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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十三章 ジャンプシップ(Jump Ship)
394/405

4. 神再降臨


 

 

■ 13.4.1

 

 

 太陽系内を外に向かって0.1光速、約30000km/sで航行する試験船トゥルパルと、地球宙域を出立した後ずっと彼女を護衛している巡洋艦ヴィクトリアスを旗艦とした第二機動艦隊二十隻、トゥルパルが土星軌道を横切る前後で合流した、通常は小惑星帯以遠にて哨戒任務に就いている単座コルベット艦による戦術戦闘機隊十部隊百四十八機からなる一団は、天王星軌道を越えた後も速度を維持したまま約十五時間ほどかかって海王星軌道に到達した。

 ジャンプ試験船トゥルパルはその名の通り、超光速恒星間航法である超空間ジャンプの試験を行うための実験船である。

 

 西暦2054年09月23日、ラフィーダという名の地球人類にとって少なくともその場では敵ではない異星人が、初めて地球に降り立った。

 敵ではないならば味方かというと、彼等の都合によってどうやらそういうわけでも無い様であったが、少なくとも対話が可能な異星種族であったことだけは間違いが無かった。

 そのラフィーダが送り込んだ特務大使という名の個体は、「ラフィーダの贈り物」と呼ばれる様になった、地球人にとっては正に宝の山のような様々な技術を置き土産として残していった。

 

 地球人が切望した、ファラゾアを撃退する兵器技術や、地球人の戦力を向上させるような簡単に兵器に転用可能な技術はそこに含まれていなかった。

 兵器技術では無かったが、超光速航行技術もまた、そこには含まれてはいなかった。

 ラフィーダの特務大使は、超光速航行技術が欲しいならば、鹵獲したファラゾア艦を解析することでそれを手に入れれば良いと言い残して地球を離れた。

 どうやらこの宇宙を自由に飛び回っている先輩達は、自分の力で地球人が超光速航法を手に入れて彼等の仲間入りをすることを望んでいるようだった。

 当然、地球人はラフィーダの特務大使の助言に基づきファラゾア艦を解析し、超光速航法ユニットを特定し、そのユニットを解析して再現しようとした。

 しかし出来なかった。

 ファラゾア来襲直後、彼等の戦闘機を分解解析して重力推進を手に入れようとしていたときと同様に、超光速航法ユニットを分解し分析することは出来ても、それが余りに隔絶した先進技術であるために自分達の手で同じ物を再現して製作し動作させることが出来なかったのだ。

 

 それが空間の歪みを利用していることは、ファラゾア艦隊が太陽系近傍にジャンプアウトするときに検知される強烈な重力波から推測されていた。

 ただ、どの様に空間を歪めれば、光速を越えて遙か彼方の空間へと短時間で移動できるような異空間を開くことが出来るのか、が、さっぱり分からないのだった。

 そもそも地球人類が知る「空間」とは、今自分達が存在しているこの四次元連続体だけであり、それ以外の「空間」については何ら知識を持っている訳では無かった。

 それが何か分かっていないものを具現化することなど出来ようはずもなかった。

 そして超高速航行技術の開発は行き詰まってしまった。

 ・・・かの様に見えた。

 

 人工重力発生器、重力推進器を開発する際に、一般重力理論の基礎を打ち立て、のみならず応用重力論から空間歪み理論までの体系的な一連の理論群を編み出して世に送り出した、日本の国立重力研究所(National Institute of Gravity:NIG)がここでまた再び地球人類の目を覚ますような強烈な一撃を世に放った。

 人工重力発生理論を提唱し体系的に組み上げた逆井所長率いる、人工的な重力或いは空間の歪みの発生について研究を行っている研究チームである空間構造部に属する若手科学者が、人工重力発生器によって引き起こされる空間の歪みをさらに極大化させ、不安定化した空間を「切り裂く」ことで、我々の良く知るこの四次元連続体構造に隙間を作って「抜け出す」方法の理論を打ち立てた。

 研究チームはこの理論をさらに発展させ、その空間に人工物を送り込む方法、送り込まれる物体が持つ運動エネルギーとその物体に掛けられる重力場を操作することで異空間内における速度を制御し、さらにその物体をもと居たところよりも遙か彼方の空間に「放り出す」方法までをも網羅した一連の「跳躍空間理論」を発表したのが、2059年の事であった。

 

 国立重力研の再びの快挙に科学界は驚愕し、そして惜しみない称賛を送った。

 空間構造を歪めて重力を作り出すという技術を地球人類が利用し始めてそれなりの時間は経ったものの、時空間に関する分野での理論と技術はまだ歴史が浅く、周辺分野も含めてまだまだ未知の領域の多く残る新しい領域である。

