4. Shivanshika(シヴァンシカ)
■ 14.4.1
ジュンユーは地面に転がっているAK47を拾ってスリングを右肩に掛け、蹲り意識を失っているらしいマンスールに肩を貸す形で担ぎ上げると、僅か数mしか離れていないところに強襲着陸を決めたエミーリヤの操縦するトラクタの助手席のドアを開けた。
乗用車などよりも遙かに位置の高い助手席に苦労してマンスールの身体を押し上げていると、上からエミーリアの手が伸びてきてマンスールのジャケットの襟を引っ掴み、かなり乱暴にキャビンの中に引き入れた。
エミーリアにマンスールの身体を渡して、ジュンユーは肩から外したAK47のマガジンを差し替える。
案の定、マンスールの身体を引き込むのにもたついているところに、トラクタの強襲で驚き一旦は距離を取っていた狼が戻ってきて、襲いかかろうとする。
着地したトラクタに背中を護られた状態であれば、まだ対処の仕様がある。
発砲する度に衝撃と轟音で破裂しそうに痛む頭痛に顔を顰めながら、トラクタのヘッドライトと投光器で昼間のように明るくなった視界の中、ジュンユーは向かってくる狼に指切りで三発ずつ確実に弾を叩き込んでいく。
「もう良いわよ! 乗って!」
エミーリヤの声が上から降って来たところで、弾倉の残りの弾をフルオートで辺り一面にばら撒き、ジュンユーは助手席に向かって飛び上がりドアを閉めた。
マンスールの身体は、シートの後ろにある僅かなスペースに二つに折れ曲がるようにして突っ込んであった。
ドアが閉まる音と、トラクタが前方を大きく持ち上げ車体後部を下げて大きな角度を付け、まるでG-GYROの様に後方に向けて加速し始めるのが同時だった。
針葉樹の巨木を叩き折りながらトラクタは浅い角度で上昇しつつ急速に後退し、高度50m程で森の木々の上に出る。
真っ暗な森の上で酷い頭痛に顔を顰めつつも、エミーリアは車体を水平に戻しながらコークスクリューの様に一瞬で半回転させ、北に向かって一気に加速し始めた。
相変わらずの、惚れ惚れするような操縦だった。
ここまで来てやっとジュンユーは一息つき、助手席のシートに身体を埋めた。
飛びかかってきた狼の口の中にパンチを叩き込んだ時に切ったか痛めたのか、血だらけの左手が酷く痛む事に今頃になって気付いた。
狂犬病の検査の為に後で病院に行かなければならないな、と思った。
「助かった。もうだめかと思った。よく分かったな。」
「西側の誰のトランシーバも繋がらないし、おかしいと思ってアンタのトラクタの所まで行けば、森の中で派手に銃撃戦してるのが見えたからね。」
暗闇の中コンソールのメーターの明かりで仄かに照らされたエミーリアの顔が、一瞬ジュンユーに視線を向けて言った。
真っ暗な森の中で懐中電灯を振り回しながら立て続けに発砲していれば、音と明かりでそれは目立ったことだろう。
「それにしても、あの酷い頭痛の中、良くトラクタを操縦できたもんだ。やるな。」
「元々頭だのお腹だの痛いのに慣れてるからね、女は。ユリアン生んだときよりはマシだったわよ。」
「そうか。敵わねえな。」
ジュンユーは思わず苦笑いする。
苦笑いしながらふと車窓の外を見たジュンユーの視界に、東の空に掛かる下弦の月が見えた。
「トーチはトラクタの中?」
「ああ。お前もそう思うか?」
「まず間違いないでしょ。降りるわよ。」
何時間も掛けて踏破した森も、トラクタで飛べば一瞬だった。
エミーリアはトラクタを一気に降下させて、森の外れにジュンユーが駐めたトラクタの脇にピタリと着けた。
狼に噛まれた腕や脚があちこち痛むのに顔を顰めながらジュンユーはトラクタから飛び降りる。
頭痛は随分マシになっていた。少なくとも、行動に支障が出るほどでは無い。
トラクタのドアを開け、シートの後ろのスペースに放り込んでいた、地球連邦軍のワッペンが縫い付けられた黒い色の長いバッグを引きずり出す。
ジッパーを開けると、中から携行型対空ミサイルの様な形をした黒い筒状の物体が顔を出す。
携行型緊急通信ロケット発射器(Handy Emergency Call Rocket Discharger : HERD)。
