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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第一章 始まりの十日間
4/405

3. 国際宇宙ステーション破壊


■ 1.3.1

 

 

 06 July 2035, Meeting for investigation onto International Space Station, at NASA Headquaters, Wasington D.C., United States

 A.D.2035年07月05日,国際宇宙ステーション破壊事故調査会議,NASA本部,米国ワシントンDC

 

 会議室の中は、まるで暗い海の底に横たわる高圧の海水で満たされているかのように、重苦しい空気が充満していた。

 先ほどまでは参加者がめいめいに言いたいことを言い合っていたのだが、会議開始からいきなり白熱した議論が一度収まり、現在は小康状態に落ち着いている。少なくとも、表面的には。

 

 その重苦しい空気の会議室のドアが開き、若いNASA職員が一人駆け込んできた。

 そのまま会議室奥に座るNASA長官の席に近付き、何事かを小声で耳打ちしながら、手に持っていた紙を一枚長官に渡した。

 手渡された紙に眼を通しつつ、若い職員からの連絡を聞いていたNASA長官が表情を僅かに顰める。

 結局その若い職員が会議室を出て行くまで、NASA長官の表情が晴れることは無かった。

 

「新しい情報が入った。追跡不能となっていたロシアのスラーヴァと、中国のシェンツォもまた、破壊が光学的に確認された。昨夜、ISS破壊とほぼ同時刻だ。これでロシアや中国による攻撃の線は無くなったと思うが?」

 

 NASA長官アンドリュー・ブラックは、会議室内に座っている参加者と、WEBシステムで会議に参加してきている者達を映したモニタを一通り眺めながら言った。

 

「それは言い切れないな。ISSと同時にロシアと中国の有人軍事衛星が破壊されたという事実があるだけで、誰が攻撃したかは明らかになっていない。中国やロシアでは無いと言い切ることは出来ないだろう。」

 

「ロシアと中国が、お互いの衛星を攻撃して共倒れして、さらにISSを攻撃したという可能性は充分にある。」

 

「だからそんな事をして何の意味があると云うんだ。こっちはISS(国際宇宙ステーション)だぞ。ISSを攻撃すれば、我が国だけで無く他の参加国も全て敵に回すことになる。国際世論もだ。幾ら奴等が何を考えているか分からない連中だからと言って、そこまで馬鹿じゃ無いだろう。」

 

「どれだけの国が敵に回るかなんて連中には関係ないさ。ほんの百年程前に、全世界を敵に回して戦争を始めた国もあった。」

 

 また議論が激しく再燃しかけたその時、強く重みを持った声が場を制圧する。

 

「諸君。」

 

 口々に自分の意見、或いは所属する団体の非公式な見解を述べ始めていた全員が黙る。

 

「ISSの破壊は、運悪く東部時間で夜の10時過ぎに我々のほぼ頭上で起こった。北米から南米の非常に広い地域で、ISSが破壊される光が目撃され、一部のアマチュア天文家などは望遠鏡を使って間近でその光景を見ていただろう。

「ISS破壊のニュースは多くの新聞の今朝の一面を飾り、動画サイトには破壊の瞬間に鋭く光るISSの画像が幾つも上がっている。NASAのフロントデスクは朝から電話が鳴りっぱなしで、対応している職員は『ISSからの通信が途切れ、詳細が分かりません。』という逃げ口上を繰り返し続けてトイレに行く暇も無いくらいだ。

「リンジー、破壊の瞬間をズームで録画したアマチュア天文家は見つかったか?」

 

 ゴドフリー・ウォルバーグ首席補佐官が、少しひずんだWebカメラの画像でモニタの中から、まるでハリウッド俳優のような渋く低い声で語りかけた。

 リンジーと呼びかけられた国家地理空間情報局(National Geospatial-Intelligence Agency)長もまた、モニタの向こう側に居る。

 

「まだですね。今うちの職員がISSマニア達を当たっていますが、まだそれらしい回答を得ていません。」

 

「そうか。引き続きお願いする。誰が何を用いてISSを破壊したのか、インパクトの瞬間が捉えられていれば、大きなヒントになる。

「ビリー。そっちはどうだ? スラーヴァとシェンツォのログは集まったか?」」

 

「現在70%と言ったところです。重要なところがまだですね。東半球の監視施設の応答が悪い。」

 

「そうか。そちらも引き続き調査をお願いする。連中のログを取ることが出来れば、連中がやらかした悪戯なのか、はたまた実は連中も被害者なのか、明らかにする事が出来るだろう。」

 

「我らが宇宙軍の陰謀説まですでに出ていますからな。」

 

