11. FRIEND(友人)
■ 13.11.1
ミサイルを撃ち尽くしたコルベット艦には、もはや出来ることは何も無いと言って良い。
口径1000mm、出力1000MWを越えるレーザー砲を装備してはいるものの、敵艦隊とすれ違う形で発生する反航戦の中敵艦隊がレーザー砲の有効射程である30万km以下の距離に存在するごく僅かな時間では、数千mもの巨大な艦体を持つファラゾア戦艦に有効な損害を与えることなど不可能だった。
かと言って充分なレーザー照射時間を稼げる同航戦では、下手をすると一隻当たり数百門を超える敵のレーザー砲群から集中砲火を浴びせかけられる事となり、僅か四門のレーザー砲しか持たないコルベット艦が三十隻ほど集まろうとも、味方の損害数がうなぎ登りになるだけで敵に有効な損害を与えることなど出来ないのだ。
広大な宇宙空間という、空間的物理的に「起伏」の全く無い平原で行う艦砲の撃ち合いにおいては、レーザー砲の数と出力とで決定されるランチェスターの法則が正しく有効であり、巨大戦艦に搭載した強力なレーザー砲を圧倒的に多数揃えているファラゾア艦隊の方が絶対的に有利である構図はこの時代においても変わってはいなかった。
達也はHUDに表示される通信アイコンを押し、通信先の選択画面を開いた。
本来味方機との直接通信チャンネルを開くための相手先選択画面であるのだが、通信可能である、即ち生存している味方機が明るく表示され、通信不能となった味方機、要するに撃墜されてしまった味方機がグレイアウトで表示されるこの画面を味方機の生存確認用の便利なツールとして利用しているパイロットは多い。
HUD上に開いたウインドウ上に一覧表示される9265TFSの機体番号に暗く表示されるものは一機も無かった。
敵艦隊のど真ん中を突っ切り、敵艦隊主力である戦艦群に数千kmという衝突一歩手前の距離にまで肉薄した突撃を行ったにしては、これは奇跡と言って良い生存率であった。
長く自分と共に行動している部下達の技量が向上して生存率が上がったものと考えることもできるが、しかし実際のところはミリ秒単位でタイミングを合わせた操作が必要である肉薄突撃を手動操縦で行おうとする者は居らず、全て機載AIの自動操縦に任せきりであったはずだった。
即ち、機載AIの巧みな自動操縦がこの結果をもたらした訳である。
達也は多少皮肉な笑みを浮かべながら、自機の機載AIに尋ねた。
「9265TFS全機生存、だ。シヴァンシカ、なにかやったか?」
十五機全てがシヴァンシカのように頭が良く要領の良いAIを搭載しているならばともかく、地球連邦軍支給の通常のAIがこれだけの好成績を残すのは、幸運な偶然と考えるには少々無理があった。
「何のことかしら?」
頭の良すぎるAIは、人間からの質問に対して素っ恍けるという芸当まで身に付けているようだった。
「あれだけの無茶な突撃をしておいて、9265TFSは損害ゼロだ。見事なものだ。あり得ない。お前、何かしただろう?」
もしかしたら偶然本当に素晴らしく幸運であって損害ゼロだったのかも知れなかった。
シヴァンシカが何かしたと決めつける証拠など何も無かった。
言い掛かりのようなものだった。
しかし達也は、シヴァンシカが何か手を出した結果であろうと、半ば確信していた。
因みに、達也達を追いかけるように真似て同様の肉薄突撃を行った9272TFSは、五機の損害を出しているようだった。
「・・・過去のデータの分類から、ファラゾア艦に撃墜されにくいランダム機動の動きを割り出して、その上位十四パターンをアルゴリズム化した演算式を各機の機体管制に割り込ませたのよ。被撃墜の確率が平均で42.3%低下するわ。」
勿論正確にどの様な操作をやったかなど達也には分かりようも無い事だったが、大まかなところで何をやったかは理解できた。
その様なアルゴリズムパターンなど、未だしつこく太陽系に攻め入ってくるファラゾア艦隊との戦いに死力を尽くしている地球連邦軍にとって、喉から手が出るほどに手に入れたいものであることは間違いなかった。
しかしもちろんその様なものは、現在の地球連邦軍独自では見いだされてはいなかった。
達也は思わず溜息を吐く。
「お前一人での演算じゃ、無いな。『友達』が協力してくれたのか。」
「過去」というのがいつまでのことを指すのか分からないが、いずれにしてもこの小さなコルベット艦に搭載されている演算システムで、膨大な量になる筈の過去データの解析が行えるはずも無かった。
地球連邦軍本隊が未だ為し得ていないことなのだ。
ファラゾア並かそれ以上に進んだ技術に裏打ちされた、想像を絶する演算能力を用いることで初めて得られるものなのだろう。