HERDという呼びやすい名前を付けられていながらも、明かりを撒き散らしながら火を噴いて飛んでいく化学ロケットの姿と、味方に緊急を知らせるその機能から、「松明」という通称で呼ばれる特殊用途のロケット砲である。
ジュンユーは発射筒を伸ばし、プラスチックのカバーを押し割ってパワーボタンを強く押し込んだ。
電子音がして緑色のLEDが点灯する。
緑の明かりが数秒で赤に変わる。
暗くはあるが月明かりで辺りが見易くなった中、ジュンユーはトーチを肩に担いでトラクタから数歩離れた。
森とは反対側、北の空に向かってトーチを構え、トリガーを引いた。
鋭い噴射音がして筒の先から弾体が発射され、固体化学燃料を燃焼させる白い炎を引いて一気に高度を上げていく。
弾体は赤く激しく明滅しながら、暗い北の空に向かってなおも上昇し続ける。
地球の夜側にあったユーラシア大陸のほぼど真ん中辺りで打ち上げられたHERDの明かりは非常によく目立ち、地上3000kmに静止して地表を監視している地上監視衛星や、大気圏外で活動中であった連邦宇宙軍戦闘機隊、月周回軌道を回る戦闘機基地やL5ポイントに設置された連邦宇宙軍機動艦隊補給基地など、複数のセンサーで瞬時に捉えられた。
同時にHERDの弾頭がまるで喚き散らすかの様に放出し続ける、電波での救難信号も多くのセンサーで受信される。
ラフィーダのもたらした新技術を活用し急速に整えられつつある全球ネットワークを、軍用緊急最高優先度のタグ情報を与えられた信号が走る。
HERD信号の位置はすでに特定されており、その位置から対応する最適な空軍/宇宙軍基地がシステムによって自動的に選択され、カザフスタン自治区南部の都市アルマトゥイ郊外にある、連邦宇宙軍アルマトゥイ基地が本件の担当基地となった。
アルマトゥイは中央アジア地域でも一・二を争うほどの大都市であるため、当然の如くその近郊にはバックボーンのしっかりとした大規模な地球連邦軍の基地が存在している。
しかしそこで、連邦軍本部のあるヨーロッパ方面からの割り込みが入る。
ストラスブールにある連邦軍参謀本部を経由したその割り込みは、アルマトゥイ基地に送られた指示を上書き消去し、さらに中華連邦の上海に於かれたアジア方面地方司令部サーバの情報をも上書きして、連邦軍参謀本部扱いに変更した。
参謀本部の統括システムは、下位のヨーロッパ方面地方司令部のシステムへと対応の指示を出し、その信号を受けとったヨーロッパ方面地方司令部システムはなぜか現場から距離の近い東方の基地を指名せず、ドイツ南部に存在する基地を主対応拠点として指定した。
以上、地球連邦軍のネットワークがHERD信号を受け取ってから僅か数秒の出来事であり、全てがネットワーク上で自動で処理されたため、この時点でこの異常な処理に気付いている人間のオペレータはまだ一人も居なかった。
対応指示の信号を受けとったドテルンハウゼン基地は、スクランブル待機状態であった三機の戦闘機に出撃の指示を下した。
次いで通常待機状態であった別の三機の戦闘機にも緊急発進指示を下す。
地下六階のスクランブル待機所に駐機していた三機の戦闘機のリアクタがすぐさま始動され、スクランブル発進シーケンスに入る。
通常の地球連邦軍機のダークグレイでは無く、無人戦闘機であることを示すために対レーザーコーティングの色そのままに、全て白色に塗装された三機の戦闘機が重力推進を始動させて、格納庫の床からふわりと浮き上がる。
地下格納庫から出るための巨大な垂直坑へと向かう誘導路を、規定速度と規定経路を無視して120km/hもの高速で空中を真っ直ぐに突っ切って進んだ三機は、縦一列に並んで緊急発進機の為に開放され赤く照明の灯ったシャフトに真っ直ぐ突っ込んで急制動を掛ける。
先頭で飛び込んだ機体から順に、すぐにシャフト内部を上昇し始め、これもまた運用規程を完全に無視する形で三機ともシャフト内で機体姿勢を変えて、機首を垂直に上方へと向けた
