは滑走路や誘導路、エプロンにも、着陸して補給するために障害となる様な物は一切見当たらなかった。

 よく見ると、エプロン脇の緑地にガラクタの山が幾つか出来ていたり、大型の民間機がエプロンの一番端であり得ない向きで停機したりしているのが分かった。

 先入りして空港を使える様にしてくれたという、日本海軍の陸戦隊の仕事だろう。

 

 しばらく市街上空を旋回した後に、達也達4287B1小隊の着陸順が回ってきて、パナウィーを先頭としたデルタ編隊は滑走路を東側から侵入し、デルタ編隊を保ったまま着陸した後に、ごく短い誘導路を通ってエプロンに駐機した。

 駐機した後に整備兵が機体に取り付き、簡易点検を始める。

 三十機もの戦闘機がギッシリと駐機したことで混雑する中を縫って、給油用のローリーが近づいて来て給油が始まった。

 

「市街地に人が居なかったな。」

 

 軽食にと手渡された包みの中からサンドイッチを取りだして頬張るパナウィーに、達也は言った。

 何かあればすぐに自機に駆け付けられる様に、小隊の三人は、パナウィー機と達也機に挟まれる様に駐機しているアラン機の下の影で日差しを避けながら待機していた。

 三人並んで、胴体直下の増槽タンクに身体を預けて座り、サンドイッチをぱくついている。

 

「居なくなったらしいよ。」

 

 大きめの紙コップからコークを飲みながらパナウィーが言った。

 ストローやプラスチック蓋などは全て航空燃料を精製するのが優先で、石油化学製品は絶対に必要な部分を除いて殆どこの地上から姿を消した。

 だがなぜか、コークの6リットルPETボトルは残っている。

 多分、絶対に必要な物だったのだろう。

 

「居なくなった、って? どこかに逃げるにしても、島から脱出するには船か航空機が必要だろう。それともジャングルの中に隠れているのか?」

 

 達也はサンドイッチを口に運ぶ手を思わず止めて、パナウィーの方を見た。

 

「違う。ホントに居なくなった。どこに行ったか分からない。死体も無い。住民全部三十万人くらいが消えた。近くの町や村合わせるともっとか。ファラゾアが連れ去ったんだろうって言われてるけど。ある日気が付いたら誰も居なかった、って。」

 

「なんだそれ。連れ去る、って、どうやって?」

 

 街一つ、三十万人と言えば凄まじい人数だ。

 

「そんなのアタシが知るわけ無いじゃない。ファラゾアに聞きなさいよ。」

 

 確かにその通りだ、と思って達也は口をつぐんだ。

 辺りを見回し、視野に入ってくる市街地が、急にえも言われぬ程不気味なゴーストタウンに思えてきた。

 

「そもそも連れ去ってどうするってんだよ。」

 

 達也は独り言のつもりで呟いた。だが、それに二人は反応した。

 

「昔のTVドラマで、食料にするってのあったよな。」

 

「止めてよ怖い。せめて奴隷にするとかにしといてよ。」

 

「人間奴隷にしてもコスト見合わねえって。運ぶのに生かしておかなきゃいけねえ。機械式のロボットの方がお得だろ。」

 

「カリマンタン島で土木工事とか。輸送コスト要らない。」

 

「どこのエジプト文明だよ。ピラミッド建ててんのかよあいつらは。」

 

「バベルの塔は? 軌道エレベータ。」

 

「有り得ねえ。軌道エレベータって実はコスト最悪なんだぜ? 化学ロケットよりゃマシ、ってだけで。維持費とか。何かあったときの被害とか。重力推進使えるなら、(はしけ)を往復させる方が絶対得だ。アレはSF作家の幻想だって。現実で造ったらアホだ。」

 

「アラン詳しいな。」

 

 アランの粗野な口調で、次から次へと雑学知識的な話題が出てくるのが達也には不思議に思えた。

 

「あ、ん。SFとかわりと好きでさ。」

 

 アランは照れた様に頭を掻いた。

 

 整備兵が三機の給油と簡易整備が完了したことを伝えに来たのと、三人が軽食を平らげるのがほぼ同時だった。

 三人とも自機に戻って搭乗する。

 程なく全ての機体の給油が終わり、4465TFSを先頭に、入ってきたのとは反対側のタクシーウェイに向けてエプロンを出て行った。

 タクシーウェイは短く、すぐに滑走路の端に辿り着く。

 

 先頭の4465TFSから、二機ずつ一組になってアフターバーナーの炎を引いてF16V2が大空に飛び立っていく。

 マニラの十五機が飛び立った後、4287TFSの離陸順が回ってきた。

 ツァイ少佐と4287L小隊の三機が飛び立ち、A中隊長機とB中隊長機、即ちホァン大尉とパナウィー大尉が飛び立つ。

 次いでA1小隊の二機が飛び立ったその次が、B1小隊であるアランと達也の番だった。

 

 アランと達也が滑走路の端に到達したとき、上空を旋回して編隊を整えていたマニラからやってきた十五機が、滑走路上空を通過して北方へと向かった。

 彼等は今からパラワン島中央部の山岳地帯を越えて北沿岸へと抜け、海岸線伝いにカリマンタン島に向けて超低空侵入を行うのだ。

 

