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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十三章 ジャンプシップ(Jump Ship)
396/405

6. ミサイル巡洋艦「シウォンザク」


 

 

■ 13.6.1

 

 

「タツヤ。また随分楽しいことになってるみたいじゃない? アンタやっぱりトラブル誘引体質だわ。間違いない。」

 

 映像の中のナーシャはヘルメットを被っており、巡洋艦の艦橋の暗い明かりでは、金色に光るシールドバイザーの向こうの彼女の顔は暗くてよく見えない。

 しかしその声は明らかに聞き慣れたナーシャのものだった。

 ナーシャの乗艦であるミサイル巡洋艦シウォンザクを含む第624独立迎撃駆逐戦隊は、第二機動艦隊からみて約四億kmの彼方を航行している。

 通常の電波通信であれば、片道四十分以上の時間がかかる距離である。

 

「本当に繋がったな。お前大丈夫か? 産休明けだろう。」

 

 通信開始後いきなり随分失礼なナーシャの台詞を無視して、達也は気になっていた事を尋ねる。

 ナーシャは第二子を出産して、二週間前まで産休を取っていた。

 そんな状態であってもすぐに艦隊勤務に復帰して、さらにはファラゾア艦隊の侵攻に対して突撃してくると云うのがいかにも彼女らしいと云えば彼女らしいのだが。

 

「問題無いわ。ナタリアは軍の保育施設に預けてきた。」

 

「いや、お前の身体は。」

 

 勤務する艦に子供を連れ込んでいるなんて思ってはいない。

 いや、生まれてすぐに母親が出撃して保育施設に子供が置き去りにされるのも、それはそれで充分に問題だとは思うが。

 子供を産んですぐにストレスのかかる宇宙空間での勤務に戻り、どころか戦いに赴くなど、常識では有り得ない。

 

「もっと問題無い。高Gのかかる昔の戦闘機じゃない。」

 

 コイツもひとの事は言えない、大概に戦闘狂な奴だよな、と思いながら達也は呆れ果てたという風に溜息を吐く。

 精神的に弱い者は孤独と死への恐怖とで、飛ばしているだけでも発狂しかねない宇宙戦闘機に乗って、何億kmも彼方の火星に攻め込み、平気な顔をして戦闘を行って生きて還って来る女だった。

 戦闘機に較べれば遙かに安全で快適な巡洋艦の勤務などものともしないに違いなかった。

 

「オーケイ、オーケイ。で、こっちに向かって突っ込んできてるのか?」

 

「第二機動艦隊が侵攻ファラゾア艦隊に接触する直前に突入予定よ。減速してる余裕無いから一回きりの突撃になるけれど。ウチの戦隊には全部合わせて四百発のデスサイズが搭載してある。理論上はこれで敵艦隊の1/3近くを墜とせる。はず。」

 

 命中率50%を目標として開発されたデスサイズミサイル四百発が残存六百隻の内二百隻を撃沈できれば、ファラゾア艦隊の戦力は残四百隻となり、侵攻開始時の戦力千二百隻の1/3となる。

 従来のファラゾア戦術ドクトリンに沿うならば、交戦開始時戦力の2/3を失えば、ファラゾア艦隊は撤退するはずだった。

 勿論、言っているナーシャ自身もそれほど上手く事が運ぶとは考えてはいないであろうが。

 

「それは心強い限りだが。他の乗員をどうやって説得した? ファラゾア艦隊の出現を話すわけにもいかんだろう。」

 

「関係無い。戦隊司令官命令。問答無用。」

 

 こいつの下で働かされている連中も苦労していそうだな、と、HMD視野の中で視線を上にあげて達也は再び溜息を吐いた。

 

 ちなみにであるが、現在ナーシャの乗艦である巡洋艦シウォンザクと、彼女を旗艦とする第624独立迎撃駆逐戦隊は艦隊全艦第一種戦闘配備となっており、乗員全員が艦内服にヘルメットを着用している。

 その為、ナーシャとの会話は全てヘルメットのレシーバとマイクを通したものであり、シウォンザク艦橋に詰める他のクルーには聞こえないように、ナーシャのAIであるリリーがデータの流れを切り替えている。

 

 パイロット一人があらゆる作業を行わねばならない単座コルベットとは違い、複数のクルーが搭乗する艦船の乗員全てにAIが支給されているわけでは無いが、艦長などの要職に就いている乗員には業務の補佐を行うAIが支給されており、艦船自体に搭載されているAIと同居している形になっていた。

 ましてやナーシャは666th TFW所属時にAIを支給されており、リリーと名付けられ多くの経験を積んだ彼女のAIは艦隊勤務というさらに別分野の経験を積み増して今後のAI開発の礎となる意味も含めて、巡洋艦シウォンザクに格納されていた。

 

 超光速通信が通ったことで、リリーがシヴァンシカ同様に「知性化」されていること、そして巡洋艦シウォンザクにも自分の機体と同様に地球人の技術では検出できない改造が行われているであろう事は想像がついた。

