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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第一章 始まりの十日間
5/405

4. THE DAY


■ 1.4.1

 

 

 15 July 2035

 A.D.2035年07月15日

 

 

 その日、米空軍所属ジェレミー・タルボット一等軍曹はシャイアン・マウンテン空軍基地内の中央司令センターで、レーダー監視業務の昼勤に就いていた。

 有事には人で溢れる筈のこの中央司令センターも、平時は必要なだけの当直兵と監督者の士官が数名居るだけで、話し声さえまばらな静かな職場だった。

 そして今日は室内だけでなく、彼が凝視するモニタもいつもに較べて静かな状態が続いている。

 日本で開催される首脳会談に大統領が参加するので、お隣のカンザス州から直接極東方面に向けて大統領(エアフォー)専用機(ス・ワン)が無補給で飛行する予定が入っているため、この日は空軍の飛行が多少ではあるが制限されており、レーダー画面上はいつもに較べて多少隙間の多い状態となっていた。

 

 彼の担当する業務は眼と神経を酷使するものであるため、一日二交替で十二時間勤務、勤務時間中は二人一組となり一時間ごとに入れ替わって休憩を取るという勤務態勢となっていた。

 次の交替の時間までは、まだしばらくある。

 

「ジェレミー。問題はないか?」

 

 画面を注視する彼のシートの背もたれに手を掛け、右肩の上から話しかけてくる声があった。

 彼の上官に当たる、レーダー監視隊長のウェスリー・マレット少尉だった。

 

「問題ありません、少尉殿。」

 

「オーケイ。エアフォース・ワン離陸まであと一時間半ほどだ。この間のISS破壊以来、あちこちピリピリしてるからな。何かやらかすと上が煩い。しっかり頼む。」

 

 僅か十日ほど前に発生した国際宇宙ステーション(ISS)の破壊事件は、未だに事故なのか攻撃なのか判明していなかった。

 いずれにしても、ISSに駐在していた国籍も様々な八名の飛行士達の命は失われ、そして合衆国上空はツインタワーが失われた時並に警戒を強め、不審機は問答無用で撃ち落とすことも辞さずといった雰囲気が軍内部には流れていた。

 

 いつまでも席の後ろに居て気を散らしてくれる上官に適当なことを言って追い払おうと思った、その時。

 彼の視野の殆どを埋めてレーダー探査結果を映し出している画面に異変が起こった。

 画面の上部に、特定されていない物体を示す黄色の小さな反応が幾つも現れた。

 その小さな輝点はまるでゴミか画面のトラブルでもあったかのように、画面の上から下に向けて移動してくる。

 画面の上端には次から次へと小さな輝点が生まれ、それらの輝点が続々と画面下に落ちてくる。

 それはまるで画面が上部から徐々に黄色い小さな点で占領されていく様な、そんな不思議な感覚を感じる。

 余りに奇妙な現象に思考が止まっている。

 それはまるで、レーダーレンジの彼方から幾千幾万もの光る点がやって来るような、そんな幻想的な光景に見えなくもなかった。

 

 

 余りに不可思議な出来事に呆然としていたのは、僅か数秒のことだっただろうか。

 画面の映像が霞むように歪み捻れて消え、画面が僅かに光るダークグレイ一面に染まって反応しなくなった。

 

 画面が消えたことで催眠術から冷めたように動き出す二人。

 

「何だ今のは? ジェレミー?」

 

「知りませんよ。俺も初めて見た。」

 

「画面が消えているぞ。なんだこれは?」

 

「だから知りませんって。故障かな?」

 

 ジェレミーは画面切替のスイッチなど、コンソール上のスイッチを幾つも押す。

 しかしどのボタンを押しても画面が戻ることはなかった。

 コンソールの主電源スイッチを入れ直してみたが、コンソール自体は正常に立ち上がるものの、画面はやはり正常に戻らない。

 

 その頃には、彼等の居る中央司令センターの他の機器でも異常が出ていることが、それぞれの担当官の異常な動きから想像が付いた。

 

「こちら中央司令センターだ。どうなってる? データが来ないぞ。」

 

 ジェレミーが操るコンソールの脇にある電話をマレット少尉が取り上げ、内線で問い合わせている。

 

「はあ? それじゃ分からん。もういい。工務課に聞く。」

 

 受話器を叩き付けるように置いたマレット少尉が、再び受話器を取り上げてボタンを押す。

 

