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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十四章 Standing by you(スタンド・バイ・ユー)
404/405

3. 白い影

 

 

 

■ 14.3.1

 

 

 トラクタの荷台は、二十人もの男達を乗せてぎゅうぎゅう詰めの状態だった。

 とても快適とは言えない状態だろうが、未舗装の道を20kmも先のタンバリタスの森まで地上を自動車で走ることを考えれば、空中を移動できるトラクタの方が遙かに速い。

 

「出すぞ。皆何かに掴まってくれ。」

 

 そう言ってジュンユーは運転席左側、右ハンドルの自動車であればシフトレバーがある位置に設置してあるスロットルを開ける。

 全長10m以上もあるトラクタは、地球重力の束縛を逃れてふわりと宙に浮いた。

 途端にトラクタ全体が無重力となる。

 

 居住性に重きを置いていないトラクタであるので、搭載されている人工重力発生器は、推進用の重力場の中に居住用の1G空間を入れ子のようにして形成するAGGセパレータ技術を有していない。

 即ち、加速中は基本的に常に無重力となる。

 空中にただ静止するだけの場合でも、それは地球の重力場の中で相対的に加速していると同義であるのでやはり無重力状態になるのだ。

 

 そしてトラクタの運転席はもとより、人員を輸送する事も想定されている荷台についても、無重力状態の中で浮き上がってしまわないように乗っている人間が捕まるハンドルが幾つも設置されている。

 荷台に載っている男達も慣れたもので、ジュンユーから声がかかると同時に皆ハンドルをしっかりと握りしめ、浮き上がって振り落とされることの無い様に備えていた。

 

 村の広場から浮き上がったトラクタは、高度30mに達したところで南に向けて加速し始める。

 村の家々の屋根の上を飛び越え、トラクタの速度はすぐに200km/hに達する。

 村は一瞬で後ろに置き去りにされ、星明かり以外には全く明かりの無い暗闇の荒野をヘッドライトの明かりだけを頼りにトラクタは飛ぶ。

 ジュンユーの操縦するトラクタの右後方30mの位置、戦闘機隊で言うならば二番機の位置には、エミーリヤが操縦するトラクタがピタリと追従している。

 どうやら艦隊勤務と専業主婦であった時間の長いブランクのあとでも、彼女の操縦の腕は鈍っては居ないようだった。

 

 二台のトラクタは南のアラトー山地に向かって、ヘッドライトの向きを下げて舗装されていない街道の両側を地上を照らすようにして進む。

 三人の子供達がバイクに乗って村に帰っている途中であれば、バイクのヘッドライトを見つけることも出来るだろうが、もし何らかのトラブルを起こして街道脇に駐まっている場合にそれを見落とさないようにするためだ。

 しかし街道脇に子供達の姿を見つけること無く、二台のトラクタはアラトー山地に辿り着く。

 

 前方には黒々とした針葉樹の森が広がっていた。

 アラトー山地周辺は、春から夏にかけて大量の雪解け水が流れ落ちてくることもあり、なだらかな傾斜の山の中腹から裾野までを深い針葉樹林が覆っている。

 山並みを越えた向こう側にあるイシク・クル湖までの数十kmは広大な森林地帯である。

 

「エミーリヤ、お前は東だ。俺は西に向かう。」

 

「諒解。気をつけてね。」

 

「そっちもな。」

 

 森の北端に到達したトラクタ二台は、左右に分かれて旋回しそれぞれ東西に向かう。

 約500mおきに二人一組の捜索隊の男達を降ろしていく。

 全員を降ろしたところでジュンユーはトラクタをUターンさせ、数kmほど戻ったところでトラクタを地上に降ろしてリアクタを切った。

 助手席に座っていたマンスールに声を掛け、銃を掴んでトラクタを降りる。

 

 エミーリヤはトラクタの運転手をするだけで、皆が捜索している間は車内で待機となるが、男でありまた元軍人であるジュンユーはトラクタを置いて捜索隊に加わり森の中に入る事になっている。