ここまで来ればあらゆる規程など今更気にするつもりも無いとでも言うかの如く、シャフト内部で加速し始めた先頭の機体は、まだ開ききっていないシャフト地上部のゲートシャッターの開口部を、シャッターが開ききるのを待つのがもどかしいと言わんばかりに僅か数cmという間隔しか開けずに、820km/hもの速度で通り抜けた。
そして二番機、三番機がそれに続く。
まるでミサイルか砲弾かの様に縦穴から飛び出した三機は、基地上空僅か100mほどでいずれの機体も音速を超えて、超音速衝撃波による爆音を辺りに広がる静かな森と田園風景に向かって撒き散らしながら、鋭く伸びた機首を垂直に突き立てて夕闇迫る茜色の空へと駆け上がっていった。
高度が上がるに従って薄くなる大気濃度に対して、常に出せる限界の速度を出して増速しつつ、大気断熱圧縮の炎を長く引きながら「上昇」するという非常識極まりない飛び方で三機の戦闘機は僅か1分ほどで高度100kmに達する。
なだらかな曲線を描きながら針路を東に向けた三機は、さらに増速しながらゆっくりと大きく間隔の開いたデルタ編隊を組んで地球の夜の領域へと飛び込んでいった。
五千km余りの距離を僅か1分ほどで駆け抜けた三機は、急制動を掛けつつ今度は針路を地表に対して垂直へと変える。
濃密な地球大気の中に飛び込み、再び長く尾を引く断熱圧縮の炎を身に纏ったその姿は、まるで明るく輝く三つの流星が夜の闇を切り裂いて空を駆け抜けていくようにも見え、東の空に下弦の月が掛かった夜空を横切る眩い閃光は中央アジアの広い地域で空を見上げる多くの人々に目撃された。
高度を下げつつ三機は編隊を解き、飛び散るようにしてランダム機動を開始した。
地球連邦軍の戦闘機の接近を感知したか、なだらかに広がるアラトー山地の裾野を埋める深い森の中から、三十機ほどの白銀色の小型機が月の明かりを反射して飛び上がる。
ジュンユーは、エミーリヤと共にその全てを目撃していた。
月が掛かり無数の星が瞬く青い闇に突如明るい光点が発生し、白い炎を長く引きながら西の空から自分たちの方に向かってくる。
見る間に大きくなる眩い流れ星は、やがて三つに分裂し、忙しなく複雑な動きを繰り返してなおもこちらに近付き大きくなる。
森がざわつくような風切り音が聞こえ振り向くと、月明かりを反射して闇の中でも白く光って見える小さな点が数十、真っ暗な森の中から飛び立ち、星空へと駆け上がっていく。
飛び上がった白い点はさらに増速しながら上昇し、辺りに超音速衝撃波の低く腹に来る爆音を撒き散らした。
西暦2052年08月10日、アフリカ南部に存在した地球上最大かつ最後のファラゾア地上施設群、通称ビラヴァ・ポイントが地球連邦軍の全力を注ぎ込んだ猛攻により陥落し、その後もファラゾアの戦闘機生産拠点であった火星から散発的に襲来する敵戦闘機群を継続的に撃退することに成功し、地球連邦軍はこの地球上からファラゾア戦力を一掃したとしてファラゾア撃退宣言を公布した。
世界地図を眺めれば、まるで地図のあちこちに火が燃え広がって燃え落ちたかのように、世界地図の広い部分が敵勢力圏、あるいは人類非支配地域として黒く塗り潰された領域に圧迫され、地球人類に残された生存域は驚くほどに狭く、年を追うごとにさらに狭くなっていく恐怖からやっと解き放たれ、生き残った人々は喜びに沸いた。
しかし実際は、全てのファラゾア戦力が地球上から完全に排除されたわけでは無かった。
地球上に降下した無数のファラゾア戦闘機の生き残りの一部は、ビラヴァ・ポイントが陥落した後もまだ存在し続けていた。
それでも、地球人類の間では通称「時限安全装置」と呼ばれるファラゾア戦闘機独特の機構、機体をコントロールする生体脳(CLPU)の養分となる、機体に格納された有機物が枯渇すれば、ファラゾア戦闘機は徐々に「餓死」し、そう遠くないうちに地球上から稼働するファラゾア戦闘機は一掃できるものと考えられていた。
だがしばらく経って、それは甘い考えであったことに地球人類は気付かされる。