 そう言えば、と、ジェレミーは思い出す。

 ひと月ほど前に、古くなった変電設備の一部入替えという工事が行われ、工事の後しばらく電気の供給が不安定になったり、ネットワークが不安定になったりした事件があった。

 その時の影響が今も残っているとは思えないが、また何か別の工事が行われて、データが上手く送られていないのかも知れない。

 マレット少尉もそこに気付いたのだろう、と思った。

 

「どうなってるんだ? 中央司令センターにデータが来ていないぞ。今どこかの国が攻め込んできたら・・・はあ!? 原因不明? また何か工事したんじゃないのか? ・・・そんなのこっちの知ったことじゃない。とにかく早く直せ! あと一時間もすれば、大統領専用機も上がるんだ。見えてませんでした、じゃ済まされん。とにかく早く直せ。」

 

 マレット少尉が再び受話器を置いた。先ほどよりは幾分か受話器に優しい置き方だった。

 

「原因が分からん。設備部にも分からんらしい。おい、そっちも異常が出ているのか?」

 

 マレット少尉が振り返り、別のコンソールに座る兵士達に聞く。

 不調を肯定する答えがあちこちから聞こえてきた。

 

「クソ。なんてこった。ジェレミー、知ってる限り色々やって復旧に努めてくれ。他を見てくる。」

 

 そう言ってマレット少尉は彼のシートの後ろから離れた。

 上官が自分から離れていったことにはほっとしつつ、しかしよりにもよって自分の当直時間に面倒が起こったことにうんざりしながら、ジェレミーは再びコンソールの主電源を落として再起動する。

 これは、今日は残業になるかも知れないな。面倒だな、と思いながら。

 

 データ通信の不良は、実は中央司令センターに限った話では無く、さらに言えばシャイアン・マウンテン空軍基地内に限ったことでもなかった。

 だが、地中深く掘られたこの穴蔵のような基地の最奥で、レーダーコンソールを監視する事が任務である一介の兵士に過ぎないジェレミー・タルボット一等軍曹がその様な事を知る術もなかった。

 

 

■ 1.4.1

 

 

 15 July 2035, Royal Canadian Air Force Moose Jaw Air Base, Saskatchewan, Canada

 A.D.2035年07月15日、カナダ、サスカチュワン州、カナダ空軍ムースジョウ空軍基地

 

 

 ここムースジョウ空軍基地においては、それは基地司令の眼の前で発生した。

 カナダ空軍431部隊、通称「スノーバーズ」と呼ばれるアクロバットチームを持ち、カナダ空軍の訓練基地でもあるこの基地に、国防参謀総長の観閲が一週間後の予定で組まれていた。

 国防参謀総長の観閲であるならば、兵隊と飛行機を綺麗に並ばせてアクロバット飛行を見せつけて終わり、となる筈もなく、基地内の主要部分の見学を希望される可能性が非常に高い。

 基地司令であるダリル・カーソン空軍中将は、副司令を伴って基地総務部長から提案された見学コースを下見しており、見学コースの中でも重要なポイントである司令センターに足を踏み入れた。

 

「マイク、いつも思うんだがね。うちの司令センターは狭すぎやしないかね。」

 

 薄暗い司令センターに足を踏み入れた途端、書類を持って飛び出してきた兵士とぶつかりそうになり、冷や汗をかきながら畏まり敬礼する兵士に「気にするな」と声を掛けて、副司令のマイク・ウェルトン准将に言った。

 

「古い施設ですからね。いい加減そろそろやり替えた方が良いかとは思いますが。しかし後方の訓練基地の司令センターではなかなか予算も降りんでしょう。」

 

 米国とソヴィエト連邦の間で長く続いた冷戦時代、カナダは二大国の間に挟まれた最前線でもあった。

 ミサイルであれ戦略爆撃機であれ、いずれにしても北極圏を飛び越えてアメリカに到達しようとするならば、必ずカナダの上空を飛び越えていく。

 つまり、爆弾を満載した戦略爆撃機を目標の遙か手前で迎撃されたくなければ、ソヴィエト連邦はまずはカナダを焦土に変える必要があった。

 

 しかしその様な時代は終わり、少なくとも表面的にはアメリカとロシアは直接武器を向き合わせるような関係ではなくなった。

 常に国外に敵を作ることで国内世論をまとめていく必要があるアメリカの、目下の敵は中国だった。

 昔カナダが担っていた役割は、今や台湾と日本が肩代わりしており、カナダにとっては遙か西の海の彼方の出来事でしかなかった。

 例え血気盛んなアメリカと、何を考えているか分からない中国が本当に戦争を始めようとも、まずは日本から台湾、フィリピンに続く敵地至近の列島線が第一の防衛線となる。

 その為にアメリカは、その列島線の主要なポイントに自軍の基地を置いているのだ。

 万が一台湾や日本が中国に敗れ占領されても、防衛線を越えて溢れ出た中国軍が次に攻め込むのは北アメリカ大陸の西海岸であり、いずれにしても大陸中部にあるこの基地が前線基地となる事はあり得なかった。

