27. スイーパー
■ 2.27.1
異なる機体では、ありとあらゆるものが違う。
情報は同じであったとしても、その表示方法や表示位置が異なる。
当たり前のことだった。
地上を走る乗用車でさえ、車種が違えばメーターや表示の配置が異なる。
乗用車が走るのに必要な情報など、エンジンの回転数計と、強いて言えば燃料計と水温計程度でしか無いと云うのに、その程度でさえ表示方法や表示位置が異なり、車を乗り換えれば違和感を感じるのだ。
運航するために遙かに多量の情報を必要とする航空機であれば、尚更のことだった。
幾つもの書類にサインをし、機体受け取りの手続きを終えた後に、格納庫の中でF2C KAI type 40、すなわち四〇式零改のコクピットに入りシートに腰を落ち着けた達也は、モニタの形状などが異なる事を、諦めつつも多少の違和感を感じていた。
アビオニクス類の主電源を入れ、コンソールの殆どを占領しているモニタディスプレイに各種情報の表示が浮き上がると、その違和感はさらに増した。
「ソフトウェア類はF16のものとは異なる。全て日本でF2用に新たに開発されたものだ。もちろん、F16のものを参考にはしているがな。ただ改良が行われる度にあちこち更新されたので、四〇式は既に似ても似つかぬものになっている。慣れろ。若いんだ。逆に、慣れることが出来なければ、命を落とす。どのみちいつまでもF16に乗っているわけにも行かないんだ。」
ラダーを登り、コクピットに身を乗り出して達也に表示類の説明をしている大下が言った。
「機体の挙動もかなり違うはずだ。燃料はたっぷり入れてある。バクリウに戻るまでの間、色々やって慣れろ。帰り着いたらすぐ出撃できる位のつもりでやれ。最前線のパイロットが機体転換訓練で何十時間も貰えるなんて、考えが甘い。」
HMDとモニタの表示について重要な点を掻い摘まんで説明した大下が、ラダーを降りる前に言った。
そういうものなのだろうか、と、機体転換の経験が無い達也は思った。
もちろん大下は極めて乱暴なことを言っており、実際F15DJに乗って最前線で戦っていた日本空軍のパイロット達がF15RJを受け取ったときには、最低でも二十時間の習熟訓練期間が設けられていた。
平時であれば、二十時間でも短すぎて認められない程だ。
だが達也はそれを知らなかった。
牽引車に引かれて格納庫から出て行く四〇式を見上げ、大下は達也に言った。
「使いこなせ。お前なら出来る。だから渡した。そしてもっと敵を墜とせ。」
牽引車に引かれて格納庫前エプロンの駐機スポットに止まる。
電源車がやってきてケーブルを接続し、電源供給が始まると達也は、エンジン点火スイッチを押す。
緑のスイッチが赤く変わり、背中の向こうでエンジンが回り始める動力音が機体を震わせ、徐々に回転数が上がり金属音が高くなっていく。
HMDスクリーンを兼ねたシールドバイザーの向こうに、腕を組んだ大下と、軽く敬礼をするリウ中尉が格納庫前に並んで立っているのが見える。
キャノピを閉め、達也は二人に答礼した。
フットブレーキを離すと機体がゆっくりと前進し始めた。
冬の亜熱帯の柔らかな日差しを受けた紺色の機体が滑るようにタクシーウェイを進んでいく。
タクシーウェイを移動しつつ、カナード翼やフラップの動作を確認しているうちに滑走路へと到達する。
「UN3843, this is KHH control. Runway 02R, Wind 25 at 02, cleared for take off.」
「UN3843, copy. Thanks KHH.」
滑走路端で一瞬停止した後、離陸許可を受けた達也は、スロットルを50%の開度まで動かした。
甲高いタービン音がさらに高く大きくなり、機体は弾かれたように滑走路上を加速し始める。
100mほど進んだところでスロットルを全開にし、リヒートを点火すると、機体はさらに加速する。
3000mを超える滑走路の半分も使わず離陸速度に達し、機首を上げて着陸脚を格納する。
着陸脚の空気抵抗が無くなった機体はさらに増速し、達也はそれに合わせて操縦桿を引き、機首を上げた。
達也の乗る四〇式は、その濃紺の翼を陽光に煌めかせ、一瞬で高雄港を通り過ぎて南シナ海上空を高度を上げていく。
先ほどまで乗っていたF16V2の反応とまるで違う挙動に軽く驚く。
とにかく動きが軽い。
海上で大きく左に旋回し、進路を南に向ける。
旋回の最中、殆ど速度低下が無いことと、翼が空気をがっちりと掴んでいる感覚に驚く。
これは確かにフランシスが言った通りかも知れない、と思った。
