28. デルタサーカス (Delta Circus)
■ 2.28.1
右手に込めた力に応じて上下が反転する。
反転したことで上方に来た敵機に向けて機体を上昇させる。
水平尾翼の後端が上がり、同時にF15MRG3エンジンノズルに取り付けられた、特徴的な形の三枚の推力偏向パドルが動き、ジェット噴射を上方に捻じ曲げる。
さらに、コクピット下に大きく開口したエアインテーク脇に増設されたカナード翼が動き、機首上げの動きを加速する。
進行方向に対して強引且つ急激に機首上げを行った為に、主翼上の気流が乱れあわや失速するという不安定な飛行状態を、偏向パドルに制御された大推力のジェット噴射が機体を前方に押し出して気流を戻し、失速状態を感知した機体制御システムに操られたフラッペロンが微妙な動きをして、翼表面から剥がれる寸前の気流を強引に整える。
結果、四〇式零改は空中で上下逆になったままあり得ない動きをし、達也の全身にハンマーで殴られたような高Gを叩き付けつつ、達也が目標と定めたファラゾア機に向けて猛ダッシュを行った。
HMDの中では、レーダー探知による緑色のターゲットデザイネータ(TD)ブロックと、GDD探知による紫色の円が、共に白銀色のファラゾア機に重なるように表示されている。
TDブロックの内側には、光学探知でも敵を捕捉している事を示す、正方形の各辺の中央から内向きに伸びた短い線が上下左右に表示されている。
そこにさらにターゲットダイアモンドと言われる緑色の菱形のマークが重なり、レーダー、光学、GDDの何れかの情報を元にターゲットがロックオンされている事を示す。
これを円で示されるガンレティクルの中心に表示されているセンタードットに合わせてトリガーを引く訳だが、どうにも表示がゴチャゴチャしていて煩わしい。
最低でも週に一回は送るようにと大下から強く依頼されている報告書に書いてやろうと思いつつ、達也はトリガーを引いた。
左右機体上面に増設されているコンフォーマルタンク内に格納された20mmガトリングガンが毎分7200発の速度をもって、ウラン238で出来た20mm焼夷徹甲弾をばら撒く。
右側胴体内に20mmバルカン砲が一門のみであったF16に較べて、コクピットを挟んで左右にガトリングガンがある四十式零改では、発射ノイズが凄まじい。
コンフォーマルタンク先端に開けられた射出孔から、機体の速度に発射速度を上乗せされ、音速の四倍もの合成速度で撃ち出された20mm砲弾が、数珠つなぎになって大気を切り裂き、目標に向けて突進する。
達也の機体から撃ち出された左右合わせて約130発の20mm砲弾のうち、多くは的を外れ、そのまま空を切って南シナ海に向けて落下していったが、それでも達也の驚異的な射撃技術によって四十発以上がファラゾア機に着弾した。
ファラゾアンチタニウム合金と呼ばれるようになった白銀色の、いまだ地球人類では再現できない超高張力合金で作られたクイッカーの外殻に、その四十六発の20mm焼夷徹甲弾が喰らい付く。
例え地球の技術では作り出せない様な超合金ではあっても所詮は戦闘機の外殻。
相対速度1500m/sec近い速度で叩き付けられたウラン弾を弾き飛ばすことは出来ず、20mm砲弾はクイッカーの外殻を突き破り次々とその内部に潜り込んで信管を発動させて爆発した。
さしものファラゾア戦闘機も、多数の20mm砲弾を受け、機体内部に潜り込んだ焼夷徹甲弾の爆発で撒き散らされた弾体の破片で重要部分を破壊され、機能を失って薄い煙を引きながら墜落していく。
しかしそれを達也が確認することは無く、その目は既に次の目標に向かっていた。
達也は頭を振って周りを見回す。
HMDの視野外に存在しつつもGDDで探知されている敵には、視野の端に紫色の三角形が表示されて、その方向を示してくれる。
武装巡廻偵察機を撃破して、インドシナ半島に向けて侵攻してきたファラゾア機は二十五機。
スイーパーを割り当てられていたチムン隊B1小隊と、ランビエン隊A2小隊の計六機がこれに対応した。
達也達チムン隊B1小隊は、四〇式零改を手に入れたことで既存のAWACS以上の対ファラゾア探知能力を持つようになった達也からの情報で、事態発生後速やかに侵攻中の敵機の迎撃に向かった。
ランビエン隊A2小隊は、達也からの緊急通信(PAN-PAN)を受け取り、殆ど聞き取れないながらもどうやら武装巡廻偵察機が突破されたらしいと推測した、クバスタンという名のコールサインを持つサイゴン基地所属のAWACS A100からの中継を受けたバクリウ基地が、事の重大さを深刻に受け止め、ファラゾアのジャミングを打ち破れる大出力での通信を送った事で事態に気付き、チムン隊B1小隊に合流した。
