9. デスサイズ
■ 13.9.1
宇宙空間を光速の20%、太陽系相対速度6万km/sもの高速で飛んでいても全く実感はない。
速さを感じる対象物など近くにあるはずも無く、全球を埋める星々は遙か数千、数万光年の彼方にあって、幾らスピードを上げようが動く事は無い。
しかし一旦戦闘に入ると状況は一転する。
文字通り、世界が回る。
時計回りに星々が流れたかと思えば、一瞬後にはその逆に回っており、そして次の瞬間には下から上に向かって無数の星が動く。
もちろんそれは自分主観の視野であり、実際は機載AIであるシヴァンシカが自機に影響を及ぼしそうなミサイルの航路を全て把握した上で、例えミサイルが急に進路を変えたとしても万が一にも被弾しない航路を選び、人間には真似の出来ない短時間で進路を次々と切り替え機体姿勢を変えている事による。
地球と月の距離38万kmなど僅か3秒ほどで通過してしまう相対速度0.4光速近いスピードで接近する数百数千ものミサイルを避ける為の戦闘機動は、最早人間が対応出来る範囲を遙かに超えており、達也はミサイル回避運動を全てシヴァンシカによる自動操縦に任せていた。
数万kmという幅の立体的な広がりを持って千発を超えるミサイルが、12万km/sで突っ込んで来る。
僅か全長1m程度の大きさしか無いファラゾアの艦載ミサイルが、こちらも僅か全長60mしかないコルベット艦に接触する確率は相当に低いものであるとは言え、変に意地張って自分が操縦した結果、マイクロ秒単位の回避行動に対応出来ず失敗してミサイルが命中しましたというのでは、笑い話にもならない。
相対速度12万km/sでミサイルが直撃すれば、僅か60mのコルベット艦など一瞬で分解し蒸発する。
掠っただけでも船体の一部をゴッソリと抉り取られるだろう。
つまらないプライドや人間主体性を主張するよりも、完全な状態で敵艦隊に突撃できること、そして生きて帰れることの方が遙かに重要な事だった。
自分が機体を操縦して戦うのか、機載AIが操縦するのか、戦いの主体がどちらにあるのか、達也はそんな下らない事にこだわるつもりは無かった。
ファラゾアを一機でも、一隻でも多く墜とす事、損害を与える事。
それが最も重要な目的であり、AIに操縦を任せる事はその目的を最も効率よく実行するための手段でしかなかった。
「敵戦闘機群、二千五百、距離1.7M、ヘッドオン、減速中、接触まで18秒。続けてミサイル群、九百、距離2.2M、加速中、接触まで16秒。迎撃戦用意。レーザー砲塔、A、B、C、D、レッド。
「敵戦闘機群は約650秒後に第二機動艦隊と接触。接触時の推定相対速度10.5万km/s。致命的じゃ無いけれど、多少速度が落ちて狙われやすくなるわね。どのみち艦載機からミサイルばら撒かれたら厄介だけれど。」
ミサイルを避けるための激しい機動が終わり、視野として認識する世界がやっと落ち着いたと思えば、すぐさまシヴァンシカが次の敵の攻撃を告げる。
前半の無機的な口調のアラートは部隊内全機に中継されており、後半の砕けた口調の部分は達也にしか聞こえていない。
レーザー砲塔をアクティブにするシヴァンシカの宣言と共に、コルベット艦の艦体に半ば埋め込まれたように設置されていた1180mmx1620MW旋回光学砲が四門、せり上がるようにして艦体外に露出し、遙か前方の目標に照準を合わせるように動いた。
いかなファラゾアの兵器とは言っても、全長300から800mある第二機動艦隊の巡洋艦や駆逐艦に、ファラゾア艦載機のレーザー砲が短時間で深刻な影響を与える事は出来ない。
相対速度は依然0.3光速以上あり、一瞬ですれ違うためレーザー照射時間は長くて数秒、常識で考えれば0.5秒以下になるだろう。
全長30m以下の戦闘機ならばともかく、全長数百mもある艦体が僅か0.5秒のレーザー照射で深刻なダメージを負ったりはしない。
それよりも厄介なのは、艦載機が発射するミサイルだった。
直径30cm、全長60から80cm程度しかないまるで歩兵携行ミサイルの様な小さなミサイルだが、ただ単に0.3光速で衝突するだけで致命的な被害となる上に、その弾頭は小型戦術核並の破壊力を持っている。
脚は遅く命中率も悪いが、高速ですれ違う戦闘における物理弾頭の破壊力はやはり脅威的だ。
宇宙空間にヘッジホッグが現れるとは考えられないが、スピナーであれば一機当たり八十四発のミサイルを搭載している。
第二機動艦隊の進路上にそんなものをばら撒かれて、0.3光速で着弾したミサイルがさらに核弾頭並の爆発を起こす事など考えたくも無かった。
「シヴァンシカ、ミサイルは迎撃しなくていい。回避するだけだ。敵機を最大限に迎撃。ミサイルキャリアを判別出来るか?」