飛ばし始めてまだ僅かな時間しか経っていないが、確かにこの機体の方が良い。
妙な横滑りや、旋回時にドリフトするもっさりとした感じがまるで無く、考えたとおりにきびきびと動く新しい機体に、達也は思わず笑みが漏れるのを感じた。
高度7000m。南シナ海上空。
達也は黒いフルフェイスのHMDヘルメットの中で声を出さずに楽しそうに笑うと、右手で掴んでいる操縦桿に強く力を入れた。
生まれた国から遙か南方で、個体としてもそしてシリーズとしても初めて実戦に投入された、見慣れない形の青く塗られたその最新鋭機は、急激に機体を回転させながらリヒートの炎を引いて海に向かって真っ直ぐ降下していった。
■ 2.27.2
パナウィー大尉機を左前方80m程度の位置に捉えたまま、高度3000mで安定飛行を維持する。
左を見れば、50mほど離れた所にアランのヴァイパーが、パナウィー機に対して達也とは線対称の位置に浮かんでいるのが見える。
電子音が鳴り、巡廻エリアの東端に達したことを知らせる。
パナウィー機がゆっくりと右にバンクし、旋回を始めた。
達也とアランもそれに続いて旋回を始める。
四〇式零改を駆っての初出撃任務は、スイーパーだった。
人類側が、人類側の制空圏とファラゾア制空圏との境界と認識している辺りを、一日に数度、数時間おきにフル装備の戦闘機が単機あるいは数機で巡廻偵察をする。
この武装巡廻偵察は、レーダーという唯一の遠距離探査能力をファラゾアのバラージジャミングで完全に封鎖されてしまっている地球人類が、何とかして敵の降下地点周辺の情報を得ようと捻り出した、極めて非効率ではあるが、しかし現在のところただ唯一の敵基地周辺を探査し警戒する方法だった。
ファラゾア来襲前に大量に衛星軌道に打ち上げられていた、軍事偵察衛星を含むありとあらゆる人工衛星は、とうの昔に全て破壊されていた。
取得したデータを地上に送信しようと電波を発した瞬間、ファラゾアに探知され、数万kmの彼方からレーザーで狙撃されて破壊されるのだ。
その後も、その様な偵察衛星を化学ロケットを使って軌道に投入しようという試みが何度か繰り返された。
しかしカタツムリが這った後のように噴射化学物質の航跡を残し、化学ロケット自体が大量の光を発して非常に目立つこの方法では、ロケットが高度を上げて衛星軌道に近付いた途端にファラゾアに見つかってしまい、やはり遠距離からの狙撃を受けて、軌道投入のため分離される前に最終段ロケット共に衛星は破壊されたのだった。
大気圏内では立地の優位性もあって、ファラゾアとそこそこ互角に戦えている地球人類ではあったが、地球を一歩外に出るとそこはファラゾアが最も得意とする宇宙空間であった。
所詮化学燃料ロケットをどうにかこうにか衛星軌道に乗せることが出来る程度の宇宙技術しか持たない地球人類では、まるで刃が立たなかった。
そして人工衛星による偵察という手段は完全に頓挫したのだった。
苦肉の策で取られた武装巡廻偵察という手段に於いて、制空圏の境界線というのはもちろん地球人類側が勝手に解釈して線引きした結果であるので、この武装巡廻偵察が希に敵を刺激してしまうことがある。
ファラゾアの降下地点付近から、まるでインターセプターのように戦闘機が迎撃に上がってきて、偵察機と交戦に入るという事態がしばしば発生した。
武装した偵察機がこのインターセプターを撃退する事も多かったが、逆に撃退されてしまうこともある。
武装偵察機が撃退されてしまい、尻尾を巻いて基地に逃げ帰ろうとするとき、送り狼のようにファラゾア機がそれに追従する事が多々あった。
既に力負けしている武装偵察機にそのファラゾア機を撃退する力など無く、かと言って送り狼を連れたまま基地に帰るわけにも行かない。
武装偵察機の巡回コースよりも制空圏の内側を遊弋し、その様なファラゾア機を迎撃して基地に近づけないようにする役割を担うのがスイーパーだった。
このスイーパー役の部隊が敵に抜かれてしまうと、後は海岸線沿いに設置された対空防衛陣と、スクランブル待機している機体が防御力となるが、地上に固定された対空防衛陣からの攻撃の命中率などまるで当てにならず、そしてとにかく速度が速いファラゾア機に対するスクランブルは、基地すぐ近くでのギリギリの迎撃になる。
スイーパーは普段仕事は無いが、いざ出番となると非常に重要な役割を担っているのだった。
基地防衛の要であるスイーパーの位置を敵に特定される訳にも行かず、緊張が続き無線封鎖された中での長時間の滞空は苦痛でしか無かった。