 左のアラン機とアイコンタクトを取り、ほぼ同時にスロットルを開ける。

 推力が142kNしかないF110-GE-132エンジンを搭載したアランのF16V2に較べ、機体重量が多少重くとも180kNの出力を持つIHI-F15MRG3を搭載する達也の四十式零改の方が加速力に勝り、リヒート最大で加速すると、滑走中から既に達也機の方がアラン機の前に出る格好になる。

 機体が浮き上がり、着陸脚を畳み込むとその差はさらに顕著となり、速度に乗って急角度で上昇する達也の四十式零改に較べて、アランのF16V2は一歩遅れてその後を追いかけるという形になってしまう。

 

 黒い槍、青い槍とあだ名された黒いヴァイパーと青いヴァイパー・ゼロ改が、プエルト・プリンセサ市街上空を旋回する4287TFSの所定の位置、即ち女皇であるB中隊長機後方左右に付いた後、さらに六機のF16V2が合流して4287TFS十五機の編隊を完成した。

 編隊は市街地上空を一回りした後に、空港から彼等を見上げて手を振る整備兵達に見送られ、島の南岸に沿って南西の方角へと飛び去っていった。

 

 パラワン島南岸には、通称プエルト・プリンセサ・サウスロードと呼ばれる舗装された幹線道路が、島の最南端ブリルヤン港まで続いている。

 その道は幾つもの村や集落を経由するため、正確には常に南岸沿いを走っているわけではないのだが、それでも高度を150mに抑える必要があり、視界の余りよろしくない彼等にとっては十分に役に立つ目標となった。

 

 道路は稲の植えられた田圃や、パーム油を取るためのアブラヤシの森、バイオ燃料を得るためのキャッサパの畑、そして所々に点在する小さな集落や村の間を縫う様にして島の南端に向かう。

 プエルト・プリンセサの街からはゴッソリと住民が消えたという事だったが、街から離れると明らかにいまだに人が住んでいると思われる、手入れされた農地があちこちに眼に付いた。

 4287TFSの十五機は、隊長機を先頭にほぼ縦一列になって、高度150m、対地速度1000km/hの亜音速で、山と海に挟まれたその様な緑色の大地の上を飛行していた。

 

 海に近いとは言えども完全に平坦な地形ではない為、150mという高度を維持するのは非常に神経を磨り減らす行為だった。

 希に海岸近くまで高度100mを超える高さの丘陵地帯が迫っていることもあり、さらにその丘陵地帯に高圧電流の送電線や鉄塔が建っていたりもする。

 そもそも秒速300mという速度で飛んでいれば、僅かに脇見をしていただけで150mという高度を一瞬で失って地面に激突することもあり得る。

 数百m前方を飛ぶ僚機のテールと、HUDあるいはHMD上に表示される高度計の数字と、実際に眼で見た感覚的な対地高度、前方に存在する障害物など、常に周囲の色々な物に気を配っておかないと簡単に命を落としてしまう。

 その様な敵地への侵入飛行だった。

 

 それは、パンガジナン湾を通過して再び田園地帯の上空を飛んでいるときだった。

 前方右手に、パラワン島最高峰であるマンタリンガハン山の山影が霞んで見える。

 足元、プエルト・プリンセサ・サウスロード沿いには無数の住居や牛小屋、豚小屋などが点在している。

 高さ15mほどの小ぶりな塔を持つ建物の上を通り過ぎつつ、その特徴的なミナレットの形と、塔の先端に置かれている金色の三日月のシンボルから、その小さな塔はイスラム教寺院である事が分かった。

 フィリピンはキリスト教が殆どだと思っていたのだが、この辺りまで来るとモスクもあるのだな、などと、忙しく周囲を見回し、視野の中に浮くHMD表示の高度計を確認しながら意識の片隅で達也は思った。

 

 突然、前方に紫色の円が大量に表示された。

 大量の紫の円が上方に向かって動く。

 迎撃されている。

 とにかく回避しなければ。

 しかし次の瞬間、紫の円の群れはまるで波が押し寄せるかの様にその数を膨大に増やしながら足元までやってきた。

 遙か前方に巨大な火球が発生した。

 ファラゾア機の発射するたかだか直径30cm、長さ1mにも満たない小型のミサイルは、その外見に反して戦術核並みの爆発力を持つ。

 誰かがやられた。

 反射的にラジオ・ネガティブのスイッチをイネーブル側に倒し叫んだ。

 

待ち伏せだ(Anbushed!)! 左に(Break )回避(Left!)! 海上に(Run to )逃げろ( the Sea!)!」

 

 自機を左ロールし急旋回するのと、すぐ眼の前を白銀色の何かが大量に上に向かって駆け上がっていくのと、前方にさらに幾つもの火球が発生するのが同時だった。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 フィリピンって、ニュースとかでやたらと見せられるスラムのゴミ山なんかのイメージが先行しがちになってしまうのですが、ホントは風光明媚で海の綺麗な美しい南の島の筈なんですよね。

 こんなトコにも、自分達が見せたい物だけを押し付けてくるマスコミの弊害が。

 実は行ったこと無いんですよ。一度行ってみたいと思いつつ。

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