COWと名付けられた、直径30mほどの特殊機体、重水精製能力を持ち、またファラゾア戦闘機が活動するために無くてはならない、生体脳ユニット(CLPU)を生かすための生体維持液(Living Body Maintenance Liquid :LBML)をも精製し、LBMLを供給用カセットに封入して再生し戦闘機に提供する事が出来る機能を持った補給機を中心として、数十機単位のファラゾア戦闘機群がいまだ無数に地球上に存在し、潜伏していた。
太陽系駐留ファラゾア艦隊という、それらに指示を出す上位個体あるいは組織を失ったそれらファラゾア戦闘機による疑似コロニーは、来るはずの無い指示を待ち続け、機体の中枢システムとパワーユニットの稼働率を最低に落として旧ファラゾア勢力圏のあちこちに息を潜めて、ビラヴァ・ポイントが陥落した後三十年以上経過しても未だに存在し続けていた。
カウを中心として地球上に潜伏するファラゾア戦闘機のコロニーは、いわゆるブービートラップの様なものとして配置されていたようだった。
普段は最低限にまで落とした活動により、通常の索敵や地表スキャニングで検知することは出来ない。
地球連邦軍の戦闘機、或いは艦艇などが一定の範囲内に接近してくることを探知すると戦闘機は息を吹き返し、地球大気圏内でファラゾアに襲われることなどもう無いものと油断しているところを、突然後ろから襲いかかる。
そして地球連邦軍だけでなく、連邦政府、延いては地球人類全体を戦慄させたのは、それらのファラゾア戦闘機コロニーの中には、地球製の戦闘機械では無く、地球人そのものを標的としているものがあることだった。
その様なコロニーには、クイッカーやヘッジホッグと云った戦闘機だけで無く、人の脳波を解析しかき乱して意識を失わせ、脳波に類似した信号を打ち込むことで意識を無くした人体を乗っ取り操ることが可能である通称ブレイン・ブレーカーと呼ばれる特殊攻撃機や、従来も地球人類の大量捕獲に活躍したものと推測される、ケージ、或いはネストと呼ばれる地球人類捕獲用の輸送機が含まれている。
地球人類の捕獲を指示され、その「最新」の指示を守り続けていると考えられるその様なコロニーは、戦闘機や艦艇の接近にも反応すること無く、山間の深い峡谷の底や、濃密な森林の奥地、あるいは分厚い氷の層の下やなだらかで優美な曲線を描く砂丘の下に姿を隠し、ただ人が接近してくるのを辛抱強くいつまでも待ち続ける。
この地球上にはいまでも有史以来人が足を踏み入れたことの無い秘境が、まだいくらでも残っている。
前人未踏とまでは云わずとも、十年に一度、二十年に一度程度にしか、酔狂な冒険家か或いは獲物を深追いした狩人が迷い込む以外は全く人が訪れることの無い土地などいくらでも存在する。
その様な場所に隠遁したファラゾア戦闘機のコロニーによる被害はいまだに毎年のように報告されており、喉元を過ぎて徐々に熱さを忘れつつある地球人類に、未だファラゾアとの戦いは終結していないのだと気を引き締めさせるのに一役買っていた。
ジュンユー達が遭遇したのも、その様なファラゾア戦闘機コロニーの一つであったのだろう。
軍に所属していたジュンユーもエミーリヤも、その様なファラゾア戦闘機コロニーが地球上に未だ無数に残っていることは良く知っていた。
そして、自分達の居住する地域にその様な普段人が分け入らないような場所が多数あることも。
考え過ぎとは思いつつも、それ故にエミーリヤは出かけるジュンユーにトーチを持っていくように促し、そしてジュンユーも妻が差し出したトーチを黙って受け取って家を出たのだ。
対人捕獲用に限ったことでは無く、その様なファラゾア戦闘機コロニーに出くわしてしまった不運な者が、未発見且つ未駆除のファラゾアコロニーの存在を軍に知らせ、そして直面している非常事態からの救出を緊急で通報するために開発され、退役軍人を中心に配布されているのが携行型緊急通信ロケット発射器HERD、通称トーチと呼ばれる特殊通信機なのだった。
森から飛び立った三十機余りのファラゾア戦闘機は、大気圏外から急速に降下してくる戦闘機三機の攻撃を受けて、一瞬で1/3ほどの数を失う。