 空軍参謀総長(CSAF)の軽口に、宇宙軍参謀総長(CSSF)が顔をしかめる。

 空軍と宇宙軍の間には、大きな障害とはならないが、しかし無視は出来ないほどの確執があった。「空を取られた」との思いが空軍にあるのだ。

 だが、宇宙軍の陰謀によりNASAのステーションであるISSが破壊されたのだと今朝の一面に面白おかしく書き立てたゴシップ誌が幾つかあるのは確かだった。

 

「低俗な誌面の下衆な詮索などどうでも宜しい。主要紙および主要局は現在のところ事実のみを伝える姿勢を崩していない。航空宇宙局(NASA)のフロントサービスには苦労掛けるが、今しばらく耐えて欲しい。」

 

 アンドリューは、補佐官の映るモニタを見て深く頷いた。

 

「さて。そろそろ中央情報局(CIA)の報告を聞かせてもらおうか。0900時には一定の解析結果が出揃うとの話だったが。」

 

 その言葉に反応したのは、会議室の中央に置かれた大きなテーブルの隅で、まるで空気のように存在感を消していた女だった。

 横長の眼鏡に掛かる少し長めのダークブラウンの前髪を後ろに掻き上げると、女は大統領首席補佐官の映るモニタに向かって言った。

 

「大統領閣下は参加なされませんか?」

 

 彼女はCIA長官であり、名をマルヴィナ・ハーコートという。民間のシンクタンクから抜擢されたという、CIA長官としては少々異色の経歴の持ち主だった。

 

「申し訳ないが、現在大統領閣下は大西洋の上だ。ワシントンに戻った後の本件に関する激務に備えて、昨夜までのEU首脳達との折衝の疲れを取るためにお休み戴いている。秘匿回線と言えども、本件を航空機との間でやりとりするのもセキュリティ上余り気の進まない話でもある。

「当然報告は上げるが、途中経過である程度情報が集まるまでの間は私が対応する。大統領閣下には後ほど途中経過を取り纏めた形で私から報告し、最終的な局面までにはご参加戴く予定だ。」

 

「承知致しました。では報告申し上げます。CIAにて解析用AI『アリコット6』(ALLICOT VI)を用いて解析した結果です。中国による攻撃の可能性12%、ロシアによる攻撃の可能性6%、その他イスラム勢力等による攻撃の可能性5%です。」

 

「どれも数値が低いな。それ以外の可能性の方が遙かに大きい。かと言って、三つの宇宙ステーションが全て偶々同じ日に重大な事故を起こして破壊される確率はもっと低いのだろう?」

 

 NASA長官のアンドリューが難しげな顔をして腕を組む。

 

「もちろんです。ほぼゼロと言って良いでしょう。

「各結論の背景を説明申し上げます。中国による攻撃の可能性。覇権国家、或いは地球上最後の帝国主義国家として勢力圏を広げることに非常に熱心である為、宇宙空間における覇権争いに攻撃的手段を用いる可能性は否定できない。ただしここ十年来続く景気の低迷と国内の民族主義の台頭により、国際世論を敵に回し、経済制裁に直結することになる他国への軍事的行動は控える傾向にあると考えられる。現在の中国経済の状態で国際的経済制裁を受けた場合、経済が急速に悪化し、同時に内政も取り返しが付かないほどに悪化する。その場合、中国は確実に分裂・崩壊する。ISSへの攻撃は、当然のことながら参加国からの非常に大きな反発を招く事が必至であり、国際世論の反発、国連の否定的決議、我が国を含めた多くの旧西側諸国からの国際的経済制裁の引き金となる。それを理解していない中国共産党首脳部とは考えられない。ただし軍部高官に国際情勢音痴が一定数存在するため、彼等の一時的突発的暴走による攻撃の可能性は否定できない。」

 

 マルヴィナはそこで一旦言葉を切った。

 解析結果に対する反論は、特に上がってこなかった。ここに居る面々は、今報告したような細かな情報は誰もがよく分かっているのだ。

 それら膨大な状況証拠を掻き集め、総合的な可能性を探るのがCIAとその解析用AIの仕事だった。

 

「次にロシアです。古くから我が国と宇宙における覇権争いを繰り広げてきたロシアは、宇宙進出の最古参国の一つとして、世界トップクラスの技術的蓄積と、一定の存在感を示している。1972年に調印されたソユーズ・アポロテスト計画以降、宇宙空間で我が国と表だった軍事的衝突は避ける傾向にある。これらの状況は今日でも維持されており、ロシアがISSを攻撃する可能性は低い。さらに、国際宇宙ステーション(ISS)というその構成から、周辺国、特にヨーロッパ諸国からの大きな反発を招くことが確実である当該ステーションの攻撃にロシアが踏み切る可能性は非常に低い。」