 

 古く狭いとはいえ、これがこのムースジョウ基地の司令センターであるからには、国防参謀総長は必ずここに足を運ぶ。何について説明すべきか、何について触れるべきではないか副司令と情報を共有し、また見栄えを少しでも良くするようにどうするべきか、司令センターの中を歩き回りながら、ダリルは当直士官に指示を与えて回る。

 

 暗いセンターの中を歩き回り、床に敷かれたケーブルの保護カバーに躓いてしまった。

 ダリルは顔を顰めながら当直士官に言った。

 

「中尉。このケーブルは何とかならんかね。参謀総長閣下に怪我をさせるわけにはいかんぞ。」

 

「いや、逆に現状を知って戴き予算配分を願い出るのに丁度良いネタに・・・何だ?」

 

 ダリルが当直士官にケーブルの移動を指摘した事に対して、本気とも冗談とも付かない副司令のコメントの途中で、薄暗いセンターの中で明かりを放っていた各種モニターが瞬き、消えた。

 薄暗いセンターが、なけなしの明かりの何割かを失い、さらに暗くなった。

 にわかにセンターの中が騒然とする。

 

「中尉殿。防空システムからの信号が入ってきません。」

 

「NORADからのデータも途絶えました。」

 

「基地レーダーがジャミングされています。非常に強力な全帯域での大規模(バラージ)ジャミングです!」

 

「飛行中の部隊との通信障害が発生しています。応答ありません。」

 

 あちこちから異常を訴える声が上がる中、司令センターの明かりが完全に落ちて室内が真っ暗になった。

 真っ暗になったのは一瞬のことで、すぐに非常用電源に切り替わり、赤い非常灯と最低限の設備の明かりが付き、強制的に遮断された各設備が再起動を始めた。

 

「何が起きている? 報告しろ!」

 

「送電網からのパワー途絶しました。現在非常用電源で稼働中。自家発電設備起動します。」

 

「システムの一部が起動しません。強制切断による不調と思われます。」

 

「管制塔はどうなっている? 確認しろ!」

 

「ネットワーク信号途絶! NATOネット、国軍ネット、商用ネットいずれも信号が入ってきません。」

 

「管制塔もこちらと同じ状況です。基地全体のパワーが落ちてます!」

 

「当基地内限定でネットワーク復活しました。外部からの信号はありません。」

 

「国防参謀本部に繋げ! 他基地の状況を確認しろ。本当にバラージジャミングか?」

 

「基地レーダーシステム再起動完了。ジャミングされています。」

 

「国防参謀本部繋がりません。非常用回線(レッドライン)不通です。信号音がありません。」

 

 怒号の飛び交う中、下見をする彼等に付き従っていた当直士官が脇から近づいて来た。

 

「基地司令殿。気になる事が・・・」

 

「何だね?」

 

「これをご覧下さい。システムダウン直前の映像です。」

 

 そう言って当直の中尉は、手に持った携帯端末の画面をダリルに見せた。

 端末の画面には、システムダウン前の暗い司令センターが映っている。

 

「ここです。」

 

 中尉はそう言って画面をタップし、動画を止めた。

 何の変哲もない風景で動画が止まった。

 

「これがどうかしたのかね?」

 

 ダリルは焦れたように、低い声で中尉に聞いた。

 

「ここです。広域レーダーの画面です。」

 

 そう言って中尉は画面の端の辺りで指をピンチアウトし、画像を拡大した。

 大きくなった広域レーダー情報表示画面に、無数の黄色い点が映っている。

 

「何だねこれは?」

 

「お待ちください。リシャール! ちょっと来い!」

 

 コンソール前でシステムの不調と戦っていたオペレータの一人が、跳ね起きるように椅子から立ち上がり、駆け足で近寄ってきた。

 この暗い中でよく走れるものだ、とダリルは妙な感心をした。

 

「なんでありますか、中尉殿!」

 

 そのオペレータはダリルの正面2mほどの所に止まり、直立不動の姿勢を取った。

 

「ミュレーズ伍長。システムダウンの直前に、広域レーダー画面で妙な物を見なかったか?」

 

