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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第二章 絶望と希望
46/405

32. 黒い槍と青い槍


■ 2.32.1

 

 

 いつもの通り、左前方数十mのところにパナウィー大尉のF16V2の後部が見える。

 左を見れば、同高度を飛んでいるアランの機体が見え、その向こうに少し距離を取ってA中隊の六機が同航している。

 前を見れば、パナウィー機の向こうに編隊を先導するL小隊の三機、その先頭を4287TFS隊長のツァイ少佐の機体がチムン隊を率いて飛ぶ。

 

 国連軍の戦闘機飛行隊(Tactical Fighters Squadron)は、多くの場合十五機で編成される。

 飛行隊長を含む三機の小隊をL小隊、残る十二機を六機ずつの二つに分けてA中隊とB中隊。

 さらにその六機を二つに分けて、中隊長が含まれる小隊をA1或いはB1小隊、残る三機がA2あるいはB2小隊となり、小隊長が一機置かれる。

 

 それとは別にコールサインが振られ、達也のそれはチムン13だった。

 これはチムン隊の13番機という意味であり、飛行隊長が01、A中隊長が02、B中隊長が03という風に順番に振られていく数字と、飛行隊のコールサイン「チムン(Chim ung:ベトナム語『ハヤブサ』)」という部隊名との組み合わせで各機に固有の番号を振って識別できるようにしてある。

 

 国連軍では個人に振られるいわゆるTACネームは用いられていない。

 これは、ファラゾア来襲後に本格的な軍隊として稼働し始めた国連軍航空部隊では、従来の戦争では考えられなかった程の異常に高い損耗率と、その欠員を埋めるために次から次へと補充される新兵にいちいちTACネームを付けるのが手間、例え付けたとしても周りの兵士達にその名を覚えられるより先に本人が戦死者或いはMIAの仲間入りをする、ので実際やっていられない、という極めて現実的な理由によるものであった。

 

 ただ、非公式に「二つ名」の様なものが付けられることも多く、パナウィーの「バクリウの女皇(Empress of Bak Liew 普段は縮めて Empress)」や、達也やアランの「ロイヤルガード」がそれに当たる。

 ちなみに「デルタサーカス」という、達也達4287TFSB1小隊に付けられたあだ名もこれに含まれる。

 いわゆる仲間内で付けられるごく普通のあだ名と変わりないが、パナウィーの「女皇」の様に他基地にも知られてしまい、半ば公式のTACネームであるかのように使われる場合もある。

 

 さらにちなみにという話であるが、「ロイヤルガード」では二機居て判別付かないという理由で最近、アランは「ロイヤルガードの黒い方(Black Royal Guard)」、達也は「青い方(Blue Royal Guard)」と呼ばれることが多くなってきた。

 これはアラン機が国連軍で制式採用されているF16V2本来の色、濃いグレー二色でのグラデーションで塗装されており、対して達也の四十式零改は日本空軍のF2戦闘機と同じ海洋迷彩、濃紺と青の二色でのグラデーション塗装をされている事が理由である。

 Black Royal Guardでは長すぎるので、アランは「Black」、達也は「Blue」とだけ、二人まとめて「Black and Blue」(黒いのと青いの)と呼ばれることが多い。

 

 これはさらに余談であるが、「女皇」「ロイヤルガード」と呼ばれることを面白がったアランが、赤色の盾に黒い槍と青い槍が交差したエンブレムを考案し、いつの間にか自機と達也の機体の垂直尾翼にその絵を描き込んでいた。

 達也はすぐそれに気付いたが、苦笑いするだけで特に拒否はしなかった。

 さらにその二人のエンブレム(?)に気付いたパナウィーが、

 

「カッコイイじゃん・・・アタシのは?」

 

 と発言したため、パナウィー機の垂直尾翼には流麗な暗赤色の筆文字で「皇」と書かれることとなった。

 そのノーズアート(?)の意味を教えられたパナウィーの笑顔は引き攣っていたが、結局「見た目が格好良い」という理由で彼女が納得し、そのまま採用となった。

 どうやらアラン同様、絵を描く腕とノリの良い整備兵がバクリウ基地には居る様だった。

 堅物のツァイ少佐も、バクリウ基地国連軍司令のダット中佐も、特に戦闘の支障になる訳でも無く、この程度の遊び心は構わないと黙認しているらしかった。

 

