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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第二章 絶望と希望
40/405

26. 四〇式零改 (F2C KAI type 40)


■ 2.26.1

 

 

 その日、達也は珍しく単機で空を飛んでいた。

 

 高度5000m。

 下はどこまでも広がる南シナ海。

 海は視野の中で遙か彼方まで続いており、水平線で空と溶け合うように霞んでいる。

 もこもことした白い雲が所々に沸き出でており、大きく立ち上がるような積乱雲もちらほらと見える。

 大きく育った積乱雲は、今達也が飛んでいる高度よりも高く沸き立ち、まるで上から覆い被さってこようとする様にも見えて、入道雲という名前そのままの雰囲気をその大きな身に纏っている様だった。

 

 バクリウ基地を飛び立ち、方位10でインドシナ半島内陸へ。進路をそのままに保ち、ダナン上空を通過して南シナ海トンキン湾入り口をそのまま北上。

 ハイナン島手前で進路を70に変更。東シナ海を東北東に進み、中華民国、即ち台湾南端に近い都市高雄へ向かうコースだった。

 小隊長であるパナウィー大尉を通じて指示された指令は、高雄空港にて乗機を交換せよ、と云うものだった。

 片道2500km弱の旅程になる予定だった。

 

 乗機にはいつものガンポッドの代わりに三つの増槽が装着されており、旅客機並みの長距離飛行をこなす事が出来る。

 最大の問題は、バクリウから高雄までの三時間ほど、殆ど何もすることが無いことだった。

 例え達也が寝ていてもオートパイロットは機体を正しく誘導し、目的地に到達するだろう。

 しかし、ファラゾアが現れる可能性がゼロでは無いのでもちろん寝るわけにはいかない。

 ・・・とは言え閑すぎる。

 普段最前線で、ピリピリしながらレーダーレンジとキャノピーの外を常に見張りながら飛んでいるあのねっとりと張り付くような緊張感から解放され、確実に人類の制空圏であると言える空域を飛ぶことの、なんと気楽で閑なことか。

 

「長らく待たせた。お前の機体がやっと手に入ったそうだ。取りに行ってこい。」

 

 低層の霞のような雲に覆われつつ、雲の向こうで陽光を反射してキラキラと光る南シナ海を眺めながら、達也はパナウィー大尉から指示を受けたときの事を思い出していた。

 彼女は、仕事の話をするときと、仕事から離れて雑談しているときとでは雰囲気も言葉遣いもまるで異なる。

 どうやら本人は意識して使い分けているようだった。

 

「俺の、機体、ですか?」

 

 自分の機体は既に持っており、毎日のように出撃に使っている。

 パイロット詰所に置いてある机の一つで、紙とペンで簡単な出撃報告書を作成している時に後ろから突然パナウィー大尉に話しかけられた達也は、一瞬何を言われたのか分からず、思わずマヌケな答え方をしてしまった。

 

「そうだ。もういい加減新兵と呼ばれる様な時期でもあるまい。そもそもこの基地の中で私達に次ぐスコアをマークしているお前を、いつまでも急場しのぎのヴァニラ・ヴァイパーに乗せておくのは申し訳ないとは思っていた。やっと機体の手配が付いたらしい。連絡があった。」

 

「いや、俺は今の機体でも全然構わないですが。」

 

 達也がバクリウ基地に配属されて既に半年が経とうとしていた。

 F16V2ヴァイパーをV2たらしめる、コンフォーマルタンクや光学センサー、全方位レーダーと言った装備が、達也のF16V2にはまるで搭載されていなかった。

 それでも、それらの装備をキッチリと搭載しているパナウィーやアランの機体と編隊を組んでいれば、それ程まで不便な思いをすることは無かったし、ガトリングガンポッドを懸架した少々重い機体でドッグファイトをやらかすのにももう慣れた。

 わざわざ新しい機体に換えて、また一から新しい機体に自分の感覚を摺り合わせるのも面倒だ、と思った。

 

「バカを言うな。成績の良い奴を粗末な機体に乗せていてどうする。成績の良い奴はそれなりに良い機体に乗せて、より多くの働きを期待するというものだ。どのみちもう話は付いている。お前が行って受け取ってくるだけだ。向こうにも都合というものがある。今からキャンセルは出来ない。」

 

「はあ・・・そう言えば、アミールは? あいつも俺と同じ機体でしたが。」

 

