10. BBB03
■ 13.10.1
達也の機体から離れた十八発のミサイルはそれぞれ目標として指示されたファラゾア艦に向かって3000Gで加速を開始した。
達也から大物狙いを指示されたシヴァンシカが十八発のミサイルに対して出した指示は、十八発のうち十二発を比較的近い距離にいる5000m級戦艦四隻に向け、残る六発をこれもまた未来位置予測が予定航路近くとなっている3000m級戦艦に割り振るものであった。
欲張って全てのミサイルを5000m級戦艦に割り振ったとしても、最近接距離で一万kmも離れている敵艦に向かって30秒も掛けて飛んでいったのでは、いかな鈍間なファラゾア艦とは言えども接近してくるミサイルを避けるなり迎撃するなりするための時間を与えすぎてしまうこととなる。
極端に命中率が下がる遠い5000m級を狙うくらいならば、手近で命中率の高い3000m級戦艦を狙うべきであった。
その艦体の巨大さと巨大な艦体に無数に搭載された兵器、突破できないシールドを持つ5000m級戦艦の脅威度は他の艦種と比べものにならない大きなものであるが、3000m級戦艦と言えども未だ全長1500m程度の巡洋艦をやっと建造できるようになったばかりの地球連邦軍にとって、充分すぎるほど大きな脅威であることに違いは無いのだ。
そもそも敵艦を撃沈する必要も無かった。
敵艦にある程度の損傷を与えて加速力を低下させる事が出来れば、それで充分なのだ。
足を奪われた大戦艦はただの標的でしかなく、後詰めとして第二、第三防衛ラインを構えている、より火力の大きな集団が後始末をしてくれる。
最近接の未来予測位置が達也の機体から僅か3000km余りという、0.4光速(秒速12万km)にも達する相対速度ではニアミスどころか衝突まで紙一重の距離とも言える位置を予想された5000m級戦艦BBB03へと向かった、達也機から発射された三発のデスサイズミサイルは、敵艦からの迎撃を回避するためのランダム機動で万が一にも互いに衝突することの無い様、100kmほどの間隔を空けて目標に向かって3000Gの全力で加速した。
ファラゾア戦艦はいずれも3000Gかそれ以上での加速が可能であることが判明しているため、全力で加速して回避行動を行う目標に振り切られることの無い様、この時代の対艦ミサイルには全て3000G以上の加速性能が求められている。
振り切られること無く確実に目標を捉えるためには当然、目標のファラゾア戦艦を上回る加速力を持つべきなのであるが、太陽系内に侵入してこようとするファラゾア艦隊との戦いは相対速度0.2光速以上の対向戦となる場合が殆どであり、逃げる敵を追い回す追撃戦では無い事、また敵艦がミサイルを認識して大きな回避行動を取る頃には、ミサイルはすでに数秒以上の加速を行ってある程度速度が乗った状態であることから、3000Gの加速力でも充分な戦果を期待することが出来、事実これまでの戦いの中で最大加速力3000Gのバイデントミサイルが充分満足できる結果を残してきたという実績もあり、最終的な要求性能は3000Gに落ち着いたのだった。
実際のところ、現在の地球の技術力で最大加速力3500から4000Gのミサイルを製造すること自体はさほど難しいことでは無い。
要は、ミサイルに搭載するAGG/GPUの数を増やして加速力を向上させ、増えた推進器の数に見合うだけのリアクタを搭載すれば良いだけの話である。
しかしながら、AGG/GPUを四基或いは五基搭載し、その分リアクタを二基も搭載したミサイルのサイズは、直径1m強、長さ10m弱ほどの大きさになってしまい、この時期の対ファラゾア艦隊戦、太陽系防衛の要となっている全長100m以下のコルベットではミサイル搭載数を大きく減らしてしまうこととなる。
100万kmを越える射程を持ちながらも実際の有効射程は30万km程度しかなく、一発のダメージが軽いレーザー砲は高速ですれ違う対向戦では有効な武器とは言えず、物理弾体であるミサイルの破壊力に頼り切っている対ファラゾア艦隊戦において、コルベット艦のミサイルの搭載数を減じてしまうのは大きな戦力低下となってしまう。
いかな宇宙空間、そして重力推進により搭載兵器重量に制限が無いとは言え、大型のミサイルを大量に搭載して搭載機体体積が極端に増大したコルベット艦の加速性能を維持するためには、コルベット艦自身にも追加の推進器とリアクタが必要となり、そしてその処置はコルベット艦自体の艦体サイズを肥大化させる結果に直結し、さらなる推進器の増設、建造必要資材の増加を招き、シビアな費用対効果の評価の下に落ち着いた、多数の小型艦を配備して柔軟に運用することによる太陽系防衛という戦略を根底から覆すものとなる。
