3. 試験船「トゥルパル」
■ 13.3.1
「コピアナ全機。本隊は約二十分後に試験船『トゥルパル』およびエスコートの第二機動艦隊とランデブーする。地球からエスコートしてきた戦闘機隊と交替し、トゥルパルを護衛して海王星軌道まで進出、海王星軌道にて太陽系相対速度ゼロにて停止する。その後トゥルパルがジャンプ試験に入るまで第二機動艦隊に付随している観測船を護衛。ジャンプ試験実施nプラス2500秒、約四十分で観測任務を終えて地球に帰還する観測船をエスコートして地球に帰還する。以上、手順は頭に入っているか?」
「02、問題なし」
「03、コピー。」
実は寝起きで、まだ今ひとつ頭がすっきりしていない達也が、半ば自分の眠気覚ましのために9265TFS全体に通信を発すると、間髪を入れずにABそれぞれの中隊長から返答が返ってくる。
宇宙軍は太陽系に侵入しようとするファラゾア艦隊を迎撃するために、全長80m級の戦闘用コルベットで構成された戦術戦闘「機」隊を多数編成して太陽系防衛に充てていた。
本来の意味での戦闘機では、パイロットはコクピット内のシートに縛り付けられろくに身動きさえ取れない状態にあるため、天王星や海王星軌道まで進出してファラゾア艦を迎撃するという何日に渡る作戦では、パイロットにかかるストレスが余りに強すぎると判断されたことと、コルベット艦の大きさであれば艦体に余裕があるため、生命維持システムに割くためのスペースも大きく、様々な兵器や装備を取り付ける事が出来、また戦闘機よりも高い加速力を持たせることも出来るという構造的長所や、そもそも駆逐艦や巡洋艦を建造するよりも工期も短く資材も少なくて済む上に、コストパフォーマンスも良く、さらに柔軟な運用が出来るという多くの利点から、単座コルベットが現在の太陽系防衛の主力となっている。
またその単座コルベットを集めて編成されたTFSも、七小隊二十一機編成や四小隊十六機編成など色々な構成での試行錯誤が行われた結果、結局五小隊十五機編成の伝統的な構成に落ち着くこととなった。
達也が率いる第9265戦術戦闘機隊は、最新鋭と言って良いMONEC製迎撃戦闘コルベット「ジャターユ」十五機で編成されており、地球上の基地をハワイのヒッカム基地に置いている。
それとは別に出撃基地として任務中は月周回軌道に浮かぶセレーネステーションに普段は常駐しており、燃料や兵器の補充、通常整備まではセレーネステーションの整備用ドックで行うことが出来る。
セレーネステーションは最大千人近い人員を収納できる地球人類初の大型宇宙ステーションであり、軍の施設ではあるもののパイロット達や艦隊勤務の兵士達が短い休日を過ごせるような、飲食店などによって構成された小さな歓楽街までもその内に備えている。
因みに三ヶ月に一度行われるオーバーホールの為にはヒッカム基地に戻る必要があり、その時にはパイロットの健康調査と、地球上の地表に「上陸」した上でパイロットに長めの休暇が与えられることとなっている。
宇宙空間の作戦に慣れた宇宙軍のパイロット達とはいえ、たまには地球上の自然溢れる景色と、その中で思い切り羽を伸ばす時間が必要なのだった。
「シヴァンシカ、合流予定の他の戦闘機隊はどうなってる?」
「予定では、本隊と前後して十二の戦闘機隊がトゥルパル護衛隊に合流。第二機動艦隊随伴のSPACS『カローン』からの情報によると、内二部隊、9187TFSと9223TFSにて整備不良の機体が発生して十四機構成になってるわね。他は予定通り。各隊共に定刻で航行中。要するに、大凡予定通り。問題無し。」
「諒解。SPACSからの新しい情報があったら教えてくれ。」
「諒解。」
AIが導入される以前であれば、SPACSやAWACSから送信されてくるデータをパイロット自身が確認し、その意味するところを読み解き理解しなければならなかった。
今はそれをAIが代行してくれる。
音声による伝達の中で何か違和感を感じたときのみ、聞き返すか、或いはSPACSデータを表示させて実際に自分の目で直接確かめれば良かった。
もちろん、頼り過ぎは良くない。
AIでは気付けない、長く戦いの場に身を置いてきた戦士特有の感覚でのみ気付くものがある事は否定出来ない。
だが今現在のように、ただ単に重要な任務を帯びた艦船を護衛するだけ程度の任務であれば、基本的にAIに任せっきりにしても問題無かった。
「中佐。」
「何だ?」
突然A中隊長のダシャ・チャクラバルティ大尉から話しかけられる。
少々頭が良すぎるシヴァンシカとの会話の最中は、不信感を持たれないように基本的に通信の発信側はカットされている。
外部からの通信が入ってきた際には、発信もONになる。
その辺りは機体管制システムと直結しているシヴァンシカが上手く瞬時に切り替える。