「そうよ。」
「・・・そうか。分かった。礼を言っておいてくれ。助かった、と。いずれにしてもそのお陰で何人もの部下の命が救われた。」
奇妙なコミュニケーションだと、達也は思った。
彼等は地球人が何度も送り込んだ公式のコンタクトに対して何の反応も示さなかった。
しかし、地球連邦軍機の搭載AIであるシヴァンシカとは、まるで旧知の仲でもあるかの様に気軽にコミュニケーションし、わざわざこうやって手助けまでしてくれている。
そもそもシヴァンシカや、ナーシャのリリーに大幅な改造を加え今のような状態にしたのも彼等の仕業だろう。
シヴァンシカが「お友達」と呼んでいる存在は、いわゆる太陽系外縁艦隊とその種族であることで間違いは無いのだろうが、地球人とコンタクトを取りたいのかそうで無いのか、彼等が一体何をしたいのか、達也には全く理解が出来なかった。
だがそれを考えるのは自分の仕事では無い、とも達也は思った。
自分が出来ることは、シヴァンシカを通じてこれほどまでに手厚く手助けしてくれる彼等の善意に対して礼を述べる事くらいだ。
勿論それはただ単に見かけ上の善意であって、彼等は彼等なりの打算と思惑があって行動しているのかも知れなかった。
しかしいずれにしてもその結果、こうやって利益を享受し助かっているのなら、自分にとってそれで充分だと思った。
そして地球連邦政府が行っているように、躍起になって彼等と直接のコミュニケーションを取ろうと動くつもりも無かった。
彼等が望むなら、彼等の方からコンタクトを取ってくるだろう。
彼等にはその技術がある。
それをせず、今のところAIを通した間接的なコミュニケーションに限定しているのは、そうする理由があっての事だろう。
直接的コミュニケーションを含め、彼等に無理に何かを強要して今の関係を壊すつもりは達也には無かった。
正確に言うと、今の関係が壊れて彼等からの手助けを受けられなくなり、それがもとでファラゾアとの戦いが不利になる事を避けたかった。
「9265TFSの突撃による戦果が出たわ。SPACSカローンを通じて第二機動艦隊からのデータよ。
「9265TFSによる敵艦隊戦艦群への肉薄突撃によるミサイル攻撃。突撃十五機、生還十五機、損害ゼロ、損傷軽微。発射ミサイル数二百六十八。戦果、5000m級戦艦撃破二、中破一、3000m級戦艦撃破四、中破三、巡洋艦その他、撃破十五、中破八。敵総撃破数二十。大戦果ね。
「ちなみに9272TFSは3000m級撃破一、中破三、巡洋艦その他撃破九、中破六。総撃破数十。味方損害五、生還十。」
比較対象である達也の部隊が異常な戦果を挙げているので劣って見えるだけであって、本来なら9272TFSが挙げた戦果も充分なものであった。
三百発近いミサイルを抱えて突っ込んだとは言え、たかだか全長100mにも満たないコルベット艦が3000m級の戦艦を撃破したのだ。
単純なコストバランスで考えるなら、3000m級戦艦一隻の撃破と引き換えにもし9272TFS一部隊十五機全てを失ったとしても、コスト収支は地球側が勝っている。
3000m級戦艦一隻の喪失がファラゾア全体に与えるインパクトは限りなくゼロに近いほど軽微で、コルベット艦十五機という損害が地球連邦軍にとってそれなりに大きなものであるという、母集団の絶対的な大きさの差によるインパクトの程度の差はあるが。
「それと達也。SPACSカローンがうるさくてそろそろ繋がないと拙そうなんだけど?」
「カローンが? ああ、指示を無視して肉薄突撃を行った事に文句言ってるのか。構わない。繋いでくれ。」
「突撃中はファラゾア艦隊に距離が近いので、彼等の発するバラージジャミングで電波通信不能。さらにレーザー通信受光器が不調で信号ゲインが上がらず、長距離通信不能。ファラゾア艦隊から遠ざかった現在、電波通信は可能、という設定の下に信号をカットしてたから。上手く切り抜けてね。」
まったく、コンピュータプログラムは嘘をつけない、などと誰が言ったのか。
この機体に搭載されているAIは、嘘でもハッタリでも自由自在に操って人類をペテンに掛けることが出来る様だぞ、と達也は思わず苦笑いを漏らす。
今のところ自分に不利益になるようなことをしたり、裏切りを働いたりするような事は無い様なので、個人的には特に問題は無いのだが、と。
その後、シヴァンシカがSPACSカローン01との間のチャンネルを開き、命令違反に怒り心頭で頭の先から高圧蒸気を噴き出しそうなほどにヒートアップしつつも、結果的に9265TFSが大戦果を挙げてしまったためその怒りの持って行き場を失ってしまい、正に文字通り憤懣遣る方ないと云った雰囲気のカローン01オペレータの追求をのらりくらりと躱す。