 東西に5kmほどの広がりがある捜索隊の横列の、ちょうど真ん中辺りがトラクタを操縦するジュンユーが担当する場所だった。

 自分の孫を探すのだ。

 例え車内で待機しろと言われていても、森に入ってヴァレリアンを探しただろうが。

 

 いつでも撃てるように銃を右肩に掛けて左手に大型のLED懐中電灯を持って森の中に分け入る。

 この辺りは乾燥した気候であるので、森の中の下生えの背丈がそれほど高くないのがありがたい。

 藪漕ぎなどする必要も無く、普通に歩いて森の中を移動できる。

 

 近付いてきては、人の気配に怯えたか懐中電灯の明かりに驚いたか、すぐに走り去っていく動物の気配を時折感じながら二人は森の中を進んでいく。

 森を進んでいくうちにジュンユーは軽い頭痛を覚える事に気付いていた。

 昼間炎天下で農作業をして、夕食も摂らずにそのまま捜索隊に参加した無理が祟ったか。

 年はとりたくないものだ、と思った。

 軍人としてそれなりに鍛えられた身体は、若い頃ならその程度の無理は何の問題も無くこなしていた。

 退役してからも毎日の農作業でそれほど衰えてはいないつもりだったのだが、しかし身体は正直だった。

 もう余り無理の利かない歳になってきたということだろう。

 この先さらに歳をとるにつれて、もっと身体が動かなくなっていくのだろう。

 

「マンスール。少し休まないか。」

 

「そうだな。無理をして捜索隊が遭難してちゃ笑い話にもならん。」

 

 頭痛は徐々に酷くなってくる。

 そろそろ行動に支障が出始めるほどに酷くなったところで、ジュンユーは同行するマンスールに声を掛け、休憩を取ることにした。

 腕時計を見ると、トラクタを降りて森に分け入ってから、もう一時間以上経っている。

 

 手近な大木の根元の、根が盛り上がってちょうど良い高さになっているところに腰掛ける。

 すぐ脇に座ったマンスールが水筒から水を飲み、その水筒をジュンユーに手渡した。

 ジュンユーは一口水を口に含むと、水筒をマンスールに返し、口の中の水を何度にも分けてゆっくりと飲み下した。

 喉は渇くが、一度に大量の水を飲むと身体が動かなくなる。

 そもそもマンスールの水筒に、がぶ飲みするほどの水は入っていない。

 

「他の連中はどうしているだろう。小僧共は見つかったかな。」

 

 そう言ってジュンユーは腰にぶら下げていたトランシーバを手に取った。

 

「こちらジュンユーだ。皆異常は無いか? 怪我をした者はいないか?」

 

 通話ボタンを放してしばらく待ってみたが、誰からの応答も無かった。

 もう一度繰り返して皆に呼びかけてみるが、トランシーバからはホワイトノイズが聞こえてくるだけだった。

 

「しまったな。故障してるか。受信は確認したが、発信の確認はしなかったんだ。」

 

「どこかの故買屋から大量に仕入れたとか言ってたからな。スカを掴まされたんだろう。受信は出来たんだろう? 最悪、銃を撃てば緊急事態を知らせることくらいは出来る。」

 

 森の中は音が吸収されやすいとは言え、他に殆ど音がしないところで銃を撃てば流石に目立つ。

 特に夜は遠くまで音が聞こえる。

 少なくとも500m程度の距離しか離れていない両脇の連中には確実に聞こえるだろう。

 

「仕方ないな。さて、そろそろ行くか。」

 

 そう言ってジュンユーはトランシーバのクリップをベルトに差して立ち上がった。

 

「そうだな。まだもうしばらく奥に進まなきゃならんだろう。」

 

 息子から預かった大切な孫、眼に入れても痛くないほどにかわいがっている孫とはいえ、本物の荒野での遭難者の捜索はシビアだった。

 二次遭難を防ぐため、捜索隊は誰一人無理な捜索をしてはならなかった。

 勿論ジュンユーは孫のためであれば少々の無理は厭わない覚悟であるが、他の者はそうでは無い。

 例え子供達が命を落とすようなことがあろうとも、二次遭難を出さないように行動する。

 都会の甘く生ぬるい倫理観とは異なり、それがこの過酷な大地で人が生きていくために守るべき掟だった。

 尤も、人間は感情の生き物であり、過酷な荒野であるからこそ子供を護るために無理をする、という一面もあるのだが。

 