 同じ4287TFSで別の小隊に居る同期のアミールも、あの日達也と共に追加装備を全て取り払われたF16V2を受け取った四人の内の一人だった。

 四人の内、ウォン少尉は当日の内にファラゾアの強行偵察機に撃ち落とされて既にこの世の人では無く、チャン少尉は数ヶ月前に正規装備のF16V2を受け取っていた。

 あちらは少尉、こちらは所詮下士官の准尉。身分の差は仕方が無いと思っていた。

 

「アミールには申し訳ないが、今回手配が付いたのは一機だけだ。成績の良いお前が先だ。」

 

「成る程。」

 

 確かに納得の出来る理由ではあった。

 一機しか手配が付かなかった、というのはともかくとして。

 

「やっとヴァニラから卒業だって?」

 

 格納庫前の駐機スポットで離陸準備をする達也に、ラダーを登ってきた整備兵が話しかけてきた。

 いつも気軽に話しかけてくるフランシスだった。

 フランシスという英語名を持っては居るが、元々ジャカルタ辺りに住んでいたという華人系の男だ。

 

「卒業も何も、俺はコイツで十分満足してるんだけどな。」

 

 この半年ほどの間で整備兵や、他の部隊の兵士達とも随分顔見知りになった。

 初日から親しく話しかけてきたフランシスは、友人と言っても良いほどの仲だった。

 最近は半ば専属のように、手が空いている限り達也を優先して面倒を見てくれているようだった。

 

「まあそう言わずに乗り換えてみろよ。ヴァニラ(F16C)よりもヴァイパー(F16V)の方が絶対良いってヨ。お前このヴァニラでよくやってるよ。感心するわ

。」

 

「そんなもんかねえ。」

 

 少々憮然とした表情で、達也はフランシスからヘルメットを受け取る。

 

「カオシュン(高雄)で受け取りだろ? クカクエだと良いな。ベムだと最悪だが。」

 

「クカクエ? なんだそれ?」

 

「台湾語で毒蛇のことだそうだ。台湾で製造しているF16V2のことをそう呼ぶんだヨ。台湾製だと部品精度も良くて故障も少ない。日本製の部品が沢山入ってるからな。ただ、タマ数が少なくてなかなか手に入らないんだけどな。」

 

「もう一つ、ベム、と言ったか? そっちは?」

 

「統一朝鮮で作ってる方のF16V2だ。ありゃダメだ。南北統一は民族の悲願だったんだろうが、統一以来工業製品の品質が、ちょっとな。KL基地じゃインド製のコブラが入って来るから、ベムが廃棄されて山んなってるっていうぜ。」

 

「日本では作って無いのか?」

 

 日本空軍が採用しているF2戦闘機は、F16をベースにしたものであることくらいは、空軍従事者の常識として達也も知っている。

 

「日本じゃF2しか作って無えな。形は似てるがF16とF2は殆ど別モンで、実は共通部品も殆ど無いんだ。もちろん日本はF2を売り出してるんだが、ここの基地のエルボ隊とかでも使ってるF15RJの性能が強烈過ぎて、殆ど売れてないって話だ。F2改ってのを作ったってえ噂も聞くが、どんなモンだかね。」

 

「成る程ね。」

 

 フランシスと話をしている間に準備も整った。

 

「ま、頑張って良いのを引き当ててきてくれ。」

 

 フランシスはそう言って、笑いながらラダーから飛び降りた。

 ラダーが取り外され、キャノピーを閉める。

 頑張るも何も、要するに余り物が出たからそれを引き取りに行かされるって話だろう? と、達也は内心モヤモヤとしたものを感じていた。

 

 

■ 2.26.1

 

 

 小琉球と呼ばれる島の南側を回り、台湾島の内陸部に進入する。

 台湾島の東海岸を眺めながら、山岳地帯上空で大きく旋回し、高雄市に東側から接近する。

 巨大な市街地を右手に眺めながら田園地帯を足元に、ゆっくりと高度を下げていく。

 田園地帯と大都市の境目にあるちょっとした小山を超えるとすぐに高雄空港だった。

 

 到着したはいいがどこに行けば良いのだろうと、滑走路で減速しながら達也は空港施設を眺めながら考えていた。

 滑走路を端まで使い、タクシーウェイを通って空港施設の前を横切る。

 着陸後に追加で出された指示は、駐機場東端のE1スポットに駐機せよ、だった。

 空港施設の前を通りながら一番遠い駐機スポットに目を凝らすと、小さなプラスチックのパネルでE1と書いてあるらしいのが分かる。

 駐機スポットに機体を止め、ハーネスを外し、ヘルメットを脱いだ。

 バクリウ基地と違って、キャノピーの開いたコクピットに吹き込んでくる風が少し肌寒い。

 