「百万kmも離れた敵機の重力波の個別識別なんてこの機体のGDDで出来るわけないでしょ。最大限努力する。光学と重力解像度最大。期待しないでね。太陽が遠くて暗い。ミサイル無視。ミサイルキャリア優先。」
「充分だ。任せた。
「コピアナリーダより各機。迎撃火力は全て敵戦闘機群に集中。敵艦ミサイルは避けるだけで放置。第二機動艦隊の進路上にスピナーから高密度のミサイルばら撒かれる方がマズい。ミサイルキャリアが判別出来るなら優先的に迎撃。」
「コピー。」
達也の推測では、異星人の指導の下通信機に超光速通信の機能を与える改造を行っているであろうシヴァンシカであったが、どうやらそれ以外の機能には手を出していない様だった。
敵機を個別に識別しているであろうSPACSから戦術マップデータが送られては来るが、数光分離れた敵の情報を収集している、自機から数十光秒離れたSPACSから送られてくるデータが戦闘に役立つとはとても思えなかった。
「ミサイル群接触。回避。続いて敵艦載機群、迎撃。」
何の感情も込めず、シヴァンシカの声が状況を知らせる。
もちろん肉眼で認識することなど叶わず、HMD表示にても一瞬で後方に消えてしまう速度で、遙か彼方に集団として表示されたファラゾアのミサイルが、次の瞬間には視野全面を覆うように広がり、そして一瞬で後方へ抜ける。
GPU(重力推進器)の出力ベクトルを示す、HMD隅に表示されている加速ベクトル表示が一瞬大きく伸び、達也の機体がミサイル回避運動を行ったのであろう事が分かる。
もちろん全て機載AIであるシヴァンシカの制御であり、達也は何も操作していない。
操作どころか、僅か一瞬の極めて短時間の事であるので、そもそも反応さえ出来ない。
そして、相対速度0.4光速ですれ違ったミサイルを事も無げに回避したシヴァンシカからも、何も特別なことでは無いとでも言わんばかりに、回避行動の報告さえ行われない。
「見つけた。」
シヴァンシカの呟きが聞こえたと思った。
その声と同時に、右舷の上面と下面に設置されているレーザー砲のB砲塔とD砲塔が高速で旋回し、虚空の一点を睨み付けるかのように同じ方向に砲身を向ける。
左舷上面のA砲塔、左舷下面のC砲塔も同様に、進行方向左側の一点に砲身を向ける。
僅かな差はあったものの、ほぼ同時に左右四門のレーザー砲塔から1620MWの強烈なレーザー光が放射され、レーザー光を照射したまま自機のランダム機動に合わせて砲塔が高速で回転して敵を追尾する。
HMD上にても、遙か彼方にあって個別表示出来なかった敵機群を示すマーカが、一瞬で接近してきて個別マーカ表示になったと思った次の瞬間には、自機の周囲を覆うように広がり、TDブロック脇に表示されているキャプションを読む暇などあればこそ、次の瞬間には既に後方に飛び抜けて再び個別表示が困難なほどに密集する。
とても人間には対応出来ない、刹那と表現するのが正しい僅か一瞬でのすれ違い。
「ビンゴ。スプラッシュ4。スピナー二機、クイッカー二機。どう?」
シヴァンシカが、ふふんと鼻で笑っていそうな得意げな口調で言った。
子供の頃の記憶の中のシヴァンシカが、胸を張って得意げにこちらを見ている姿が見える様だった。
本当にAIである彼女に感情があるのかどうか分からないが、得意げな口調で喋るべき時にまさにその様な口調で話すことが出来るのは凄い技術だと達也は半ば呆れ、半ば感心する。
二千五百機も居る敵機群の中で僅か四機を撃墜しても意味の無いことのように思えるが、従来の敵戦闘機群の機種編成比率であれば、通常1%を割る比率のスピナーを選択的に二機撃墜したというのは、充分に意味のある事だった。
「無理とか言ってた割にはやるな。」
「同じリアクタと推進器を積んでても、機体形状が違う分ほんの少しだけ放射重力波が違うのよね。
「20秒で敵艦隊射程内に突入。現在距離4.0M。」
宇宙空間では戦闘時の距離スケールが大きく、また太陽から遠い深宇宙での作戦が多いために太陽光が弱く、高速で移動する敵戦闘機を光学で動的に探知するのは精度が悪く、また高い電波ステルス性を持つ敵機を遠距離からレーダーで捕らえるのは極めて難しい。
その為、宇宙空間での敵機探知はもっぱら、敵機体の推進器から放射される重力波に頼ることになる。
一方、ファイヤラーなどの一部特殊な機体を除いて、ほぼ全てのファラゾア戦闘機は戦闘機用汎用型とでも言うべき、同じ型式のリアクタと重力推進器を搭載している事がこれまでの調査から判明している。
そのため、推進器から発生する重力波パターンで敵機の機種を判別することが難しく、宇宙空間での戦闘において遠距離から敵戦闘機の種類を判別するのは本来極めて難しいのだ。