 

 再びマルヴィナは言葉を切り、一度会議室の面々を見回した後に再び続けた。

 

「イスラム勢力等、我が国およびヨーロッパ諸国に敵対的な立場を取る組織、或いは国家、もしくは国家群からの攻撃。まず第一に、彼等は衛星軌道上の物体を攻撃する手段を持たない。それを自国開発するだけの技術的蓄積も無い。ロシア或いは中国から対衛星軌道用兵器を購入したとして、それをロシア、或いは中国の軍事衛星に対して用いる理由が無い。」

 

「全て否定的解析結果か。」

 

「はい。」

 

「それでは何の結論も出ないじゃないか。何も言っていないと変わらん。」

 

「人工知能へのインプットデータの前提条件が間違っているのではないかね?」

 

「プログラムに頼るからその様な中途半端な結論が出るのだ。我々は君達の調査結果が聞きたいのであって、演算結果のハードコピーを読み上げて欲しい訳ではないのだよ。」

 

 会議に参加している面々からの非難はもっともだった。彼女自身、この解析結果に納得している訳ではなかった。

 とは言え、迅速にある程度の方向性を打ち出すことを求められた上、受け取った解析結果の出力が、あまりに予想と大きく異なる方向性を示していたため、結果を大きく修正した上で、皆が納得できるだけの修正案をまとめるには余りに時間がなさ過ぎたのだった。

 それなりに納得できる結果のみを報告し、鼻先で笑われて終わりそうな結果を伏せる事でそれを回避したのだった。

 

「数字はどうあれ、出してもらった結果は納得のいく内容だった。CIAでの解析結果を念頭に置いて、各々方自局での調査解析を進めて戴きたい。

「各位極めて忙しい中お集まり戴き感謝する。この後も適宜打合せを行う。宜しくお願いする。では今回の緊急会議を終了する。」

 

 そう言って大統領首席補佐官は会議への接続を切った。

 暗くなったモニタを見つめ、マルヴィナは誰にも気付かれないように溜息を漏らした。

 この後すぐ、ラングレイと繋いで解析結果について検討しなければならない。解析出力時刻に合わせて緊急会議を開かれてしまったので、解析結果を討議する暇さえ無かったのだ。

 それなりに長い年月経験を蓄積し、少なくともCIA内部では一定の実績と信用がおける解析用人工知能が、今回に限って何をもってこの様な結果を出してきたのか、詳細に検討が必要だった。

 

 彼女は軽く息を吐き、何枚かの出力を手元にまとめると、ノートPCを畳んで席を立った。

 誰にも聞かれず部下達と話し合える個室はあっただろうか。

 

 

■ 1.3.2

 

 

 ゴドフリーは暗くなったネットワーク会議のウィンドウから視線を外すと、そのすぐ隣に開いてあるアリコット6の出力画面を見た。

 大統領首席補佐官として、彼はアリコットの出力に直接眼を通すことが出来る権限を持っていた。

 デスクの上を右手の人差し指でリズミカルに叩きながら、彼はそこに表示されている解析結果を眺めた。

 

 CIA長官が、アリコットからの出力をそのまま伝えず、故意に一部省略したことは会議中に既に気付いていた。

 彼女がなぜその様な事をしたのかも。

 

 アリコットの解析結果出力を表示した黒地に白い文字のウィンドウを眺める。

 会議の結果に上乗せして、このアリコットの解析結果出力も、参考情報として大統領に伝えるべきか否か。

 

 そのウィンドウの一番上には、今回のISS破壊、及びロシアと中国の秘密有人軍事衛星が同時に破壊された件について、アリコットがもっとも確からしいと解析した結果が表示されていた。

 

 「地球外生命体による攻撃の可能性; 47.3%」

 

 「今後同様、或いはさらに大規模な攻撃が連続する可能性; 89.7%」

 

 黒いウィンドウに並んでいるその文字をしばらく眺めた後、ゴドフリーは端末をスリープ状態にして席を立った。

 


 拙作お読み戴きありがとうございます。


 更新遅くなり申し訳ありません。

 粗筋を決めた後はインプット情報を各キャラクタにインプットし、その後はキャラクタが勝手に動くままに書いていく、という感じの書き方をしているのですが。

 今回は、決めていた決着(本文の通り)からはかけ離れた結論の方にどんどん話が進んでいって、今にも米国宇宙軍が最大限での戦闘配備に突入しそうな、本来の粗筋とは全くパラレルワールドのような結末になってしまったため、一度全面的に書き直していました。

 キャラクタがどんどん走って行って、楽しく書くことが出来るのですが、おかしな書き方をする弊害ですね。

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