 ・・・やはりおかしい。

 ジュンユーは酷くなる一方の頭痛に顔を顰めながら、一歩足を踏み出すだけでその衝撃で頭が割れそうなほどになる自分の体調に疑問を覚えた。

 確かに昔に較べて身体は衰えている。

 孫の顔を見たくて、昼間の農作業を少々無理に進めたというのも否定はしない。

 しかしそれにしても頭痛が酷すぎる。

 寒気も感じず、異常な発汗も無いので、熱中症や風邪というわけでも無いだろう。

 ペアを組んでいるマンスールの足取りも、先ほどまでに較べて随分鈍っているように思えた。

 

「マンスール。お前、頭が痛くないか?」

 

「なんだ、お前もか。インフルエンザでも流行ってるのかな。クソ、こんな時に間の悪い。」

 

 やはりそうか、と思った。

 しかし決め手が無い。

 

「もしかして、森に入る前は全く平気で、森の奥に進むに連れて頭が痛くなったんじゃないのか?」

 

「その通りだ。」

 

「暑いか? 或いは寒気がするか?」

 

「・・・いや、そんな事はないな。」

 

 ジュンユーがとりとめもないように思える幾つもの質問を矢継ぎ早にしたことで、不審げな表情でマンスールがジュンユーを見ている。

 

 可能性としては低い。

 しかし、自分達の症状は、伝え聞く話にそっくりだった。

 これが孫の捜索でなければ、とうの昔に引き返していただろうに、と思った。

 どうする。

 いや、どのみち自分達がこのまま進んでも、何が出来るわけでもない。

 ならば早めに引き返した方が良いに決まっている。

 エミーリヤに手渡されたトーチは、重いので移動の邪魔になると思い、トラクタに置いてきてしまった。

 ただ、誤報を発してしまう可能性に躊躇しているだけだった。

 しかし、孫とその友達の村の子供が捕らわれているのだ。

 腹を括るべきだ、と思った。

 

「マンスール、引き返そう。この頭痛はおかしい。」

 

『それは同意するが、良いのか? 引き返して。」

 

 孫の捜索を放り出して引き返しても良いのか、とマンスールは言っていた。

 しかしジュンユーが考えているとおりなら、どのみちこれ以上進んでも意味が無いのだ。

 生身の人間に何が出来るわけでもない。出来ることなどたかが知れている。

 むしろ問題をより面倒にしてしまうだけだろう。

 

「多分俺達では・・・ぐっ!」

 

 突然更に強烈な頭痛が襲ってきた。

 世界が回る。立っていられない。

 マンスールも同様の状態らしく、頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 森の奥を睨み付けるジュンユーが手に持った懐中電灯の明かりの中で、白い影が動いた。

 

 しまった。

 こんな時に。

 こんなに接近されるとは。

 普段ならとっくに気付けたはずが、徐々に酷くなる頭痛のせいで周りの警戒を怠っていた。

 100mも無い藪の向こう側に白い影が立ち止まり、ライトの光を緑色に反射する眼をこちらに向ける。

 狼だった。

 人間の脳波が攻撃対象なので、異なる生物種である狼は影響を受けないのだろう。

 ふと気付くと、正面だけでは無く、左右の森の暗闇の中に懐中電灯からの拡散光を反射して緑色に光る眼が幾つも見えた。

 

「マン、スール・・・狼、だ・・・クソ。」

 

 連続でハンマーで殴られ続けているかの様に、物理的に割れそうな程に痛む頭痛を歯を食いしばって耐え、歯の間から漏らすかのように声を絞り出して名前を呼ぶが、うずくまったマンスールはピクリとも動かない。