 その赤い「皇」の文字が入った垂直尾翼がすぐ前に立って、風に乗る機体とともに揺れている。

 今、達也達4287TFSの十五機は、編隊を組んでタイ湾の入口上空を南西に向けて飛行していた。

 しばらく前にインドシナ半島は後方に消えて見えなくなった。

 もうしばらくすれば、前方にマレー半島が見えてくるだろう。

 

 マレー半島の先端にはシンガポール。

 生まれ育ったところ。

 ほんの数年前まで、自分の日常が存在したところ。

 直撃したミサイルにアパートメントごと爆発に巻き込まれ、死体さえも見つかってはいないが、多分母の眠るところ。

 父は、生きているのかどうか消息さえ不明だったが、多分生きていないだろう。

 達也自身も、崩れる建物や飛んでくる流れ弾ミサイルの爆発に運良く巻き込まれることなく、命からがら逃げ出したのだ。

 

 そしてシンガポールは廃墟となった。

 海を隔てて目と鼻の先、カリマンタン島にファラゾアが降下定着した。

 ファラゾアの降下地点から最も近い大都市、ジャカルタとシンガポールから人々は逃げ出した。

 インドネシアにはシンガポールほど有力な空軍力が無く、一方充分な空軍力を持つシンガポールでは空軍基地が市街地の中に存在するため、市街地がそのまま最前線となってしまう為だった。

 

 あの日、シンガポール軍はよくその本分を発揮した。

 ファラゾア来襲初日、カリマンタン島からマレー半島に雪崩れ込むようにして攻め込んできたファラゾア機数千機と、シンガポール空軍とマレーシア空軍の混成部隊数百機がシンガポール海峡上空で共に戦うという大規模な空戦が発生した。

 この戦いは、シンガポール川とカラン川が、海に面したシンガポール都市部中央からシンガポール海峡に流れ込む場所に形成されたマリーナ湾沿いに設けられた多くの緑地と、自然と人工的な高層建築の見事な調和による壮麗な景観を望みつつその中を縫うように進む遊歩道がおかれた一帯の通称、エスプラネードの名を取って「バトルオブエスプラネード(Battle of Esplanade)」と呼ばれる様になった。

 

 このシンガポール海峡上空で発生した大規模な空戦は、シンガポール空軍、マレーシア空軍ともに大きな損害を出しつつも、新鋭機を多く配備していた両軍とも良く奮戦し、マレー半島に攻め込んできたファラゾアの大規模部隊を海の向こう側、カリマンタン島に押し戻すことに成功した。

 しかしながら、七百万人もの住民がいる市街地上空で実際に空戦が発生したという事実、南シナ海を隔てて隣の島であるカリマンタン島に正体不明の敵の大部隊が駐留しており、今後も同様の戦いが継続的に高い頻度で都市部至近の場所で発生する事が予想されるという事態を受けて、シンガポール政府は速やかに全国民の国外脱出を決断した。

 たった一日の戦いで、天を突く高層ビルが立ち並んだ威容を誇るシンガポールという大都市の中心部(Central Business District)の多くの建築物が倒壊し、都市周辺に広がる高層住宅街でも同様の被害が大量に出ており、その数を想像するだけでも嫌悪感を禁じ得ないほど夥しい数の死者が発生したことは、報告を受けるまでも無く誰しもただ窓から外を眺めるだけで一目瞭然と理解出来る事だったのだ。

 正体不明の敵に国土が襲われ、マレーシア軍と共同戦線を張ったはずの自慢の空軍戦力が、事もあろうに自国のすぐ南側のシンガポール海峡でバタバタと墜とされ、今後同様の攻撃があった場合に国民の命とその財産を今のまま守り切れるとは到底思えなかった。

 

 全国民の国外脱出を決めた、時の首相ソン・リージンに対して、脇にいた国防大臣と三軍の総司令官が反論した。

 

「閣下、それでは物流が止まってしまいます。補給がなければ軍は戦えません。我が軍は全物資の補給の80%を民間業者に頼っている状態です。」

 

 その発言を行った国防大臣を、執務室の椅子に座った状態から睨め上げる様にして見た首相は言った。

 

「では君は、軍属ですらない民間の労働者に、軍とともに最前線で戦って死ねと言う気かね? カリマンタン島と我が国との間には海しかない。遮るものは何もないのだ。敵は直接我が国にやって来る。既存のレーダーでは敵を遠距離から捕らえることが出来ない。という事は、我が国上空が今後幾度となく繰り返し最前線の戦闘空域になり得るという事だ。そうなった場合の民間人の被害について、我々は嫌と言うほど良く理解しているのではないかね?」