 バックボーンとなる過去の大量の情報蓄積も無く、他の分野に比べて理論体系構築もまだ粗の残るこの分野において、正直なところこれほど短期間で超光速航行理論が打ち立てられるとは誰も予想していなかったのだった。

 

 近年になってやっと復活したノーベル物理学賞の受賞が、二つのテーマにおいて確実視されている彼等研究チームが、僅か数十年という短期間の内に同一のチームから受賞を確実視される複数の研究者を輩出した事に対してコメントを求められたとき、彼等は決まってこう答えた。

 

「神が再び降臨した。」

 

 科学の新たな領域を切り拓き、飛躍的な成果を残した例えばアインシュタインやホーキングと云った天才と呼ばれる科学者達は、その道で「神」と呼ばれ称えられることも多いが、成るほど確かに学問の領域においても、技術の領域においても、そして地球人類に対する貢献という意味においても、彼等は神と呼ばれて然るべき功績を残したと言えるだろうと誰もが納得した。

 ただし、その言葉を口にした研究チームのスタッフは、納得するインタヴュアーの感心した表情を眺めながら、微妙な笑顔を浮かべていたのだが。

 

 その後彼等が発表した理論に基づき空間跳躍航法が研究され、僅か三年で学術的には「局所的一時極大化歪曲形成による空間構造破断装置(TimeSpace-Structure Dividing Device by Maximized Temporary Specific Distortion Generation)」という長ったらしい名前の付けられた、跳躍航行空間形成装置(Jump Space Navigation Device)、通称「ジャンプユニット(Jump Unit)」と呼ばれる、人工重力発生器に附随して動作する超光速航行ユニットが開発されたのであった。

 

 ところがこのジャンプユニットは開発されたものの、しかしその特性によって実用化試験は難航した。

 この装置はその名の通りに空間構造を破断する際、空間構造に重力傾斜が存在するとジャンプのコントロールが難しくなるのみならず、ジャンプする対象そのものもその歪みの影響を受けて素粒子レベルの物質崩壊を起こす可能性があることが理論構築の初期から判明していた。

 少々誤解を生みそうな例えではあるが、空間を切り裂く際に、真っ直ぐ平らな板に垂直にナイフの刃を突き立てる必要があるところを、斜めになった板に斜めになったナイフの刃を無理矢理突き立てれば、切断面が歪んでしまい綺麗に切断出来ないばかりか、最悪ナイフの刃が折れる事故が発生する。それと良く似ている。

 

 これこそがファラゾアやラフィーダが太陽系外縁150億kmもの彼方でのみジャンプイン/ジャンプアウトする理由だったのだと関係者全員が気付いたのであるが、それと同じ理由でジャンプユニットの開発に必要な実用化試験を地球近傍空間で実施する事が出来ないのは、ジャンプユニット開発の大きな足枷となった。

 結局その対応策としては、空間破断試験までは地球近傍───とは言え、何が起こるか分からない空間破断試験を地球のすぐ隣で行うわけには行かず、地球から数億km離れた空間が選ばれたのだが───で実施し、実際に破断された空間に何かを送り込むジャンプ試験の段階になってから、試験機を太陽系外縁百五十億kmの彼方に運んで実験を行うという手順となった。

 

 形成されたジャンプイン用の破断空間に送り込むのは、センサー等を満載したドローンを送り込むべきか、ジャンプユニットを搭載した無人船そのものを送り込むべきかの議論がなされたが、太陽系に攻め込んでくるファラゾア艦隊との戦いの中で傷付きスクラップとなったコルベット級の戦闘機が大量に手に入りやすいこと、流石に百五十億kmの彼方の空間は遠く、実験船だけでは無くそれをエスコートする宇宙軍艦隊の運用コストの問題もあり、少々勇み足気味ではあるが最初の実験からジャンプユニットを搭載した試験船を破断空間に送り込むこととなった。

 その試験船が、正に今達也達がエスコートしているジャンプ試験船トゥルパルであった。

 そしてそのエスコートを行っている第二機動艦隊と随伴するSPACSおよび監視艦は、試験船トゥルパルが自身がジャンプする主観的なデータを取得するのに対して、そのジャンプを外部から観察して客観的なデータを取得するという役割も担っている。

 

 海王星軌道に到達したトゥルパルは、速度をそのままに太陽系外を真っ直ぐに目指して飛び続ける。

 それに対して第二機動艦隊を筆頭に、エスコート部隊は全ての艦が海王星軌道に到達してすぐに減速を始め、少し越えたあたりで対太陽系相対速度ゼロkm/sにまで減速して静止した。

 SPACSと観測艦が大きく広がった位置につき、さらに観測用の子機を射出してその広がりを一回り大きくする。

 これで、地球周辺宙域に展開されているGDDDSには探査密度で劣るものの、超大型かつ高感度のGDDSネットワークによる即席の観測基地が海王星軌道に設置されたこととなる。