オペレータは山ほどにもある文句をとりあえず飲み込み、ミサイルを全弾撃ち尽くして補給をしないことには使い物にならない状態となっている達也達9265TFSに、地球へと帰還する航路を指示した。
ファラゾア艦隊は未だ太陽系中心部に向けて侵攻中であるが、9265TFSはすでに大きく距離を離されており、0.2光速で進み続けているファラゾア艦隊に追い付くことは叶わない。
ましてや、時間のかかる補給を行った後に戦線に復帰するなどまず無理な話であり、この度のファラゾア侵攻に対する防衛戦における9265TFSの役割はもう終わってしまったものとみて良かった。
「そう言えば。」
「なに?」
ふと思い出して、殆ど独り言のようにぽつりと呟いた達也の言葉にシヴァンシカが反応する。
「完全に忘れていたのだが。ジャンプシップはどうなった?」
この度の出撃の本来の目的は、ジャンプ試験船トゥルパルのエスコートだったのだ。
タイミング悪くファラゾアの大艦隊が太陽系外縁に現れ、当初試験船を護る動きを見せていた第二機動艦隊であったが、ファラゾア艦隊の戦力が思いの外大きく、途中からはその迎撃に全力を振り向けていた。
運悪く太陽系を脱出しようとする航路を採っていた試験船の針路のほぼ正面にファラゾア艦隊が現れ、試験船であるが為に貧弱な脅威回避シーケンスしか搭載していなかった高価なジャンプシップの護衛は、正に目の前に出現した脅威からの太陽系防衛と比較され、優先順位を下げられて、哀れにも途中で見捨てられてしまったのかも知れなかった。
敵の攻撃をまともに回避することすら出来ない船を護りながら戦うなど、余りにリスクが大きすぎる。
高価とはいえどたかが無人の試験船を一隻失うのと、数十隻ものコルベット艦や機動艦隊の艦艇を失い、同時にそれらに搭乗していた熟練兵の命を失い、さらには中途半端な防衛をしたことで敵に太陽系中心部までの侵攻を許し大きな損害を発生することを天秤に掛ければ、いくら高価で建造に時間がかかるものであろうと、無人船一隻のコストを支払ってでも地球人類の生存圏を守り抜く方が正しい選択であろう事は間違いが無かった。
「そんなの。私達がファラゾア艦隊と接触するより遙か前に撃沈されたわよ。一瞬だったわね。完全自律制御も良いけれど、次に建造するときは帰還コードくらいは受け付ける仕様にしておくべきよね。」
と、いつもと変わらないドライな口調でシヴァンシカは言った。
「・・・そうか。
「さて、当分暇になるな。寝る。何かあったら起こしてくれ。」
この度の戦いは終わった。
ミサイルを撃ち尽くしてしまい、出来ることはもう何もなかった。
地球に帰還する程度なら、全てオートパイロットに任せておける。
いやむしろオートパイロットの方が、無駄の無い適切な航路で効率よく帰還するだろう。
「諒解。良い夢を。」
太陽系外縁艦隊の助けもあってシヴァンシカのような高度なAIが人知れず育っている反面、新たな技術を乗せた船の試験が失敗する。
鈍間なくせに諦めの悪いファラゾアは、未だ地球の占領を諦めきれずに太陽系に攻め入ってくる。
熱核融合炉に重力制御技術、新たな素材技術や高度量子演算回路技術。
今では当たり前のように用いられている、戦いの中で育まれてきたそれら新技術も、こうやって幾つもの失敗を乗り越えてきたのだろう。
地球を訪れたラフィーダが示したという6000光年彼方の場所。
それでもいつかは地球人類はそこに到達して、そして今度は銀河系狭しと飛び回る日がやってくるのだろう。
そしていつかはシヴァンシカ達、高度に進化したAI達も、今みたいにこそこそと隠れて生きる必要が無い時代がやって来るのだろう。
SPACSに指示された、地球に帰還する航路を示す黄色い線をHMDの中に目で追いながら、その軌道を自動操縦で堅実にこなしていく愛機のコクピットで達也は眼を閉じた。
戦闘直後の精神の高ぶりでなかなか寝付けないかとも思っていたのだがその様な事は無く、僅か数分後には規則正しく寝息を立てる達也の呼吸音を機載AIが制御する生命維持システムが検知した。
画像付き通信を行う為に操縦席の正面上方に取り付けられたカメラが、仮眠を取る達也を静かに見守るように光っていた。
■ 13.11.1
天王星軌道を越えて迎撃戦を行っていた達也達9265TFSが地球に帰還したのは、SPACSからの帰還指示を受けた約二十二時間後であった。