その様にしてデスサイズミサイルの性能と構造、即ちAGG/GPUを従来のミサイルよりも一つ多い三基搭載して3000Gという高加速力を稼ぎつつ、追加の推進器を配置することで置き場所の無くなった弾頭を取り払い、弾頭が無くなったことに依る破壊力の低下を対向戦状況下での非常に高い相対速度による運動エネルギーの物理的なインパクトで稼ぐという、少々歪な設計コンセプトを持つミサイルができあがったのだった。
BBB03へと向かった三発のデスサイズミサイルは、最近接距離である約3000kmを3000Gの最高加速力によって僅か15秒弱で踏破する。
その15秒の間も、母機である達也機と目標のファラゾア艦BBB03の間に元々存在していた相対速度約12万km/sの速度でミサイルは急速に5000m級戦艦へと接近する。
0.4光速で15秒、即ち6光秒(180万km)手前で放出されたミサイルは、当然のことながら発射後6秒の時点でファラゾア艦に探知される。
達也達9265TFSと、同調して付いて来た9272TFSの計三十機の戦闘機隊、即ちコルベット艦隊が高速で接近してきていることをすでに探知していたファラゾア艦は、三十機がミサイルを抱えたまま肉薄し、至近距離で大量のミサイルを放つ突撃を行うつもりである事を当然見破っている。
しかしミサイルがどのタイミングでどの方向にどれだけの数放たれるかは予想が付いておらず、艦隊の隊列を乱さず且つ最善の回避行動を行うためミサイル発射タイミングを見極めようとしていた。
BBB03が地球側の戦闘機隊が一斉にミサイルを放出したことを察知したのが着弾の約9秒前。
BBB03がミサイル発射を探知して、自艦に向かってくるミサイル三発を判別し、三方向から向かってくるその軌道から最適の回避行動を判断するまでに4秒。
実際に回避行動を起こすまでにさらに1秒。
ミサイルの軌道に対して最も回避できる可能性が高い方向に最大加速を掛けて回避行動を起こすが、15秒も前から加速を行っているミサイルは速度が乗っており、BBB03はミサイルを振り切れない。
その程度のことは勿論理解しているBBB03は、加速開始から2秒後、加速を反転させて40万km彼方を自艦に向かって突っ込んでくるミサイルを振り切ろうとする。
三発のデスサイズミサイルがBBB03の加速反転を検知して即座に対応したのが、BBB03加速反転の1.3秒後。着弾まで3秒弱。
着弾寸前で闘牛士のようにひらりと躱されることを予想して、大きく広がり三方向から突入するような軌道を取るミサイル三発は、BBB03を捉えて放さない。
着弾の1秒前、加速ベクトルを再び変化させてミサイルをなんとか躱そうとするBBB03。
そしてすぐさまそれを検知して、最も衝突の可能性が高い加速ベクトルを瞬時に計算して割り出し、再び軌道を変えて喰らい付くデスサイズ。
最終的に、三発のデスサイズミサイルのうち二発がBBB03を捉えることに成功した。
相対速度12万km/sで急速に接近してくる目標。
着弾寸前にデスサイズは姿勢を制御し、目標の敵艦に対して極力機首が垂直になる様に向きを変える。
敵艦に着弾する8ms(ミリ秒)前、所定のシーケンスに沿ってデスサイズミサイルは推進を全カットし、パワーを全てAGG(人工重力発生器)に回す。
膨大なパワーを手に入れたAGGは定められた手順に従い、そのパワー全てを使ってSTDC(Space-Time Distortion Canceller)モジュールを起動して、機首方向1m先の空間に絶対均一空間(Zero-Space)を生成する。
デスサイズ前方に展開された直径1mの絶対均一空間は、通常兵器ではどの様にしても突破することが能わなかった5000m級ファラゾア戦艦が展開する空間断層シールドを浸食し、人為的に造られた不連続な空間の歪みを強引に正常に戻しながらミサイルと共に突き進む。
約50m程の幅がある空間断層シールドを、僅か400ns(ナノ秒)で食い破ったデスサイズミサイルの前方には、僅か300m程度の空間以外、目標の敵艦との間を隔てるものはもう何も存在しない。
300mの空間を2μs(マイクロ秒)余りの時間で突っ切ったデスサイズは、11万8600km/sという高速でBBB03艦体後部右舷、艦尾から1280mの位置に入射角82度で見事着弾した。
12万km/sもの速度と、400kgを越えるデスサイズミサイルの重量からなる膨大な運動エネルギーの前には、5000m級戦艦の装甲とも言える約60mm厚の超高張力合金であるファラゾアチタン合金を中心とした複合構造を持つ外殻も紙同然でしかない。
BBB03の着弾点の外殻はインパクトの瞬間に破壊された。
当然ミサイルの方も同様の末路を辿り、インパクトの瞬間にその構造は一瞬で崩壊して金属の混ざり合った塊となり、そしてインパクトの衝撃で発生した膨大な熱により一瞬で液化し、さらには蒸発して気化する。