武装巡廻偵察機のフライトプランに沿って位置を変えるために時々旋回するパナウィー大尉機に対して、常に正確に同じ位置を維持し、アラン機との位置関係も維持する編隊飛行訓練だとでも思っていなければやっていられなかった。
何度目かの左旋回を行った直後、軽い電子音がしてHMD表示の中に紫色の三角形が表示された。
三角形が指し示す方に頭を向けると、10時の方向に紫色の縁が表示されている事に気付いた。
GDDによる重力波探知。
実際にGDDが敵を探知した表示を見るのは、大下によるデモ以外では初めてだった。
アクティブなファラゾア機の活動を探知したという事だ。
武装巡廻偵察機が迎撃を受けた可能性があることを示している。
偵察機が迎撃を受けた可能性も含め、敵を探知したことで、無線封鎖を解除して僚機にそれを報告するか迷っている内にHMD内の紫色の表示が変わった。
紫色の円がぶれつつも小さく収束し、円の下に小さく点滅する数字が表示された。
450前後の数字が、一の桁が眼にも止まらない速度でカウントダウンしていく。
達也が無線封鎖を破るかどうか躊躇している内に四〇式零改の位置が移動し、結果的に三角測量でファラゾアの大凡の位置が特定出来たのだった。
カウントダウンする数値が点滅しているのは、三角測量した時点での重力波強度を基準として相対値で距離を算出しているため、敵の重力発生装置に出力の変動があった場合、その表示距離は精確では無いと云うことを示している。
もちろん三角測量による位置情報は頻繁に更新されているので、表示の数値が全く当てにならないという事は無い。
コンソールモニタに索敵レンジを表示し、スケールを自動調整する。
緑色の枠が表示され、紫色の三角でGDD探知した敵位置が表示された。
距離400km。高度5000。速度M1.2。マーカーの脇に位置と速度情報が表示される。
三角形の表示が激しくぶれるのは、多分ファラゾア機がドッグファイト中で、重力発生装置の出力が頻繁に大きく変わっているからだろう。
不意に三角形の表示のブレが収まった。
三角形がこちらを向き、頂点の先端で速度を示している線分が伸びる。
距離360、速度M2.5、高度7000、針路07。
表示がぶれなくなったという事は、ドッグファイトが終了し、敵の針路と出力が安定したという事、つまり武装巡廻偵察機が撃破されたという事だった。
達也は躊躇いなくラジオボタンをONにして無線封鎖を破った。
「大尉。AS(Armed Scout:武装巡廻偵察機)が敵IC(Interceptor:迎撃機)と交戦し、おそらくロスト。敵機は方位19、距離35、高度80を速度M2.5、針路07にてこちらに向かっています。ターゲットマージ。敵機数不明。」
一瞬間があって、パナウィー大尉の声がレシーバから聞こえた。
「諒解。ASロスト。敵IC接近中。迎撃する。無線封鎖解除。針路19。」
「07、コピー。」
「13、コピー。」
パナウィー機が大きく左に旋回する。アランと達也がそれに続く。
「達也、可能ならばクバスタン(SGN所属AWACS)に連絡。ASロスト。敵IC侵攻中。」
ついこの間までパナウィーとアランのレーダーに頼りきりだった達也だったが、四〇式零改という最新鋭装備機を手にした今、達也機はほぼ小隊内の電子戦担当だった。
「クバスタン、聞こえるか。こちらチムン13。緊急(PAN-PAN)、緊急、緊急。ASロスト。ファラゾア機侵攻中。コードP。パパ。速度M2.5、針路07にて侵攻中。」
「こ・・・バス・ン。よ・・・えな・。・・一度言・・・れ。」
ノイズに混じって、かろうじて人の声と分かる不鮮明な音が聞こえた。
どうやらクバスタンまでは距離がありすぎるか、或いはこちらがファラゾア降下地点に近いためにバラージジャミングの影響を強く受けているかで、通信することは無理のようだった。
サイゴン基地のA100にはまだレーザー通信は搭載されていない筈だ。
達也はクバスタンへの通信を諦めた。
「大尉。クバスタン通信不良。コンタクト不可。」
「諒解。我々で始末すれば問題無い。今日は雲が多い。高度このまま。バーナーオン。タツヤ、敵位置を読み上げろ。」
「07、コピー。」
「13、コピー。敵機方位18、距離33、高度80、針路07、速度M2.5。」
パナウィー機がアフターバーナーの炎を引いて増速する。
アランと達也もそれに続いた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
更新遅くなりました。何とか更新できました。
・・・軍用の通信コードの良いハンドブックないですかねえ。