ランビエンA2が合流したときにはチムンB1はすでに二十五機のファラゾアと交戦状態であったが、たった三機で敵をよく牽制し、のみならずランビエンA2小隊が到着するまでの僅か十分の間に四機の敵を撃墜さえしていた。
チムンB1小隊といえば、バクリウ基地でも一二を争うエースパイロットであるパナウィー大尉の率いる小隊で有り、そのエースに追従出来る実力を持つ準エース級パイロットであるアラン・マクダネル少尉と、僅かに劣る成績ではあるものの安定して上位の撃破数と生存率を保っていたハキム中尉のトリオであった。
ほぼ一年ほど前に行われた、インドシナ半島とフィリピンから陽動攻撃を行い、実行部隊がマレー半島から侵入するという、半ばルーチン化した敵地上施設の撃破作戦の実行中にハキム中尉が撃墜され、MIA(Missing in Action:戦闘中行方不明者)の仲間入りをした。
インドシナ半島の各基地から出撃した百五十機ほどの地球側部隊に対して、千機以上のファラゾア部隊が迎撃に上がり、大量の敵機に掻き回され大混乱した戦闘空域の中で、ハキム中尉は誰にも気付かれること無くひっそりとMIAとなった。
それは、誰もが自分が生き延びること以外に何も考えられなくなるような、全く余裕の無い酷い戦いだった。
誰がどこに居て、誰が墜とされ、今自分の前を飛んでいるのが誰かさえ分からなくなるような、それ程酷く大混乱した激戦だったのだ。
ファラゾアの圧力が僅かに引き、バクリウ基地からの大出力通信で帰還指示が出て、戦闘空域を離脱した者達が編隊を組んだとき、往路では全て埋まっていた筈の編隊の中にあちこち空いた場所が発生し、おいあいつはどうした? と、初めて居なくなってしまった僚機に気付くような有様だった。
ハキム中尉もそんな空白のポジションを作った内の一人だった。
当然中尉は撃墜されたのであろうと推測されたが、皆自分が生き延びるのに精一杯で人のことに構う余裕など無く、誰もその瞬間を見ていないこと、そして推定被撃墜地点が南シナ海上空、しかもファラゾア制空圏との境界領域が戦闘空域であったために、積極的な捜索活動を長時間行う事も出来なかった事から、結局公式にはハキム中尉の行方は分からずじまいとなった。
ハキム中尉が居たポジションを埋めるため直ちに補充が申請されたが、結局数ヶ月も延々待たされた挙げ句にやっと新兵が補充された。
それが達也だった。
エースの小隊に補充されたのが新兵だと云うことで、誰もが落胆した。
一月もしないうちに、また同じポジションが空き、再び補充申請を出さなければならない羽目になるものと、誰もが思った。
例えその新兵が、かのパナウィー大尉が卒業したというガムペーンセーン航空教育隊で訓練を受け、あろうことか戦時特例とは云え訓練期間を1/3近くまで短縮する程に飛び級を重ね、教育隊が保持していたありとあらゆる記録を書き換えて訓練を修了した規格外の十六歳の小僧だと知った後でも、皆の意見に変わりは無かった。
新兵は新兵。
戦闘経験の無い者は簡単に墜とされる。
新兵の一年後生存率は50%を割っている。
だが50%という数字は、パイロットとなった全ての新兵の平均だ。
ファラゾア降下地点から僅か1000kmしか離れていない、日常的に交戦が発生し、頻繁に大規模侵攻を受ける正真正銘の最前線のこの基地で、戦闘機パイロットとなった新兵が一年後に生きている確率など10%を割り込むだろう。
いや、右も左も分からずまごまごしている内に、自分が死んだ理由さえ分からず初戦で命を落としてしまうのがオチだ。
最前線に配属された殆どの新兵が戦い方を覚える間もなく一瞬で死んでいく中、死と死の間の僅かな隙間に生き延びる道を見つけるだけ運が良く、さらにその道をたぐり寄せ辿り着く事が出来るだけの技術を持っていた者だけが、初陣を生き残る。
その後も毎日のように同じ状況が続く中、僅かな生を見つけて死の狭間をこじ開け、そこに辿り着く技術を身につけていく。
死に喰い付かれるよりも先に生き残る技術を身につける事が出来た者だけが、一年後まだ生きて空を舞っているのだ。
しかし予想に反してその新兵はしぶとかった。
そもそも配属初日、移動中にファラゾアに襲われながらも丸腰の自機を操って逃げまくり、あまつさえ同じ丸腰の同期達を庇って生き抜いたという。
配属後数日で大規模な作戦に駆り出され、新兵のくせに一日に三度の出撃をこなし、それどころかあのパナウィー大尉の後ろにピタリと張り付き、しかも彼女たちに負けないほどの戦果を上げた。