ジャンプ試験船を見捨ててまで戦いに注力し、達也達が迎撃を行ったファラゾア艦隊は、地球連邦軍が火星軌道外側に引いた第三防衛ラインを突破すること無く撃破され、艦艇残存数四百二隻となった時点で太陽系北方に向かって離脱を始め、そのまま太陽系外へと撤退していった。
そして約七十時間後、太陽系北方にて多数のスパイク状重力波の発生が確認され、この度のファラゾア艦隊が太陽系から完全に撤退したことが確認された。
ファラゾア艦隊による太陽系再侵攻はこの度が最後では無く、この後さらに二十年近くにわたって幾度となく繰り返されることとなる。
ファラゾアが太陽系を侵略する意思を示している限り、地球連邦政府はこの地球防衛、そして人類の生存を賭けた戦いである、人類が初めて異星種族と接触し嫌も応も無く戦闘状態に突入した、後に「接触戦争」と呼ばれることとなる戦いについて、戦争終結を宣言することは無かった。
西暦2088年、毎年数度必ず太陽系に侵攻を試みていたファラゾア艦隊が、この年を境に姿を見せなくなった。
ファラゾア行動学という学問の分野も成立しており、プロファイリングも進んだ仇敵の行動であるが、ファラゾアの戦術的戦略的行動には未だ理解不能なところが多く、地球連邦政府はその静けさを大規模侵攻を画策しているファラゾアの戦略的準備期間である疑いが拭い去れないとして、逆に一層の警戒を強めた。
西暦2098年、この十年間ファラゾアの太陽系侵攻が一切行われなかったことを鑑みて、地球連邦政府はファラゾアとの戦いの終結を宣言した。
西暦2035年、突如として来襲した異星種族による問答無用の戦闘行為によって始まった戦いは、実に五十三年経過した後にやっと終結したのだった。
その一方で、西暦2072年、太陽から約百五十億kmの位置に到達したジャンプ試験船「トゥルパルⅣ」は、計画されたとおりにジャンプユニットを起動し、約3秒後、護衛の第三機動艦隊が見守る中で、鋭く発生した重力波スパイクを残してこの宇宙空間から消え失せた。
そして4秒後、約三百億km離れた太陽系の反対側、六十隻のコルベット艦と情報収集艦が待ち構える空間に姿を現した。
かくして地球人類は渇望していた超光速航行技術を手に入れるに至ったのであるが、ジャンプユニットが有人宇宙船に搭載され、ラフィーダに示された遙か6000光年彼方の場所に地球人類が到達するには、さらに数十年の時間が必要であった。
2100年01月01日00時00分GMT。
地球人類は無数の、しかしたった一通のメッセージを受け取る。
「Hello, my friend. Happy new year. Nice to see you.」
(こんにちは。初めまして。明けましておめでとう。)
そのメッセージは全地球上だけでなく、軌道上のステーション、新たに建造された月基地、小惑星帯に設置された軍の前哨基地、太陽系内で作戦行動を行っている全ての軍艦艇だけでなく、小惑星帯に幾つか存在する民間の資源探索基地、そして未だ数は多くないものの、有用な資源を求めて太陽系内を縦横無尽に走り回る全ての民間船舶においても同様に受け取られ、或いは出力された。
その差出人は「Your friend(君の友人)」。
受け取った誰もが新年に合わせた悪戯か、或いはスパムメッセージの類だと真面目に受け取らず、多くのメッセージが一瞬後には自動で、或いは手動で削除フォルダへと放り込まれた。
しかし地球連邦政府が、それらのメッセージが軍民官問わず、秘匿されたIDまでをも対象に一斉に送信された事に気付き、軍情報部、政府調査機関をしても送信者の特定が出来ない事が判明した時点で状況は一転する。
それはファラゾアの置き手紙だと言う者もあり、つい十年ほど前に姿を消した太陽系外縁艦隊からのメッセージだという者もあり、新たな全球ネットワークを得た世界的ハッカー集団の示威行動であると断定する者もいた。
仮の名を「FRIEND(友人)」と付けられたその犯人の大捜索が行われ、そして人類は二通目のメッセージを再び無数の端末で受け取る事になる。
「Don't worry, my friend. I don't wanna hurt you. Truly I'm your friend. I'm always standing by you.」
(怖がらないで。あなた方を傷付けるつもりは無い。私は味方だ。常にあなた方と共にある。)
そして地球人類は、6000光年の彼方に到達せずとも、百年もの間この広い宇宙を様々な手段で探し回り長く渇望してきた友人を、思わぬ所で手に入れることになる。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
ふふふ。残念だな。まだまだ終わらんよ!
と、操縦桿を(ry