35. AGM218DD "JACKPOT"
■ 2.35.1
「それではこれから Operation "Island Tightrope (島渡り)" について説明する。」
ツァイ少佐は、左右を見回して4287TFS全員が着席したのを確認した後に、おもむろに口を開いた。
壁にはいつもの東南アジア地域の大縮尺地図が貼ってある。
「今回の Operation "Island Tightrope" も、主目的はカリマンタン島に存在するファラゾア地上施設の撃破である。」
そう言ってツァイ少佐は、毎度おなじみになった赤い円のマグネットシートをカリマンタン島中央部に貼り付けた。
「本作戦に於いて、主攻撃隊はルソン島のニノイ・アキノ空港をベースとして用いる。インドシナ半島、マレー半島からの出撃は、主にこの主攻撃隊がカリマンタン島に接近することを容易にするための陽動作戦を中心に行動する。」
そう言ってツァイ少佐は三つの青い磁石をルソン島中央部に、そしてマレー半島とインドシナ半島の南端に一つずつ置いた。
マレー半島南端。シンガポール。
そうだ。シンガポールは奪還されたのだ。
達也は、僅かに頬が緩むのを感じた。
「主攻撃隊は、対地ミサイルAGM218DDを各機四発ずつ搭載し、ニノイ・アキノ空港を出発する。途中、パラワン島、プエルト・プリンセサで着陸リフュエリングを行い、カリマンタン島を目指す。」
ルソン島上に置かれた三つの磁石の内、二つがパラワン島中部に動かされた。
「リフュエリングの後、攻撃隊は二手に分かれる。一隊はパラワン島北部沿岸に沿って超低空侵入を行う。もう一隊は南岸沿いで超低空進入だ。」
磁石の一つがパラワン島に北側、もう一つが南側に動かされる。
「我々4287TFSは、このパラワン島南側から侵入する攻撃隊を担当する。北側は、ルソン島駐在の4465TFSと4466TFSが担当する。ルソン島には4465TFSと4466TFSが駐在しているが、離島である為に補給不良で機体稼働率が低い。その為、我々4287TFSがルソン島経由で攻撃隊に参加することとなった。」
ツァイ少佐はそこで一旦言葉を止めて皆を見回し、自分の説明が隊員達の頭の中に浸透していくのを待った。
「4287TFSはパラワン島南岸を侵入するが、この時対地高度は300m以下、可能な限り150m以下をキープする。ファラゾアの探知能力に対する超低空侵入の効果についてはまだはっきりと証明されてはいないが、統計的に超低空での被撃墜率が低いことは判明しており、また諸君らも経験上知っているとおり、超低空では雲や霞などを遮蔽物として利用できる可能性が高い。超低空侵入は被発見率、被撃墜率を下げる効果があると考えられる。」
隊員達の中には皮肉な嗤いを浮かべている者も居るが、軽く頷き納得している者も居る。
ツァイ少佐はその様な隊員達を再び鋭く一度見回し、説明を続けた。
「無事バラバク海峡を越え、カリマンタン島に到達したらクダッ上空からキナバル山南麓を通り、カニンガウ峡谷を南西に進む。この時も常に対地高度300m以下だ。
「クダッを超えてカリマンタン島内部に約500kmほど侵入したところでAGM218DDを全弾発射し、帰投する。」
ツァイ少佐は説明した順に、要所に緑色の磁石を置いていった。
ミサイル発射地点と言われた場所に置かれた緑の磁石は、カリマンタン島内部に相当深く入り込んでおり、バンダルスリブガワンの南方約150kmほどの位置にあった。
もちろん達也自身、今まで任務中にカリマンタン島に到達したことはない。カリマンタン島をはっきりと視認したことすらない。
それは達也だけでは無く、このカリマンタン島降下地点周辺でファラゾア迎撃任務に就いているパイロット達の殆どは、カリマンタン島を見たことなど無いだろう。
多くの場合、カリマンタン島により距離が近いマレー半島から攻撃隊が出撃するが、大概の場合はカリマンタン島に到達するより前にファラゾアの迎撃に遭い、その防御陣を突破する事が出来ず逃げ帰ることになる。
ごく稀に攻撃隊が運良くカリマンタン島まで到達出来ることがあるが、島上空に侵入した途端、海上で受けるよりも遙かに盛大なファラゾア迎撃機の大歓迎を受けて、作戦目標など認識することさえ出来ずに一目散に逃げ出してくるか、或いは全滅する。
それを考えれば、今回の作戦もさほど成功率の高いものだとは達也には思えなかった。
ツァイ少佐は説明を続ける。
「空対地ミサイルAGM218DDについて基本性能を説明する。本ミサイルはファラゾア来襲前に西側諸国で多く採用されていたAGM65マーヴェリックの後継とも言える型式のミサイルだ。ファラゾアが来る少し前にやっと米軍で制式採用されて配備され始めたばかりだったので、多分皆馴染みがない、或いは名前さえ聞いたことが無いミサイルだろう。」
そもそも最近、ミサイルという単語を聞くことが少なくなってきていた。
一発の単価が極めて高額である上に命中率が非常に低い兵器など、使いたいと思う者は居ない。
地球側の戦闘機で、空対空ミサイルを搭載して出撃する機体など、今では皆無だった。
ファラゾア側にもミサイルの存在は確認されているが、多分ミサイルが飛翔する速度よりもレーザーが着弾する速度の方が遙かに速いからであろう、ファラゾアも達也達戦闘機隊に対して、積極的にミサイルを使用する事はなかった。