 それどころか、リリーに触発されてシウォンザク艦載AIも彼女同様に知性化されているのではないかと予想していた。

 巡洋艦には、自分が乗るコルベット艦とは比べものにならないほどの容量と処理能力を備えたハードウエアが搭載されている。

 シウォンザク搭載AIも併せて知性化されていても何ら不思議ではなかった。

 

「戻ってからの報告は?」

 

 例え結果的にファラゾア艦隊の迎撃に大きく貢献できたとしても、敵艦隊の出現を知らないはずの状態で意味も無く突然太陽系外縁に向けてまるで戦闘突撃のような全力加速をすれば、帰還後その行動の理由を追及されるのは当然だった。

 

「問題無い。ジャンプシップを目標として、太陽系から離脱しようとする敵艦を全力迎撃するための訓練とでも言っておくわ。どうとでもなる。」

 

「いや、ジャンプシップを標的艦にしちゃ拙いだろお前。人類史に残る大偉業の実験船だぞあれ。」

 

 俺も大概周囲に呆れられる行動が多いと自覚しているが、こいつが相手だとそんな俺でさえツッコミ役に回らされるな、と達也は内心苦笑いする。

 

「別に本当に射撃行動するわけじゃなし。移動目標にするだけだから、安全上も何の問題も無いでしょ。適当な目標も定めずに全力加速する方が、ログを見た艦隊司令部に燃料の無駄遣いだの、艦の劣化だのと後からネチネチ言われて面倒臭い。」

 

 独立迎撃駆逐戦隊とは、普段は小惑星軌道以遠をパトロールしつつ、木星以遠の惑星やその衛星に未だ残っている可能性があるファラゾアの基地や工場の存在を虱潰しに探って回るのが通常の任務である。

 そしてその担当領域が木星以遠の深宇宙であるが為に、この度のようにファラゾアが再侵攻してきたときに真っ先に駆け付け、敵艦隊に肉薄して敵の動きを牽制しつつ地球へ詳細な偵察情報を送り続けるという過酷な任務を負う。

 その情報を受けて押っ取り刀で飛び出していくのが、達也達迎撃戦闘機隊であり、また普段は地球或いは火星宙域を中心に行動している機動艦隊である。

 

 いずれにしても、数百から千を越える艦艇数且つ5000mを越える巨大艦船も多数含まれる圧倒的に優位な敵艦隊を牽制しつつ偵察を続け、あわよくば敵戦力を斬減する事まで求められる過酷な任務を命じられる運命にあるこの独立迎撃駆逐戦隊には、常に高い練度と即応力が求められており、先ほど達也を呆れ果てさせたような、戦隊司令官の思いつきによって突然開始される緊急対応戦闘訓練というのは、実は珍しくない。

 もちろん本当のところは、実施するタイミングが司令官の思いつきであるだけであって、実施内容については出港時から予め艦隊運航計画に盛り込まれている事が殆どであるのだが。

 

 すでにファラゾア艦隊が太陽系外縁に出現し、撃ち漏らされた六百隻ほどのファラゾア艦が太陽系内部に向かって侵入している事が分かっているにしては二人とも何とも緊張感の無い会話を続けているが、それは今更というものであろう。

 実戦を多く経験した兵士ほど戦いの前にこの手の軽口を言い合うのはいつの時代も似た様なものであったし、また戦いを前にして過剰に張り詰めた緊張で精神的に疲れ果て、いざ戦いが始まったところで不利な条件で戦闘に突入するようなことの無い様緊張をほぐしておくのは確かに有用な対応なのだ。

 勿論、何事にも限度というものはあるが。

 

 戦闘時には人間が対応することの出来ないミリ秒、マイクロ秒の世界となる割には、戦闘に突入するまでは延々と何時間も何もすることが無いという宇宙空間での戦闘特有の暇な時間を、仮眠を取ったりシヴァンシカととりとめの無いじゃれ合いのような会話をすることで消化していた達也であったが、第二機動艦隊と随伴する戦闘機隊全体に流れていた弛緩した雰囲気もSPACSからの緊急通信で一瞬のうちに払拭された。

 

「ジャンプ試験船トゥルパル護衛の全艦。緊急事態。太陽系外縁168, 023, 15Bにて大規模なジャンプアウト重力波が探知された。予想艦隊規模は約1200。詳細は確認中。重力波波形からファラゾア艦隊と考えられる。現在の第二機動艦隊針路から028, 017, 4.9Bにて、本艦隊は約11時間後に接触する。各艦各機送信データを確認せよ。これは演習では無い。繰り返す。太陽系外縁168, 023, 15Bにて大規模な・・・」

 

 青天の霹靂のような情報に、試験船を追いかけるだけの任務にどこかのんびりとした雰囲気であったものが、一転騒然とし始めたはずだが、全ての通信が入って来るわけではないのでどれほどの通信が飛び交い始めたのか聞こえてくるわけでも無かった。