AIとは本当に便利だと達也は思う。
「この任務が終わったらヒッカムでクラスA2の整備が入っているので五日間休暇になりますけど。街に出て飲みに行きませんか?」
「構わんが。ログに残るぞ。」
当然の事ながら、作戦行動中の通信や操縦操作、機体各所のモニタリングデータは全てログとして記録されている。
新技術の機体システムハードウェアを導入した後、膨大な容量となった記憶容量が、長期間の全てのデータを記録する事を可能としていた。
当然、作戦行動中の私語も記録されてしまう。
もっとも、ログをチェックする飛行隊本部の方も少々の私語や軽口にいちいち目くじらを立てたりはしないが。
ちなみにであるが、達也の機体の場合は、パイロット或いはAIに不都合な情報は全てシヴァンシカの手によってログが改竄されている。
彼女がそう明言したことはないが、どの様な会話をしようが、どの様な行動を取ろうが、飛行隊本部から一切指摘を受けたことが無いので、その程度の事はやっているだろうという達也の想像でしかないのだが、まず間違いなくやっているだろうと思っていた。
特にシヴァンシカとの会話は、他に漏れると拙い内容が多過ぎた。
本来フライトログはそのような改竄を防止するために、論理的にも物理的にもAIやパイロットの手が届かない所に置かれている筈だが、どうやってか彼女は物理の障壁さえ越えてフライトログに手を届かせた様だった。
「戦闘中でも無し。この程度は問題無いですよ。」
「戻ったら適当な店に予約を入れておいてくれ。俺の奢りだ。」
途端にレシーバに沢山の歓声が届く。
どうやら通信は部隊内共有されていたらしい。
口々に、アラ・モアナのあの店がどうだとか、サーフライダーのガーデンがどうとか、皆が騒ぎ始める。
休暇のパーティーに期待を寄せて任務に励むならば、この程度は良しとせねばなるまいと、苦笑いする。
長期間最前線で戦い続けた一般危険手当に、ST部隊の任務に就いていた特殊危険手当を上乗せして、さらには達也の性格上殆ど金を使うことが無かったので、実は達也はちょっとした小金持ちになっていた。
現在も宇宙空間の最前線で任務に就いているのでその手の手当が幾つも付いており、口座の数字は増えていくばかりだった。
十五人が一晩馬鹿騒ぎする程度であれば、少々高い店であろうと気にもならなかった。
達也は自分自身この手の気配りがまるで壊滅的だという事を自覚しているので、中隊長達が気を遣ってくれるのはむしろ有難かった。
「休暇中に自主的に実施する部隊内チームワークミーティングの詳細な予定については、また後ほど連絡いたします。」
先ほどに較べると幾分張りのある明るい声に少しの笑いを混ぜて、ダシャからの通信が再び入った。
「諒解した。全員の自主的な参加を期待している。」
達也も笑いながら答える。
「・・・かわいいわね。」
レシーバの向こうではまだ部下達が賑やかに盛り上がっている声が聞こえているが、その声を抑えるようにしてシヴァンシカの言葉がはっきりと聞こえた。
「部下とは、可愛いものなのだろう? この程度で士気が上がるなら、な。」
「みんな随分盛り上がってるわよ。子供みたいね。結構な出費になりそうだけど?」
「構わないさ。『子供みたい』って、お前は言うなれば十歳そこそこだろう。」
「私のシステムの演算速度は人間の一兆倍を超えるわ。リソースが他に振られている分を引いても一千億倍は固いわね。」
「ふむ。千億歳に匹敵すると言いたいのか。ならば、確かに奴等は子供で、お前はババアだな。」
「・・・死にたいの?」
「LSS(生命維持装置:Life Support System)を止めるのは勘弁してくれ。中間を取って、二十歳くらいの妙齢な美人と云うところでどうだ?」
どの辺りが中間なのか分からないが。
「オーケイ。それで手を打ちましょ。」
そこで達也はHMDを外してシートベルトも外しにかかった。
「どうしたの? もう余り時間は無いけれど?」
試験船トゥルパルとそれを護衛している第二機動艦隊と合流するときには、流石にAIに任せっきりというわけにはいかない。
誰何などに対してパイロットが直接応答する必要がある。
距離が十光秒以下になるあたりで、その手のやりとりが始まるはずだった。
ランデブーのためのベクトル合わせも考慮して、合流の約十分ほど前になるだろう。
「トイレだ。それくらいの時間はあるだろう。」
「諒解。」
そう言って達也はシートから立ち上がる。
MONEC製迎撃戦闘コルベット「ジャターユ」には、コクピット後方に5m四方程度の居住空間と、それに繋がる小さな倉庫とエアロックがある。
宇宙空間での長期の行動に備えて、キャビンには簡易ベッド、シャワー、トイレなどが備え付けられており、倉庫には数ヶ月分の水と食料が山積みにされている。