 既に意識を刈り取られたか。

 徐々に混濁してくる意識の中で、ジュンユーは懐中電灯を左手に持ち替え、右肩に掛けていたAK47のストラップを肩から外し、左手でグリップを持つ。

 セーフティーを外し、初弾を送り込む為にボルトを引く右手が酷く緩慢な動きに思える。

 正面の狼がこちらに向けてダッシュする。

 周りの他の狼も同じだろう。

 連中も人間のことを良く知っている。

 こちらが銃を乱射し始める前に、肩から銃を外して初弾をセットするまでの間に、一気に距離を詰めるつもりなのだろう。

 機械音がしてボルトが戻る。

 銃床を肩に当てるのももどかしく、右脇に構えたままトリガーを引く。

 AK47特有の派手な破裂音が連続して、正面の狼を目掛けて弾が飛んでいくが、当たらない。

 割れそうに痛む頭に衝撃で更に激痛が走り、目が眩み意識が飛びそうになる。

 グリップに添えた左手が握っている懐中電灯の明かりの中で、白い狼の影が横に跳ねて消える。

 既に距離は半分以下に詰められている。

 狙って撃っていたのでは、後ろから首筋に喰い付かれる。

 覚束ない足元で、ジュンユーは身体を回しながら、懐中電灯の明かりに白い影が映る毎にトリガーを引く。

 幾つか着弾の湿った音と、狼の叫び声が聞こえた。

 何匹かは倒しただろう。

 しかし、後から左右から、土を蹴る重い足音が急速に近付いてくるのが聞こえる。

 さらに回りながら白い影にトリガーを引く。

 右脇から重い衝撃を受けて、よろめき蹈鞴を踏む。

 右足に衝撃と熱い感触。

 膝丈のコートでは、膝から下が丸見えで無防備だった。

 背中に更に衝撃。

 足元の狼に銃口を向けてトリガーを引く。

 発砲音と同時に湿った着弾音がして、血が飛び散り鳴き声と共に狼が弾き飛ばされる。

 左腕に痛み。

 ザラル繊維のコートは狼の牙を通さないので、喰い付かれてもすぐに離れる。

 クソ、何匹居やがるんだ。

 この頭痛が無ければ。

 多少はマシに立ち回れるものを。

 動き続けなければ、首筋をやられる。

 頭が破裂しそうな頭痛に歪んで回る視界と、次から次に痛みを知らせてくる全身。

 銃声と、狼の断末魔の鳴き声と、湿った着弾音。

 トリガーを引くと、カツンとした軽い衝撃だけがあり、銃声がしなかった。

 ジュンユーは銃を捨て、右腰の鉈を逆手で引き抜いた。

 左腕に喰い付いた狼にそのまま左腕を押し込み、右手の鉈で喉を掻き切る。

 その右手に喰い付いてきた狼の喉に右手を更に押し込み、腕を振って地面に叩き付けながら口を切り裂く。

 正面から飛びかかってきた奴の開いた口に懐中電灯ごとパンチを叩き込んで食わせ、右手の鉈を腹に突き入れて斬り捌く。

 飛び散ったのは自分の血か、狼の血か。

 後ろから衝撃があり、肩に狼の前足の重さが掛かる。

 マズい。

 狼の息が首筋にかかり、唸り声が耳元で聞こえる。

 頭を後ろに反らして首筋を隠し、見えないままに右手を後ろに振って、逆手で持った鉈を下から腹に叩き込む。

 右手にぬるりと暖かい血の感触。

 あと何匹居る?

 流石に無理か。

 クソ、こんなところで。

 

 次の瞬間、辺り一面を真っ白な光が埋める。

 視野に、自分を取り囲む夏毛の白い狼が何匹も見えた。

 白い毛を血で赤く染め、地面に横たわるものも。

 夏なのにこんなに居やがったのか、と思った。

 森の木を力任せに叩き折るような激しい音が連続で響き、すぐ脇の地面に何か重いものが突っ込んで止まった。

 頭上で軽機関銃らしい軽い破裂音が連続して響く。

 

「乗って! 急いで! 長くは保たない!」

 

 それはまるで、地獄で天使の声を聞いたようにさえ思えた。

 ああ、昔助けた奴らもこんな気持ちだったのかな、などと場違いに悠長な思考がふと頭をよぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 エミーリヤたんマジ天使、とか言わないように。w

 パクると怒られるからね?


 

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