 そもそも達也はシヴァンシカからの知らせで、ファラゾア艦隊が現れたことをもう何時間も前に知っている。

 やっと情報が来たか、やっとこれで大手を振って対策が打てる、というのが正直な所だった。

 

 達也はHMD上で点滅する緊急通信のアイコンを注視しながら右手の人差し指で押す。

 実際には右手は何も無い空中を動いているだけだが、ポジションセンサがHMD映像上でアイコンが押されたことを検知して、HMD視野の右側に新しいウィンドウを開いた。

 ウィンドウには第二機動艦隊を中心とした戦術マップが表示されており、黄色の予定航路上を進んでいく青色マーカで表示される護衛艦隊と、その前方を進む青いマーカのトゥルパル、そしてそのはるか前方から急速に接近してくるファラゾア艦隊の赤色マーカとその予想進路が交差するアニメーションが繰り返し再生される。

 SPACSからの情報によると、ファラゾア艦隊との接触は冥王星軌道のさらに外側であり、11時間18分後となっていた。

 

「コピアナリーダより各機。聞いての通りだ。ジャンプシップは無人自動制御で航行している。例によって外部からの一切の入力を受け付けない。ファラゾア艦隊の出現によってジャンプシップが予定を変えることはない。追ってSPACSからの指示がある筈だ。全機現状を維持して待機。」

 

「02、コピー。」

 

「03、諒解。」

 

 シヴァンシカやナーシャのリリーは特殊な例ではあるが、ラフィーダからの技術導入によってハードウェア性能が劇的に向上したお陰で、無人操縦技術に必要なAIの性能も大きく向上した。

 クラッキングによる乗っ取りの可能性が潰しきれないので、ファラゾアとの戦いに無人機或いは無人艦を投入する事は出来ていないが、太陽系内の資源回収や人工衛星の設置など、人間の乗組員を投入するにはコスト面や安全面などで折り合いが付かない様々な場面で無人機無人艦が投入されており、それは今回のジャンプ試験船においても同じであった。

 

 今でも太陽系内のあちこちで様々な形態での小規模なファラゾアの基地が希に発見される事から、太陽系内にてファラゾアに襲撃される危険性は完全には拭い去れていないものとして、その様な無人機無人艦の多くは一旦出撃した後は外部からの入力を一切受け付けない完全自律制御となっている事が殆どである。

 今達也達の遙か前方を太陽系外縁に向けて航行しているジャンプ試験船トゥルパルもそうした艦艇のひとつであった。

 

 ただ不運なことに、ジャンプ試験船というその役割から、トゥルパルには様々な特殊機器が大量に搭載されており、その分船を管制するシステムハードウェアの容量が削られてしまっていた。

 そもそもファラゾアとの交戦を想定した船では無い事、そしてまさかジャンプ試験を行うのと全く一致したタイミングでファラゾア艦隊が現れるなどというとんでもない偶然が発生するとは想像もしていなかったことから、トゥルパル搭載AIのファラゾア艦隊に対処する能力は、他の軍用艦に較べて非常に低いものとなっている。

 長距離索敵能力を持たないトゥルパルはいまだファラゾア艦隊の出現を検知していないが、たとえ自船の前方にファラゾア艦隊が存在することを探知した後であっても、前方の障害物をただ回避する程度の行動を起こすのみであり、自身の主目的であるジャンプ試験の続行を優先する判断を下す可能性が高かった。

 

 そして、トゥルパルをエスコートする第二機動艦隊の艦隊司令官と補助AIもその結論に辿り着いたようであった。

 

「ジャンプシップエスコート全艦に告ぐ。当艦隊は現在の航路を維持してジャンプシップを追い抜き、その後ジャンプシップを護りつつ先行してファラゾア艦隊との交戦に突入する。ジャンプシップに追い付くのが約80分後、その後110分以降でファラゾア艦隊と邂逅する。

「現在の観測データでは、太陽系外縁艦隊がファラゾア艦隊と交戦した事を確認している。敵艦隊のかなりの数を彼等が撃沈するものと予想している。その戦況については随時データ送信する。

「我々の戦力は第二機動艦隊二十四隻と、迎撃コルベット艦百四十八隻という少数であるが、技術的に再建造に時間のかかるジャンプシップを何としても守り抜く必要がある。厳しい戦いになるであろうが、我々なら出来ると信じている。諸君の奮闘を期待する。」

 

 分かっていたことではあるが、やっぱりこうなったか、と、達也は溜息を漏らす。

 ナーシャが言っていたトラブル誘引体質というのもあながち否定できないなと、苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 説明回ばかり延々と続けてきましたが、やっとそろそろ戦闘に突入しそうです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これが伝説のST部隊ですか。 量子通信機が有ろうとも、知性化AIが有ろうとも、お友達が居ようとも、気にしない~。
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