「AGM218シリーズは、打ち放し可能なホーミングが最大の特徴である。特にDタイプは200kmの射程を持つ長射程タイプだ。遠距離から大まかな目標位置を指示して発射すれば、接近した後ミサイルの自律判断で目標に突入する。Dタイプの内、DDタイプは光学系の画像認識のみで動作するパッシプシーカーを有している。目標探知のための電波等を一切発せず、且つ人間の眼と同じ様に目標を『見て』突入していくので、今回の作戦に用いるに当たって高い命中率が期待されている。
「大まかな説明は以上だ。質問があれば受け付ける。」
ツァイ少佐はそう言って言葉を切り、全員を見回した。
「プエルト・プリンセサで給油、って、大丈夫なのか? ルソン島ですら補給に困ってるから、ウチが出張るって話になったんだろ?」
「プエルト・プリンセサ空港は港に隣接した空港だ。現在日本海軍の特殊潜水艦が接岸して、陸戦隊を使って空港を使える様にするとともに、我々の補給のための燃料を補充してくれている。給油と簡易整備用の人員も同時に現地に到着している。問題無い。」
「成る程ねー。潜水艦か。」
この頃になると、各国海軍が保有する潜水艦がファラゾアの襲撃を受けにくいという事は、明確に数字となって表れていた。
何度か実地での調査が行われた後、ファラゾアは水中での戦闘行為が苦手であるという事は最早確定事項として各国に認識されており、特に海洋交通を遮断され資源的に困窮し始めていた日本を中心に輸送用の大型潜水艦など、海上の船舶に代わる海中輸送手段として従来には無い潜水艦の開発と改造が高優先度の課題として進められていた。
「で、そのマーヴェリックミサイルの後継型の実績は? 当たるの? ホントに。」
ツァイ少佐は一瞬の間を置いてその質問に答えた。
「実績は、ほぼ無い。米国内での試射ではかなりの好成績を収めたという記録は残っている。が、所詮試射だ。実戦で使用して、複雑な地形や様々な地上建造物が混在する中、どれほどの命中精度があるのかははっきり言って未知数だ。
「しかし、戦闘機に搭載可能で、200kmもの長射程を持つ対地ミサイルが他に存在しない。マーヴェリックを搭載して、敵基地から50kmの所まで近付くというのは諸君等もやりたくは無いだろう。かと言って巡航ミサイルのような足の遅いミサイルでは、到底目標に到達できるとは思えん。他に選択肢が無い、というのが実際の所だ。」
隊員達の中に呆れたような、諦めたような雰囲気が僅かに流れる。
「最後の200km稼いでくれる働き者のミサイルは良いんですが。俺達は対地攻撃任務なんて殆ど経験無いですよ?」
A中隊長のホアン大尉が言った。
ファラゾア基地を直接攻撃する攻撃隊は、従来距離も近く所属機数も多いマレー半島側の飛行隊が分担する場合が殆どだった。
バクリウ基地、サイゴン基地含めて、インドシナ半島側の部隊に攻撃隊を担当した経験は余り無かった。
もっとも、マレー半島から出撃してくる飛行隊が分担していたとは言え、彼らも実際にカリマンタン島に到達して攻撃を実施できたことは皆無なのだが。
「大丈夫だ。攻撃目標はミサイルが自動で選択する。諸君等がやることは、発射地点に到達した後、対地攻撃モードであらかじめセットされた目標座標に向けてミサイルを発射するだけだ。撃墜されないように発射地点にまでミサイルを確実に運んでいけば、後は頭の良いミサイルの方で全てやってくれる。心配ない。」
ツァイ少佐の言葉を最後に、場に僅かな沈黙が降りた。
皆、諦めに似た虚しさと力の足りなさを感じて、なんと言えば良いのか言葉が無い、というのがその沈黙の主な理由だった。
まずそもそも、ミサイル発射地点まで無事にたどり着けるかどうか分からない。
余りの敵迎撃機の多さに追い返されてしまうかも知れないし、或いは被弾し道半ばで力尽きて命を落とすかも知れない。
そこまでして命を掛けて運んだミサイルが、命中するという確証も無い。
地球製のミサイルよりも遙かに高速で移動できるファラゾア戦闘機に途中で叩き落とされるかも知れない。
それ以前に、ミサイルが敵地上施設をきちんと認識して突入するかどうかさえ確かではない。
だからと言って、やらないわけにはいかない。
どれ程非効率であろうと、虚しく足掻いているだけであろうと、何の抵抗もせずに侵略者に滅ぼされるという選択肢だけはあり得なかった。
「質問がなければ以上で解散する。ルソン島への移動は明日の0500時だ。各自定刻までには乗機して待機のこと。以上。」
説明を終えるといつも通り、ツァイ少佐は踵を返しブリーフィングルームから立ち去った。
「やっぱ俺達、働かされ過ぎだと思わねえ?」
達也の脇でアランが呟いた。
誰もその問いに答える者は居なかったが、隊内の殆どの者がその意見に同意、或いは肯定的である事だけは間違いなかった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
今回ちょっと短めです。
物語の進行が特に無いのに、余り長々書いてもなあ、と。
戦闘機発射可能で、200kmの射程があって、超音速で飛翔して、ついでに画像目標認識があって・・・いやそのミサイル無理だろ。と自分で突っ込んでみる。
「島渡り」だと、Island Hoppingの方が多分正しいのだと思うのですが、それだとなんかリゾート地の現地ツアーみたいな感じがしてTightropeにしてみました。
実際パラワン島長細いし。