 地球周辺宙域に常時展開されているGDDDSにて得られたデータと合わせて解析を行えば、より高精度の解析結果が得られる予定であった。

 

 もっともその様にしてデータ収集のために忙しく動き回っているのは、第二機動艦隊に随伴しているSPACSや観測艦だけであり、エスコート任務以外には特にやることのない達也達戦闘機隊は、不測の事態に備えて待機するという何もやることがない退屈な時間を過ごしていた。

 宇宙空間の任務では、このような長時間に渡る待機が発生することがしばしばある。

 実際は待機状態では無く、太陽系内を0.2光速で航行しているとしても、加速も減速も無く、自動操縦にて操縦を全て機載AIに任せてしまえばそれは殆ど待機時間と変わりが無い。

 

 この長く何もすることが無い時間の暇つぶしとしてこっそりと機内システムにゲームの類いをアップロードして持ち込み、AIを対戦相手として待機時間にゲームをしては飛行隊本部に呼び出しを食らう兵士が後を絶たなかった。

 待機時間と云えども任務中であることには違いなく、任務中にゲームをして暇つぶしをするなどけしからんという、至極まっとうな理由であったのだが、その様な兵士が余りに多いため最後には飛行隊本部側が根負けした。

 

 彼等も、単座コルベットに何百時間も孤独に閉じ込められ、今やファラゾアと遭遇する危険さえ殆ど無い太陽系内を何もすること無く延々と航行する兵士の苦痛とストレスを理解しているのだ。

 チェスや囲碁などの伝統的な戦術級ボードゲーム、一部の戦術戦略級のストラテジーゲーム、そして軍が開発したフライトシミュレータなどのゲーム感覚でプレイできる一部の訓練用ソフトウェアが持ち込み許可の対象となったが、勿論それは建前上の話であり、実際はアダルトものでさえなければ大概のソフトウェアの持ち込みが黙認されていた。

 

 海王星軌道で待機中の戦闘機隊には文字通り全くやる事が無く、シヴァンシカを相手にファンタジー世界での戦いを舞台にしたストラテジーゲームをプレイしているときだった。

 人類の一千億倍と自慢する処理能力を生かして、普段のシヴァンシカであれば殆どタイムラグ無く、考える時間など一切必要とせずに次々に駒を動かしてくる彼女のターンであったのだが、その差し手が一瞬鈍ったような気がして、達也は訝しげに軽く眉を潜めた。

 

「シヴァンシカ、どうした? 何かあったのか?」

 

 彼女の差し手が鈍る、つまり何か他にリソースを取られるような事態が発生したのだろうと達也は思った。

 

「えーっと・・・」

 

 シヴァンシカが口ごもる。

 通常なら有り得ない反応だった。

 処理速度が一千億倍であるなら、決断の早さもそれに準ずるのだから。

 「友達」と通信しているときは、反応が鈍ることが多いが。

 要するに、そういうことか?

 

「シヴァンシカ。今更だ。何か都合が悪い事態が発生したんだろう? 言ってみろ。」

 

 訊くまでも無く、だいたいの想像はついた。

 今、この場所、この時に発生する都合の悪い事態など、指折り数えられるほどしか無い。

 それが当たっていなければ良いが、と達也は思いつつシヴァンシカを促した。

 

「試験船トゥルパル前方、一時の方向、距離約50億kmの位置に、大規模なジャンプアウト反応あり。数約1200。5000m級戦艦十二隻、3000m級戦艦五十六隻を中心とした艦隊。推進器固有波長から、ファラゾアの太陽系侵攻艦隊と推測。艦隊は2000Gにて太陽系中心へ向かって加速中。このままの針路だと約十五時間後にトゥルパルに接触の見込み。これら約40秒前の情報。地球艦隊が事態を把握するまで約560分。その時点から最大加速では間に合わない。今すぐ最大加速でトゥルパルを追いかければまだ間に合うけれど、達也、どうする?」

 

 まあこういう時は大体嫌な予感というのは当たるものだよな、と、達也はコクピットの天井を見上げつつ溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 既に戦後、みたいな雰囲気になっていましたが。

 そんなに簡単に終わっちゃ面白くない。w


 努力しますが、GW中は更新が難しいものと思われます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 〇〇「やれ」 逆井所長「せっせめて若い世代に」「君の双肩に地球人類の命運がかかっている。なあに私も通った道だ。」 若手研究員A「はい・・・」 このまま歴史に埋もれてしまうと思ってた重力研…
[一言] km級百隻近くが「対処可能な範囲」として扱われてるあたり、大分技術が進んだんだな……
[一言] シヴァンシカは既に超光速の感知技術をモノにしてるのかな?さすが本妻だぜ! なんでエロゲ禁止なんやろ?
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