「見ました。しかしあれはシステムダウン前のノイズと思わ・・・」

 

「伍長、君の感想は要らん。事実のみを答えろ。何を見た?」

 

「イエス、サー。ハドソン湾方面に上空から大量の未確認物体が降下しているように見えました。」

 

「数は?」

 

「分かりません。数百はあったと思いますが、どんどん増えていました。」

 

「レーダーは復活したか?」

 

「システムは再起動しています。しかしジャミングで使い物になりません。」

 

「パワーブーストは自家発電の電力量でも使える。準備しろ。」

 

「イエス、サー。レーダーパワーブースト準備します。」

 

 敬礼した伍長はすぐに後ろを向いて駆け足で席に戻っていった。

 

「基地司令殿。ハドソン湾方面に確認された大量の未確認物体と、このジャミングや送電停止が無関係とは思えません。基地レーダーにパワーブーストを掛け、ジャミングを突破可能か試します。」

 

「良いだろう。」

 

 中尉の提案にダリルは頷いた。

 

「中尉殿。パワーブースト、準備完了。」

 

「待て。そっちに行く。」

 

 駆け出す中尉の後ろを、ダリルと副司令官が追いかける。

 

「よし。やれ。」

 

 暗闇の中、行き交う兵士達をかき分け、二人がレーダーモニタの前に辿り着くと同時に中尉がレーダーのパワーブーストを実施する指示を出した。

 

「了解。レーダーパワーブースト。ブースト率2.0。」

 

 レーダー画面が一瞬明るくなる。しかしもやもやとした雲のような明かりが見えるだけで、何も特定は出来なかった。

 

「もっと上げろ。」

 

「中尉殿。ブースト率をさらに倍にすると、5秒で焼き切れます。」

 

「そうか。では5秒以内にブーストをカットしろ。モニタ画像を記録しておけよ。」

 

「っ! 了解しました。ブースト率4.0。ブーストオン。」

 

 オペレータの伍長がコンソールの上の赤く光るボタンを押した瞬間、モニタの画像が鮮明になった。

 それでもまだモヤモヤと渦巻く雲のような明かりの中に、無数の光点が存在するのが見える。

 レーダー波を大きく反射する物もあるらしく、大きな輝点もかなり混ざっているようだった。

 

「ブーストオフ。5秒経ちました。まだレーダー使えます。しかしブーストはもう止めた方が良いです。」

 

「分かった。ミュレーズ伍長、記録した画像を呼び出せ。」

 

「イエス、サー。」

 

 オペレータの指がコンソールの上を走る。先ほど見た画面がもう一度表示された。

 

「なんてこった。」

 

 画面には数百を遙かに超える無数の輝点が表示された。ざっと見ただけで千は越えるだろう。

 さらにその中に幾つもの大型の反応も混ざっている。

 

「レッドライン! なんとしても国防参謀本部に繋げ! ウィニペグのNORADでも、NATOでも構わん! 商用ネットでも携帯電話でも何でも構わん、とにかく繋げ!」

 

「近距離高出力レーダーに反応! 高速飛翔体多数接近! 既に防衛ラインの内側です! 距離80km!」

 

「対空ファランクス!」

 

「対空ファランクス起動。起動しました。SAM起動中。目標情報ありません。データを!」

 

「近距離レーダ情報、繋ぎます。」

 

「目標情報確認。ファランクス、フルオートマチック。駄目だ、数が多すぎる! SAM間に合いません!」

 

「とにかく撃て! 幾つあるんだ!?」

 

「推定目標数、500! 方位06、速度M10、ベクター30、高度8500。ミサイルです! 着弾まで10秒!」

 

「駄目だ、抜かれます! 着弾まで5秒、3、2、1・・・」

 

 この日、開拓以来150年の歴史をもつムースジョウの街はその南側半分を失い、ムースジョウの街南方約10kmに存在したカナダ空軍ムースジョウ基地は地上から消滅した。


 拙作お読み戴きありがとうございます。


 遅くなり申し訳ありません。ちょっとリアルの方が忙しすぎて、執筆の時間が全く取れませんでした。

 

 GoogleEarthでムースジョウ基地を見ると、とても対空ファランクスやCICを備えているようには見えない、田舎ののどかな基地です。

 いいんです。そういう設定にしたんです。


 ちなみに。ムースジョウ基地がミサイルの飽和攻撃を受けたのは、ECMをぶち破るような強烈な電磁波を浴びせ掛けたからです。


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