その後も出撃を重ねる度に戦果を上げ、今では同じ小隊内の先輩であるマクダネル少尉を押さえて、パナウィー大尉に次ぐスコアを毎日のように叩き出している。
しかもその新兵が乗っているのはF16V2とは名ばかりの、V2をV2たらしめている各種追加装備が搭載されていないヴァニラ・ヴァイパー(ライトタイプ)であり、さらに武装の不利を補うために翼下バルカンポッドを搭載したことで、機体重量を増加させ分散させてしまい運動性を犠牲にした機体なのだ。
その様な機体を操って、F16V2を駆るエースであるパナウィー大尉に追従し、そして彼女と遜色のないスコアを上げる。
コイツは本物だ、と皆が考えを改めた。
ハキム中尉に代わってルーキーがそのポジションを取るようになったチムンB1小隊は、いつの間にか「デルタサーカス」とあだ名で呼ばれるようになった。
デルタ編隊を組んだまままるで鏃のように激戦区へ突入し、形を崩しつつも編隊のまま次から次へと敵を屠っていく。
希にその三角形が大きく分解することもあるが、一瞬の後にはまた再び美しいデルタ編隊に戻っている。
それは戦闘と云うよりもまるで曲技団の演技飛行を見ている様で、戦場に似つかわしくない程のその余りに軽やかな舞を見た者達は、誰もがデルタサーカスの名に納得したのだった。
その恐るべき才能を持つ新兵にやっと正規のヴァイパーが支給された。
と思ったら、日本製の見たことも無い奇怪な最新鋭機を引っ提げて戻って来た。
大きく不利な条件でもエース並みのスコアを叩き出すルーキーが最新鋭の機体を手に入れたとき、一体どれ程手の付けられないことになるのか、皆興味津々であった。
そしてランビエンA2小隊は、指定された戦闘空域に到着したときそれを目撃した。
性能に勝り数にも勝る多数のファラゾア機に囲まれるようにして、雲を縫い大気を切り裂いて飛び回る三機の地球製戦闘機。
流石にその圧倒的に数的劣勢である状況の中でデルタ編隊を組む事は出来ないらしく、三機がそれぞれバラバラに飛行し戦っていた。
しかしそれはただ適当に飛び回っているだけでは無く、まるで常にお互いの位置と動きを把握し、それに対する敵の動きを予測し、一見バラバラに見える動きの中でも実は互いにカバーし合い、そして互いに敵を上手く誘導し合っているような、極めて高度かつ有機的に連携した戦闘機動の連続である事に彼等は気付いた。
中でも特に、青と濃紺で海洋迷彩を施された最新鋭機の動きは異常だった。
その異常さを感じさせるのは、常に敵の動きを予測し、そしてまるで後ろに眼が付いているかのような、パイロットの技量による動きだけでは無かった。
元々F16よりも25%も大きい主翼を持つことで翼面積荷重の低いF2ではあったが、大小都合四枚のカナードを増設され、ジェットノズルに大型の推力偏向パドルを取り付けられたことで、その運動性が劇的に向上していた。
その機体はあり得ない方向を向き、あり得ない角度で曲がり、そしてあり得ない複雑な動きをした。
従来の飛行機の動きに慣れた眼には、その戦闘機のあらゆる挙動が異常と映った。
大量の敵が存在する空間を複雑な動きで互いに連携を取りながら踊るように機動する三機の中でも、その一機だけが突出して特に複雑な動き方をしていた。
その美しいとさえ言えるデルタサーカス達の戦闘に思わず突入するのを躊躇うほどであったが、ランビエンA2小隊がその戦闘空間に飛び込むことで、元々三機で釣り合っていた実質的戦力比が大きく地球側に傾いた。
ランビエンA2小隊が到着した時にはまだ二十一機のファラゾア戦闘機が存在したが、ランビエン隊が加わったことで敵機数は次々と撃墜され始め、二十分も経つ頃にはファラゾア側には地球側と同数の六機の戦闘機が残存しているのみとなっていた。
ファラゾアの戦術の常として、残存機数が地球側よりも少なくなった時点で撤退することが多いが、この時もその例に漏れず、数分後さらに一機のクイッカーが撃墜されて残機数五となったところで、全てのファラゾア機はカリマンタン島方面に向けて地球の戦闘機では追い付くことの出来ない高加速で撤退していった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
会話ゼロ回となりましたが、読みにくいでしょうか・・・
自分の文章が、結構回りくどく持って回った言い方をする事が多いのは自覚してます。
戦闘時のスピード感を出すための超短文をより際立たせる為に、意図的にやっているところもあるのですが。
文章の描写だけだと多分分かりにくいと思われ、本当なら戦闘機の絵を描きたいのですが、なかなか時間が取れず・・・