しかし機体形状の違いから、機体周辺に生成する重力場の形状が僅かに異なり、当然その分だけ放射重力波パターンも僅かに異なる。
SPACSやピケット艦などは、高精度GDDを用いた探査データを積算してその僅かな差を探り出し、数百万km以上の遠距離においても敵機の判別を行っているのだ。
ところが今、数十万kmの「近距離」とは言え、戦闘用コルベット艦搭載の通常精度のGDDを用いて、一瞬で重力波パターンの差を判別した上に、さらにその機体をすれ違いざまに撃墜するまで彼女はやってのけたのだった。
もちろん例の「お友達」が手伝ってくれたのかも知れないが、それにしても驚くべき能力であった。
いずれにしてもやれることは最大限やった。
大気圏内の戦闘のように、敵戦闘機群を追いかけたりなど出来ない。
あとは第二機動艦隊に迎撃を頑張ってもらうしか無い。
「敵艦隊距離3.3M。敵艦隊主力戦艦レーザー砲射程距離まで10秒。敵艦隊と接触はさらに17秒。
「あら。9272TFSがミサイルを撃たずに付いてきてるわね。連中もやる気ね。達也、何か言ってあったの?」
達也達9265TFSと、同時に突入した9272TFSがミサイル放出を指示されたタイミングはとうに過ぎていた。
今一緒に居るという事は、9272TFSも敵艦隊への肉薄に付き合う気だと見て良いだろう。
「いいや? 多分奴等もへっぴり腰な攻撃に飽きたんだろうさ。」
「何かやらかすって思われてたんでしょうね。バレてるわねー。部下にもそう思われてたみたいだし。
「距離2.0M。敵戦艦主砲の推定射程距離に突入。接触まで17秒。」
「コピアナリーダより各機。敵艦隊の射程内に入った。ランダム機動を止めるな。立ち止まったらやられるぞ。」
「コピー。」
「距離1.5M・・・接触10秒前。ミサイルイジェクタハッチオープン。
「敵3000m級戦艦周辺に直援迎撃戦闘機群。レーザー砲塔は進路上の戦闘機を優先的に排除。」
自機には現在十八発のデスサイズミサイルが搭載されている。
その内六発は機体内のミサイルローダに格納されており、十二発は外部ハードポイントに固定されたパイロンに懸吊されている。
その片舷三発ずつ残った機体内ミサイルを放出するためのハッチを開けるとシヴァンシカが宣言した直後から、また世界が回り始める。
「距離1.0M。ミサイル放出、5秒前、3、2、1。ミサイル全弾発射。」
カウントダウンの最後の一瞬、更に機体の回転が激しくなり、機体外に懸吊されたミサイルを全弾同時にリリースするとともに、遠心力で辺りに放り出す。
約1秒あたり片舷一発のミサイルを機械動作で放出できるミサイルイジェクタは、機体外懸吊ミサイルがリリースされるのとタイミングを合わせるために先にミサイルを放出開始しており、機体回転の遠心力でさらにミサイルを遠くに弾き飛ばす。
機体外ミサイルが遠心力で撒き散らされ、次の瞬間AGG/GPUの出力を最大にして、予め設定された目標の艦に向けて全力加速を開始する。
先に放出されていた機体内に格納されていたミサイル六発も、同時に推進器を全開にして目標に向かって全力で加速していく。
「7265TFS、全機全ミサイル発射を確認。後続の9272TFSも同様。
「敵艦隊内を突破。最接近した敵艦はDD228にて距離12km。結構ヤバかったわね。」
なぜかシヴァンシカが嬉しそうに聞こえる声で言う。
俺も俺だが、こいつも大概だな、とHMDシールドスクリーンの下で達也は唇を歪める。
「追撃ミサイル、弾着、ナウ。」
シヴァンシカの声から一瞬遅れて、右後方の空間を振り返って眺める達也の視野に幾つもの地味な色の爆発炎が弾けた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
すみません。投稿タイミング二回くらい飛ばしました。申し訳ない。
更新&書き溜めのチャンスだったのに・・・ビデオ見まくってました。すまぬ。
某SF映画で、主人公の乗る宇宙船の左舷をブラックホールの事象の地平線内部に突っ込んでブラックホールを周回(?)する、というシーンが出た時には、思わず声を出して画面に突っ込みました。
「んなわけあるかー!」
惑星間移動が可能な速度でBHの表面を周回すれば、間違いなく潮汐力で全てバラバラ。それ以前にBHに降着する物質から発生するγ線で、BHに近付いただけで窓の外を見ている主人公は間違いなく焼け死んでるだろ。
事象の地平線だの、量子物理学だの、それっぽいワードを並べた割りにはなんだこのストーリーは、と。
そもそも五次元人とか、金星人だのシリウス星人だのと言ってチャクシンしてるのと変わらん。
あの映画はSFではなく、ファンタジーにジャンル変えするべきだ。