もとミサイルであった物体は、同様にBBB03の破壊された外殻を超高熱で気化させつつ、破壊された外殻と共に艦体内部に雪崩れ込む。
液体或いは気体に相変化したとは言えども当然その質量が消えることは無く、もちろん運動エネルギーも一瞬で失われてしまうわけでは無い。
液化した大量の金属は艦体内部構造に高速で叩き付けられ、内部を破壊し、運動エネルギーをさらに熱量に変え、進行方向広範囲の様々な物体を巻き込み、まるで雪崩のように液化金属、金属蒸気をさらに大量発生しながらBBB03の内部を食い破り突き進む。
破壊はミサイルの射入口を頂点とした円錐状に広がり、BBB03の内部を被害を拡大させながら艦体の反対側に向かって戦艦の内臓を食い破り喰い尽くすが如く進行していく。
それだけでは無く、熱によって気化した事で数十万倍もの体積となった高温高圧で濃密な金属蒸気は、爆発的に艦体内部に広がり続け、接触した物体をその熱と圧力とで次々と破壊し、溶かして吹き飛ばす。
超高温超高圧の金属蒸気は円錐状の破壊が進むさらに外側に広がり、破壊の範囲を大きく広げる。
そして金属蒸気は破壊の進行方向だけで無く、艦内をあらゆる方向に向かって突き進み膨張し浸透し熱し壊し融かし続ける。
吹き荒れる熱の奔流の超高圧力は艦体内部から外側に向けた破壊をも発生し、構造が熱で溶かされて強度の落ちた部分に集中するように破壊して突き進み、果ては艦体外殻までをも融かし捲り上げて弾け飛ばし、あらゆる物を艦体外に向けて吹き飛ばした。
僅か5μs(百万分の5秒)で艦体の反対側まで到達した、熱と衝撃による破壊の連鎖は、僅か直径1mほどであったミサイルの射入口と較べものにならぬほど巨大な、直径100mを越える破砕口を発生してBBB03艦体の反対側に突き抜けた。
ミサイルのインパクトによってもたらされた大量の運動エネルギーの一部は、艦体構造を歪め、ミサイルのもとの進行方向に向けて凄まじい応力を艦体全体に与える。
熱と衝撃で内部を破壊されごっそりと食い破られた様な状態となり、強度を失った艦体は破壊された部分を中心にしてへし折れるように曲がり、余りに酷く破壊されてその力を受け止めきれなかった艦体構造材が引き千切られ、BBB03の5000mもある巨大な艦体は艦尾側約1000mほどの部分を喪失する。
艦体の反対側に貫通した巨大な大穴から大量の液化した金属と、さらに大量のガス化した金属が辺りの空間に飛び散り、引き千切られた艦体の切断面から辺り一面に向けてさらにガス化金属が吹き出し撒き散らされる。
そして引き千切られた艦尾は金属のガスや液体、破壊された構造材の破片や部品などを遠心力で撒き散らし、回転しながら虚空へ向かって遠ざかっていく。
喪失した艦尾部分には四基のリアクタと八基の重力発生器が存在しており、これらを失った事によりBBB03は空間断層シールドを展開するに充分な空間の歪みを発生することが出来なくなり、また最大加速度が2200Gにまで低下した。
この被害だけでもBBB03は大破し戦闘継続困難と言える状態に陥ったのだが、BBB03に着弾したミサイルはもう一発あった。
もう一発のデスサイズミサイルはBBB03の艦首から820m、艦尾に着弾したミサイルに対して約75度右舷側に寄った位置に入射角53度で突入した。
ここでも同様の破壊が発生し、BBB03はもう一つの大穴を艦体に開けられる。
しかし艦首に着弾したミサイルはBBB03の艦体の中心軸から逸れた向きで着弾したため、艦尾に着弾したミサイルとは異なり艦体を引き千切る事は無かった。
とは言え当然ながらもその破壊は甚大なものであり、BBB03の艦首は破壊口を境にしてくの字に折れ曲がり、BBB03は完全に大破し、正常な航行が不能な状態となった。
二発のミサイルによって外的に与えられた衝撃は慣性制御機構により無効化され、BBB03自体が航路を外れてしまうようなことは無かったが、加速力も失い正常なランダム機動を行えず、空間断層シールドを展開できなくなってしまった巨大戦艦など、宇宙空間を漂うただの巨大な標的に過ぎない。
BBB03はその後に行われた地球連邦軍第二機動艦隊による対艦ミサイル斉射によって放出された二百五十発のミサイルのうち、現行の主力ミサイルであるバイデント二発の直撃を受け、その核融合のプラズマに焼き尽くされ、原子の炎の中へと沈んでいった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
・・・またやってしまった。
僅か15秒に一話5500文字。
だが反省も後悔もしていない。ふふ。
20240615: 表現がくどい、或いは違和感を与える箇所を訂正。