夜の大気を切り裂き暗い空に白く光路が見える大口径レーザー砲が幾条も双方から立て続けに発射されて交差し、ランダム機動でレーザー光を軽やかに躱し続ける三機に対して、上昇中のファラゾア機は次から次へと直撃を食らって、白く眩い光を放ち爆発し、吹き飛ばされ山なりの曲線を描いて再び地上に向けて墜ちていくか、力なく航路を外れ緩い放物線を描いて暗闇の中に消えていく。
二十機を割ったファラゾア戦闘機が散開し、そこに降下してきた三機が突っ込む。
圧倒的に数の多い敵による包囲網の中にまんまと捉えられたに見えた三機であったが、急激な加速と旋回を繰り返し逃げ回るファラゾア機を追い立てるその状況に、実は三機が敵の集団のど真ん中を食い破ったのだという事に気付かされる。
それはまるで、柔らかな白い月明かりが差す暗い夜空の中を逃げ回る白い羊の集団を、追い立て駆け回って食い破る三頭の白い狼が暴れ回っているかのようにも見えた。
幾つもの白い点が急加速して現れては消え、突然白く眩い炎を噴いて吹き飛ばされ、薄煙を引きながら放物線を描いて地上へと落下していく夜空を見上げて、ジュンユーは古い記憶を思い出す。
傷付き力なく横たわる幼馴染みを両手に抱いて身体を支え、突然の戦いで埋め尽くされた空を見上げたあの日。
空を埋め尽くす、陽光を反射して煌めく無数の白銀色の点と、追い立てられ、火を噴き爆散し、真っ黒い煙を引いて地上へと墜ちていく灰色の地球製の戦闘機。
誰が見ても地球製の戦闘機は圧倒的且つ絶望的に不利であり、次々に撃ち落とされ爆発し数を減じていく。
その余りに衝撃的な光景を、腕の中の彼女と共に言葉も無く目を見開いて見上げていたあの日。
地球人の作った戦闘機は余りに非力で、そして地上に這いつくばり両手に抱いた幼馴染みさえも満足に護れない自分はもっと非力で。
青い空の中、白く煌めき我が物顔で空を飛び交う敵を、どれだけの怒りを込めて見上げ睨み付けようとも、ただ地上に居るしか無い自分には何も出来ず。
いつの間にか肩を並べるようにしてすぐ脇に立ち、満天の星空を背景に月明かりの中で行われる激しくも美しい戦いを、共に見上げる妻の肩を抱く。
また一機、夜空に白く眩い一瞬の煌めきを残し、ファラゾアの戦闘機が消えた。
無力だった少年は奴等を墜とす力を手に入れ、無数の敵を墜とし、その技を伝えた。
惑星の大気圏内での戦闘行動を考慮した空力的に有利な流麗な形状と、鋭利な刃物のような鋭く短い主翼と四方に突き出た補助翼を持つその白い機体は、白い月光を反射して青い闇に埋まった空を縦横無尽に駆け回る。
その姿はむしろ余りに幻想的で、恐ろしい破壊と殺戮をもたらす力さえも美しく、静かに冷たく描かれた一枚の絵のように頭上に広がっていく。
やがて夜空を飛び交う白い点は数を減らし、そして鋭く尖った機首を持つ同じ形の三機だけが残った。
連携しつつもそれぞれが独自に機動し戦っていた三機が、一斉に急旋回して南に向かう。
夜空に散らした銀色の砂の様な星々を背景に、月光を浴びて白く稜線を浮かび上がらせる岩山の連続した峰々を背景に、三機が暗い森の上を南に向かって飛び抜けると、遙か彼方の山腹の森の中、幾つかの小さな爆発の明かりが一瞬煌めくのが見えた。
そのまま南の空に飛び去るかに見えた三機は、大きく弧を描いて旋回して戻ってくる。
ジュンユーとエミーリヤが見上げる中、高度を下げた二機が僅か数百mの距離を残して空中に静止した。
青い闇を背景に月の明かりを反射して白く輝くその優美な機体は、長く鋭い機首をこちらに向けて、暗闇の中まるで二人の姿を確認するかのように僅かな時間留まった後、その場で機首を上げて縦に機体を回転させて、西の空に向かって一瞬で飛び去り消えていった。
「・・・シヴァンシカ。」
短い夏草で覆われた平原を渡る風に、西の空を見上げるジュンユーが呟いた声が消えていった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
長らくお付き合い戴き有り難うございました。
沢山の感想を戴き、拙い文章の誤字のご指摘もいただきました。
様々な形での皆様の応援に心から感謝致します。
本作これにて完了です。
ちょっと休憩した後に、300年ほど時を下ります。
奴らが帰って来るぜ。w
(魔王様達はまだちょっとロングホリディ)