 整備兵らしい作業着の男が一人近づいて来て、コクピット脇にラダーを掛ける。

 シートの後ろからヘルメットバッグを引きずり出し、ヘルメットを押し込んでラダーを途中まで降りたところで地上に飛び降りた。

 

「バクリウ基地所属、国連軍4287TFSのミズサワ准尉だ。機体の受け取りに来た。手続きはどこに行けば良い?」

 

 話しかけられた整備兵はキョトンとした顔で達也の顔を見返した。

 どうやら、話しかけられるとは思っていなかったらしい。

 

「機体、受け取り、ですか? よく分かりません。そこの建物の一階に、オフィスあります。」

 

 整備兵はあまり英語が得意ではないようだった。問題無い。意思の疎通が出来れば充分だ。

 

「分かった。そっちに行ってみる。有難う。」

 

 達也はエプロンを横切って、整備兵が示した建物に入った。

 建物の中には銃を肩に掛けた警備兵が居り、オフィスの場所を訊くとエントランスホール脇のドアを指し示した。

 警備兵が指したドアを開けてオフィスに入る。

 手近な職員を捕まえて機体受け取りの話をすると、軍のオフィスは二階にあるという。

 再びエントランスホールに戻り、エレベータを使って二階に上がった。

 

 エレベータの扉が二階で開くと、確かにそこは軍服を着た者達が多数着席してモニタに向かっている軍のオフィスのようだった。

 一番近い机に座っていた女兵士に来訪目的を告げ、担当者に取り次いでもらえるように頼む。

 女兵士はその場で待つように達也に言って、オフィスの奥に消えた。

 五分ほど待っていると女兵士が戻ってきて、すぐに担当者が来るのでそのままここで待っているように言い、窓際に置いてあるベンチシートに腰掛けるようにと勧めてくれた。

 女兵士のすすめに従ってベンチシートに座り、ヘルメットバッグを脇に置く。

 

 そのまま座って十分ほど待っていると、エレベータが到着した電子音が鳴り、開いた扉から二人の男が歩み出てきた。

 濃い青の台湾空軍の制服に身を包んだ男が達也に気付き、近寄ってきた。中尉の階級章を付けていた。

 

「国連軍のミズサワ准尉か?」

 

「はい。そうです。」

 

「遠いところご苦労だった。リウ中尉だ。こちらはタカシマ重工業(Takashima Heavy Industry)のオオシタさんだ。」

 

 そう言ってリウ中尉は軽く敬礼した。達也も上官に対して失礼の無い敬礼を返す。

 オオシタと紹介された男が右手を差し出してくる。

 

「高島重工の大下だ。アンタ、日本人だよな?」

 

 久しぶりに聞く日本語だった。

 最後に日本語で会話をしたのはいつだっただろうか。

 確か、ファラゾア侵攻初日の、父親と携帯電話で喋ったのが最後だっただろうか。

 もう三年以上も前の話になる。

 達也の中では、日本語は家の中で両親と会話するために用いる言語であり、家の外では第一公用語である英語を使うものと決まっていた。

 つまり達也にとって日本語という言語は、両親の記憶と共にある。

 

「どうした?」

 

 言葉を詰まらせた達也に、大下が怪訝な顔で尋ねた。

 

「いえ。久しぶりに日本語を聞いたもので。」

 

 達也も日本語で返す。

 

「そうか。時間が余り無いんだ。格納庫に行きながら話そう。」

 

 大下と名乗った男は、達也が数年ぶりに聞いた母国語に対して色々と複雑な想いに浸る事など一切お構いなしに、踵を返すとエレベータの下りボタンを押した。

 二階に止まっていたままだったエレベータの扉はすぐに開き、三人は中に乗り込んだ。

 エレベータの中で大下の後頭部を眺めていて、達也はここでやっと気付く。

 

 なぜ高島重工の日本人がこの場にいるのだ?