 

 国防大臣は顔を赤らめ、これに反論した。

 

「では彼等を全て軍属にすれば良い。補給がなければ軍は戦えない。戦えなければ、最前線も何もない。」

 

 激しい口調で詰め寄る国防大臣に、首相はさらに低く落ち着いた声で答えた。

 

「国防大臣たる君に問う。そもそも軍は何のために存在している? 国民の命を守る為だ。その為に国民からの血税を注ぎ込んで精強な軍を育ててきたのだ。違うかね? 国民の命を磨り潰し続けることを前提に戦略を立ててどうする。

「国民は安全な場所に退避させる。軍はそれを守りつつ撤退する。国民を守りつつ、且つ補給が確保出来る場所で立て直す。具体的にはKLクアラルンプールだ。これは決定事項だ。ここで君と私が議論している間にも、次々と命が失われていっている。全国民のマレー半島北部方面への脱出とその護衛、持てる限り最大限の物資を伴っての軍の撤退。現在最も優先すべき最重要事項二つだ。すぐに手配したまえ。」

 

「しかし閣下!」

 

「聞こえなかったのかね? 君はあと何人、我が国民の命を無為に散らせば気が済む?」

 

 その日シンガポール政府は、軍を含めた全国民のシンガポール島からの撤退を決定し、即日これを実行に移した。

 連日の様にシンガポール近辺で発生する侵略者との衝突から漏れ出てくるミサイルの流れ弾の着弾や、それによって発生するビルの倒壊で次々と住民が命を落としていく中で、全国民脱出命令を受けてシンガポール陸海軍は持てる最大限の力を発揮し、僅か半月の内に全住民をジョホール海峡の向こう側、マレー半島に向けて送り出した。

 周辺諸国であるマレーシアおよびタイの協力もあり、シンガポール国民はKL以北のマレー半島に幾つもの難民キャンプを形成して、仮初めのものではあれ幾らかは安心して生きていくことの出来る場所を得た。

 

 シンガポール政府はKL市内に臨時政府立上げを宣言し、マレーシア、さらに北方のタイと協力しながら、カリマンタン島に定着したファラゾアとの間に形成された制空圏境界を、マレー半島東方200kmほどの位置に浮かぶリアウ諸島近辺にまで押し上げることに成功した。

 その後戦況は一進一退を繰り返す中で何度もカリマンタン島侵攻作戦が実施されたが、しかし現在までのところ芳しい成果を上げる事は出来ていなかった。

 

 今回の作戦は、ある意味そのシンガポールを取り戻す作戦だった。

 

 自らの国土を取り戻す事を渇望するシンガポール軍は、マレー半島からたった二本のハイウェイと一本の線路で結ばれているだけであった物流を改善するため、マレー半島側ジョホールとシンガポール島側ウッドランズの間に引かれた線路を拡張した上で、さらにテンガー、センバワン、パヤ・レバー三大空軍基地にまでその線路を引き込んだ上で、各基地に隣接する場所に物資の集積場を構築した。

 二年近くも掛けて行われたこの物流改善で、前述の三大空軍基地はマレー半島からの補給物資を直接、大量且つ迅速に受け取る事が出来る様になった。

 それが先月のこと。

 

 達也の機体にも搭載されているGDDの、より高精度探知が可能となった大型のGDDがそれぞれの基地に運び込まれて設置された。

 従来のレーダーでも常識外れの大パワーを掛ければ100km以遠に離れた敵機の存在をどうにか検知することも可能であったが、全世界で欠乏気味の電気を大量に食う上に、その割には思った様に探知精度が上がらず、そして何よりも大パワーレーダーに用いられる超強力なマイクロ波は人体や周辺環境に大いに有害である上、使用すればたちどころにファラゾアに探知されてしまい執拗な反復攻撃を受ける、という多くのマイナス面を抱えていた。

 

 それに対して、ファラゾア機が搭載している重力推進器の作動による重力波の変動を検出するGDDは、まずそもそも受動的な探知器である為にその動作がファラゾアに探知されることもなく、また有害なマイクロ波を大発生させることもない。

 さらには地平線の向こう側であろうとも、ある程度の大きさの重力波変動が発生すれば探知できるというメリットも持っていた。

 GDDの探知能力の信頼性自体は、日本軍の新型機に軒並み搭載され、実戦で使用された中で効果を確認されており、また詳細は分からなくとも今まで探知する事さえ出来なかった敵機を発見できる様になったと、パイロット達からの評判も相当に良好なものであった。