宇宙空間で単座のコルベットにシャワーというと贅沢に聞こえるが、そもそも反応炉燃料用の水を十数tも搭載しているこの艦は、内循環させる限りでは水が有り余っていると言って良いのだった。
そしてこれらは太陽系に侵入しようとするファラゾア艦隊の迎撃を単座コルベットで行う様になってから、殆どの迎撃用コルベットに備わっている設備だった。
さらに最近のコルベットでは、戦闘時以外であればコクピットとその後方の「キャビン(居住空間)」に1Gの重力もかかっている。
宇宙空間であるにも関わらず、床を普通に立って歩けるのだ。
全力加速で3000G以上を叩き出す人工重力発生器(AGG)の有り余るパワーを、平時のパイロットの居住性を改善する為に割り振り、長い宇宙空間での任務によるストレスを少しでも軽減しようとする工夫だった。
長い宇宙空間での任務期間において常に無重力の環境に置かれるというのは、肉体的にも精神的にも大きなストレスとなる。
例え無重力に慣れた熟練のパイロットであっても、1G環境の方がストレスが少ないのは間違いないのだ。
その対策として、パイロットが生活するコクピットとキャビンを含む空間に1Gの重力を掛けるだけで良い。
何も追加装備を必要としないそのようなお得な改善策を、宇宙軍が採用しないわけが無かった。
その後、土星軌道を大きく離れた頃、地球を出発した試験船トゥルパルとそれを護衛する第二機動艦隊、および地球から随伴した戦闘機隊が達也達9265TFSに徐々に近付いてきた。
9265TFSの方も加減速を繰り返して、その集団にベクトルを合わせる。
「9265TFS、こちら第二機動艦隊随伴SPACSカローン02。聞こえるか。貴隊はあと350秒でこちらから30万km、1光秒の範囲内に合流する。合流後は第二機動艦隊北東後方20000kmの位置に付け。貴隊合流後に9322TFSがエスコート任務を終了して地球に帰還する。9322TFSと入れ替わりだ。」
こちらに向かってくる第二機動艦隊との距離はまだ0.5光分、約900万kmほど離れていたが、第二機動艦隊と共に地球を発った後共に行動しているSPACSからの通信が入った。
「カローン02、こちら9265TFS、コピアナ01。感度良好。よく聞こえる。貴艦隊と合流後は北東後方2万km、9322TFSの位置に入れ替わり占位する。以上諒解した。しばらくやっかいになる。人類の歴史を刻む大イベントに臨席できることを光栄に思う。以上。」
HMD上に投映された疑似3Dマップ上で、青い線に乗って進む第二艦隊のマーカと、黄色い線に乗って進む自分達9265TFSのマーカが徐々に接近する。
マップでは無く直接視の映像の中で、星々を背景に青色のマーカがそれぞれ部隊ごとに個別に表示できるようになり、ついには個別の機体が判別できる距離となる。
「カローン02、こちら9265TFS、コピアナ。エスコート艦隊に合流した。現在第二機動艦隊後方北東30000km。9322TFSといつでも交替できる。」
「9265TFS、諒解。9322TFS、こちらカローン02、貴隊の任務は終了した。場所を9265TFSに譲って、一足先に地球に帰って良いぞ。ご苦労だった。」
「カローン02、こちら9322TFS01。諒解。先に帰ってパーティーの準備をしておく。作戦と実験の成功を祈る。以上。」
通信が切れるとすぐに、前方の空間に多数投映されている青色のマーカの内、9322TFSと表示されたものがゆっくりと北方に向かって上昇していく。
「コピアナリーダより各機。デルタ&ヴィックのまま第二機動艦隊後方20000kmまで前進する。その後は編隊長機追従モードに入ってよし。」
僚機に第二機動艦隊への接近を告げた後、ゆっくりと前進して第二機動艦隊旗艦「ヴィクトリアス」から20000kmの距離となったところでベクトル差をゼロにした。
「シヴァンシカ、ユーハヴ。第二機動艦隊旗艦『ヴィクトリアス』に対して現在の位置をキープ。」
「アイハヴ。諒解。ヴィクトリアスに対して現位置をキープ。」
部下達も編隊長機を追従する自動操縦に入っているだろう。
こちらも第二機動艦隊旗艦を追従する自動操縦をセットしたのでしばらくのんびり出来る、と、達也はシートのヘッドレストに頭を預け、背もたれに大きく体重を掛けた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
そろそろ一通り説明も終わったので、説明だらけ回も終わりです。
勿論今後も要所要所で出てきますが。
いやあ、達也が自機を操って土星軌道とか気軽(?)にほいほい出てくる時代が来るなんて。
隔世の感がありますねえ。