 フランシスは、日本ではヴァイパーは製造していないと言っていた筈だ。

 訝しんでいる内にエレベータは一階に着き、リウ中尉に先導されて建物を出る。

 

「アンタには新型機を渡すように言われている。中身も見てくれも元のF2とはかなり変わっている。」

 

「ちょっと待ってくれ。俺はヴァイパーを受け取りに来たつもりだったんだが。」

 

 足早にエプロンを歩きながら勝手に説明を始めた大下の台詞を達也が聞き咎めた。

 わざわざ新型機を用意してくれたのは有り難いが、F16とは共通部品のないF2では、バクリウ基地に戻った後に整備性で難儀することになるだろう事くらい、達也でも想像がついた。

 

「用意してある機体はヴァイパーじゃ無い。ヴァイパー・ゼロ・カイ。さらにその改良型の40式零改だ。F2C KAI type 40というのが正式名称だ。

「F2のエンジンをIHIのF15に換えてコンフォーマルタンクを付けて装弾数を上げ、センサー類を強化したのがゼロ・カイ(零改)だ。その改良型である40式は、さらに翼形状の変更とカナード翼の追加、装弾数の向上、センサー類の性能向上と統合を行った。」

 

 達也の抗議に耳も貸さず、大下は説明を続ける。

 

「零改に較べて戦闘機動能力の劇的な向上と、ファラゾア機の探知能力の大幅な向上を図っている。装弾数も上積みしてある上に、そもそもSHI(Sumitomo Heavy Industry:住友重機械工業)の26式ガトリングガンは、GE(General Electric)のM61A1バルカンに較べて発射速度も耐久性も上だ。なんの不都合がある。」

 

 達也が何を言いたいのか、全く理解しようとすることも無く大下は勝手に喋り続け、三人の先頭を切って格納庫に向かって一直線に歩く。

 達也の横では、同じ様に大下に引っ張られる形で足早に歩かされているリウ中尉が、人の話を全く聞いていない大下の態度に苦笑いを浮かべているが、それに気付けるほど達也には余裕が無い。

 

「NIG(国立重力研究所)とウチとの共同開発のGDD(Gravitational wave Displacement Detector:重力波変位探知機)も精度の高い新型を積んでいる。さらにGDD情報を元にオプティカルシーカーとレーダー情報を統合して索敵・照準が可能な統合型のセンサーシステム(CMSS: Complexed Multiple Sensor System)を新たに搭載した。無駄なミサイル誘導モジュールを引っこ抜いた後に、CMSS専用の情報統合処理ユニット(CSIP: Complexed Sensor Information Processor)を載せたから、ラグを起こすことも無い。」

 

 達也には理解出来ない怒濤の専門用語の羅列を撒き散らしつつ、大下は格納庫の入口に到達した。

 希望が叶えられないことに対して何か文句を言ってやろうと思っていたのだが、その機関銃のような喋りに対して付け入る隙を見つけることが出来ないまま、達也もここまで歩いてきてしまった。

 

「本来の軽快さに加えて、人間の限界を超えるだけの格闘機動性能と、今考えられるだけ最高の索敵能力を追加した。撃ちまくれるだけの弾数もある。F15RJに勝るとも劣らない性能に仕上がったと自負している。四〇式零改だ。受け取れ。」

 

 大きく開いた格納庫の入口で足を止めて身体の向きを変え、やっと達也の方を向いた大下の向こうに、青い海洋迷彩塗装を施された機体が静かに佇んでいた。

 

 四〇式零改。

 暗いグレイで塗装されたF16V2ヴァイパーを見慣れた達也の目に、その青い新型機は異様な形状をした機体と映った。

 ただ、怒濤の如く改良点を並べ立てて利己的に説明を続けた大下の自信に満ちた眼が示すとおり、高性能の機体が持つ一種独特な凄みのような雰囲気がその機体の周りに漂っていることを、達也は確かに感じていた。

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 実は、子供の頃からF16が一番好きでした。今ではSu30に代わってしまいましたが。

 やりたい放題し放題の魔改造してしまいました。ふふふ。


 高島重工業、この辺りからどんどん名前出てきます。

 モデルになったのは、まあ言わなくてもバレてしまいますね。泰山航空工業です。(ウソです。いや、半分ホントですが)


 既存の機体の魔改造はそろそろ終えて、ボチボチと新型機を投入しないといけませんね。

 ファラゾア侵攻からもうすぐ四年。過労で大量のゾンビを生み出しつつ、そろそろ新型機がロールアウトしても良い頃です。戦時なので開発速度ムチャ速いです。


 私用により、今週末の更新は多分ムリと思われます。申し訳ありません。 

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