 

 この大型かつ高精度のGDD導入により、従来よりも遠距離に居る敵の動向を掴める様になる事が期待されており、同時に従来よりも早い段階で応答出来る早期警戒網を構築し、さらには制空圏境界線を今よりもカリマンタン島寄りに押し上げることも期待されていた。

 そして何よりも、これまでは探知能力の低さが原因でカリマンタン島を発した敵に突然急襲され、敵発見から襲撃までの時間が極めて短いために対応する時間が十分取れず、「敵に近すぎる」ために理想的な立地と充分過ぎるほどの基地能力を持ちつつも最前線基地たり得なかった前述の三つの空軍基地が、GDDを導入する事でまさに理想的かつ強力な最前線基地として復活することを期待されていた。

 これら三基地が復活すれば、事実上シンガポール島を再び人類の手に取り戻したこととなり、例え今すぐそこに再び居住することが叶わなくとも、シンガポール政府、延いては全シンガポール人の悲願であった故郷の奪還が形なりにも叶うのであった。

 

 達也の所属するバクリウ基地駐在国連軍航空隊4287TFSが海を渡ったのは、それらの目論見を確実に成功させるためであった。

 「Operation "Peninsula Edge(半島の先端/端)"」と名付けられた今回の作戦は、いつものパターンから少し外れて、作戦当初からマレー半島を発した最大戦力をカリマンタン島のファラゾアに叩き付ける事を予定していた。

 その為、いつものマレー半島側攻撃隊であるシンガポール空軍、マレー空軍、タイ空軍の連合部隊約二百機に加え、バクリウ基地から国連軍4287TFS所属の十五機、サイゴン基地から4285TFS所属の十五機、計三十機が追加増強された。

 

 彼等はKLIA(Kuala Lumpur International Airport)改め空軍基地となったKL基地と、南シナ海に面したクアンタン基地を発してカリマンタン島に向けて出撃する。

 制空圏境界線付近で敵航空勢力と接触した攻撃隊の内KL基地所属の部隊は、ファラゾアとの交戦の後にKL基地に補給に戻るのでは無く、シンガポール島の三基地に向けて補給に戻ることになっている。

 KL基地に較べて戦線至近に存在するシンガポールで補給を終えた部隊は、従来よりも遙かに短時間で戦線に復帰出来ることとなる。

 そうやって補給の回転を良くしてマレー半島側の戦線を支え、且つカリマンタン島側に押し上げる。

 作戦終了後は、KL基地所属の全ての機体はシンガポール島に着陸し、この三大基地を恒常的な拠点として活動する事になる。

 

 そうしてシンガポール人は故郷を取り戻し、地球人は初めてファラゾアの侵攻を食い止め押し戻し、軍は上質な設備を持つ基地を奪還して使用できる様になり、その結果地球人はカリマンタン島奪還に向けて一歩大きく前進するものと期待されていた。

 

 前方にマレー半島の海岸線と山並みが見えてきた。

 マレー半島に到達し、コタ・バル上空で進路を変えてKLに至る。

 今日の移動はそこまでだ。

 だが二日後に予定されている Operation "Peninsula Edge" では、思いも因らぬ方法で生まれ故郷の地を踏むことになる。

 

 達也の心は、どの様な形であれ故郷に戻れるという期待と、その故郷が一体どれ程変わり果てた姿になっているのかという不安、そして故郷とともに思い出す所在さえ知れぬ、きっと二度と会うことが叶わない両親を想う悲しみの間を大きく揺れ動いていた。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 またまた説明回となってしまいました。

 まあ、これまで詳しく語られることのなかったBattle of Esplanadeの命名の理由とか、達也とシヴァンシカがボロボロになりながらマレー半島を北上していた時期に、軍は何をしていたのかとか、その辺りの話も入っているのでひとつご容赦願いたく。


 カタルシスが欲しいとリクエストがありましたが。

 大丈夫です。もうすぐやってきます。ふふふ。


 そう言えば。「半島の先っちょ」という意味であるならば、本来「Point of Peninsula」とかにしなくちゃいけないんですが。Edgeだと二次元的な広がりのある「端」になってしまうので。

 でも、どうにも語感が宜しくなくてEdgeにしてしまいました。ちょっとカッコイイし。

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